働く環境を変え、働き方を変え、生き方を変える。

WORK MILL

EN JP

日本のワーケーションはこれからどうなる? いま改めて考える働く場所の自由度

すっかり世の中に浸透した「ワーケーション」というキーワード。しかし、結局のところ、個人や会社にとってはどんなメリットがあるのでしょうか。

日本におけるワーケーションの位置づけを振り返りつつ、これから起こりうる変化や可能性について山梨大学の田中敦教授に伺いました。

―田中敦(たなか・あつし)
山梨大学生命環境学部地域社会システム学科 教授。JTB入社後、米国本社企画部、欧州支配人室人事部、本社経営改革部などを経て、本人出資型社内ベンチャー制度を活用し、福利厚生アウトソーシング業であるJTBベネフィットを起業し30歳代で取締役に就任(同社は2022年4月にパソナグループに150億円で売却)。その後、JTBグループ本社事業開発室長などを経て、12年にJTB総合研究所に主席研究員として参画。16年に山梨大学に観光政策科学特別コースが新設された際に転進。ワーケーション政策を検討する国土交通省観光庁「新たな旅のスタイルに関する検討委員会」委員、日本国際観光学会ワーケーション研究部会長。

実はこんなに幅広い! 日本におけるワーケーション

今、ワーケーションに関心をもつ人も増えていますよ。そもそも、ワーケーションには明確な定義があるのでしょうか?

WORK MILL

田中

ワーケーションの元々の使い方は、基本的に「休暇期間中にも途中で仕事もすること」です。今は、家でも会社でもない場所で、仕事をしながら何かする、といったものはすべてワーケーションと呼ばれています。

ちなみにインターネット上に「ワーケーション」という言葉が出てきたのは、2010年頃です。

10年以上も前から、すでに言葉自体は存在していたのですね。

WORK MILL

田中

そうです。ワーケーションという言葉が出てくる以前から、家族と休暇を過ごしながら、空いた時間にメールを返信したり、仕事したりすることは実際に行われていましたよね。

そういった以前の休暇に働くことと、現在の「ワーケーション」には、何か違いはあるのでしょうか?

WORK MILL

田中

忙しい管理職が旅行先でも対応をしていた、というのは「風呂敷残業(※)」と同じで、表面的には業務を行っていたことにはしていません。

一方、ワーケーション中に行っている仕事は会社に認められた「勤務」。つまり、給与の対象になっているということがまず大きな違いです。

今のワーケーションは働く人が「テレワークを行う場所を自由に選ぶことができる制度、と言い換えることができるでしょう

これまで働く「時間」の自由度については、労使で協議をしながらフレックスタイム制度や裁量労働制に代表されるようにいろいろな取組みがなされてきました。しかし、働く「場所」については法的な規定はほとんど存在しません。

したがって、本来はもう少し柔軟にワーケーションの制度を採り入れる企業が増えても良いのですが、実際には2021年3月に厚生労働省から「改正テレワークガイドライン」が出されるまでワーケーションの際の労務管理や労災適用などのルールが曖昧だという指摘も多く、なかなか浸透しませんでした。

※風呂敷残業……労働時間内に終わらなかった仕事を自宅に持ち帰って行うこと。

「いろいろな場所で働ける」ことがもたらすメリット

日本でワーケーションという言葉が広まったきっかけは何ですか?

WORK MILL

田中

コロナ禍の真っ最中だった2020年7月27日に、菅義偉官房長官(当時)が「ワーケーションを政府として推進する」と宣言したことで一気に認知度が高まりました。

ちょうどコロナ禍のさなかでGo To トラベルキャンペーンを開始したタイミングと重なってしまったことから開始当時はネガティブな印象もありました。しかし、今ではワーケーションの効果を好意的にとらえ、やってみたいという人が増えてきていると思います。

その後、先ほどお話したように2021年3月に厚生労働省が「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」を発表したことで一定の基準が示され、2022年度以降にはワーケーションが実施しやすい制度やルールを採り入れる企業が徐々に増えてきました。企業の人事部はやや保守的なところも多いのですが、厚労省のお墨付きが背中を押すことになったかもしれません。

なるほど。今、ワーケーションを推進している企業はたくさんあるのでしょうか?

WORK MILL

田中

積極的にワーケーションを推進している企業はまだまだ少ないのが現実だと思います。

しかし一方で、NTTグループやヤフーなど、休暇先で仕事をするという概念を超えて、働く場所の自由度を一気に高める「日本全国どこに住んでいてもリモートワークで働ける制度」を導入する企業が出てきました。

このようにリモートワークがスタンダードとなり、必要に応じて出勤し対面でミーティングを行うなど、いわゆる「ハイブリッドワーク」を採り入れる企業が徐々に現れてきています。

今後こうした制度を採り入れる企業が増加する傾向が強まっていくと、社員はワーケーションという言葉を使わずとも、いろんなところで働けるようになるでしょう。

社員がさまざまな場所を自由に選んで働くワークスタイルには、どういうメリットがあるのでしょうか?

