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答えなき時代に挑む 「人間中心」という問い ― RCA副学長 ナレン・バーフィールドさん

 

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN EXTRA ISSUE  FUTURE IS NOW『働く』の未来」(2020/06)からの転載です。

 

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ロンドンにある美術大学院、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)。アートやデザイン系を志す者なら、その名を一度
は聞いたことがあるだろう。スティーブ・ジョブズの右腕としてiPhoneなどを生み出してきた、アップルの元チーフ・デザイ
ン・オフィサー、ジョナサン・アイブが総長を務めるアート・デザイン界の最高学府である国立の教育機関だ。

 

ナレン・バーフィールド教授は自身もアーティストであり、現在はRCAの副学長および高位責任者を務める。新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより世界が混沌としているなかで、芸術や文化は今後どのような価値を持つのだろうか。そしてバーフィールド自身はいまをどんな眼差しで見つめ、未来をみているのだろうか。

 

イギリスは、世界のなかでも新型コロナウイルスによる影響を大きく受けている国のひとつです。イギリス国内の感染症例数は26万件、死者は3万8,000人を超えていて、ヨーロッパのなかでも最も被害が甚大です。(5月28日現在) ロンドンでは3月20日にロックダウンが始まり、経済活動がすべて停止しました。

 

RCAも感染拡大を防ぐために閉鎖を決定し、キャンパス内の制作スタジオには一切アクセスできなくなりました。それに伴いオンライン授業に切り替え、いま10週以上が過ぎようとしています。学生たちはその日を境に自宅で制作活動をしています。これはとても大きな変化でした。

 

RCAは制作スタジオベースのデザイン系研究大学。スタジオでの制作が突如できなくなり、オンラインを使って自宅で学ぶことを強いられるということは、日常生活の環境を劇的に変えざるを得ないことを意味します。また、卒業式は通常6、7月ですから、卒業制作にむけて制作をしていた学生にとって、これは大きな挑戦です。不安定な社会情勢と慣れない日常生活によって学生も教員陣もショックを受け、精神不安を抱える人が多くなりました。

 

しかし、私たちがまずやらなければならないのは、新しい環境に慣れること。いまの状況に素早く順応し、そこから学び続けることが大切だったのです。当初はロックダウンがどのくらい続くか、影響がどの程度なのか誰も知る由がなかったため、講義を一時中断して状況を見守ってはどうかという意見もありました。しかし、我々はオンラインでも繋がりながら継続することが大事だと結論づけ、新たな環境でプロジェクトをアクセレレートさせることにしたのです。

 

「不可能」はない

まったく新たな学びの環境で求められた素質は、日々表出する問題の解決方法を探り続けること、そして、素早く順応することでした。私たちはクリエイター集団。持てる才能とテクノロジーをかけ合わせて、クリエイティブな解決策を個々で探りました。教員陣もバーチャルラーニングを素早く有効的に実現化するために、オンライン授業への切り替え移行期間はたったの2週間しかないなかでも最大の努力をしてきました。

 

キャンパスが閉鎖し、対面での学びの機会がなくなった代わりに、RCAではさまざまなバーチャルラーニングやグループネットワーキングの機会を学生のために設け、人々を繋ぐサポートを始めました。例えば、ものづくり、プログラミング、写真、ポートフォリオの作成の仕方や技術を教えるワークショップや少人数のセミナーなどです。

 

なかでも、RCAの総長でありアップルの元最高デザイン責任者、ジョナサン・アイブ氏を迎えたオンラインイベントには1,000人もの学生が参加し大好評でした。学生のなかには、ロックダウン以降、家族の事情で自分の地元や国に帰った人もいますが、オンライン・プラットフォームのおかげで、どこにいても遠隔で参加ができるようになりました。

 

また、ウェルビーイング(心と体の健康)のオンラインサポートにも取り組んでいます。RCAには75カ国以上からさまざまな学生が通っていますが、突然のロックダウンで将来に不安を抱えている学生も少なくありません。そこで我々は経済的事情や住まいの相談や、オンラインでの集会の場、学生を招いたタウンホールミーティングなどさまざまな機会を設けました。学生同士が気軽に話し合える機会をつくり、学生を心身両面から支えようとしています。

 

時間の経過とともにようやく学生や教員らはこの環境に慣れてきたようで、より効果的に物事を進められるようになってきたと感じます。特にうちの学生は、すでに豊かな経験値を積んでRCAに入学しています。個々人がこれまで培ってきた経験やスキルも、現在の状況にうまく適応している要因のひとつでしょう。

 

RCAのコミュニティでは、ある共通言語があります。それは「不可能はない」ということ。今回のような状況下でも、クリエイティブな人々はクリエイティブなソリューションを見つけようとします。これは私たちに課された大きなチャレンジ。RCAは、困難を可能にできる人々の集まりだからです。そんな学生たちの努力や工夫と並行して、危機的状況のなかでは特に、RCAをはじめアート系の教育機関や文化活動を行う人々にとってあらゆる援助が重要になってきます。

