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当事者研究で自分に合った働き方を見つけよう。3年間で20冊執筆した横道誠さんの仕事術

3年間で20冊以上という猛烈なスピードで本を刊行している大学教員の横道誠さん。

しかし、このスピードを出す以前は、博士論文を書き上げられなかった時期が18年間あったと言います。どのようにして、膨大な仕事量を高いクオリティでこなせるようになったのでしょうか。

そのカギは、当事者研究で「自分を知ること」。横道さんに、これまでの試行錯誤で編み出してきた仕事術・営業術、そして当事者研究のやり方について伺いました。

横道 誠(よこみち・まこと)
1979年生まれ。京都府立大学准教授。ドイツ文学、ヨーロッパ思想、比較文化などを研究。また、発達障害や宗教2世などの当事者であり、同じ当事者性を持つ人々と集う自助グループを運営している。著書に『みんな水の中ー「発達障害」自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか』』(医学書院)、『唯が行く! ー当事者研究とオープンダイアローグ奮闘記』(金剛出版)、共編著に『ニューロマイノリティ 発達障害の子どもたちを内側から理解する』(北大路書房)などがある。

書籍を3年で20冊刊行、自助グループを500回開催

今、どのようなお仕事やご活動をされていますか?

横道

本業はドイツ文学者で、京都府立大学の准教授です。15年以上働いております。

そのほかに、4年前から自助グループを始めました。自助グループとは、アルコール依存症などの当事者たちが集まり、似たような困りごとや境遇を共有しながら、助け合うグループのことです。現在までに10グループ作っていて、開催回数は500回を超えています。

500回……! 始めたきっかけはなんだったのでしょうか?

横道

最初は、アルコール依存症と診断をされ、自助グループへの参加を勧められたからです。その後、発達障害、宗教2世、セクシャル・マイノリティなど、いろいろな自分の属性を細分化して参加し、自分でも会を作っていきました。

ほかには、書籍の執筆もしています。『みんな水の中』(医学書院)を2021年に出版して以来、3年間のうちに約20冊を執筆・刊行してきました。

『みんな水の中』(医学書院)

横道

約20冊というのは、自分の単著や自分が中心になった共著ですね。他の方が中心になった企画に分担執筆で参加した本、本ではなくて論文なども含めると、もっと多くの文章を執筆しています。

それほど精力的に活動されるようになったきっかけは何だったんですか?

横道

自助グループのなかで、当事者研究を始めたんです。当事者研究とは、主に障害や疾病の当事者が、同じような問題を抱えている仲間と一緒に、自分の生きづらさを研究して、生きづらさを減らしていくものです。

当事者研究に基づいて自己理解を深めていくうちに、それをかたちにしたいと思うようになり、論文や本を書くようになりました。そのような発信方法が自分には向いていたようですね。

博士論文に18年。自分を知り、合うやり方を見つける

ここからは、膨大な量のタスクをこなす横道さんの仕事術について教えてください。

もとから長い文章を書き上げるのが得意だったんですか?

横道

いえ、私は博士論文を書くのに18年かかりました。

私には発達障害のなかでも自閉スペクトラム症(ASD)と注意欠如・多動症(ADHD)の特性があります。ASDのこだわりの強さ、ADHDの先延ばし癖も影響して、なかなか書き上げられなかったんです。

18年は長いですね……。

横道

修士課程が終わってすぐ博士論文に着手したのですが、博士課程の3年間では終わらず。大学に就職したあとはいろんな業務があり、どんどんできなくなっていって……。

実は、2019年にうつ状態になってしまい、休職しています。その休職期間を使うことで、なんとか博士論文を完成させることができました。

その後、3年間で約20冊の本を書き上げられるようになったのはなぜだったのでしょう。

横道

休職をしたときに発達障害などの診断を受け、自分に合うやり方を見つけていけたからだと思います。

たとえば、私には発達性協調運動症(DCD)という、体幹の弱さがあるんですよね。だから、もともと多くの時間を寝転がって過ごしたいんです。

ところが、仕事では座ったり立ったりしていなければいけないことが多くあります。診断を受けて自己理解が深まってからは、基本的にはリモートワークで、寝転がって仕事をしています。

横道

私の仕事道具は、MacBook AirとiPhoneです。執筆するときには、まずMacBook Airでタイピングして書き始め、疲れてきたら寝転がりながらiPhoneでのフリック入力に切り替えます。

デバイスを替えながら、疲れないように、そして仕事に飽きないように、工夫しています。若い頃は、学校では座っていなければいけないので苦しかったですね。

自分に合ったやり方にすることで、それだけ生産性が上がるとは……。ほかにどんな工夫がありますか?

横道

メールは、基本的に1〜2行ぐらいで、すぐに返すようにしています。

重要度の高い要件でも、まず「いつもたいへんお世話になっております」と書いて、本文は「ご依頼に感謝します。喜んで引き受けさせていただきます」とのみ記し、続いて「今後とも何卒よろしくお願いいたします」と締める。礼儀は守りながらも、最大限シンプルにしています。

たしかに、今回の取材をお願いしたメールのお返事も「ありがとうございます。はい、お引き受けいたします。」の2行でした。

横道

はい、簡略な要件ならそのくらいです。メールをLINEやビジネスチャットのように使っているんですが、意外と相手から「この人はそういう人なんだ」と思われる程度で済んでしまうことも多いと思いますよ。

文章に悩んで返せなくなってしまうよりは、すぐ対応することが大事だと思っています。

確かにそうですね。

横道

私の場合は、2,000〜3,000文字程度のエッセイや書評の執筆依頼があれば、基本的に即日納品を心がけています。

依頼が来たら何通もメールのやり取りをしてから「じゃあ何日までに納品しますね」と決めて取り掛かる人も多いようですが、私は依頼が来たら、次のメールが3時間後に現物納品で本文には「ご依頼に感謝します。原稿を添付ファイルでお送りします」と記すのが基本です。

すごい。

横道

もちろん組織にいて依頼する側であれば、メールを何度もやり取りをしたり、長い本文を書いたりすることによって、依頼先に対するリスペクトを示すことも大事かもしれません。

ですが、私は書き手としては自由にさせてもらっている立場なので、自由が利きます。立場や状況に応じて使い分けながら、自分に合ったやり方を選んでいけばいいのではないでしょうか。

“応募”して、やりたいことを実現する

自分のやりたい仕事を実現する営業術についても伺いたいです。最初の本は、どのようにして刊行を実現させましたか?