WORK MILL

田中

これまでは業務時間として認められないとわかっていながらも旅行先で対応していた仕事も、業務の一部としてきちんと認められるようになったのはメリットです。

特に、マネージャー層の中には「部下を置いて旅行に行きづらい」と感じていた方もいるでしょう。けれど、「家族と一緒にいるけれど、何かあれば対応するから大丈夫です」と言えれば、旅行しやすくなるのではないでしょうか。

社員は嬉しいですよね。一方、企業側にとっては、どのようなメリットがあるのでしょうか。

WORK MILL

田中

職場の外でワーケーションをすると、他領域の人とコミュニケーションをとる機会も必然的に増えます。これは企業にとっては新たなビジネスチャンスを生み出すきっかけにもなるでしょう。

また、今まで自分の思い通りに仕事ができなかった人材も、働き方が選択できることで本来の力を発揮できる可能性もあります。

もちろん外部と一緒に行う新規プロジェクトなどは、これまでもたくさん行われてきました。しかし、通常業務ではあまり多くの人とコミュニケーションを取らない専門的な職種にいる社員の場合、いきなり外部と一緒にプロジェクトを進めようとしても上手くいかないことも多い。

そこで、国内の大手IT企業などでは、まずは外部とコラボレーションを体験するために、地域の人と一緒に活動して、越境学習の効果を実感するためのワーケーションも行っているそうです。

いろいろな属性の人とコミュニケーションをとることは、仕事にもプラスになるのでしょうか?

WORK MILL

田中

子どもがいる女性の割合が高いある企業が、「ワーケーションに家族を連れてきていいよ」という取り組みを行いました。すると、社員だけでなくお父さんや子ども同士が仲良くなり、結果としてお互いの家族の様子や事情への理解が深まり、職場での女性社員同士の連携や支え合いも一層進んだそうです。

その結果、メンバーのチームワークが向上し、離職者が減少したほか、会社の雰囲気が良くなり、新たに入社する人も増えたと言います。

日本では家族を連れて出張をするという習慣はありませんが、世代や属性が違う人とコミュニケーションをとることで、仕事がよりうまく回るようになるケースもあるのです。

それはいいですね。

WORK MILL

田中

また、富士通さんは社員同士でワーケーション情報をシェアする社内限定のウェブサイトを立ち上げています。これがかなり多くの社員に見られる人気コンテンツになったそうです。

面白い投稿があれば自分も真似したくなりますし、社内で交流がなかった人とコミュニケーションをとるきっかけにも繋がりそうです。

WORK MILL

田中

加えてイントラ上に情報があるため、「ワーケーションが会社公認である」ということも社内によく伝わります。

逆に、ワーケーションにデメリットはあるのでしょうか。

WORK MILL

田中

働いている人にとってのデメリットは、ほぼありません。あえて挙げるならば、職場で机を並べているときに比べて話しかけづらいという点があります。

これはワーケーションだけではなくテレワーク全体に言えることですが、ワーケーションの場合は休暇も兼ねているとなると連絡しづらいと、気を遣う人も出てくるでしょう。

週に1〜2回でも顔を合わせて集まるハイブリッド型の方が、フルリモートよりもコミュニケーション面では効果的だと思います。

「隠れワーケーター」はなぜ生まれた?

「ワーケーションしている」と宣言せず、旅先でこっそりテレワークを行っている人を田中先生は「隠れワーケーター」と呼んでいらっしゃいますよね。

なぜ、これだけワーケーションが浸透しているのに、「隠れワーケーター」が存在してしまうのでしょうか。

WORK MILL

田中

一番大きな理由は、「同調圧力があるから」ではないでしょうか。つまり、みんなが忙しいときに「自分だけが遠出してリフレッシュしていては申し訳ない」と気遣ってしまう。

一方で、ワーケーションの制度がない、あるいはルールが曖昧だったり、手続きがとても面倒な会社に所属していたりするために、あえて会社に申告することなく密かにワーケーションを実施している人もいます。

例えば「今、軽井沢にいます」というと「軽井沢で働いていいとは規則に書いてない」と指摘される可能性があります。しかし、働いてはいけないという規則もない。だったら会社とわざわざ議論をするよりも、隠れてやったほうが楽だと考えるのです。

ルールがない中でワーケーションした場合、どのような問題が考えられますか?

WORK MILL

田中

例えば、ワーケーション中にオンライン会議をしているときに、社外秘の資料を誰かに見られて、競合に真似されたとなれば、情報漏洩に加えて、機密保持義務違反ですよね。そういうトラブルが起きた時が一番の問題です。

そうならないためにも、会社がワーケーションを認めて、ルールや条件を定めることに意味があります。

ルールがあることが大切なのですね。

WORK MILL

田中

そうです。例えば、東京から軽井沢に旅行してホテルで働けばワーケーションですが、普段から軽井沢に住んでいる人が軽井沢のホテルにこもって働くのは単なるリモートワークと呼んでいますよね。

確かに、そのとおりですね。

WORK MILL

田中

問題は「ワーケーション」という呼び方そのものではなく、働く場所の自由度をどのように考えるかなんです。一定のルールは必要ですが、いろんな場所で働けることのメリットは決して少なくありません。

集中できる場所、面白い人が集まっている場所、ミーティングに向いた場所……。そうやって状況に合わせて最適な働く環境を選べる人はハイパフォーマーが多いという研究もあります。

だからこそ、違う場所で働く時に隠れなくてもいい社会になっていくことを望みます。

これからのワーケーションはどうなる?

