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なぜいま共創空間が注目されるのか?

いま、「共創」や「オープンイノベーション」という言葉が世間を賑わせています。ひとつの企業や組織、あるいは個人が、自分たちの限られたリソースだけで価値創造を行うのではなく、他者とリソースを共有し、より大きなリソースを駆使すること、あるいはその相乗効果によって1+1を3にも4にもする活動がさまざまな現場で求められ始めています。程度はさまざまなれど、実際にそのような共創の活動が数多く立ち上がり、大きな話題を呼ぶようになってきているのです。

どことなく閉塞感の漂う現在のビジネスシーンにおいて、それを打破する手段として共創がさかんに騒がれているだけではなく、例えば地域共生や地方創生といったキーワードと共に、一般社会の中でもこうした協力関係や協調性が求められ、みんなで一緒になってよりよい社会を築こうというような動きが起こり始めています。そして、それをより効果的に促すための、人が集まる魅力的な「共創空間」があちらこちらで創設されています。

2012年に立ち上げた共創空間、Future Work Studio “Sew”。純粋な興味関心を起点に人が集まることで生まれる価値創造の可能性を見つめてきた

「三人寄れば文殊の知恵」ということわざにも表れている通り、古くから認識されていたはずの「共創」という考え方が、なぜいまになって改めて話題となっているのでしょうか?いま共創空間では何が行われ、何が求められているのでしょうか?

共創を調査観察し、共創を実際に行い、そのための場づくりを行ってきた立場から、いま現在の共創空間についてまとめていきたいと思います。

今回のテーマは「なぜいま共創空間が注目されるのか?」です。

「いつでもどこでも」が引き起こしたパラダイムシフト

共創がなぜ改めて求められることとなったのか。その背景を考える際に、欠かすことのできない要素はICTの発達です。「インターネット元年」と呼ばれる1995年頃から普及し始めたインターネットによる情報流通は、いまでは当たり前となった「いつでもどこでも情報のやり取りができる」、「いつでもどこでも連絡を取り合うことができる」世の中、つまり情報社会を実現し、技術の進化に合わせて多くの革新的なコミュニケーションツールを生み出しました。

共創がさかんに騒がれ始めているビジネス現場のヒントの集積地として、2015年に設立したOpen Innovation Biotope “Sea”

スマートフォンによって、いつでもどこでも情報のやり取りを行うことが可能となったり、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)によって、個人どうしのコミュニケーションやプライベートな情報の共有が促進されたり、「Wikipedia」のようなインターネット百科事典によって、さまざまな知識が集められた集合知から恩恵を得ることができるようになりました。

こうしたICTの発達によって訪れた情報社会は、世界中の情報流通網を生み出し、世界中のコミュニケーションを加速させ、そのコストを限りなくゼロに近づけることで、地球の裏側にいる人たちとも気軽にコミュニケーションを取ることができる、距離と時間と空間が近接する社会のグローバル化を加速させました。そして、その距離と時間と空間の近接こそが、私たちの生活シーンやビジネスシーンに大きなパラダイムシフトを生み出したのです。

市場の価値観が変わり、ものに対する意識が変わった?

そのパラダイムシフトとは、

  • 消費市場の価値観の変化
  • 製品ライフサイクルの変化
  • ものに対する意識の変化

の3つです。

情報社会は私たちの趣味嗜好に応じて、個人の求める情報を大量に届けてくれるようになりました。消費者は自分のニーズにマッチした商品などの情報を選択できるようになり、個人個人が自分のニーズを満たす独自の消費活動を行いやすくなっていきました。そうした変化に沿って、消費者のニーズはますます多様化していき、消費市場に価値観の変化が現れるようになっていったのです。

また、高速化する情報流通の中で、私たちの消費活動もまた高速化するようになりました。消費活動が高速化することで、導入→成長→成熟→衰退という製品のライフサイクルが早いスパンでまわるようになり、製品のライフサイクルそのものが短くなってきているという調査結果が見られるようになりました。価値観が多様化した消費市場や短縮化する製品のライフサイクルに対応するために、供給側である企業は短期間に多種多様な製品のアイデアを必要とするようになったのです。

そうした中で、企業が組織内の限られたリソースで対応することが難しくなり始め、足りないリソースを外部に求める動きが生まれたわけです。

普段交流のないような異分野の人との対話から、思いもよらないヒントが簡単に湧いてくる

さらに、消費者のものの所有に対する認識も変化し始めていると言われています。ものを所有することで豊かさを手に入れる時代から、個人がものを持たずに「シェア」(ものを共有)することによって豊かさを得る時代になってきているのです。

例えば、公共の交通網が発達した現在では、消費者は車を購入する必要がなく、車を買うよりも、必要な時に車を利用することができさえすればよいという考えが生まれるようになりました。まさにそれを可能にする「カーシェアリング」というサービスは、首都圏を中心にその需要が顕著に高まりつつあります。

 コミュニケーションでもなく、コラボレーションでもなく、コ・クリエーション

そもそも、企業をはじめとした多くの組織において、コミュニケーションやコラボレーションの活性化が重要であることは昔から言われてきているのに、なぜ今「つくる」要素が注目されるようになったのでしょうか?

