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好奇心は後天的に身につけられる ー LinkedIn村上臣さん流・キャリアを切り拓く「面白がり力」

ヤフーでCMO(チーフ・モバイル・オフィサー)を務めた村上臣さんが、そのキャリアに区切りをつけ、2017年11月にLinkedInの日本代表に就任したことは、さまざまなメディアで話題となりました。ITベンチャー起業から上場企業の役員に上りつめた村上さんが新天地を選んだのには、どんなキャリア観が影響していたのでしょうか。前編では、「呼ばれる人になりたい」と話す村上さんの仕事ぶりや、自らキャリアのオーナーシップを持つために必要なことを伺います。

終身雇用が幻想となった時代に、SNSが果たす役割とは

WORK MILL:LinkedInの日本代表就任から10カ月経ちましたが、現在はどんなことに取り組んでいるのですか。

村上:僕のロール(役割)としては2つあって、日本支社のカントリーマネージャーと、プロダクトマネージャー。それぞれレポートラインも違っていて、前者の上司はシンガポールにあるAPAC本部に、後者はシリコンバレーの本社にいるので、それぞれと会議を行なったりレポートを送ったりしています。

僕にとってはじめての外資系企業ということもあって、最初の3カ月まではなかなか感覚をつかめませんでしたが、やっとフル稼働できるようになって半年経った、という感じ。日本には20名ほどの社員がいて、ほとんどは営業担当なのですが、カントリーマネージャーとしてチームマネジメントを行いつつ、徐々に営業以外の分野も増やしながら、個人的にPRやマーケティングにも少しずつ取り組んでいます。
一方で、プロダクトマネージャーとしては、地道に日本語対応に取り組んでいます。プロダクト担当として日本にいるのは僕ひとりで、それ以外の日本専用開発チームのメンバーはシリコンバレーにいるんです。ですから、彼らと密にやりとりしながら、UI/UXやアルゴリズム、サーチなど細かい部分まで検証し、「英語をそのまま不自然に翻訳した」みたいな状態を改善しているところです。

―村上臣(むらかみ・しん)LinkedIn カントリーマネジャー(日本担当)
大学在学中にITベンチャー有限会社電脳隊を設立。電脳隊がその後統合された株式会社ピー・アイ・エムとヤフー株式会社の合併に伴い、2000年8月にヤフーに入社。エンジニアとして「Yahoo!モバイル」「Yahoo!ケータイ」などの開発を担当し、同社のモバイルシフトに大きく貢献。2012年より4月より執行役員兼CMO(チーフ・モバイル・オフィサー)としてヤフーのモバイル事業の企画戦略を担当し、「爆速経営」にも寄与。2017年11月にLinkedInの日本代表に就任。

WORK MILL:確かに、LinkedInは2011年10月から日本語に対応しはじめましたが、当時まだ英語コンテンツがメインでした。残念ながら、まだ限られたユーザーの利用にとどまっているような気がします。

村上:LinkedInはビジネスSNSとして、特に北米ではほぼ間違いなく使われるようになって、全世界で約5億8千万人のユーザーがいます。うち、日本は約200万人ですから、伸びしろしかありません。けれども日本ではなかなか根づかず、伸び悩んできた。本社でもさすがに本腰を入れてローカライズが必要だと考えて、僕に白羽の矢が立ったんです。入社の条件として、きちんと日本専用の開発チームを立ち上げることを求めました。それで、シリコンバレーでは日本人や日本語のわかる人も含めて6名程度のチームが専任で日本語版の開発を行っています。

WORK MILL:日本ではLinkedInに限らず、ビジネスSNSがあまり浸透していませんよね。企業アカウントがあるところも少ないですし、大企業の社長や役員クラスとなると、アカウントを持っていない人がほとんどです。

村上:そもそも、“ビジネス特化型のSNS”というコンセプトすら説明が難しいのに尽きますね。日本の場合、Facebookをビジネスに使う人もいるけど、「SNSを仕事に使うってどういうこと?」という印象を抱いている人も多い。