横道

最初は、自分の博士論文の構想を、ミネルヴァ書房という出版社に持ち込みました。私は歴史学者ではないですが歴史系の文学研究をしてきたので、同社は憧れの名門出版社でした。

ただ、当時まだ博士論文は完成していなくて。「こういうかたちで完成しそうだ」と伝えたのですが、そのときは断られてしまいました。

それで博士論文が完成したあと、次の研究テーマを当事者研究にしようと考えて、自分で教え子と研究会を立ちあげ、オンライン雑誌を作りました。

なぜ、オンライン雑誌を?

横道

企画やアイデアがあっても、サンプルがなかったら編集者も実現しにくいと思ったんです。

当時、自助グループ・当事者研究をやっていくうちに、自分自身の見え方が全然変わってきたので、まずはそれを論文にしようと思ったんですね。それを発表する場としての研究会と雑誌です。

雑誌の創刊号に私の論文を載せて、それを医学書院で「シリーズ ケアをひらく」を担当していた白石正明さんに送りました。白石さんの助言に従って大幅にアレンジすることで、その論文が『みんな水の中』になりました。

その『みんな水の中』を皮切りに、20冊も刊行することになった、と。

横道

最初の1冊が大きな意味を持っていたと思います。

「シリーズ ケアをひらく」は毎日出版文化賞も受賞しているから、ある意味ではそのシリーズから新刊を出すだけで、「受賞作」みたいなものだったわけです(笑)。

そのあとで、博士論文の審査も終わったので、やはりそれを刊行しようと思って、ダメ元でもう一度、ミネルヴァ書房に持ち込みました。すると、すぐに出版できることになったんです。

聞いてみると、担当編集者が「『みんな水の中』のファンだ」と言ってくれました。そういう「おいしい連鎖反応」が頻繁に起こるようになりました。

書籍の刊行に限らず、新しい企画を実現したいときにビジネスパーソンができるのはどんなことでしょうか?

横道

勇気を持って“応募”することではないでしょうか。私も、最初は失敗しながらも“応募”を続けたことで、いろんなチャンスが舞い込むようになりました。

書籍の場合は、あとがきを読めば著者が編集者に謝辞を書いていますよね。自分が「この本が好きだ」と思ったら、編集者を見て連絡を取り、企画を“応募”してみる。本を出したかったら、著者に詳しくなるだけでは不充分です。編集者にも関心を持たなくては。

その際、構想だけしかなくて「アイデアを買ってくれ」と言っても、出版にはそれなりのお金がかかるので、相手はお金をかけて実現しようと思ってくれません。そこで、「これはいける」と思ってもらえるようなサンプルを作ることも大事だと思います。

仲間と一緒に、当事者研究を始めてみよう

ビジネスパーソンが、横道さんのような仕事術を実現していくには、どんなアクションができますか?

横道

ぜひ、当事者研究をやってもらいたいです。

当事者研究は、本来は障害や疾病のある人ためのものですが、生きづらさは普遍性の高い問題ですよね。ですから、ビジネスパーソンがやってもいいと思うんです。

同僚で集まって、自分について話し、自分を研究する機会を作る。そうすれば、自分に合ったやり方、パフォーマンスを発揮しやすい方法を見つけやすくなると思います。同僚にプライベートを晒すのに不安がある場合、ぜんぜん違う領域の人と集まってやるといいでしょうね。

当事者研究の始め方がわからない人は、どうしたらいいでしょうか?

横道

SNSを活用するといいと思います。「自分はこういう当事者なんですけど、その仲間で一緒に当事者研究しませんか」と。

そういう風に集まった仲間は、同僚、友達、場合によっては家族以上にありがたい存在になることがあります。

そんなに……!?

横道

仲の良い友達だからこそ、あるいは大切な家族だからこそ、話せないこともありますよね。同僚に対しては、話せないことなんて、たくさんある。

それに対して、当事者研究をやる仲間には明かせる。お互いに同じことで悩んでいるわけですからね。

なるほど。

横道

「生きづらさ」という自分のコアな部分でつながることで、生きていく勇気が湧いてくるんです。だから、当事者研究はもっと広まってほしいなと思いますね。

当事者研究で集まる仲間は、ある意味で自分の分身のような存在です。一緒に当事者研究をして得られるものは、非常に大きいです。

当事者研究については、『唯が行く! ー当事者研究とオープンダイアローグ奮闘記』(金剛出版)にも詳しく書いています。

『唯が行く! ー当事者研究とオープンダイアローグ奮闘記』(金剛出版)

横道

当事者研究を通じて、自分のことを知り、自分に合ったやり方を実践する。そうすれば、プライベートにも仕事にも活かせるようなノウハウが蓄積されていきますよ。

2024年5月取材

企画・取材・執筆=遠藤光太
アイキャッチ制作=サンノ
編集=鬼頭佳代/ノオト