前述のように、一般社会においてものに対する意識が「所有」から「シェア」に変わる中で、消費者は消費の際の「経験」を重要視するようになってきていると言われています。そこで、消費者が求める「経験」を正確に生み出すにはどうしたらよいのか?その答えとなるマーケティング手法として、「共創」に注目が集まるようになりました。製品やサービスなどを新たに開発する際に、消費者自身に開発プロセスに参加してもらうことで、消費者が価値を感じる要素を拾い上げて製品に反映させることができる。そして、そのプロセス自体を通してユーザーとしての経験価値を高めてもらい、口コミなどによる期待値をあげる戦略としても考えらえる。ビジネスにおけるマーケティングの現場で、そのような共創という手法が注目されたのです。

短時間で高密度な議論を行うだけでなく、その場でアイデアを形にすることで、成果は具体性と価値をより高める

一方で、ICTの開発現場では、ただ「協力する」だけでなく、「協力しながらその場で一緒につくる」というプロセスが生まれました。データのやり取りだけでアプリなどといった成果をつくり出すことのできるソフトウェア開発の世界では、「アジャイル」と呼ばれる共創に近い開発プロセスが一般化し、あるいは「ハッカソン」と呼ばれる、その場に集まったメンバーで編成される少人数のグループが1日、2日くらいの短期間でアイデアメイキングからソフトウェア開発まで一気に実施するコンペティションイベントが活発に開催されるなど、共創のプロセスが浸透しています。 

これらの分野で起こり始めた「ユーザーを巻き込む」、「短期間で多様な人と成果を生み出す」といったプロセスが、ものづくりなど他の現場のプロセスにも適応できると考えられ、一般化し始めていることも大きいのではないでしょうか。

見直される物理的な距離の価値

また、情報流通のコストが限りなくゼロに近づくことや情報流通の高速化が進むことは、意外な結果も生み出しています。ICTの進化によって個人間のコミュニケーションの頻度は増加し、その気軽さも向上していることは確かですが、コミュニケーションの質そのものが高まったと捉えている人は多くありません。「LINE」のようなチャットアプリやWEB会議のようなツールを使ったとしても、相手と直接向かい合うFace to Faceのコミュニケーションのほうが質が高いと感じる人は多く、むしろその価値が再発見されつつあるのです。

情報社会では、情報流通は高効率化されるものの、物的流通の効率が同じように高まるわけではなく、相対的に人やものの移動の重要度が上がってきています。移動時間や移動コストに対する意識が高まり、企業としては「移動」を削減対象としてみなすことも増えてきている今、移動せずとも働くことを可能にする働き方などに注目が集まっていますが、反対に「移動してでも集まる」ことに対する意識もまた高まっています。

移動コストがかかるものの、人が集まることで質の高いコミュニケーションを取ることができる。その集まる機会の効果をいかに最大化するか、そのための場づくりが求められ始めているのです。

人が集まる意義を追求し始めた、みんなのための場

 オフィスを例に、人の集まる場についてもう少し考えてみましょう。情報社会の中で、オフィスもその在り方が大きく変化し始めています。ICTの進化はいつでもどこでも働くことを実現し、在宅ワークなどといった、オフィスに通勤せずに離れた場所で働く「リモートワーク」を導入する企業も増え始めています。そのような環境を手に入れた企業のオフィスで、個人のタスクワークをする必要はもはやなくなりつつあります。

また、所有するオフィス空間そのものは賃料といった形でそのままコストに直結するため、いかに空間の無駄を無くし、コンパクト化するかという点についても重要視されるようになっています。個人のタスクをこなすための場という空間機能のニーズが弱まり、そうした機能は削減対象とみなされるようになる中で、オフィスはいっそう「人が集まる」意義が高まってきているのです。 

社内の人が集まる、あるいは社外のお客様やビジネスパートナーも集まる空間において、人が集まる機会の効果をいかに最大化するか。その手段として、共創という活動のニーズが高まりを見せていることは必然と言えるでしょう。

次回は、重要性の高まる共創空間のつくり方について、取り上げます。

共創空間を考えるシリーズ

【参考】
ワークデザイン・アドバンス 2016.08開催レポート Open Innovation Biotope “Sea”『いま、グローバル化と日本企業のあり方を探る』

【プロフィール】
ー庵原悠(いはら・ゆう) 株式会社岡村製作所 ソリューション戦略部 未来企画室
既存のデザイン領域を越えて、デジタルメディアや先端技術がもたらす新しい協働のスタイルとその場づくりに従事。Future Work Studio “Sew”Open Innovation Biotope “Sea” ディレクター。慶應義塾大学SFC研究所 所員(訪問)。

テキスト:庵原 悠
写真:岡村製作所
イラスト:野中 聡紀