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進化が止まらない賃貸マンションに潜入! 入居者が集まる「サードプレイス」とは?(百合ヶ丘池上マンション)

小田急線百合ヶ丘駅。神奈川県川崎市の静かな住宅街の一角にある「百合ヶ丘池上マンション」は、築37年と古い物件でありながら人気を集める単身向け賃貸マンションです。

このマンションの特徴のひとつが、入居者の共有スペースである『サードプレイス102』。マンション内の一部屋を改装したというこの場所は、なぜ作られたのでしょうか? また、普段どのように使われているのでしょうか。

百合ヶ丘の名物大家さんとして有名な池上正芳さんと、一緒にこのマンションを運営している原島アミさんに話を伺いました。

池上正芳(いけがみ・まさよし)
池上不動産管理株式会社 代表取締役社長。

原島アミ(はらしま・あみ)
anatano design 合同会社 代表。百合ヶ丘池上マンションの元住人。現在も、縁あってマンション運営やブランディングに携わる。

入居者が集まる「サードプレイス」がある賃貸マンション

今日はよろしくお願いします!

池上

こちらこそ、よろしくお願いします。早速ですが、『サードプレイス102』にご案内しますね。

ありがとうございます。すごくオシャレな内装ですね。ドリンクやWi-Fiも完備されているんですか!

この場所は普段、どのように使われているのでしょうか?

池上

入居者さんがテレワークや勉強をしたり、自由に使ってもらっています。

この場所で入居者さん同士が知り合って、お互い時間があるときに一緒におしゃべりをすることもあるみたいです。クリスマスパーティーをした方もいましたよ。

それはすごい。同じマンションに住んでいる人と知り合う機会って、なかなかありませんよね。あと、本棚にマンガもあるんですね。

池上

はい、マンガはサブスクリプションサービスを使って借りていて、入居者さんは自由に読めるようにしています。リクエストに合わせて、3カ月に一度、入れ替えているんですよ。

リクエストをもらうということは、入居者さんと大家さんが直接連絡を取り合っているんですか?

池上

そうですね。入居者さんには、このマンションのLINE公式アカウントに登録してもらっているんです。マンション全体のお知らせがあったらLINEで一斉送信していますし、逆に大家である私に要望があればメッセージを送ってくれます。

大家さんに連絡をするというと、設備に不具合が出たときくらいしか思いつきませんが、マンガのリクエストができるとは斬新です。

ところで、百合ヶ丘池上マンションは、部屋の内装にもこだわりがあると伺いました。実際にお見せいただけないでしょうか?

池上

いいですよ。今、ご案内できるお部屋が3つありますので。まずはこちらにお入りください。

ドアには、各部屋のテーマが書かれている。マンションの運営チームで考えたという「デニム」の意味とは……?

こちらがデニムの部屋の内装。服好きが嬉しい広々オープンラックと、おしゃれなカウンターキッチンのあるお部屋。壁に描かれたデニムカラーの青いラインがアクセントに。

わあ……! ドラマに出てくる部屋みたいですね!

池上

次の部屋は出窓があるので、ここを机として使えるようにリノベーションしました。あとは有孔ボードを付けて、ちょっとした小物を置けるようにしています。

無垢床で、温かみのある内装の部屋。狭いワンルームを有効活用し、出窓をデスクとして使えるように。

池上

あと、スピーカーは全部屋に最初から設置してあって、Bluetoothを接続すればスマホ経由で音楽を流せます。スマートキーも導入しているんですよ。

希望者は、飾られているアイテムごと借りることも可能。さらに、椅子もそのまま使用OKとのこと!

賃貸のワンルームマンションであることを感じさせない工夫がたくさんありますね。大家さんの思いがたくさん詰まった物件であることを感じます。

チャレンジしなければ衰退するだけ。進化し続けるマンション

池上さんは、いつから百合ヶ丘池上マンションの大家さんをされているんですか?

池上

10年ほど前からです。祖母、父と引き継いできて、私は3代目になります。

ということは、建ててからそれなりの年数が経っていますよね。築年数や戸数、どのような方がお住まいかも教えていただけますか?

池上

築37年で、エレベーターがない4階建てのマンションです。全部で42部屋あります。

入居者さんは女性が7割で、今は社会人が多いですね。以前は学生が多かったのですが、入学時期の春を過ぎると、入居希望者が減ってしまうという悩みがあったんです。

そこで、年間を通して入居タイミングがある社会人に住んでいただきたいな、と。

なるほど。ターゲットを変えたんですね。

池上

はい。以前は管理会社に入居者募集も任せていましたが、家賃を低くしても入居者が決まりにくくなってしまって……。価格競争になっても経営が大変になるだけなので、どうにかしなきゃ、と考えたんです。

それで、就職を機に地方から引っ越してくる「上京ガール」に多く住んでもらいたいと思って、部屋にも女性が住みやすい工夫を多く施しています。

さっき見せていただいた部屋には、鏡のついたドレッサーコーナーもありましたね。玄関は大きな姿見もあって。出かける前に全身を鏡で見られるのはありがたいと思いました。

マンションのエントランスの飾りつけも、驚きました!

