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デザインは敗北しない。エンド・オブ・ライフまで設計する新しい価値観とは

少し前にインターネット上である記事を読みました。ドイツのベルリン在住のグラフィックデザイナーの女性が書いた記事で、ドイツにある包装ゼロのスーパーに買い物に行って、「デザインの敗北を感じた」というものです。彼女はふだんパッケージデザインもしており、デザインを通して商品の良さや生産者の想いを表現しています。しかし、実際に包装ゼロのスーパーで買い物をしてみて、包装がなくても問題なく買い物ができたことで、本当にパッケージデザインは必要なのかと疑問を抱きます。そもそも自分がつくったものが環境や誰かを傷つけているかもしれない、ということにハッとしたそうです。読んでいる私自身も考えさせられる内容で、読了後もずっと心に記事のことが残っていました。彼女が書いた記事の最後には、「今後『捨てる』までの設計を考えていくことがとても重要に思えた。」とあって、ただ現状を嘆くだけではなく、デザインの今後を考える希望も綴られていました。 

その答えとなるような取り組みをしている企業がヨーロッパには多く存在します。EUが経済成長戦略の一つとして、サーキュラー・エコノミー(循環型社会)の実現を掲げているからでしょう。文化や社会の違いもあるので、日本ですぐに同じことを取り入れることはできないかもしれませんが、私たちが働き方を考える上でも参考になるアイデアが数多くあります。本記事では、サーキュラー・エコノミー(循環型社会)について解説した上で、実際に循環型社会の実現に向けて企業人として行動するオランダ人、Rick Passenier(リック・パッセニア)さんの事業や働き方についてご紹介していきます。

サーキュラー・エコノミー先進国・オランダ

サーキュラー・エコノミー(Circular Economy)は、日本語に直訳すると「循環型経済」。しかしこれまで日本で推奨されてきた「3R(Reduce(抑制)、Reuse(再利用)、Recycle(再生利用))」を超える包括的な仕組みと言えます。具体的には、原材料に依存せず、既存の資源や廃棄物を活用することで物が循環し続ける新しい経済システムがサーキュラー・エコノミーです。商品を作る段階から再利用を設計している点が大きな特徴です。大量生産・大量消費に代わる新しい経済システムで、「国際競争力の向上」「持続可能な経済成長」「新規雇用創出」などが期待されることから、EUでは経済成長戦略の一つとして位置付けられています。

2015年にアクセンチュアが公表した調査では、サーキュラー・エコノミーに移行することによる経済効果は2030年まで4.5兆ドルに上るとも言われています。オランダは、このサーキュラー・エコノミーに対する取り組みが進んでおり、首都アムステルダムは2050年までにサーキュラーエコノミーへの移行を確立させると宣言したほどです。政府や自治体だけではなく、企業も積極的に取り組みを進めています。リック氏は、サーキュラー・エコノミーへの意識が官民ともに高いアムステルダムに拠点を構え、循環経済コンサルタントとして活動。コンサルティング会社PACE Business Partnersと、非営利組織GO!PHAの代表を勤めています。

ーRick Passenier(リック・パッセニア)/ PACE Business Partners創設者、GO!PHA創設者兼取締役、循環経済コンサルタント
1987年オランダ生まれ。デルフト工科大学にてインダストリアル・デザインを専攻。クリエイティブデザインエージェンシーNorthernLight、コンサルティング会社Squarewiseでの勤務を経て独立。持続可能かつユニークなペット用品を開発・販売するPoopy Catを創業、2017年にPets Place(ペッツ・プレイス)にバイアウト。現在は2013年に創業したPACE Business Partnerにて循環経済コンサルタントとして活動。

持続可能な社会の実現のためには、まず企業が変わる必要があると思ったことが事業を始めたきっかけだそうです。PACE Business PartnersとGO!PHAを始める以前にもペット用品の分野で起業経験があり、社会貢献と利益を両立させた非常にユニークな経歴の持ち主です。

GO!PHAの社員第一号 David (左) と創業者のRick (右)

生分解可能なペット用品

商品のエンド・オブ・ライフまで設計する事業とは一体どんなものなのでしょう。リック氏が初めて会社を創業したのは2013年。友人のThomas Vle氏とともに、リサイクル・ダンボールを素材としたペット用品会社Poopy Cat(プーピー・キャット)を立ち上げました。猫を主役にしたプロモーション動画がヒットし、100万回以上再生され大きな話題を呼んだそう。

ペットハウスやおもちゃの多くはプラスチック製です。また、猫を飼っている方は経験したことがあるかもしれませんが、商品を買ってもそれが入っていたダンボールの方が猫に好まれることは少なくありません。紙素材は環境に優しいだけではなく、猫自身も楽しめる優れた商品と言えるでしょう。商品を身近に置くことで、飼い主がサステイナビリティ(持続可能性)を考え実行しやすい点も魅力的です。身近な存在であるペットとの関係を通して、日常的に環境問題について考えることができます。2017年、ペッツ・プレイスに同事業はバイアウトされましたが、現在も商品は販売されており人気です。

