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WORK WELL, LIVE WELL 台湾流「超前部署」が未来を生きる ー オーライト CEO スティーブン・コーさん

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN EXTRA ISSUE  FUTURE IS NOW『働く』の未来」(2020/06)からの転載です。


新型コロナウイルス感染症対策で優秀な 結果を残す台湾・桃園に、今年6月、日本初進出を果たした企業がある。2002年に設立された「O’right(歐萊德)」だ。 グリーンスタイルを掲げ、CO2排出ゼロを目指し、自然由来のヘアケアを中心としたコスメティック製品の研究、商品開発、 販売を行う。その製品は「手が荒れない」 と台湾の美容師たちから高い支持を得ている。また、ラボ、オフィス、工場を備える社屋は、緑の建築を体現することから、 世界中からオフィスの見学者が後を絶たない。同社の創業者であるスティーブン・コー(葛望平)は未曾有の危機にどう向き合ってきたのか、これからの見通しとともに話を聞いた。

中国で流行性の病が発生したという話は、今年1月の段階で知りました。台湾は2003年にSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行を経験し、弊社はちょうど創業した翌年でかなり緊張が走りましたし、そのときは実に深刻な影響を被りました。そんな経験もあってか、ニュースを見ているうちにウイルスが瞬く間に広がっていった武漢の状況を知り、みなが想像しているより大変なことになると思ったんです。弊社の対策部門を設けたのは1月19日のこと。日本をはじめ世界中から称賛される台湾政府の「中央感染症指揮センター(中央流行疫情指揮中心)」が設置されたのは1月21日ですから、その2日前でした。直後の1月23~29日は台湾のお正月休暇でしたが、社内では連日対策会議を行い、正月明け1月30日から即座に対策をスタートさせました。

まず弊社の働き方に関しては、5月初旬現在、みな通常通りオフィスに出勤して働いています。ただし、感染発生や拡大を防ぐため新たに決まりを設けました。従業員全員に対してマスク装着、出社時と昼休み後の体温計測の必須化です。さらに、オフィスを2つのエリアに分け、書類はその中間点でやり取りし、エリア間の行き来は原則禁止にしました。来客に関しても弊社への訪問はお控えいただいています。また、火災時の避難訓練と同じような考え方で、すべての従業員が出勤できなくなった状態を想定してテレワークのトライアルもすでに済ませています。今後、テレワークが一般化しオフィスが不要になる、といったようなオフィスの在り方自体が大きく変わるということはないと思います。

ただし、Zoom のようなオンラインで完結するようなツールを活用するなど、「オフィス内での働き方」はより効率的になっていくでしょう。新型コロナウイルスの影響を事業全体で見ていくと、弊社のチャネルのうち、まず創業以来主軸だったBtoB(美容室向け)の販売 は3分の1ほど減少しました。ただし、BtoC(個人向け)は逆に15%ほど伸びました。主にウェブサイトを通じた通信販売です。在宅の影響でインターネット経由の購入者層が増えた結果だと思いますが、加えて、新たに追加した感染予防対策のために持ち歩く消毒用品など、「グリーンライフスタイル」シリーズが販売を伸ばしており、営業成績は20%成長しました。その伸びを合わせても、BtoB売り上げの下降分すべてを補えるわけではありませんが、それでもそこまで大きな損を出さずに済んでいます。

実は、今年4月に初めて東京・ 伊勢丹新宿店と有楽町マルイに店舗をオープンする予定だったんです。しかし当然今回の件でいずれも延期せざるを得なくなってしまいました。感染拡大を恐れ、美容室へ出向く人も減少しました。ヘアケア用品の製造販売という業種からすれば、今回の新型コロナ感染拡大によって、もっと大きなダメージを受けてもおかしくない。それなのに、なぜこんなにも早く手が打て、それほどのダメージを受けずに済んだのか。

