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循環型の暮らしに触れられる、食のオンラインプログラム ー モリウミアス

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE06 Creative Constraints 制約のチカラ」(2021/04)からの転載です。

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2011年に発生した東日本大震災では多数の尊い命が失われ、防災への教訓を刻んだ一方、新たな出会いも生んだ。被災という制約によって発想されたのは、教育を通じて「地域の新生」を目指す活動。森と海と里山に触れ、子どもたちに 自然とともに生きる暮らしを体感してもらう活動だった。現在、コロナ禍による制約をバネにして、新たな教育活動が生まれている。

宮城県石巻市雄勝町。リアス式海岸が入り組む海辺の町に、廃校を利用して2015年にオープンした複合体験施設がある。宿泊を中心とした、子ども向けのプログラムや学校や企業団体の受け入れを行っている「モリウミアス(MORIUMIUS)」だ。

海で泳いだり、漁師と魚・貝類を穫ったり、森の手入れをしたり、自分たちのご飯をつくったりという自然のなかでの暮らしを中心とした体験を通して、循環する暮らしを実感していく教育を目的に活動している。

「人間が自然環境を一方的に破壊していると考える人も多いですが、実は、日本が長い時間をかけて育んできた里山文化は、人が自然に介入することで、よりよくなるという循環型。暮らしに密着していたその形態を体験するプログラムを行っています。コロナ禍の前は年間1,500人ほどの子どもたちや海外からのゲストがやって来ました」と語るモリウミアスの油井元太郎代表。

モリウミアスが雄勝にできるまで

もともと、油井氏は06年に開業した 「キッザニア東京」(東京・豊洲)の立ち上げメンバーだった。「キッザニア東 京は職業体験がクローズアップされが ちですが、それはどちらかというと手 段です。子どもたちに感じてもらいたいのは『生きる』とか『働く』とはど ういうことなのか。都市では社会が複雑になり、親の職業ですらわかりにくくなってしまっています。そのうえ、子どもたちは大人に『いつもなんだか疲れているみたい』など、ネガティブな イメージをもつこともある。ですが、そもそも働くというのは、楽しいことだと思うんです。それは『誰かのために動く』とか、『人と協力しあう』ことは、 基本的にうれしいことだから」

―2002年を最後に閉校となっていた旧桑浜小学校は、雄勝硯の屋根をもつ木造校舎。この施設を中心に子どもたちは、農作物などを採って調理し、余った材料や廃棄物は家畜の餌にして土に還し、水をリサイクルし植物を繁栄させて循環を学ぶ。

実際、職業体験後の子どもたちから は「○○屋さんになりたい」という感想は少なく「お客さんに『ありがとう』と言ってもらえてうれしかった」「スタッフに親切に教えてもらって、自分も大人になったら、ああいうふうになりたいと思った」という具合に、人との関わりに関する部分が多かったという。

「とはいえ、体験できる職業のほとんどが都市部の仕事。暮らしを支える農 林水産業はスポンサー企業がつきにくいうえ、テーマパークの中での再現も難しいです。そこで、07年から『アウトオブキッザニア』として、学校の長期休暇に3日間~1週間程度かけて、全国のいろいろな地方で子どもたちがよりリアルな仕事を体験するプログラムを企画しました。農業・林業・漁業体験を行ったんです」

油井氏が目にしたのは、少子高齢化や過疎化など地方が抱える待ったなしの社会課題の数々だった。「東日本大震災の発生後、私は炊き出しボランティアとしてたまたま雄勝の支援に行きました。雄勝は津波による市街地の被害が大きかった半面、残されていた自然はすごく豊か。そのギャップが衝撃的でしたが、自然とともにある暮らしに魅力を感じました」  

こうした活動のさなか、雄勝中学校の校長(当時)に出会った。「給食センターも津波で流されてしまったので、中学校にお弁当を炊き出してほしいという依頼を受けました。それをきっかけに、今度はお弁当づくりに加えて高校進学のための勉強の支援をするようになり、現地で社団法人として教育支援活動をしたのがモリウミアスの前身となりました。以前から感じていたさまざまな地域における課題を、子どもたちの教育と結びつければ解決すると考えたのです」。

オンラインプログラムへの転換

―全国の家庭に発送された海産物の調理方法をオンラインで教えるプログラムの様子。画面の向こうには各家庭があり、日々の暮らしと地続きになっている。

20年初め、日本でも感染が報告され始めた新型コロナウイルス感染症は、 各方面へ多大な影響を及ぼした。「人を集める」ことに制約がかかり、モリウミアスも、宿泊・体験プログラムはストップ。「何もできない」という思いから、スタッフのモチベーションは下がり、当然ながら資金繰りの対応にも迫られた。

