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well-beingの追求の先に「町の未来」がある ─ 宮崎県新富町 こゆ財団

2017年4月、宮崎県新富町に一般財団法人こゆ地域づくり推進機構(以下、こゆ財団)が設立されました。こゆ財団は旧観光協会を母体とした財団法人で、町からふるさと納税の運営を受託。その寄附額の一部や特産品のブランディングなどであげた収益を活用し、起業家育成塾や編集者・ライターの育成プログラムを開催、町の人財育成に再投資することで、「世界一チャレンジしやすいまちづくり」を目指しています。

 

設立から4年目を迎え、ワーケーションの成果、それぞれの働くモチベーションについて、これまでのビジョンやミッションに変化はあるのかなど、代表理事の齋藤潤一さん、コミュニティマネジャーの福島梓さん、総合戦略室室長の橋本健太さんに話を聞きました。

 

ワーケーションの先のイノベーションへ

WORK MILL:まず、こゆ財団が推進しているワーケーションについてお尋ねします。消費財メーカーのユニリーバ・ジャパンは2016年7月から働く時間や場所を社員が自由に選べる新しい働き方「WAA(ワー:Work from Anywhere and Anytime) 」を導入。こゆ財団はその活動に共感し、18年2月に「Team WAA!」初の地方拠点(コワーキングスペース)を新富町に開設したあと、同年9月〜11月は東京からTeam WAA!メンバーを毎月3名ずつ受け入れた共同研究を実施していますね。

 

その3カ月の立証実験でどんなことが得られ、その後どんなことが起きましたか。

 

齋藤潤一(以下、齋藤):大げさに聞こえるかもしれませんが、いままでにないものが生み出されている、というのが僕の印象です。やはりワーケーションでは肩書や役職、これまでの業績などを取っ払い、膝を突き合わせて話し合うから、新しいアイデアや関係性が生まれやすいのではないでしょうか。

 

ー 齋藤潤一(さいとう・じゅんいち)
こゆ財団代表理事/クリエイティブディレクター。米国シリコンバレーのIT企業で、ブランディング・マーケティングディレクターとして活動。東日本大震災を機に、自身のスキルと経験を、地域経済の活性化に活かすことを決意し、NPO法人を設立。全国各地の自治体と連携し、多くの地方創生プロジェクトで成功事例を挙げる。慶應義塾大学大学院(非常勤講師)/経営学修士(MBA)/スタンフォード大学 Innovation Master Series 修了

 

具体的に言うと、ユニリーバのワーケーションでは「企業と行政の接点」ができ、新富町は翌年に同社と連携協定を締結。町内に建設が予定されているサッカースタジアムの命名権がユニリーバに与えられました。

 

続いて、農水省の方がオフサイトミーティングをしてくださり、19年11月10日にスマート農業推進協会が設立、日本初のスマート農業専門のシェアオフィス「新富アグリバレー」が生まれました。

 

現在、趣旨に賛同する企業や団体を全国で募りつつ、新富町内の農家や役場職員、JAなどの組織も連携した勉強会、交流会を継続して開催しています。また、東京で「スマート農業サミット」も開催し、次世代の農業のありかたをみんなでシェアしています。

 

ー 閉店したスーパーの跡地を改装したシェアオフィス「新富アグリバレー」。現在、農業経営分析サービスや、農業ロボット開発などのスマート農業ベンチャーが入居中。

 

WORK MILL:17年の財団設立から4年目に入りましたが、町との連携やコミュニケーションが活性化してきたという実感はありますか。

 

齋藤:まだまだですね。それこそ最初は「よそ者が自分たちの新富町をどうするつもりだ」みたいな(笑)、怪しい存在に思われていました。ふるさと納税で結果が出たから※1、だんだんと理解してくれるようになった感じです。

 

他に2019年以降の大きな変化としては、財団のビジョンに共感して入ってくれた若手メンバーが、町へと飛び出してくれたんですよ。Aさんは学校、Bくんはサッカークラブ、Cくんは商工会というように、立ち上げメンバーが入り込めなかったところにどんどん入り込んでくれている。まるで毛細血管がどんどんできていくような感じでね。

 

