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PASSING THE BATON 贈与経済が分かち合い、 与えるもの ― スマイルズ・遠山正道さん

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN EXTRA ISSUE  FUTURE IS NOW『働く』の未来」(2020/06)からの転載です。


1999年に「Soup Stock Tokyo」の1号店をオープンし、その後もセレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」、 ネクタイブランド「giraffe」など、既成概念にとらわれず生活の新しい形を提案してきた遠山正道。 以前から「21世紀は文化や価値、個人の時代」と主張してきた遠山は、分断する世界を目の当たりにしながらなにを思うのか。目を向けるべき価値とは、そこに生ま れる新しい幸せの形とは。「The Chain Museum」「 ArtSticker」など、アートに関わるプラットフォームを打ち出して、アートの文脈をビジネスに適用した試みを実践する遠山が掲げるキーワードは「循環」だ。

アフターコロナの世界のあり様はどうなっていくのか。いま、私が考えているのは大きく分けて4つです。

まずは、個人の時代になる。以前から、私は「一個人の熱量の中から挑戦は生まれる」と考え、従業員に対して「すべては自分ごと」と口酸っぱく伝えてきました。採用でも、蒸気機関車の先頭車両のようにハンドルとアクセル、ブレーキがあって、石炭さえも自分でくべるような人材を採りたいと。貨車だけいくらあっても、1ミリも動きません。組織の中で何をすべきか、何をしたいかを自ら見つけて動ける、そんな人たちの集団でなければ会社の意味がない。アフターコロナは、そのような 一人ひとりの価値がさらに必要とされると思います。

2つ目は、目に見えない価値が高まる。星 野源さんが外出自粛の要請にともない発表した動画『うちで踊ろう』はたくさんのコラボ動画を生み、その後も多くのアーティストが SNS上で無料ライブを始めました。ひとりの無償のアクションが大きな価値を生んでいく様には、誰もが感動を覚えたのではないでしょうか。物と貨幣という「目に見える」価値の交換経済社会から、「目に見えない」価値を重要視する社会へと変わる可能性が大いに感じられます。

3つ目は、新しいプラットフォームが生まれる。これまで社会の「あるべき論」から考えがちだったプラットフォームは、今後は個人の「リアルで素朴な実体験」を軸に考えられていくのではないかと期待しています。

4つ目は、地方の時代になる。3密を避けなければいけない状況下ですから、仕事のできる環境さえ整えれば首都圏に住む意味がなくなります。これは意味が少々違いますが、 パタゴニアの従業員は東京の店舗に配属になると残念がるのだとか(笑)。そのうち「東京左遷」みたいな言葉も生まれるかもしれない。 弊社もSoup Stock Tokyoを筆頭に全国に店舗展開していますから、年に1、2カ月沖縄や北海道などで働ける「参勤交代シフト」 を導入しようかなどと冗談半分で話したことがありました。いま本気で視野に入れようかなと思っています。

人はいつだって創造的になれる  

2018年11月、アートと個人の関係をテクノロジーで変革する新会社「The Chain Museum」をクリエイター集団PARTYと共同出資で設立しました。2020年8月にはアーティストを少額から直接支援できるプラットフォーム「ArtSticker」を正式ローンチし、現在では、チケッティングサービスや作品売買サービスを始めています。

私がアートの世界に片足を踏み込んだ理由は、これまでの常識が覆される変化に自ら立ち会いたかったからです。19世紀にカメラ(写真)が生まれた途端、絵具と絵筆でリアルに写実する意味は失われてしまった。そこで芸術家たちは写実以外の表現を試行錯誤し、結果的に20世紀は傑作が数多く残されました。新しいテクノロジーを前に膝を屈さず、さらなる世界や価値を構築していける、それが人間のものすごい能力だと思います。

コロナ禍に限らず、これまでも有事が起きるたびに「アートは必要なのか?」という論議が繰り返されています。私はアートを取り巻く環境は、今後大きく変わってくると思う。例えばこれまでアートを見るには美術館やギャラリーなどの立派な箱や、芸術祭のような地域や街とのコミットが必要でした。もちろんどちらも素晴らしいのですが、私は「日常のどこにでもアートがありうる環境」をつくりたいので す。