WORK MILL:「個人が会社の所属を明らかにしてアカウントを持つこと」に対して、セキュリティ的な意味で懸念を示す人も多い気がします。

村上:どうでしょうか……TwitterやInstagramで「こんなの食べました」とか、日常的な出来事を投稿する人は多くても、それをいかにSNSをビジネスに活かすか、まだ試行錯誤している状態なんだと思います。それに、日本企業の文化的に、社外よりも社内のコミュニケーションを最適化することを優先しがち、ということもありますよね。たとえば、営業とかは外部と仕事をするので社外との接点があるけど、エンジニアは比較的社内を向いている。まぁ、若い世代を中心に変わりつつありますけどね。ライトニングトークやミートアップなど、外へ発表する機会も増えているし、同じ職種同士の人が集まる機会もある。やっぱりそこで会社が違っても職種が近いと、悩みも共通しているんですよね。社外とのゆるいつながりが広がっていくなかで、オフラインで会って、オンラインでコミュニケーションを深めていくというのは、まさにLinkedInの得意とするところですし、SNSを活用することによって、仕事の生産性が高まることは実感できると思います。

WORK MILL:社外とのやり取りが増えることによって、「こっちの会社のほうが良さそうだ」などと、人材が流出してしまうことに危機感を覚えている経営者や管理職も多いのではないでしょうか。

村上:うーん……でも、しょうがないじゃないですか(笑)。囲い込もうとすること自体が不健全だし、何をしても辞める人は辞めるんです。だって、それは個人の権利ですから。「囲い込める」と思っていること自体が企業の驕りだと言えるかもしれない。かつては企業側に「定年まで面倒を見るよ」という約束があって、その責任を伴っていましたが、それがなくなってしまった時点で契約の前提が覆されている。もはや定年退職なんて幻想になってしまったんです。従業員側は既に、それに気づいている。だから企業側が意識を変えなくてはならないんです。

WORK MILL:「SNSをビジネスに活用する」というのは、どんなことが考えられるでしょうか。

村上:いま話したように、従業員の意識が変わっていくなかで、企業としてはなんとか従業員のリレーションシップを高めたい。そこにSNSを活用できるところは大いにあると思いますよ。退職理由はたいてい「直属の上司とそりが合わないから」というのが大半だけど、そういうことに気づけるような体制を取れているかどうか。よく、1on1ミーティングを導入したけど「話すことが見つからない」とか、話そうとするとパワハラみたいになっちゃう上司もいるようだけど、社内でつながりのある人が発信する情報には価値がある。部下が日ごろどんなことに興味を持っているのか、どんな仕事にやりがいを感じているのか。それを知ることで、対話の内容は変わってくるはず。あるいは、上司が「とてもためになった」とシェアしてる本があれば、それを読んでみるとか……。社内に限らず、社外も含めてそういったソース(情報源)を持つことが、その人のスキルアップにもつながるし、リレーションシップを高める。それが仕事の成功にもつながると思うんです。

日本発の新機能をグローバルに展開

WORK MILL:村上さんがLinkedInに入社してから、何かはじめた取り組みはありますか。

村上:プロダクトの日本語対応については本当に細かいところから修正しているんですけど……それ以外では、LinkedIn史上初、日本でスタートした機能があります。2018年6月にローンチしたQRコード機能なんですけど、検索窓からQRコードの読み取りとシェアができるようになったんです。本社の開発チームとのやりとりのなかで、「なんでもっと気軽につながれないの? 日本では実際に会ったときにみんなQRコードを交換するよ」と話して、実装されることになったんです。LinkedInは20カ国にオフィスがあるので、発案した国でそのままローンチされるとは限らないんですけど、「これは日本でテストマーケティングするしかないでしょ」と。そうしたら、「この機能、便利だね」と他の国からもどんどん声が上がって、順次展開されていっています。