エントランスの様子。取材日はホワイトデーを間近に控えた時期だった。

池上

あれも、居住者さんが仕事や学校から帰ってきたときに、ホッとした気持ちになってくれればと思って。

あとは、自由に使えるマスクや救急箱、防虫スプレーなどもエントランスに置くようになりました。

救急箱やマスクといった衛生用品から、掃除道具、害虫対策グッズまで。たまにしか使わないけれど、あると助かるアイテムを利用できる。

池上さんの細やかな気遣いがすごいです……! 新しい挑戦や工夫をすることがお好きなんですか?

池上

何事もチャレンジしなければ、衰退するだけですからね。

ここの大家になる前は、家業である築地の漬物屋で働いていました。そのときも、漬物の需要が減っていたので、工場を所有してキムチを作り始めたんです。

この物件も築年数などの条件は決して有利ではありませんから、空室対策のための工夫を重ねています。

入居者に渡される周辺エリアのフォトブック。地域を楽しいんでほしいという想いを込めて制作した。

いろいろな人にアイデアを募りながらマンションを運営

『サードプレイス102』は、どんなきっかけで作ったのでしょうか?

池上

知り合いの大家さんが経営するマンションに、入居者用の食堂があるのを見たことがきっかけです。それで、このマンションにも皆さんの共有スペースをつくりたいと思い、そのとき空いていた部屋を改装しました。

入居者さんどうしのコミュニケーションの場になっているんですね。

池上

はい。「サードプレイス」という言葉の通り、家でも職場でもない第3の居心地のいい場所にしたいな、と。

空いていたのが、102号室だったので、入居者さんも覚えやすいように『サードプレイス102』と名付けました。

たしかに、気持ちが落ち着く場所だと感じます。それにしても、池上さんはアイデアが豊富ですね。

池上

自分ひとりで考えるにも限界がありますから、イベントやセミナーで情報を仕入れたり、スタッフや入居者さんからアイデアをもらったりしています。

工夫を始めたきっかけも、不動産関係者が集まるイベントで、若い世代の方が楽しそうにマンション経営をしている話を聞いたことがきっかけで。「自分もこういう大家になりたい」と思ったんですよね。

原島

池上さんは、仲間を集めて意見をもらいながら物事を決めていくんです。私も以前の入居者で、ご縁をいただいて今こうして仕事をしています。

そうなんですね! 原島さんはどんな役割を担っているんですか?

原島

『サードプレイス102』の運営や部屋のデザイン検討などです。今では、SNS運用などもご一緒させていただいています。数名のチームで活動していて、毎週ミーティングをしているんですよ。

何人もの方がマンション運営に携わっているんですね! この掲示物は何でしょうか?

原島

月1回発行している「y-BROOKLYN magazine」というで入居者向けの情報ペーパーを、私が運営する会社で制作しているんです。『サードプレイス102』に掲示して、LINEでも入居者さんへ送っています。

いわゆる回覧板のようなものですね。デザインも素敵です!

相場以上の家賃を設定しても入居者が集まるように

ところで、サードプレイス102を作ったり、部屋の内装に力を入れたりすると、それだけコストが増えるし、部屋の数を減らすと家賃収入も減りますよね。マンション経営は大丈夫でしょうか……?

池上

むしろプラスになっています。実は、この地域の賃貸マンションの相場より高い家賃を設定しても、空室が出にくくなっているんです。

このあたりのワンルームマンションの家賃相場は4万円台ですが、うちは7万円前後です。

それでも入居者さんが次々に決まるのは大家さんの改革があってのことですね。

今後、マンションをどのように運営していきたいと考えていますか?

池上

入居者さんと地域の若い人たちが交流する企画をするなどして、街を活性化できたらいいなと思っています。百合ヶ丘が若い人で盛り上がって街の魅力が上がれば、この物件の価値も上がることが期待できますからね。

原島

最近では、この地域にゆかりがある外部の方を『サードプレイス102』にお呼びして、入居者さん向けにドライフラワーやアロマのワークショップを開くこともあるんです。

過去のワークショップの様子(提供写真)

街の人たちの交流や、街全体の活性化まで考えていらっしゃるんですね。

池上

『サードプレイス102』で開くイベントやワークショップをもっと増やしたいですし、百合ヶ丘の情報発信もやっていきたいな、と。YouTube「百合ヶ丘チャンネル」にも定期的に動画をアップしています。夢がどんどんふくらみますね。

入り口におかれた看板も、入居者さんが描いているそう。帰ってきたくなる工夫が、散りばめられた空間でした。

2024年2月取材

取材・執筆=御代貴子
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト