働く環境を変え、働き方を変え、生き方を変える。

WORK MILL

EN JP

経営者の経験をプレーヤーとして生かす。代表取締役からプレーヤーへ異動した「自分らしい選択」のつくり方(THE MOLTS 寺倉大史さん)

会社に入ったら、出世を目指す。それが当たり前だったのは過去の話で、近頃は管理職になりたくないと考える会社員も決して少なくない時代になりました。

しかし、自身が立ち上げた愛する会社の代表取締役からプレーヤーになりたいと考え、それを実行してしまった人はとても珍しいのではないでしょうか。

デジタルマーケティングカンパニー「THE MOLTS」の寺倉大史さんは2024年9月、立ち上げた会社の代表取締役を退任し、いち従業員になる選択をしました。

多様性の時代、働き方にもさまざまな選択肢が生まれていますが、自ら立ち上げた企業内で代表取締役から従業員への異動を選択する例はなかなか聞きません。

代表取締役からプレーヤーになって変わったこと・変わらないこと、自分らしい選択をするヒントを伺いました。

寺倉 大史(てらくら・たいし)
1987年、京都生まれ。藍染職人から2013年株式会社LIGに入社。同社でメディア事業部部長、人事部長を経て、2015年9月から執行役員。2016年3月にデジタルマーケティングカンパニー「MOLTS」(≒現THE MOLTS)を設立し、独立。オウンドメディア、コンテンツマーケティングのアドバイザリー、インハウス化支援、運用代行を軸にし、事業開発、営業組織教育、組織開発など幅広く支援の幅を広げ、累計100社以上の事業成長に貢献する。2024年9月、同社の代表取締役を退きプレーヤーに異動。

プレーヤーに異動して変わったこと

プレーヤーに異動して数カ月経ちますが、最近はどのような過ごし方をされていますか?

寺倉

今は引き継ぎ期間でもあるので、まだ完全にプレーヤーの生活に切り替わったわけではありません。

もともと、代表取締役だったときもクライアントワークをしていたんですが、それでもこの3カ月でプレーヤーとしての活動の比率が上がりました。

具体的にはどういうバランスなのでしょうか?

寺倉

リソース配分としては、5割くらいがクライアントワーク、残りが新規事業や経営に関するいろいろなこと、という感じで。

それが、引き継ぎ中の現時点でも、クライアントワークが8割くらいまで増えているな、という感覚です。考える空白が増えましたね。

なるほど。考える余白が増えたとは?

寺倉

代表だった頃は、「会社としてどうあるべきか」「THE MOLTSをどのようによくしていこうか」を起点に、「どうやってプロジェクトをよくしていこうか」「自分がどうあるべきか」を考えていたんです。

でも今は、「会社として」という思考の枠組みがぽっかり空いて、全社視点だとできないと思っていたことも、プレーヤーだったらできるかもしれない、と思えるようになっています。

仕事の時間・オフの時間の使い方について変化はありましたか?

寺倉

基本的に、ひたすら仕事をしていることは何も変わっていなくて。でも、考える内容は変わりました。

あるサービスの会員数が大きく伸びた事例を見たら、フレームワークにするとどうなるのか……みたいな発想で何十と組み立てていて。

それがすごく楽しくて。いつのまにか朝になってしまっていた……、みたいな感じですよ。際限なく考えられるんですよ。

そんなに没頭を……!?

寺倉

そうですね。たとえば、好きなドラマやアニメ、漫画を観ていて面白くて、気づけば朝まで見ちゃう、みたいなことありますよね。

僕にとっては、仕事のことを考えるのが同じ感覚で楽しいんですよ。趣味のようなものですね。

それはすごい……。

逆に代表のときは、セーブしていましたか?

寺倉

いえいえ、全然。ただ経営者の頃と違って、一応従業員になると労働基準法が適用されることにはなるので……、その点は変わりま…すよね?(笑)

やはり、変えていかないといけないところもありますよね。

寺倉

そうですね。今回、プレーヤーに戻ったことは、「『自分が採用した社員の会社』の従業員になる」という意思決定でもあります。

だから、まずは僕自身が「自分は従業員なんだ」というマインドにならないと、みんなが大変になってしまう。

寺倉

従業員になるにあたって、たとえば経費ルールや収支の組み立てなども皆と同じにしましたし、あえて次のリーダーを「社長」と呼ぶ時もあります。

周りへの影響力も考えて、自分を変えることを意識していますね。

実際、周りは変化してきましたか?