WORK MILL:日本市場は「ガラパゴス化している」というイメージですが、世界でも通用するような機能を発案することになったんですね。

村上:その「日本はガラパゴス化している」というのもある種、幻想だと思うんです。これだけインターネットが発達して、一つのアプリやプロダクトが世界中で使われているじゃないですか。だから、基本的にはどこの国でもワークすると思うんです。ただ、細かいコミュニケーションの部分というか、マーケティングや見せ方は、それぞれの国に合ったものを考えないといけないなとは思います。

いま、本社の会議でもよく話しているのは、“From Japan to Global”ということ。日本のユーザーが約200万人なので、全体の1%未満。実験するにはちょうどいいし、テストマーケティングにピッタリじゃないか、って。開発にも大きなコストがかかりますし、できれば1カ国だけでなく、少なくとも4カ国くらいでは通用するようなものを開発したい。それなら、まずは新しい機能を作ってみて、どんどん日本で試そうぜ、と、さまざまな実験ができるような下地づくりに取り組んでいます。

WORK MILL:細かいところまでこだわる日本人の特性も、ある種ポジティブにはたらくかもしれませんね。

村上:彼らからすると、やはりアメリカのバイアスにとらわれていて、それを打ち破らないと、今後ビジネスは成長していかないという課題意識がある。そういう意味では、お互いに学びがありますね。各国のカントリーマネージャーが集まる会議でも、意見交換をしていると「えっ、日本ってそうしてるんだ」「インドはこんなことしてるのか」と、さまざまなことに気づく。それをいかにフレームワークとして会社の中にインプットするのか、意識的にはたらきかけるようにしています。

好奇心と“キャリアの掛け算”で「呼ばれる人」になる

WORK MILL:村上さんは在学中にITベンチャーを立ち上げて、その後会社の合併に伴い、ヤフーでエンジニアとして勤めた後、執行役員やモバイルの責任者も務められました。それからLinkedInに来たわけですが、村上さんにとっていまのキャリアの位置づけはどのようなものなのでしょうか。

村上:よく「呼ばれる人になりたい」と話しているんですけど、僕って基本的に“傭兵体質”なんですよ。

WORK MILL:傭兵体質(笑)

村上:火の手が上がってるところが好きなんです(笑)。よく言えば、公私ともにとても好奇心旺盛。悪く言えば、飽きっぽいんですよ。落ち着きがなくて、同じことをじっくり続けていられない。それは自分の特性として、小学校の頃からわかっている。だから、LinkedIn以外にもいくつか副業をしているんです。ひとつだけに絞ると、それが行き詰まったときにつらくなる。仕事の疲れを癒すために、ほかの仕事をしているようなところがあります。「キャリアの掛け算」とよく言われますけど、100人に1人ができるようなことをいくつか掛けあわせていくと、“100万人に1人”になれるかもしれない。だからこそ、いまのキャリアに“呼ばれた”んだと思います。

だって、ほんと昔からそうなんですよ。小学校のときは体操部と合唱部に入っていて、その次は合唱部に替わってブラスバンド部。それから体操部がオーケストラになって……。一度興味を持つと掘り下げないと気が済まなくて、ずっとそれを繰り返していたら無駄にスキルがたくさんついていった。ライセンスも取ったので、パワーショベルも運転できますし、チェーンソーで木も倒せます。

WORK MILL:すごいですね!

村上:ある程度領域が重なってくると、人としてのユニークネスが上がってくるので、何かあったときに「とりあえず、村上に聞いてみようか」となる。ただ、闇雲にやってもしかたなくて、「広く浅く」というより、「深く広く」ということ。僕の場合は、ヤフーでエンジニアをやりながら、投資や新規事業企画に携わったりしましたけど、軸として「モバイル領域」というのはぶらさずにやっていこうと決めていたんです。だから、17年もヤフーにいたのに、ほぼPCはやっていない。当時の上司にも社長にも「僕からモバイルを取りあげたら辞める」と、ひたすら言いつづけてきましたから。

