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ローカリズムと新時代のラグジュアリー ― ビジネスプランナー・安西洋之

 

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE06 Creative Constraints 制約のチカラ」(2021/04)からの転載です。

 

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今、ラグジュアリーをリードする多くの人が、ブルネロ クチネリを注視するのはなぜか。ミラノを拠点とする、ビジネスプランナーの安西洋之が語る。

 

ラグジュアリー分野に変化が起きている。前世紀、ラグジュアリーには「特定したローカルで生産」「職人の手によって表現された本物」とのふたつの目安があった。パリの職人がエルメスのバッグをつくる、といった具合だ。今世紀に入るとこの目安の地位が相対的に下がり、「ラグジュアリーの大衆化」が主流となる原産地が曖昧になる長いサプライチェーンが定着した。

 

だが、この数年、そのトレンドも勢いを失いつつある。新しい多数の目安が生まれつつあるのだ。例えば、他人への虚栄心をくすぐることとは無縁の静ひつな時を過ごす価値を重視するというものだ。昨年からのパンデミックにより、その傾向はさらに強まっている。

 

しかし、もともとラグジュアリーの見取り図はさほど均一であったわけでもない。これまでの主要プレイヤーであり、いまもその存在感を強く放っているフランスとイタリアの企業でさえも、それぞれに異なった風景をつくってきた。

 

仏ラグジュアリーの原型は19世紀、貴族文化に憧れた新興ブルジュワジーが好んだスタイルを起源としている。そしてブランドの歴史の長さが大切な要素だと考えられてきた。前述したように、場所や職人の手がラグジュアリーである裏付けとなっている。

 

他方、伊ラグジュアリーは20世紀半ば以降に誕生したものが多いが、「日々のラグジュアリー」を起点としている。普段使いの道具もラグジュアリーの対象になる。イタリアのラグジュアリーでは手軽さが特徴になっているのだ。職人の手仕事によるモノの美しさや質の高さが鍵になる。その結果、フランスと比較すると、イタリアの生産現場のほうがよりリアリティをもってくる。実際、仏高級ブランド企業も生産をイタリアの工場に外注しているケースが多い。もちろん伊高級ブランド企業も国内に生産工場が多い。

 

つまり、仏企業は企画・販売や文化発信の場としてのローカルが目立ち、イタリアのそれは生産の場が視野に入りやすい。ちなみにスイスの時計もイタリアと同じく緻密な作業を行う生産現場が注目され、いわゆる聖地巡礼の先になる。

 

「ラグジュアリー」の成り立ち

欧州委員会ではラグジュアリー業界を「文化とクリエイティブ分野」と位置付けている。ラグジュアリー市場の売り上げのおよそ7割が欧州企業であるが、欧州委員会はローカル性のある文化ビジネスと見なしているのである。

 

その理由として次のような要因が列挙できる。欧州にはクラスターと呼ばれる産地が多くある。EUの認定数だけでも5,000はある。刃物であればドイツのゾーリンゲン、香水であればフランスのグラース、ガラスならイタリアのヴェネツィア。これらがラグジュアリーの生産エコシステムの代表例になる。

 

次に販売する場。各都市にはブランド街がある。ロンドンのボンドストリート、パリのサントノレ通り、ミラノのモンテナポレオーネ通りなどだ。これらのプレスティージある街並みが、外国からの観光客を誘い込む。ただ、人は単に効率よく買い物をするためにやってくるのではない。周辺の文化施設見学とセットである。大英博物館、スカラ座で文化的な香りに接する行動と買い物が一緒になってこそ意味がある。パリならば装飾美術館はラグジュアリーと縁が深い。高級ブランド企業がアートコレクションを自社財団の美術館に収蔵・展示するのは、文化圏の創造に力を入れているからだ。

 

人材教育の場でもある。ファッション関係であればベルギーのアントワープ大学やロンドンのセントマーティンズ大学の出身者がブランド企業のアートディレクターやリサーチャーの席を占める。トップビジネススクールであるスイス・ローザンヌのIMDやミラノのボッコーニ大学でラグジュアリーマネジメントを学んだ学生たちが企業のマネージャーや起業家になる。

 

つまり、ラグジュアリーをどのように眺め、いかなる言葉を使っていくかは、限られたローカルの中で学び共有されているのである。よってラグジュアリー分野で実績を狙う世界各国の人たちは、欧州各国にある大学に集結しローカリティある文化ビジネスのロジックを学び、再び散らばっていく。そして、彼ら、彼女らはここでつくったネットワークの中で自在に活動の場を広げていく。

 

上述を踏まえると、小さな村に本社を構え、半径100㎞圏内にある協力工場を中核とするブルネロ クチネリの経営姿勢は異質だ。クチネリの家族財団は時間をかけてソロメオ村の田園風景を美しくしてきた。古代ギリシャの賢人の言葉「すべては土地から生まれる」を企業のイメージ広告にも使っている。それらは聖地巡礼の仕掛けづくりのためではない。地元の人々が充実した生活をするためである。

 

いま、コンセプトが変わりつつあるラグジュアリーをリードする人たちの多くが、ブルネロクチネリを新しいモデルのひとつとして注視していると口を揃えて語る。ラグジュアリーにおけるローカリティに新しい意味を付与しようとしているのだろうか。

 

著者プロフィール

-安西洋之(あんざい・ひろゆき)
モバイルクルーズ株式会社代表取締役。De-Tales Ltd.ディレクター。ミラノを拠点としたビジネスプランナー。デザイン・異文化理解を強みとし、現在、新しいラグジュアリーの意味を探索中。最新著書に『メイド・イン・イタリーはなぜ強いのか』。

 

2021年6月30日更新
2021年3月寄稿

 

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