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伝統に地域共存をプラスするー老舗「たねや」が見据える新たな働き方

滋賀県近江八幡市で、148年商いを続けている「たねや」。老舗菓子屋としての味と伝統を継承しつつ、2015年に広大な敷地にフラッグシップショップ「ラ コリーナ近江八幡」をオープン。2018年には年間来場者数300万人を超え、滋賀県観光スポットNo.1となり、地域活性化にも貢献しています。伝統と挑戦という二極の根底に流れる企業文化と哲学を、グループCEOの山本昌仁さんと、現場で活躍する従業員の方々に伺いました。

旗艦店と本社機能の統合により融解した、組織の垣根

WORK MILL:たねやのフラッグシップショップ「ラ コリーナ近江八幡」は、2018年にテーマパーク第2位のハウステンボスを超える年間入場者数を記録しました。同じ敷地にはたねやグループの本社をおいています。従業員の皆さんの働き方にはどのような変化がありましたか?

山本昌仁(以下、山本):コロナ禍以前、週末には数万人のお客様がいらっしゃって、大型バスもピークには100台近く着きました。当然、ショップスタッフだけでは対応しきれません。そんなとき、ラ コリーナを運営する部署ではない、本社の従業員が自ら判断して応援に行くようになった。皆が組織の垣根を超えて動けるようになったことが一番の変化でした。

ーラ コリーナ近江八幡。メインショップやカフェ、奥にはフードガレージが。写真は2020年3月に撮影したもので、その姿は冬の装い。植栽も建物の屋根も、夏には明るいグリーンに色づき、四季おりおりの変化を見せる

ー奥の建物がたねやの本社屋。本社の窓からは散策する来場者の姿を見ることができる

山本:次は、組織自体をなくして、もっとオープンにしたいと考えています。プロジェクトごとのグループ制にしたり、必要ならば外部から人を呼んできたりできるようになるといいですね。学生や先生方、経済団体の方など、いろんな人がここに集まってくる状況にしたい。このたねやの本社がプラットフォームになればいいと思っています。

また、これから変えていくべき働き方のポイントは、「時間」に制約されていた働き方ではなく、「成果」や「結果」を求める働き方にすること。1時間いくらで仕事をするかではなく、どのような成果を出して仕事をするかという考え方にシフトすることが必要です。願わくは、あまり仕事感がないように。「なんか遊んでるんちゃう?」と思われるような感じで、ちゃんと結果を出していきたいですね。

ー山本昌仁(やまもと・まさひと)
たねやグループCEO。1969年、滋賀県近江八幡で江戸時代から続く「たねや」創業家の十代目として生まれる。19歳より和菓子作りの修行を重ね、24歳の時、全国菓子大博覧会にて「名誉総裁工芸文化賞」を最年少で受賞。2002年、洋菓子のクラブハリエ社長に就任。2011年、和菓子製造販売の「たねや」四代目を継承。2013年に現職に就任した

WORK MILL:「遊び心をもって働く」ということは、従業員自らが考えて働くことを求められる環境でもある、と言えそうですね。店舗販売とラ コリーナツアーのガイドを担当する高曽さんは従業員の立場からどのように感じていますか。

高曽: すぐそこに職人さんがいて、広報室長がいて、支配人がいます。どんなこだわりでそのお菓子をつくり、どんな考えでPR活動をして、どんな想いを込めてお客様と接しているのか……実際に、休憩中にいろんな人の話を聞けますし、仕事中にいろんな人が働く姿をすぐ間近で見ることもできます。そこには、商品説明やマニュアルにはないような「へぇ、そんなことあったんや」という発見も数多い。その発見を、私は自分の言葉で噛み砕き、ツアーガイドという仕事を通して、お客様にお伝えしています。

ー高曽津弥(こうそ・つや)
株式会社たねや ラ コリーナ ツアー事務局ガイド。クラブハリエのパン専門店「ジュブリルタン」の彦根店舗とラ コリーナ近江八幡内の店舗の両方で勤務。店舗での接客に加え、ラ コリーナ近江八幡のツアーガイドとして、訪れるゲストを楽しませながらたねやの文化を伝えている

「全部を見せる化」が生んだ意識改革

山本:ラ コリーナには一般の方を始め、いろんなお菓子屋さん、協力業者の方もたくさん見学に来ます。昔のお菓子屋は、「真似されたら困る」「門外不出」とできる限りを隠していました。でも、たねやは、逆にどんどん真似してもらおうと。皆さんに“真似してもらえる会社”を目指して、全部を見せようと考えました。

WORK MILL:まさに「全部を見せる」を体現するかのように、本社やお菓子の工房などもガラス張りで、訪れたお客様がお菓子ができるまでを目の前で見ることができるエンターテインメントとなっていますね。

山本:最初、職人たちは「お客様の前で粉を落としたら」「卵を落としたら」と大反対でした。けれど、「落とさないような仕事にしたらええんちゃうの?」って、私に言わせればそれだけの話です。実際、お客様の反応を間近で見ると、職人もよい仕事を見せよう、と、気持ちがどんどん変わっていくんです。今では隅々まで掃除が行き届くようになりましたし、何よりも良い笑顔が増えましたね。四季を感じながらの環境で仕事ができるというのは良いのではないでしょうか。皆、季節を楽しんで人間らしくなってきました。

WORK MILL:ラ コリーナの草屋根のメインショップ、カステラショップ、銅屋根の本社屋は、自然建築で知られる建築家・建築史家 藤森照信さんの設計だと伺いました。アート室のチーフデザイナーの壁下さんはたねやの商品パッケージすべてに目を配る立場ですが、この本社の環境はお仕事にどのような影響がありますか?