日本発の新素材と欧州の架け橋

2013年、リック氏はプーピー・キャットと並行してビジネスコンサルティングサービスPACE Business PartnersをMarianna Sarkissova氏と共に創業。200人以上の専門家が所属し、マーケットを変えるような新素材・技術新素材のコンサルティングを行っています。グローバル企業や公的機関、日本の大手企業とも取引を展開しており、各専門家の得意分野が考慮された上で、プロジェクトにアサインされます。

日本からも専門家の熊岡昭彦氏が参画しており、コンサルティングから市場調査まで様々な業務を担当。日本企業が開発した主原料が「紙」の新素材を欧州のブランドオーナーに繋げています。たとえば、株式会社環境経営総合研究所が開発した新素材紙MAPKAコンパウンドは、プラスチック原料に微細な紙パウダーを混成させた新素材。主原料はあくまで「紙」、CO2削減の観点から言えば紙が半分以上入っていることで排出量をかなり抑えることができます。設計の段階から商品のエンド・オブ・ライフを意識したこの素材は、大手玩具メーカー、家電メーカー、包材メーカー等で使用が検討されているそう。

サーキュラーエコノミーの方法論を世界に展開

リック氏はプラスチックに代わる素材PHAに関する知見を共有する非営利プラットフォームGO!PHAも2019年から運営を開始。他国の化粧品会社のコンサルティング等も行っています。あまり知られてはいませんが、私たちが普段使用する化粧品やピーリングなどにも、マイクロプラスチックが含まれており、環境に負荷を与えています。

リック氏が手に取っているのは、彼がコンサルティングを手がけるチェコの化粧品会社のピーリング。自然由来・分解可能な原料から作られている。

リック氏は、循環を前提とした製品・サービス・ビジネスモデルの(再)設計を支援するCIRCOの活動にもトレーナーとして2020年から携わっています。「サーキュラー・デザイン」と呼ばれる方法論は、オランダ国内の企業・自治体に止まらず国境を越えて展開。2月にはプラスチックや包装、農業分野に大きな課題を持つタイに於いて、ワークショップを開催し好評を得ました。

タイでCIRCOのトレーニングを実施することが合意された

生産者としても消費者としても、意識を広げる

これまでご紹介してきた事例を通して言えることは、消費者としても生産者(働く側)としても、今後は商品のエンド・オブ・ライフにまで意識を広げて、購入・生産をする必要があるということです。ヨーロッパ諸国の動きと比較すると、日本の脱プラスチックに対する取り組みは少し遅いと言わざるをえません。冒頭で説明したドイツの包装ゼロのスーパーには容器がそもそもありませんし、オランダの小売チェーンの「エコプラザ」には、世界で初めてのプラスチック・フリー商品棚が導入され話題になりました。オランダでは、多少高くても環境負荷が少ない商品を選ぶ消費者も少なくありません。

今はまだ、私たちが普段日本のスーパーやコンビニエンスストアで購入する食べ物の容器の多くはプラスチック製です。廃棄された素材は、燃やすか、埋めるか、海に流すかのいずれかの方法で処理されます。多くの素材が分解されずに自然界に残れば、環境に与える影響は甚大です。しかし今後はわたしたちの意識も変わっていくでしょう。消費者としては、選ぶ商品やサービスが、生産・流通の過程で環境や他の生物を傷つけていないかどうかが選択の判断基準の一つになるはずです。働く側としても、自分たちが生み出す物が環境や生物、社会にどんな影響を与えるのか、廃棄や再利用までデザインされた商品・サービスが開発されていくのではないでしょうか。

働くことと幸福の関係

2つの会社の代表をつとめ、忙しく働くリック氏に働き方や幸せに対する考え方についても聞いてみました。オランダはワークライフバランス先進国と言われていますが、日々忙しく働いてはいるように見えます。「自分の仕事が好きで楽しいから、そんなにエネルギーを使わないし疲れは感じない。また、国境を超えて様々な国の知的な人たちと、イノベーションについて考えることに大きなやりがいを感じている。」

仕事一辺倒ではなく、休日や終業後はラグビーやサーフィン、ジムで身体を動かす趣味の時間も楽しむ一面もあります。仕事も忙しい日は遅くまでオフィスに残ることがありますが、日本のように深夜残業まですることはありません。彼を見ていると、自分にとって何が幸せなのか、そして自分の能力をどう活かせば周りの人・地球環境に貢献できるのか、自分自身をよく知っているように見えます。日本で働き方改革が叫ばれて久しいです。残業時間の削減に多く焦点が当てられて、ワークライフバランスを取ることが推奨されています。しかし、「働く」についてもう一歩踏み込んで考えてみると、自分が幸福であることはもちろん、周りにもやさしい経済活動をしているかどうかを考えてみることも大切なように感じます。

2020年4月7日更新
取材月:2020年1月

テキスト: 佐藤まり子
写真:Mark Koolen

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