ArtStickerではチケッティングサービスに加え、音声ガイドのデジタル化・スマートフォ ン化などの、アート周りのインフラも整えているところで、いずれはセカンダリーといって購 入者が販売できる機能も追加しようと考えています。30年ローンで家を購入するのではなく、 好きな街に期間限定で暮らす時代へ変わるとしたら、海の見える家にはこの作品、山深いロッジにはあの作品というように、アート作品を架け替えていただけるのではないかと。着替えるような感覚でアートを購入する、というのが私たちの思い描くアートの未来です。

前述の星野源さんもそうですが、こんなコロナ禍においても、人はどこまでも創造的になれます。例えば、『カメラを止めるな!』の 上田慎一郎監督とキャストが再結集して完全リモートで制作した短編映画がYouTubeで公開されたり、俳優の柄本明さんが一人芝居を生配信したりしています。

ArtStickerでも、森下真樹というコンテンポラリーダンサーは岐阜県の美術館で無観客で踊り、その映像作品を配信していました。

彼女のダンスをホールで見たことがあるのですが、映像だとカメラが寄れるので表情がよくわかるし、本人の息遣いも聞こえる。途中で館内から外へと出て踊るなんていうのは、観客がいると逆にできないことです。制限があるからこそ、新しい表現方法が生まれる。 常識や当たり前がそうでなくなる変化の瞬間というのは、本当にワクワクします。

アートに見出す経済の新しいかたち

新型コロナウイルス対策のひとつに硬貨の消毒がありましたが、これで電子マネー化も一気に進んでいくでしょう。

個人的には電子マネーのやりとりは「商売」という感じが薄れていいと思います。物と貨幣の交換だと、売るほうはなるべく高く、買うほうはなるべく安く、と対立してしまう。電子マネーであれば、お金という物質が見えない分、純粋に適正価格で取引される感じがしませんか?

アフターコロナは、お金を媒介として価値の等価交換を行う「貨幣経済」ではなく、貨幣に換算できない人間の活動やモノなどを交換する「贈与経済」がさらに社会に浸透していくのではないかなと思います。手前味噌になってしまいますが、これまでだと例えば10万円を出してアート作品を購入するしかなかったものが、ArtStickerであれば例えば300円で好きな作家の支援ができるわけです。これが贈与経済です。

ところがこの話を同世代に話すと「300円支援したら何をもらえるの?」と言われる(笑)。若い人にとっては、むしろポストカードなんかが送られてきたら、自分とアーティストの関係性がチャラにされたような感じがしてしまうんです。彼らは直接の見返りのない支援であっても、愛情が伝わり、それが巡り巡って自分に戻ってくるということを無意識に理解しているのではないでしょうか。

そもそもアートというのは、作品だけでは100%完結しません。作家が作品を完成できるのは半分で、鑑賞者の何らかの反応がもう半分。ソーシャルビジネスに近いかもしれませんが、つくり出して送り出す側と、受け取って飾る側に、同じだけの価値と幸せが存在するのです。高く売る、安く買うという切った貼ったがなく、互いの関係がフラットなところがとてもいいと思います。

スティーブ・ジョブズは有名なスタンフォード大学のスピーチで卒業生たちにこう語りかけ ました。「愛することを見つけてください。恋人に対しても、仕事に対しても、同じです。仕事はあなたの人生の大きな部分を埋めるようになり、本当に満足するための唯一の方法は、あなた自身が偉大な仕事だと信じることをやることです」。目に見えなくても自分には信じられる価値を見つけて、それに携わること。それが自然と流布され、多くの人に渡って、1周回って自分にもまた巡ってくる。そういう仕組みをつくるのが私の夢でもあり、アフターコロナの世界に対する予見でもあります。

―遠山 正道(とおやま・まさみち)
1962年、東京都生まれ。慶應 義塾大学商学部卒業後、85 年に三菱商事に入社。2000 年、スマイルズを設立。「Soup Stock Tokyo」「PASS THE BATON」「100本のスプーン」など飲食・小売店の経営ほか、 アート分野に進出中。

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2020年10月14日更新
2020年4月取材

テキスト:堀 香織