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「本当の制約」と「想像上の制約」を見分ける方法 ― モーテン・ボンデ × 小堀哲夫

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE06 Creative Constraints 制約のチカラ」(2021/04)から修正・加筆しての転載です。

クリエイティブなアイデアの前に立ちはだかるのが、予算、人員、納期などの「制約」だ。ネガティブなものとして捉えるのではなく、どのように利用すればよいのか。また、一般的に制約と感じられるものにこそ、クリエイティブなヒントがあるのではないか。目の遺伝性疾患を患いながらLEGOのシニア・アートディレクターとして活躍するデンマーク在住のモーテン・ボンデに、建築家の小堀哲夫が聞いた。

小堀:LEGOのアートディレクターとは、どんなお仕事なのでしょうか?

ボンデ:ひと言で解説すれば、子どもたちがレゴブロックで遊ぶためのストーリーを創る仕事です。例えば、ここにレゴの消防署があるとします。子どもたちにそれを黙って渡すとどうなるでしょう? 意外と遊べないんです。 

「レゴで遊ぶ」ということは、子どもたちが消防署にいる人たちの性格や生活を想像して、人形を動かしたり、クルマを動かしたりすることです。逆に言うと、消防署だけでは情報が不十分で、子どもは遊べないんですね。消防署には消防署長や消防士がいますが、町には消防署を必要とする人たちがいる。その人たちがどんな人たちで、どんな生活を送っているのか、というヒントが子どもたちには必要です。

-モーテン・ボンデ
LEGOエージェンシー シニア・アートディレクター。デンマーク国内外ブランドの広告キャンペーンで20年のキャリアをもつ。近年ではLEGOコマーシャルとアニメーション短編映画を担当。2016年、網膜色素変性症により視力が大幅に低下、ストレスでうつ病を発症したが現職に復帰。「LEGO CITY」シリーズのストーリーも担当する。

小堀:建築家の仕事と似ていますね。私たち建築家が建物を設計するとき、誰がそこを使うのか、その人たちがどんな行動をとるのかを考えます。私たち建築家もボンデさんのようにストーリーを考えるんです。

ボンデ:異なるのは最終的なアウトプットに形があるか、ないかというところでしょう。小堀さんはユーザーのストーリーを考えて、そのストーリーが快適に展開される「建物」を建てるのだと思います。私の場合、ストーリーを考えて「子どもたちがどう遊ぶのか」という「体験」を設計します。

制約は、ただの想像かもしれない

小堀:設計には「制約」が付きものです。コスト、敷地面積、法律などがその典型的な例です。こうした制約条件は、一般には邪魔なものとして扱われがちですが、私はそんな単純なものだとは思いません。

例えば「住宅を設計する」というプロジェクトがあったとしたら、建築家は「リビングはこう、ダイニングはこう」といった具合に、既存の住宅の概念や制約に乗っかって凡庸な住宅設計をする恐れがあります。制約にしたがって「楽なほう」へ流れてしまうのです。逆に、制約があるからこそ、知恵を絞ってクリエイティブなアイデアに辿り着くこともあります。

-小堀哲夫(こぼり・てつお)
建築家、法政大学デザイン工学部建築学科教授、梅光学院大学客員教授。1971年、岐阜県生まれ。法政大学大学院工学研究科建設工学専攻修士課程修了後、久米設計に入社。2008年、小堀哲夫建築設計事務所設立。17年に日本国内の二大建築賞「日本建築学会賞」「日本建築大賞」をダブル受賞した。

ボンデ:制約は手抜きのきっかけにも、クリエイティビティのきっかけにもなり得るという視点は面白いですね。

小堀:そして、ある種の指針にもなります。もし制約がまるでなかったら、自分自身にある種の制約を課して、新しい世界を開拓するのです。リビングやダイニングなんて概念は取っ払い、ゼロベースで住むところをつくるというプロジェクトがあったら、「住宅とは何か」という概念から考え始めなければならないでしょう。

そうなると、「人が住む場所には犬が必要」であったり、「赤い家は住む人を幸せにする」など、建築家はなんでもいいから、自分で自分に制約を設けるんですね。そうしなければ新しいアイデアが出てこないし、進むべき方向が見えないからです。制約とは、単純に悪いものではないと思います。

ボンデ:まったく同感です。私は「網膜色素変性症」という遺伝性疾患をもっています。視細胞が死んでいくことで、視野が徐々に狭くなり、最終的には失明するという疾患です。いまの私の視野は、こうやってクルクルと丸めた紙筒の太さほどです。私にとって、最も目立つ「制約」は、一般的にはこれでしょう。ですが、本当にそうなのでしょうか?