 

イギリス政府は緊急支援金を拠出し経済援助をしたり、ヨーロッパのいくつかの企業は文化支援のために資金調達を行ったりしてきました。ロックダウン後に支援や資金調達を受けている文化機関もあるでしょうが、すべての機関や大学が直接援助を得られているわけではありません。文化面への公的資金援助は非常に難しく複雑です。よって、まだまだ十分な金額ではないでしょうし、現段階において支援が十分か否かを結論づけるには早すぎます。しかしどんなサポートも助けになり、ありがたいものであることは確かです。

 

アートやデザインは装飾ではない

 

これまでの常識が常識でなくなる。これは確かなことです。よって、未来がどうなるかはまったく読めません。だからこそ、人々には不確実性の高い時代を生き抜く卓越したスキルや価値、考え方が必要とされます。この危機を乗り越えるために必要なのは、自分以外の人々に対する包容力やアルトリズム(利他主義)、つまり他者を思いやる気持ちだと思います。思いやりは他人への姿勢。例えば、経済的、社会的に弱い立場の人に手を差し伸べたり、労ったりして自分自身を捧げる行動です。

 

地球や環境への接し方もそうです。これらの「人間的価値」はデザインの領域だけではなく、いつの時代も変わらずに必要とされていることです。また先ほども述べたように、刻々と変化していく環境や世界に即座に適応できる力もそうです。私たちが学びの場を通じて提供しているスキルというのは、デザインの仕方や絵の描き方といった技術面だけではありません。クリエイティビティやレジリエンスといった、生きていくうえで必要なスキル、姿勢も同時に教えているのです。

 

なぜそれらが必要なのか? それは、人生には答えがないから。日々直面するさまざまな問題に対して、私たち自身で答えを探さないといけません。だからこそ何事にも好奇心を持ち、問いかけることが重要になってくるわけです。いま私たちが対峙しているこの大きな問題は、半年前まで世界のどこにも存在しませんでした。しかし、だからといってあなたは嫌だと放り投げますか?それとも問題解決のために、好奇心を持って問いかけ、解決方法を探り、適応していきますか? 答えは明確でしょう。

 

同時に、私たちはアートやデザインの価値をもう一度再認識する必要があります。アートやデザインは、経済学や科学など客観的なものではなく、非常に人間的な活動であり、私たちの生活における必需品です。仕事や趣味で私たちが触っているもの、必要とするものはすべてデザインされたものですよね。素晴らしいデザインはインスピレーションを刺激してくれるものだし、我々がまだ持っていない物事に対する飽くなき挑戦へのきっかけになるものです。

 

アートやデザインの役割や価値は、もっと広く認められるべき。いまだに多くの場合、重要な作業は科学技術を用いた観点から行われ、アートやデザインは装飾的に扱われていますが、そうではいけない。人々の生活を改善し、便利にし、豊かにするためには、何よりも先にアートやデザインの根本的価値である「人間中心」で考えなければいけないのです。

 

現状はとても厳しいですが、私には明るい兆しが見えています。それは、人々が地位や所有物などではなく、人間同士の対話やつながり、助け合う相互的な関わり合いこそ大切だというポジティブな側面に気づくことができた点です。人類の一員としての自分自身の在り方、他者とのコミュニケーションや助け合いを意識し、実践することが我々人間にとって最も重要なことなのです。

 

イギリスにあるデザイン系の学校の多くが、パンデミック以降素早くアクションを起こし、医療従事者のために保護防具をつくり提供したことも、困難な状況に対して助け合いの気持ちを忘れず、適応力とクリエイティビティをかけ合わせた方法を模索したよい例といえます。一般社会でも、人々は近隣住民たちと食料品をシェアしたり、代行で買い物へ行ったり、毎週木曜日の夜にはクラップ・フォー・ケアラーズ(エッセンシャルワーカーへの感謝の気持ちを表す拍手)を行っています。

 

私は、このような人々の思いやりや助け合いの意識がポストコロナの時代も続くことを願っています。皆さんも、この危機の渦中で自分は何を大切だと感じ、何を学んだかをどうか忘れないでください。その意識を持ち続け、行動していくことがすべての人々にとってよりよい世界の創造になると私は信じています。

 

―ナレン・バーフィールド
ロイヤル・カレッジ・オブ・アート副学長。2011年から勤務し、講義や研究の質向上、さまざまな業界とのパートナーシップ強化、同校の国際化などに大きく貢献。中国、日本、シンガポール、アメリカの大学との国際的なパートナーシップ協定を主導している。

 

2021年1月6日更新
2020年5月取材

 

テキスト:安部かすみ
写真:ジュリア・グラッシ、オカムラ

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