その理由は、「超前部署」という考え方にあります。 「超前部署」とは、とにかく早く手を打つ、 という今年の台湾ビジネス界における流行語です。ビジネスでは、状況が悪化してから手を打つようでは遅すぎる。早く対応策を打ち出すことができれば、損失も最小限に抑えることができます。今回私たちは最悪の状況になる前に動き出すことができ、「超前部署」の重要性を改めて実感しました。

ー台北から車で1時間ほどの場所にある、緑に囲まれたオーライトのオフィス。暑さ対策のため階段の下には小さな川が流れている。オフィス内では、天井に設置されているファン が回り、壁一面に装飾された緑にも水が流れる。風が通り抜けやすい設計になっているため、エアコンを付けずとも夏場も涼しい作りに。プロダクトだけでなく、オフィスづくりにもオーライトの信念が反映されている。

また弊社では、会社設立時から危機管理の部門を設けていました。当時から今回のような危機が発生すると予想していたわけではありませんが、企業活動にはさまざまなリスクがつきものですから。今回はその部門を当初から設けていたおかげで、新型コロナウイルス の感染拡大が起きる前に対策を考え始め、素早く行動できました。弊社の従業員は、問題が発生したとしてもすぐに解決できるくらい、とにかく早く反応して動くことを求めました。先ほどの「超前部署」の考え方です。

発生しそうなことは極力、想像力を働かせて視野に入れたうえでしっかりと用意しておくこと。これは非常に重要です。感染拡大が始まってすぐ、弊社で生産している消毒用品をまず台湾内外のクライアントに無償提供し、海外では真っ先に日本へ届けました。一致団結して有事に当たることが必要 だと考えたからです。もちろんコストはかかりますが、事態の大きさに比べたらわずかなこと。それぞれに抱える負担はあるわけですから。台湾全体でみると、やはり政府のしっかりとした対策が早期封じ込めに成功した要因だといえます。

政府が1月21日に指揮センターを設立してからいままで毎日、記者会見が行われています。会見の内容やポイントは、スマホを通じて登録者一人ひとりに届けられるため、誰もが簡単に新型コロナウイルス感染の状況を知ることができる。例えば、とある駅を通過した電車に感染者がいた場合、指揮センターへその情報が知らされ、乗客のスマホへ健康状態に注意し自主隔離するよう注意喚起の連絡が届けられる仕組みも整備されています。

人々に対して「情報の透明化」が行われたことがすごく大きかったと思います。また、 台湾人には日本人と同じくマスクをする生活習慣がもともとあったことも要因のひとつでしょう。欧米諸国ではマスクをしているアジア人 への差別が問題になりましたが、当然そういうこともなく、マスクの着用は自分と他者の健康を守ることにつながるというコンセンサスが社会に根づいていました。

自然・環境問題は「自分ごと」に

この危機は、ある種、教育の機会であるともいえます。大変な試練を乗り越えたからこそ、次の世代を教育できる。経験したからこそ、変化をもたらすことができる。

今回の経験を経て、弊社では「BSL-2(バイオセーフティレベル2)」の実験室を設けました。「BSL」というのは、WHO(世界保健機関)が制定した実験室生物安全指針に基づき、病原体の危険性に応じて分けられた4段階の取り扱いレベルのこと。ちなみに、新型コロナウイルスは中国の「BLS-4」という、例えばエボラウイルスなどヒト─ヒト感染をし、症状が重篤化する可能性が高くまだ有効な治療・予防法が確立されていない危険性が最も高いウイルスを扱う実験室から生まれたと言われています※1

私たちが「BLS-2」の実験室で扱うのは、ウイルスではなく細菌です。なぜこの実験室を設けたか。それは、人類によって引き起こされた環境問題の解決に向けて今後何が必要かを考えたときに、細菌が原因となって引き起こされる問題がより大きくなっていくと判断したからです。研究自体は以前より自社のラボで進めていました。しかし、細菌から弊社の商品や事業をどう守るのか。 逆に、どんな細菌が商品によい効能をもたらすかという観点から、今回の事態を経て実験室への投資額を増やしたのです。