WORK MILL:なぜ、自分の軸を「モバイル」と決めたのですか。

村上:モバイルが好きだったから、というのはありますね。インターネット自体が僕にとっては革命的で、はじめからどっぷり浸かってしまった。高校生の頃、まだWi-Fiなんてありませんでしたから、3キロ近くあるノートパソコンを公衆電話まで担いでいって、電話線につないでネットに接続していた。自主的にモバイル対応してたんです(笑)。アメリカではじめてモバイルでネットを見たとき、「ヤバい! 明らかにこっちのほうが便利じゃん!」と、ずっと使っていた。やっぱり落ち着きがないので、「移動しながら使える」って、ものすごくアドバンテージなんですよ。

WORK MILL:自分で好きなことを見定めて、自分のキャリアを構築する。キャリアを考えるうえで自らオーナーシップを持っていますよね。そうするためにはどんなマインドセットが必要なのでしょうか。

村上:ひと言でいえば、やはりグロースマインドセットなんだと思います。昨日の自分よりも少しは成長していたい、という明るさを伴った前向きな気持ち。そこには、やはり自分の興味を素直にとらえて、能動的に情報を取り入れることが重要です。同じことを1年後も同じように繰り返していたら、進歩がない。もし1年後にそれが半分の時間でできるようになったら、それこそ成長だろうし、空いた時間で何か別のことをするようになったら、新たな趣味が獲得できるかもしれない。

WORK MILL:自分の興味を素直にとらえて、能動的に情報を取り入れるための秘訣は?

村上:仲のいい友人とよく話すのは、「“面白がり力”って重要だよね」ということ。いい歳した大人がみんなで寄ってたかって、どうでもいいことにいちいち面白がってるって、傍目から見ると奇妙かもしれませんけど(笑)。好奇心って意外と後天的に身につけられるものだと思うんです。それこそ、ヤフーアカデミアの学長の伊藤羊一さんなんて、その典型ですよ。僕はもともとソフトバンクアカデミアの第0期生で、2011年にいったんヤフーを辞めたときに、孫(正義)さんから「会社を辞めても、アカデミアは抜けるな」とかなんとか言われて、そのまま外部生として転籍したんです。その第1期生の同期として出会ったのが、羊一さんでした。彼は当時、前職で執行役員を務めながらソフトバンクアカデミアに通ってたんですけど……本当に“面白くないおっさん”だったんですよ(笑)

WORK MILL:意外です!

村上:彼は麻布中高出て、東大出て、銀行に入って、いわゆる超エリートコースのレールを突っ走ってきて、「自分はイケてる」と思っていた。それでメーカーに転職して、ソフトバンクアカデミアに来てみたら、クラスメイトにはちょっと変だけど人生楽しそうなやつらが、わちゃわちゃしてる。そこで、衝撃を受けたらしいんですね。でも、彼は真面目なので、そこから「何か学べるはず」と考えた。「とりあえず、なんでも面白がることにした」というんです。見るもの、聞くもの、自由人ばかりのクラスメイトも全部「こういうところが面白い」と言い聞かせるように。そうしたら、本当に彼は変わってきたんです。

「気の持ちよう」って、本当にその通りで、それによって人の様態は変化していく。それと、「どんな環境に身を置くか」も重要ですね。“最高齢プログラマー”の若宮正子さんだって、環境と機会があったからこそ、80代でiOSアプリを開発することができた。そのふたつさえあれば、いくつになっても人は変わります。

WORK MILL:どんな環境に身を置くかを考えると、やはり社外とのつながりも重要ですね。

村上:そこでLinkedInをはじめSNSが機能してくると思うんですよ。社内のいつも見知ったメンバーで飲み会して、いつも同じように仕事の話をして上司の愚痴を言って……お決まりのパターンになってしまう。そこで同じ職種向けのミートアップやイベントをチェックして、他社の人と出会って、違う空気に触れてみると、全然違ってくる。普段の仕事の仕方や情報の取り入れ方などをお互いに話すだけでも気づきがあるはず。それが個人のスキルアップや成長につながっていくんですよね。


前編はここまで。後編では、LinkedInの組織文化やそこで働く人々に迫っていきます。 

2018年10月2日更新
取材月:2018年8月

テキスト:大矢 幸世
写真:岩本 良介
イラスト:野中 聡紀