橋本健太(以下、橋本):僕は以前、名古屋のシンクタンクで内閣府が推進する「まち・ひと・しごと創生」の戦略をつくっていました。でも、立案するだけでは経済は動きません。自分が何も役立っていないことに矛盾と苛立ちを感じていたところ、齋藤と出会い、「こゆ財団では戦略だけでなく実行するまで責任を負う」と聞いて、2019年4月に移住しました。

 

1年間は総合戦略を一緒に考えたり、「空き家」や「事業継承」などのテーマで町民向けの講座を半年で30以上担当したり。1講座平均20人来ていただいたので、累計だと600人。ようやく「新富町の町民のためにやっているんだね」という理解が広がりつつあるかなと感じています。この春には古民家を町の方から借り受け、地域交流やワーケーションの場として活用しています。

 

WORK MILL:古民家のお話はどのように受けることになったのですか。

 

橋本:300~400坪ほどの大きな武家屋敷が空き家になっていて、大家さんがなんとか活用したいと。話を聞いて見に行ったのが2019年11月で、そこから毎週通って大家さんと話し合い、2020年4月から月1万円でお借りして交流行事などを行なっています。現在、こゆ財団がプロデュース・管理している宿泊施設は、1泊3,000円程度の「新富ノ家」と、ペア1泊5万円からの一棟貸切宿「茶心(ちゃしん)」のふたつです。

 

※1 こゆ財団では単に出品・管理するだけでなく、寄付者のニーズや市場の動向を分析しながら運営している。その結果、財団設立の平成29年度は約9.3億円と前年度の2倍に、30年度は19億円に達した。

ー新富町の古民家をリノベーションし、2019年5月にオープンした一棟貸切宿「茶心」。茶の生産が盛んな地域の文化・伝統を活かし、「お茶の心を体験する貸切宿」をコンセプトとして、国内・海外のエグゼクティブ層を中心に宿泊者が静かに自分と向き合える時間を提供している。

ー「茶心」の広間。23畳の和室をそのまま活かし、瞑想や団体様の寝室として活用している。

 

だったら次はこの武家屋敷で、もう少し生活感がわかるような場所をつくろうと。武家屋敷がある地域は農業が盛んで、農家の方々の結びつきがとても強いんですよ。近くでバーベキューをやっていたり、祭りをやっていたり。

 

しかも武家屋敷の真向かいが料亭で、毎日地元の人が飲んでいる。僕も先日行ったのですが、隣が消防会長、向かい側が役場の人で、いろんなことを飲みながら話せた。ワーケーションの目的のひとつでもある「関係人口」(定住や観光ではなく、地域の人々と関わる人の数のこと)の視点で言うと、立地的にも最高の場所なんです。

 

齋藤:「ワーケーション」という言葉はわかりやすいからみんな使うけれど、僕としては町を舞台に何か新しい「イノベーション」をおこしたい、と考えています。

 

 

すべては一人ひとりの幸福のために

WORK MILL:今日はこゆ財団が開業を支援した「こゆ野菜カフェ」でランチをいただきましたが、新鮮で旨味の深い野菜はもちろん、楽しそうにいきいきと働く地元の女性たちの姿がとても印象的でした。武家屋敷の大家さんや地元の女性たちなど、どのように彼らを巻き込んできたのですか。

 

ー2018年8月に新富町商店街にオープンした「こゆ野菜カフェ」。地元の女性が企画し、新富町の特産品である新鮮な野菜が味わえる店となっている。

 

齋藤:町の人を巻き込もう、とはあんまり思っていないんです。恣意的、意図的すぎるというか、そういう関係はいずれ終わってしまうのではないかと危惧していて……。昨年もスタンフォード大学のイノベーションマスターシリーズという講義を受けたのですが、「考えこまず、とにかく始めるのが大事だ」という結論に至りました。

 

僕が思う究極は、「幸福」です。個人の幸福度の向上やwell-beingの追求こそが重要。すべては一人ひとりの幸福のためにあり、あとのことはぜんぶ「手段」でしかないと思っています。

 

言ってしまえば、こゆ財団の設立も手段でしかありません。新富町が後継者不足や高齢化により産業が活力を失っていくことに対し、行政の事業はとにかく時間がかかるから、解決するためにたどり着いたのが、“一般財団法人をつくる”という手段です。

 

その結果、新富町では最初の2年間で1万人以上の関係人口を創出し、ふるさと納税寄付額を約4億円から約20億円に伸ばすなど成果を出し、2018年11月には内閣官房「まち・ひと・しごと創生本部」より地方創生優良事例に選出されました。新富町民にとって幸福度があがるような取り組みを進め、自然な関わりを増やしてきたわけです。