「自分たち大人こそ、たくましく生きる姿を子どもたちに見せたい。小さなことでもアクションをしていこうと20年3月から普段のモリウミアスでやっている活動内容をオンラインで配信し始めました。人気だったのは、長さ2mぐらいの生ワカメを1本そのまま家庭へ 発送し、さばいたり五感で体験するプログラム。3月のワカメは柔らかで獲れたてを生のままお届けできます。市販の塩蔵ワカメよりも磯の香りが豊かな生ワカメは大好評でしたよ」

活動の制約に迫られて発想したオンラインプログラムに手応えを感じて、翌4月からは、クラウドファンディングを始めた。返礼品として海の幸とオンラインプログラムをセットで提供する内容で、2カ月で600万円を超える金額が集まった。「これまでに、のべ100軒近くのご家 庭にプログラムを配信しました。最初 の緊急事態宣言(東京では20年4月7日〜5月25日)は、ステイホーム(外出自粛)の呼びかけや休校もあるなかでの実施でした。それが『モリウミアス@ホーム』というサービスへと発展していきます。20年11月に立ち上げて、本格的にプログラムを提供し始めたのが、翌12月です」

モリウミアス@ホームのプログラムは、「食べるBOX」「学ぶBOX」という2種類のサービスからなる。「『学ぶBOX』は生産地や生産者とのつながりをライブや動画で見せ、生態について学びながら料理もするオンライン講座です。春のワカメのほかに、魚や帆立が届くこともあります。画面越しですが、スタッフが呼びかけながらなので、子どもたちは安心して、集中して取り組めるようです。保護者自身も未体験なことが多いから、子どもたちと一緒に学ぶことができて新鮮。 現地の子ども向けプログラムでできなかったことが、画面の向こう側で起きています」

―「食べるBOX」は、毎月、雄勝町の旬の海の幸が送られてくる“食のサブスク”。

―「学ぶBOX」では海の幸に加えてオンラインプログラムが組み込まれている。

「学ぶBOX」のメイン参加者は小中学生。その妹や弟である幼児たちが保護者と参加したり、できた料理を祖父母と食べたりということもあるという。オンラインというと、現実世界と比べて「リアルさ」が足りない印象があるが、画面の向こうにあるものは「暮らし」という、モリウミアスが大切にしているリアル。東北の現地にまで出向くというハードルがなくなったことのメリットも見つかった。「モリウミアス@ホームで新規の方々と出会うことが増えたのはもちろん、今まで縁が薄かった関西や九州など遠方の地域からの参加も増えています」。

互いに高め合える場を目指す

 困難な1年が過ぎた現在、強く意識していることが、活動に賛同してくれる人々と「さらにつながる」ということだ。例えば、Facebookの公式アカウントのフォロワーは6,000人超(21年4月上旬現在)だが、彼らが一方的に情報を受け取る状態を変えたいと考えている。「モリウミアス@ホームのサービス事務局は、僕らの思いを理解してくれた東京在住の仲間が手伝ってくれています。そうやって私たちモリウミアスが困っていることを一緒に悩んで考え、新しい道を切り開いてくれる仲間が現れてくれたら、と思います」。

NPOの仕事は「いかに人に頭を下げられるかだ」と油井氏は言う。しかし「こちらがお手伝いしてもらってばかりでは、関わる側もあまりハッピーじゃない」とも語った。「モリウミアスに直接の経済的な恩恵がなくとも、『モリウミアス』という価値観を共有して、主体 的に高め合うような場になりたい。そんな存在になれれば、長くモリウミアスに関わってくださる人も増えるし、いろいろな方々が集えるんじゃないかと考えているんです」。

いま利用できるものからアクションを起こす一方で、長期的な視点も失わず、関係する人を増やそうとするモリウミアス。地域社会の維持や自然環境を循環させるのと同様の発想で、いまだ続くコロナ禍の制約下、末永い活動の姿を模索している。

ー油井元太郎  (ゆい・げんたろう)
公益社団法人MORIUMIUS理事、フィールドディレクター。1975年東京都生まれ。幼少からアメリカで生活。アメリカで音響工学を学び、音楽やテレビ関係の仕事に従事。その後、 2004年よりキッザニアの日本進出に携わる。15 年より現職。

2021年3月取材
2021年8月18日更新

テキスト:田中いつき