ワーケーションという言葉は広がってきましたが、実際にやる人はまだまだ少ない印象です。これからワーケーションの取り組みが増えるためには何が必要なのでしょうか。

WORK MILL

田中

まずは、体験してみようと企業が勧めることが必要なのではないでしょうか。

特にコロナ禍に入社した1〜2年目の若手新入社員の場合、実は先輩社員とのコミュニケーションが十分に取れていないケースもあります。だからこそ、例えば1週間くらい会社の人たちとどこかで集まって、話したり飲んだりするのは社内コミュニケーションや仕事のやりやすさを向上させるのに役に立つでしょう。それもワーケーションです。

ほかにも、友人同士で貸し別荘を借りて、自主的にワーケーションをしているなんて話も聞きます。また、キャンプしながら少し仕事をやってみる……というのも一つのアイデアと言えるでしょう。地域の人たちやたまたまそこに来ている人たちとの交流も、越境学習につながります。

いろいろなワーケーションがあるからこそ、人それぞれ楽しくリフレッシュしながらも働けるのです。

そうやって色々な人と話すことで、自分のキャリアについて考えを深めたり、新たなスキル習得に関心を持ったりすることにもつながりそうです。

ここまで広がったワーケーションですが、今後どうなっていくと考えていらっしゃいますか?

WORK MILL

田中

国としては、これからインバウンド需要が戻って外国人観光客が増えてきたときに、長期滞在者をどうするのかという問題があります。海外では長期滞在する労働者に対する専門ビザである「デジタルノマドビザ」を出している国も複数あるので、日本政府の動きには注目しています。

すでに日本国内で働いている人に関してはどうですか。

WORK MILL

田中

自治体からワーケーション誘致のための補助金のあり方がポイントになるのではないでしょうか。

今は移住者を増やすという目的で使われているケースが多いのです。しかし実際は移住まではしないまでも、地方を2拠点目、3拠点目としてアパートを借りたりしている人もいるのが現実です。

だからこそ、転職を伴わず半分移住のような取り組みを推進する補助金を出すほうが、可能性が出てくるのではないでしょうか。そうやって若い人が代わる代わる訪れて、楽しんでいる状態になれば地域はもっと面白くなると思います。

新たなコラボレーションも生まれそうです。

WORK MILL

田中

特に東京から新幹線で行けるエリアにも、そういう過ごし方ができる場所が増えています。

私が山梨大学のゼミ生と一緒に行なっている「富士吉田市まるごとサテライトオフィス」という取り組みを紹介させてください。この取り組みでは、富士吉田市にある富士急ハイランドの中にもサテライトオフィスを設置しています。仕事に集中して疲れたときに、ジェットコースターでリフレッシュしたり、サウナや温泉に入ったりすることも可能です。

景色が美しいコワーキングスペース「ドットワーク富士吉田

素敵ですね! 今後は地域の特性を活かしたワーケーションを提案する場所が次々に出てくるかもしれないですね。

例えば、国内パスポートやワーケーション手形のように地域をつなぐアイデアがあれば、地方創生の文脈にも通じそうです。

WORK MILL

田中

手形は面白そうですね。特定の地域に頻繁に通うためには、距離や時間は大きな要素です。しかし、まだ知名度は低くとも行きやすい場所はたくさんあります。

さらに発展すれば、夫婦で海外へ一時移住し、子育てしながらリモートワークすることも不可能ではありません。

生活そのものがより自由になるイメージなのですね。

WORK MILL

田中

はい。今までにない発想で物事を組み合わせることで、ワーケーションのマーケットを広げることができるかもしれません。

今は副業や兼業OKの会社も増えています。例えば、マーケティング力があるウェブデザイナーなら週4日は会社で働いて1日は別の仕事をしていていいならば、7日間の夜と3日間の日中、兼業ができるようになります。

すると、都心の会社の仕事を好きな地域に住みながらリモートワークで行なって、兼業として地域の仕事をすることも可能になります。

東京で働きつつ、地元にも貢献したいと思っている人には嬉しい可能性ですね。

WORK MILL

田中

普段は都内で仕事している人が地方に行くと、都内では埋もれてしまうスキルや経験も生かされ「仕事ができる人」として、深い感謝とリスペクトをされるケースも多いのです。

また金銭的報酬だけではなく、僕の知人には、仕事の報酬として社長から桃を送ってもらっていました。今の季節なら、シャインマスカットかもしれません。そうしたちょっとした地域から気遣いがあることで、外出がちで不満をもたれやすい方も家族から理解されやすくなることもあるそうです。

働き方が自由になれば、働くこと自体がもっと楽しくなっていくだろうなと思っています。

2022年8月取材

取材・執筆=ミノシマタカコ
編集=鬼頭佳代/ノオト