寺倉

変わった部分と、そうでない部分があります。それでも、役割として綺麗にハマったところも結構あって。

僕が代表の時とは違う、お互いのあり方が見えてきて、面白くなってきました。とはいえ、まだ交代したばかりなのでゆっくり変わっていけばいいと思っています。

分散型組織の中で自分にあった役割を見直した

THE MOLTSは寺倉さんが立ち上げた会社(創業当時の社名は「MOLTS」)です。

旗振り役が変われば会社も変わっていくと思うのですが……?

寺倉

はい。代表が変われば、組織のあり方も変わるべきだと思います。その人がカスタマイズしていけばいいと思っています。

ただ、そもそも1年半ほど前からTHE MOLTSは「分散型」の会社にすると決めて、切り替えてきたんです。

分散型?

寺倉

上下関係の指示系統で動く組織ではなく、中央にTHE MOLTSという母体があって、思想と法の元に、それぞれの役職者の皆が自由な発想や意志を持って動く。

組織にどう働きかけていくか、どうやってみんなで枠組みを広げていくかを、経営者だけではなく、権限がある各々が考えています。

なるほど。

寺倉

そうすると、

・突っ走って枠を大きくしていく人
・中央でどんと構えている人

の両方が必要で、この両者はタイプがまったく違うんです。

そこで次の代表という「役割」は、中央でどんと構えているタイプ、かつ皆の信頼が厚い人にお願いすることにしたんです。

役割にあった人に任せたんですね。

寺倉

そして、僕が代表取締役から従業員になったのは、誰よりもバイタリティで突き進んで枠を大きくできる自信があるからなんです。

誰よりも、これから先のTHE MOLTSがどうなっていくか、変化点を作る役割が、一番ハマっていると思っています。

寺倉

僕は、ほかの従業員が大きな成果を出した時、「すごいね、うれしい!」よりも、「悔しい!」と思ってしまって。「絶対、次は俺がやってやる!」みたいな……。

それはもう変えられない性質だと思うんです。だから、そういうスタンスじゃない人が社長をやったほうがいい、と考えたのも従業員になった理由の一つです。

変わらぬ「美味い、酒を飲む」理念

次の代表の方にも引き継がれる、THE MOLTSの中心部分とはどういうことなのでしょうか?

寺倉

私たちTHE MOLTSの中央のど真ん中にあるのは、「美味い、酒を飲む」という理念なんです。

だからこれから先、クライアントの事業が成長をして、僕らと美味い酒が飲むために、もっと最適な組織の形が見つかるのであれば、変えればいいと思っています。

「美味い、酒を飲む」という理念はとてもユニークですよね。それって、具体的にどう実現すればいいんでしょう……?

寺倉

クライアントと美味い酒が飲めるのは、和気藹々としている時ではないんです。クライアントの事業が成長し、圧倒的な成果が出た後のことです。なので、まずは成果を出すのが大切ですね。

成果には売り上げ目標などの数字はもちろんありますが、それだけではありません。

たとえば、「このプロジェクトがうまくいったのは○○さんのおかげです。××さんがいなければ成功しませんでした」と話すことってありませんか?

あります……!

寺倉

本当にうまくいったプロジェクトは「自分のおかげ」と全員が思えるものだと考えています。メンバー全員が役割を全うした結果、たどり着いたプロジェクトこそ最高です。

そういう仕事は、何年経ってもお互いに振り返りながら、美味い酒が飲み続けられるんですよ。

全員が主役なのですね。

寺倉

はい。だから、僕自身も「あの成果は自分がいたから出せたんだ」と言います。

でも、みんなが言わなかったら、それは最高にたどり着いていないんじゃないかと思います。全員が美味い酒を飲めていないんです。

とはいえ、クライアントとの対等な関係作りは難しそうです。

寺倉

そうですね。クライアントがあまり僕らの方を向いてくれていないな、と思う瞬間もあります。

そういう時は自分のパフォーマンスが足りていない。だから、「振り向かせるために何をしようかな」と考えることもありますよ。

その上で、お互い対等になれていないと感じたときにはきちんと話します。1on1でも、多人数のミーティングでも。

寺倉

ただ、そういう仕事をするのには時間がかかるんです。だから、この数年は経営者として長期のプロジェクトをあえて持たないようにしていました。会社で何かあった時に動けるように準備しておきたかったからです。

だから、またプレーヤーとしてそういう仕事に取り組めるのも楽しみですね。

そうした仕事のあり方は、代表取締役でもプレーヤーでも変わっていないのでしょうか?