弊社に限らず、ウイルスのように自然環境によって引き起こされるリスクを軽減させるため、またはそれを応用するための研究活動を行うことは企業活動をより発展させていくことにつながるでしょう。台湾にはたくさんの中小企業がありますが、新型コロナウイルスの感染拡大が始まる前まで、国連で提唱された「SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)」はその中小企業の誰もが「自分には関係ない」と考えていたはずです。自分だけが努力しても仕方ない、ハードルが高すぎる目標だ、と。しかし、今回の感染拡大をきっかけに、SDGsは「他人ごと」から「自分ごと」へと変化してきました。

ESG(環境・社会・ ガバナンス)、CSR(企業の社会的責任)はより重要性が増し、企業側もより細かな対応を検討していかなければいけません。そしてまた、これは企業だけの問題ではありません。政府や、私たち個人の問題でもある。誰かの旗振りを待っているのではいけない。地球上で生きる誰もが向き合い、解決のために行動しなければいけない問題なのです。

※1 5月3日、アメリカのトランプ大統領ならびにポンペオ国務長官はウイルスの発生源が中国・武漢でありその証拠があると発言。しかし中国は陰謀論だとそれを否定しており、6月1日現在もウイルスの発生源がどこかは明らかになっていない。

CEOのスティーブン・コー(中央)は取材終了後、日本国旗を持った複数の従業員とともに「私たちは日本を応援しています。頑張ってください」と笑顔でエールを送ってくれた。 オンラインでも、国境を超えたつながりを感じた瞬間だった。

健康的消費の時代に

世界的にみるとまだまだ大変な時期は抜け出せていませんが、こういうときこそチャンス です。これからは自然環境の保護、そして健康問題に対する人々の意識や興味関心がより強くなっていくでしょう。感染拡大が止まったからといって、ウイルスによる感染症そのものがこの世からなくなるわけではありません。10年後なのか20年後なのかわかりませんが、 また似た状況が発生する可能性は十分考えられるわけです。ウイルスが発生し感染拡大していく原因やプロセスは、環境保護や健康問題のどちらにも直結します。

そのため、地球環境や人の健康に配慮し、持続可能な社会の実現を目指す企業はいま以上に多くの人々 から応援されるようになると思います。なぜなら、企業が成長し発展を遂げていくためにも はや必要不可欠な要素だからです。競争力が必要な分野・市場ならなおのこと。地球環境へ寄り添い、人々の健康に寄り添うことはこれからの企業活動にとって必ず重要なポイントになります。実際に、現在中国では徐々にその傾向が現れています。中国ではこの数カ月間で感染拡大を封じ込めつつありますが、それと同時に、中国の消費者は自然や健康に配慮した企業や商品を能動的に選択し、買い求めるようになりました。当然、ほかの商品と比べると高価であるにもかかわらず、です。この傾向は、世界中でますます顕著になってくるでしょう。

そうなったとき、自然環境や人の健康に配慮せず、何も対策を講じない企業は間違いなく淘汰されていきます。国が打ち出す政策も同様。誰も関係ないなどと言っていられないのです。人の営みの根源は「健康」。そして、個人の健康は社会、ひいては地球という大きな環境の健康につながります。サステナブルであればあるほど、より健やかな生活が実現できる。健康と引き換えに得たお金をたくさんもっていても意味などない。健康はお金で買うことはできませんから。

繰り返しますが、この状況は社会をよい方向へ変える大きなチャンスです。「たくさん売 れるから」「儲かるから」といった基準ではなく、 人や地球の健康を考えながら活動をするすべての人々にエールを送りたいと思います。

ースティーブン・コー  O’right創業者、CEO
2002年に両親を相次いで失くし、同年に人と環境に優しいヘアケア商品をつくることを決意し創業。自身が子どもの頃からアレルギー体質に悩まされていたという経験が、ブランドコンセプトの原点となっている。

2021年1月20日更新
2020年5月取材

テキスト:田中美帆
写真:金 東奎(ナカサアンドパートナーズ)