 

その際のポイントは、取り組みを起こす側の幸福度も意識することです。こういう言い方は語弊があるかもしれないけれど、武家屋敷の件でもいちばん大事なことは、橋本くんがそのプロジェクトを通じて自己実現し、名古屋のコンサルタント時代とは違う自分を見つけて幸福度が上がることなんです。

 

一方で、こゆ財団として最終的に目指すべきゴールは、「こゆ財団がない新富町」かなと。要は中間支援団体であるこゆ財団がなくなっても、農業のベンチャーとかお食事処とか個人の輝く場所が新富町のいろんなところに点在していたらいい。それが新富町という町の最大の魅力になると思います。

 

WORK MILL:齋藤さんのその考えを聞いて、おふたりはどう思われますか?

 

福島梓(以下、福島):私はいま子どもが2人いて、これまでは「会社に子どもを連れてきてはいけない」と思っていたんです。でも、いまは普通に連れて来られる。ラウンジの隅っこで上の子が宿題をやって、私はここで仕事ができる。保育園や学童へのお迎えも、同僚が行ってくれることさえある。「こうでなければならない」と思い込んでいた枠がどんどん外れていくのが楽しいし、自分の幸せの実現につながっていっている気がします。

ー福島梓(ふくしま・あずさ)※写真左
こゆ財団ウェルビーイング促進室室長。子ども2人と東京から移住。こゆ財団スタッフのウェルビーイング実現に全力疾走しながら、自らのウェルビーイングの実現にもチャレンジ中。

ー橋本健太(はしもと・けんた)※写真右 
こゆ財団総合戦略室室長。まちづくりシンクタンクを経て2019年4月に移住し、起業家育成塾の塾頭として人材育成に取り組んでいるほか、産官学連携、古民家利活用にも挑戦している。

 

いまって家族の形も多様になってきているじゃないですか。夫婦とその子どもだけが「家族」なのではなく、友人や会社の同僚も子育てに参加してくれるとか。ワーケーションも現段階では「子どもの楽しみと自分の仕事が両立する空間なんてあり得ない」と思われているだろうけど、それすらも今後は叶うようになると思うんです。

 

最近よく感じるのは、新富町やこゆ財団と関わった各地の人たちがコミュニティ化していること。例えば東京在住の方たちがこゆ財団のイベントに別々に参加して、その彼らが別のイベントで初めて互いに会ったときに、こゆ財団を応援しあっている人同士ですぐに仲間になっていくというか。

 

WORK MILL:各地にこゆ財団の支店ができていくみたいな。

 

福島:まさしく。それが本当に嬉しいんです。

 

足るを知りつつ、変化を恐れず

WORK MILL:こゆ財団のミッションは「強い地域経済をつくる」です。そのためには何が大切だとお考えですか。

 

齋藤:そうですね……。最初にそのミッションをたてたときは、こんな華やかな場所で働いているわけではなかった。初期メンバーは日向新富駅の駅舎の中、9人もいると酸素が足りなくなりそうな狭い場所で必死に働いていたんです。ですから、「まず、とにかく稼ぐ」というのが、僕らにとっての「強い地域経済」でした。

 

ーこゆ財団スタートの地、日向新富駅。改札口裏に彼らの仕事場があった。駅舎は財団がコワーキングスペースとして活用したことがきっかけで、内閣府によるシェアエコ実践事例「シェア・ニッポン100」に選出された。

 

2年目に入ると成長という意味での「強さ」を獲得でき、3年目にはふるさと納税での結果が出て、僕らの方でもお金が循環して動き始めました。そして20年で4年目を迎えるにあたって、本当の「強さ」とはしなやかさであって、時代とともに変化できることなのかなと思い始めています。

 

ふるさと納税の額でいうと、3年目に少し落ちたんです。僕は実は落ちてよかったと思っていて、さらに30億を目指そう、いや40億だ、50億までいけるからAmazonのギフト券を配ってしまえ、というようなモラルハザードが起きるよりも、身の丈を知れてよかったと。人口17,000人、64km2の町にとっての持続可能な強さというのは、足るを知りつつ、変化を恐れない強さではないかと考えています。

 