寺倉

そうですね。何も変わりません。美味い酒を飲むことは、僕が代表だからではなく、THE MOLTSにいる以上そうあるべきだと考えているので、変わらないのでしょうね。

経営者としての経験がプレーヤーとして生きること

経営者としての経験が、プレーヤーとして生きていると感じられることはありますか?

寺倉

ありますよ!

マーケティングの仕事では、相手が何を考えているかとか、状況を察するコミュニケーションが大切なんです。それができないと訴求するメッセージが作れないので。

そんなときに、僕はクライアントの経営者の気持ちがわかる。すると、この場面では短期の利益がほしいんだろうな、ここは長期で考えたいときだな、などの考えが分かります。

クライアントに憑依できる感じですね。

寺倉

はい。単月利益を追いかけているタイミングのクライアントに中長期で伸ばす計画を立てても、待てない、って言われてしまいますから。

真っ先に、彼らが求める成果をどう残すのか設計してから、その上で伸ばすことを考えていく。

若い会社であれば、創業期のタイミングでやること・やらないこと、キャッシュ面を含めた上で提案できます。これは経営者経験があったからこそできる考え方・提案ですね。

いいですね。

寺倉

あと、代表取締役の退任記事を出してから、「こういうことを一緒にしようよ!」などお声掛けをたくさんいただいています。代表取締役でいたからこそ、自分で消していた可能性や選択肢あったと分かったのも印象的でした。

マネジメントを重荷に感じている人へ

仕事の役割には向き・不向きがありますよね。

読者の中には、プレーヤーとして活躍したあと、マネジメントをすることになったけれど、マネジメントに向いてないと苦悩する人もいると思います。

寺倉

自分はアドバイスをする身でもないしアドバイスするのも難しいと思っているんですが……。

でも、向いていないことに気づいたこと自体が素晴らしいと思いますよ。そうなったら、あとは二択です。そのままやるか、やらないかです。そのどちらを選んでもいいんですよ。

家族のためにそこで頑張るのもいいし、自分はこの生き方しかできない、と新たな選択をするのもいい。どっちを選んでもその人らしいです。

なるほど。その選び方に迷った時は……?

寺倉

自分の意思決定で未来が大きく変わるタイミングって、人生であるじゃないですか。僕の場合、そういう時ほど、「自分らしい選択をしたエピソード」にするよう意識しています。

ある時、超大手のアパレルメーカーから一緒にオウンドメディアを作ってほしいというお問い合わせが指名で入ってきたんです。

それは嬉しいですね。

寺倉

はい。この仕事を引き受ければ、経営的には安定します。でも、マーケティングの専門家としては、その企業にあった施策とは思えませんでした。

もしこの仕事を引き受けたら、今後も同じように安定を選択してしまう……。でも断れたら、きっと一生クライアントに向き合って仕事をしていける。

そういう大切な分岐点だと考え、大物経営者の名前の入った契約書を見ながら、依頼をお断りしました。

思い切りましたね……。

寺倉

はい。「どっちのほうが自分らしいんだっけ?」を問い続け、「あの時、2つの選択肢があったけれど、こういう理由でこっちを選んだ」というエピソードを意図的に作る。そうすると、自分のあり方を作っていきやすいんです。

僕の場合、迷ったらそういう自分らしいエピソードを作るつもりで選択をするようにしています。

選択の参考になります。ありがとうございました!

山田 雄介
山田 雄介

【編集後記】
「代表取締役からプレーヤーへ」という寺倉大史さんの選択は、これまでの経験やスキルを「役割のリミックス」して新たな価値を生み出す挑戦そのものではないでしょうか。一見、逆行しているように見える選択も、実は柔軟に自分を再構築し、周囲と共創していく意志の表れ。
トップに立つことが決してゴールじゃなく、自分らしい居場所を見つけるために現場に戻る決断は、簡単にできることじゃありません。その裏には「自分らしく生きる」ことへの真っ直ぐな思いがありました。肩書きにとらわれず、「自分が活きる」と思える道を追求する姿勢は、とてもカッコいい。この記事を読めば、あなたのキャリアにも「リミックス」するヒントが見つかるかもしれません。

2024年11月取材

取材・執筆=奥野大児
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト