人生もキャリアも、やってみないとわからないことばかり。“自分らしい仕事をしなきゃ”をやめよう。(澤円さん)

仕事でもプライベートでも、やりたいことは山のようにある。同時に、周りからのいろいろな頼まれごとにも向き合っていくと、いつの間にか予定はいつもパンパンに。この働き方、暮らし方は思っていたのと、ちょっと違う気がする……。そんなときに必要なのは、こだわりや常識、思い込みを手放すことなのかもしれません。連載「やめるための言葉」では、圓窓代表取締役・澤円さんと一緒に「やめること」について考えていきます。
「自分らしさ」の呪縛
最近、「自分らしい働き方をしたい」とか「自分らしい仕事に出会いたい」といった言葉を耳にする機会が増えました。ボクは人材系の会社の顧問をやっていたり、転職サービスに関わっていたりするので、多くの「転職理由」を目にする機会があります。
その中でも、この「自分らしさ」というキーワードは、かなり増えてきているなと実感しています。SNSやキャリア系メディアでも、「自分らしさを大事にしよう」「唯一無二の自分で勝負しよう」といったメッセージがあふれています。
うん、まぁ気持ちはすごくわかります。ボク自身、「個の力を活かす社会が理想だよね!」と声を大にして言ってきましたから。
でも、ここ数年の現場を見ていると、この「自分らしさ」ってやつ、ちょっとだけ暴走してない?と思うことがあるんです。
「自分らしくないからやりたくないです」
「その仕事、ボクの世界観じゃないんで……」
「それって、私のカラーじゃないんですよね」
そんなふうに、せっかくの機会をスルーしてしまう人が増えている気がします。
もちろん、心身に負荷がかかりすぎる仕事や、自分の価値観を踏みにじるような環境で無理して働くのはよくない。それは間違いなく「やめた方がいいこと」です。
でも、「自分らしくないからやらない」という判断だけが正義だと思い込んでしまうのは、学びの機会を放棄しているとも言えます。
あるいはこんなパターンも。
「自分らしい働き方が分からない自分は、ダメなのではないか」
「あの人は自分らしく働けているようだ。うらやましくて仕方がない!」
こんな風に反応しすぎるのも、ちょっと危険な香りがいたします。「自分らしく」って、なんか耳障りの言いキャッチコピーに使われがちで、「あって当然、ないとダメ」みたいな思考に陥る人が出てきても不思議ではありません。バズワードというのは、いつの世にも人の思考に深く入り込んでいきますからね。
「自分らしさ」って変わるんです
そもそも、「自分らしさ」ってそんなに固定されたものでしょうか? たとえばボク自身、20代の頃に「自分らしい働き方ってなんだろう?」と聞かれたら、自分なりの答えをすぐ言えなかったのではないかなと思います。
目の前のことに必死で、そんな自己分析などしている余裕がなかったからです。今のボクは、華やかな舞台を用意いただいて登壇したり、さまざまなメディアに取り上げてもらったりして、いかにも「自分らしさを追求した結果として今がある」と映るかもしれませんね。
んなこたありません。自分らしく働くなんてことを考え始めたのは、40代も半ばを過ぎてからの話です。
幸いなことに、今のボクはとても「しっくりきている」働き方ができています。ここに至るには、何かしら確立した方法論があったり、誰かの指南を受けたりしたわけではありません。
必死こいて仕事と向き合っているうちに、結果として身についてきたものです。つまり、「自分らしさ」って、案外あとからついてくるものなんですよ。
やってみたことのない仕事でも、思い切って飛び込んでみたら意外と楽しかったとか、「え?そんな仕事、自分にできるわけない」と思っていたのに、やってみたらハマってたとか、そんな経験、誰にでもあるんじゃないかと思います。
にもかかわらず、「自分らしいかどうか」で仕事を選びすぎると、「大いなる可能性が含まれている体験」すらシャットアウトしてしまうんですよね。それってすごく、もったいないと思いませんか?
「自分らしさ」を探すより、「自分の幅」を広げよう
ボクが思うに、仕事って「自分らしさ」を守るものというより、「自分らしさの幅を広げるもの」なんじゃないかと思うんです。
これまでやってこなかった仕事を経験することで、自分の意外な強みに気づけたり、今まで接点のなかったタイプの人たちと協働することで、自分の中に眠っていた価値観が刺激されたり、「こんな自分、知らなかったな」って思える瞬間が、キャリアの中には必ずある。
逆に言うと、「自分らしい」ものだけを追い求めていると、それ以外のすべてを「ノイズ」にしてしまいがちです。
ボクがこれまで一緒に仕事をしてきた「面白いな〜」と思う人たちって、みんな「自分らしくないこと」も楽しそうにやってるんですよね。なんなら、「いや〜、全然向いてないと思ってたんですけど、やってみたら意外と好きで」って笑って言える人が、いちばん強い気がします。
キャリアって、「自分の可能性の地図」を広げていく旅みたいなものです。最初からすべてが描かれている地図なんて存在しません。
だからこそ、「“自分らしさ”にこだわりすぎない勇気」を持ってみるのも、実はすごく大事なスキルなんじゃないかとボクは思っています。やりたいことが明確で、「これが自分の道です!」と迷わず突き進める人は、もちろん素晴らしい。
でも、「自分らしい仕事が見つからない……」と悩んでいる人に、ボクはこう伝えたいです。
「とりあえず、やってみませんか?」
もしかしたら、それが自分らしさの一部になるかもしれません。あるいは、「これじゃないな」と気づくことで、次に進むヒントが見つかるかもしれません。
ボクが出会った学生の一人が、卒業するにあたって全学部生の前でプレゼンをしてくれました。
「周囲には、起業したりいろんな挑戦をしている学生がたくさんいて、自分もやらなくちゃと思って焦っていた。
いろいろ自分も試してみて、起業してみようとしたり、あたらしいプロダクトを生み出そうとしてみたりした。結局、自分には実現できなかった。
でも、いろんなチャレンジをした結果として、「自分は小さい幸せをしっかりと大事にする生き方が向いているんだ」ってことに気が付きました。」
ボクはめちゃくちゃ感動しました。まさに、自分らしさを発見し、それに正直に向き合えたからこその言葉だと思います。
人生もキャリアも、「やってみないとわからないこと」ばかりです。そして、それは大きなことを成し遂げることとは限りません。
だから、“自分らしい仕事をしないといけない”のを、いったんやめてみましょう。そして、“自分らしくない仕事にも、ちょっと好奇心を向けてみる”を始めてみませんか?
きっと、あなたの中にまだ見ぬ「自分らしさ」が眠っているはずですから。
アイキャッチ制作:サンノ
編集:ノオト