ー壁下千晶(かべした・ちあき)株式会社たねや アート室チーフデザイナー。たねや・クラブハリエの商品パッケージをはじめ、ラ コリーナ近江八幡内の看板などデザインを担当している。結婚、出産、産休を経て、現在時短勤務中

壁下:ちょっと外を見れば四季を感じられることは、商品パッケージやお菓子のデザインを考える上で、とても良い効果を生んでいると思います。雨上がりの虹が見えたり、トンビがくるくると飛んでいるのを見ていて「何を見ているのかな?」と考えたり。窓の外に広がる近江八幡の自然がデザインのヒントになっています。

地域に根差す近江商人の心得で、「たねやの名物」から「滋賀の名物」へ

WORK MILL:ラ コリーナがある土地は、先代の社長である、山本さんのお父様が購入されていた土地だったそうですが、そもそもはどのような経緯でここに「ラ コリーナ近江八幡」をつくることになったのでしょうか。

山本:実は父が2008年に購入してから、何年も更地にしたままでした。大きさにして東京ドーム3つ分くらい。そんな広大な土地を、ひとつの菓子屋が賄えるわけがないですし、実に大きな挑戦でした。テーマパークみたいなもので人を集めようとか、薄っぺらな話はありましたが、どれも違うと。悩みに悩みました。

1995年の阪神・淡路大震災、2011年の東日本大震災を経験して、「地球が本当に怒っている」と感じました。地球や自然を利用したおかげで、これまで発展できたのですが、私たちの次の世代は、その利用の仕方を変えていかなければならないとも考えました。そのときに、自然を師匠にして「自然に学ぶ」――これをテーマにしようと閃いたんです。

そして今、自分にできることは何かと考えたときに、建物を建ててそれで終わりじゃなくて、もっと将来残るもの――風景、風、空気とか、お客様が、何か近江八幡を感じてもらえるような空間をつくりたいと思いました。近江八幡の伝統的建物ではないけれど、これが10年20年続いていったら近江八幡の建物になるんです。私たちが商品を10年売り続けたら、それが「たねやの名物」ではなくて、「滋賀の名物」に変わるように。

ーお菓子に欠かせない素材でもある栗の木を、カフェのインテリアに採用

WORK MILL:「名物」となるように重視したことはなんですか?

山本:今はWebでも買い物できる時代です。何かお菓子以外のドキドキワクワクの感動がそこになければ、わざわざこんな田舎に足を運んではくれません。私が表現したいのは「ここにしかない本物であり続ける」ということ。だから、ラ コリーナは、年月が経ってただ朽ちていくのではなく、月日の流れが味になり、歴史になっていき、それと共に我々も成長の年輪を重ねられるような店舗にしようと思いました。

そのために、本物の資材をふんだんに使いましたし、オープンした時が完成形ではなく、これから時間をかけて出来上がっていくように、皆で山のどんぐりを拾ってきて植えました。20年くらいしたら良い森になると思いますよ。

WORK MILL:外観だけでなくこだわり尽くした什器や内装に至るまで、多大な投資をしてまでもこのような施設をつくったことは、地域に対して「たねや」からのどのようなメッセージなのでしょうか。

山本: 地元あっての我々であり、お客様あっての我々である、ということです。でも、頭ばかり下げるのではなく、こちらから「こういうあり方はどうでしょうか」と示すことも重要だということです。

WORK MILL:それが近江商人の言う「売り手よし、買い手よし、世間よし」ということなのでしょうか。

山本:地域に根差すためには、自分たちも必要なことは主張する。それで売る人も買う人も社会も良くなればいいんです。常に相手のことを考えられるのは日本の美徳だし、近江商人の精神。だから、そこにしっかりコミットしていこうと。地元の自然を受け継ぎ、地元に楽しみを還元し、私達のお菓子を楽しんでもらう。ラ コリーナに観光客が来ることで地域の経済にも貢献する。

たねやは近江八幡で創業してから150年を迎えようとしています。もはや近江八幡が私たちの家なのです。将来、自分の子どもが近江八幡に帰ってきたい、若者たちが近江八幡にいたいと思えるような町にしていきたい、そう願っています。

2020年10月13日更新
取材月:2020年3月

テキスト:丹 由美子
写真:苅部太郎