制約というものには、「本当の制約」と「想像上の制約」があると考えています。2016年に私は法的に「盲目」と認定されました。私が暮らすデンマークでは、視野角20度未満を法的に「盲目」と定めていますが、現在の私の視野は4度なんです。そのように認定されてしまったら、家族の顔を見られなくなるんじゃないか、仕事も失うんじゃないか、仕事がなくなったら自分には何も残らないんじゃないか、という恐怖に襲われました。

でも、あるとき私は、「苦しまないで済む方法が世の中にはあるんじゃないか」と考えたんです。それで、ありとあらゆるオーディオブックを聴いて、YouTubeを見漁りました。そこで気づきました。

確かに、私の目はよくなりません。でもそれが仕事にどう影響するかなんて、そのときが訪れてみないとわからない。私には、仕事と関係なく自分を大切にしてくれる友人や家族がいます。「仕事がなくなったらお前は何者でもない」なんて言われたことはありません。そんなものは、私の頭の中の声でしかなかったんです。私の目が悪くなるのは事実ですが、それが引き起こすかもしれない影響は、私の想像に過ぎなかったんです。

-LEGO Braille Bricks
ボンデ氏が開発に携わったLEGOブレイル(点字)ブロック。一般的なLEGOブロックと互換性があり、並べたり、合体させることができる。ブロック遊びをしながら、点字を学べる仕掛け。順次、多言語への対応も見込まれている。

小堀:ボンデさんの目の疾患は、いうなれば「本当の制約」であり、それ以外のことが「想像上の制約」だったということですね。

ボンデ:その通りです。そして「本当の制約」と「想像上の制約」には見分け方があります。自分にとっての制約が、「以前に言われたこと」(過去)なのか、「いま起きていること」(現在)なのか、「まだ起きていないけれど起きると想像していること」(未来)なのかを見極めるんです。

「本当の制約」とは「いま起きていること」だけであり、あとの2つは、目の前で起きていない、ただの「想像上の制約」です。そのように考えれば、本当の制約なんてものはそんなにないと思いませんか?

クリエイティビティは立ち止まらない

ボンデ:私たち人間は、もともとみんなクリエイティブです。子どもって、発想が自由で、何にも制限されていないでしょう? ただ、成長するにしたがって競争社会に順応してしまい、創造性を発揮できなくなってしまっているだけなんです。私たち大人は「競争の檻」から、自分と自分の創造性を解放すればいいんです。

小堀:ボンデさんのおっしゃる通り、世界にはヒエラルキーがあふれています。どれくらいお金をもっているのか。どれだけの権力をもっているのか。多くの人がそういう制約に囚われてしまう。ここから抜け出さないとクリエイティブにはなれません。ヒエラルキーの枠を壊して、アイデアの邪魔になる制約を取り払い、まっさらになったところで自分自身に制約を課すことが、創造性を発揮するプロセスです。

破壊と創造を繰り返し、絶対に立ち止まらないことが「クリエイティビティ」なんだと思います。組み立ててはバラし、バラしては組み立てて遊ぶレゴと似ています。レゴで遊んでるときって、上手いとか、下手とか、思わないですよね。レゴの世界は「私はこの形がいい」「僕はこの色が好き」で成り立つので、優劣を超えた世界なんだと思います。

ボンデ:そうなると、次の問いは「どうやってクリエイティブな自分を取り戻すのか?」です。私のオスススメする方法は、“STOP! SWAP THOUGHTS(考えるのをやめて読み換える)”です。

私は、目の状態が悪化してから運転ができなくなりました。それまではクルマで通勤していましたが、バスで片道1時間半かけて通勤するようになったのです。不便になりましたが、何より毎日それだけの時間を無駄にすることが不快でしたし、そうなった自分が悔しかった。でも、そうしたネガティブな考えが浮かんだら、5秒で考えるのをやめて、同じ状況をポジティブに読み換えるんです。「1時間半を無駄にする」のではなく、「1時間半の読書時間が手に入った」と考える。そうしたら、同じ状況もありがたくて楽しいものになる。

新しいアイデアが浮かんだときも、似たようなことが起きますよね。「いいアイデアを思いついた」と思っても、次の瞬間、いろんな課題が思い浮かんで「きっとそんなことを実現するのは無理だ」と思ってしまう。でも、そこで5秒かけて、いろんな制約を可能性として読み換える。すると「きっとそんなの無理だ」が「こうすればできる」になる。

制約は喜ばしいものではありません。でも、勇気を出せば「新しい可能性を開くドア」にもなります。私たちは、制約から成長することができるのです。

小堀:制約は人に手抜きをそそのかすこともありますが、実は「邪魔なもの」でなく、ありがたいものだったり、クリエイティブになるきっかけをくれたりします。うまく味方につけたいです。

2021年9月7日更新
2021年2月取材

テキスト、司会・通訳、コーディネート:佐藤友理