そうやってこゆ財団がいちど通り抜けた道があるからこそ、メンバーも勇気をもって新しいことに踏み込めているのではないかと思いますね。

 

橋本:本当にそうですね。チャレンジをして、自分自身で場所をつくって、人に喜ばれるものを提供したい。それに対して、対価をしっかりもらいたい。それが「稼ぐ」ということかなと。

 

齋藤:ビジネス理論でガチガチに固めてマーケティング調査してやる、なんてことがもはやうまくいかなくなっている。時代背景も含め、楽しいことをやってこれまでにない新しいことを創造的に生み出さないと、結局ビジネスとしての新規性も価値もストーリーもないから、うまくいかないと思うんです。

 

WORK MILL:新しいことというのは、地方創生の中での新しさですか?

 

齋藤:いや、本当の新しさというのは、ストーリーが付随している新しさだと思うんです。例えば橋本くんが移住してきて、1年間苦しみながら頑張って、そこで見つけた武家屋敷を地元の人と組んでワーケーションに使うことが果たしてうまくいくのかどうか……というところに新しさがある。

 

ストーリーを生み出す人がコンテンツになり、ファンをつくり、そのファンがいわゆるマーケティングでいうキャズム(市場に製品・サービスを普及させる際に発生する、超えるべき障害)を越えたときに一般化していく。これまでのビジネスとそこが大きな変化ではないかと思います。

 

WORK MILL:やはり、さきほど言われた「well-being」──人それぞれのバランスや家族環境に合わせた幸福に向き合うということですね。

 

齋藤:ええ、互いの多様性を認め合って自分らしく自立して生きる、ということがすごく重要だと思います。……ただ、時間はかかるでしょうね。というのも、自立、独立精神をもって well-beingを追求している人たちがいる一方、長い歴史を経てできあがった生活様式を変えることはなかなか難しいものですから。

 

慶應義塾大学で研究している「お金と笑顔のバランス」では、東日本大震災によってお金の価値観が大きく変わったという話がありました。確かに「お金をもっていても買えない」という状況が起きたことで、農家さんが無料で野菜を送ってくれるとか、READYFORという震災関連のクラウドファンディングが生まれるとか、ソーシャルビジネスが国内に一気に広がった印象がある。

 

ーこゆ財団のオフィス風景

 

WORK MILL:そういう意味では、現在世界的に蔓延している新型コロナウイルスは、私たちの生活や人生への警鐘なのかもしれません。

 

齋藤:中国では高度経済成長とスピードと効率化とITと移動距離を伸ばすことといかにハックしていくかみたいな発想自体がいけなかった、という話になったそうです。

 

結局、効率性を追求しすぎた結果、こういうことが起きたわけで、地球に「人間らしく生きようね」と教えられている感じがします。オンラインMTGが盛んになった世の中で、みんな自粛で外に出られなくなったら、「人に会いたいね」「人に会うのって重要だよね」と一気に反転していくところも面白いし。人の移動が制限されたことで、地域創生の必要性もさらに意識されたのではないかと、僕自身は期待しています。

 

Column
「日本一働きやすい役場」を目指し、働き方改革を日々推進している小嶋崇嗣町長よりこゆ財団へメッセージ

うちの役場ってすごくざわざわしているでしょ? それだけ職場内でのコミュニケーションがされているんですよ。私自身、ほとんど町長室にいないし、決裁が回ってきても逆に「これどうなの?」と持参したり(笑)。

 

行政って「これやりました」と一方通行で伝えているだけの感じがずっとしていたので、とにかく問題を共有してもらおうと。町民に対しても町民説明会や行政座談会を開催したり、議会でも「とにかく質問をください」と言ったりしてコミュニケーションを密にしています。もちろん日本全国のどの役場も一生懸命やっていると思います。

 

ただ、新富町の場合はやはり、こゆ財団の影響が大きい。行政はローカルの中で、奥に入っていくことは得意なんです。町民一人ひとりに対しては細やかに動ける。でも横に広がる力はすごく弱い。こゆ財団はいま町じゅうにホワッとした柔らかい環境をたくさん築いてくれていて、行政が弱かった部分をしっかり担ってくれている。今後の活躍も心から期待しています。

──新富町長 小嶋崇嗣

 

2020年10月20日更新
取材月:2020年3月

テキスト:堀 香織
写真:山本マオ、こゆ財団提供

 

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