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泉山塁威さんと語る、タクティカル・アーバニズムとコロナ後のオフィス

テレワークが広く一般化した現在、在宅勤務だけでなくサテライトオフィスやワーケーションなど、働く場の多様化がますます進んでいます。コロナ以降を見通して長期的なリモート勤務体制へ移行する企業が増える一方、改めて「人が集うこと」の重要性も問い直されるようになりました。働き方の自由度が高まる中で、人が集い、愛される場所を作るためには何が必要なのでしょうか。「オフィス家具業界の預言者」と呼ばれ、場の居心地やチームワークについて研究を重ねているオカムラの池田晃一が、愛される場づくりのプロフェッショナルたちにお話を伺います。

第一弾となる今回の記事にご登場いただくのは、日本大学理工学部建築学科助教やコミュニティメディア「ソトノバ」の編集長を務めながら、「都市戦術家/プレイスメイカー」として活躍する泉山塁威さん。ここ数年アメリカを中心に注目されている「TACTICAL URBANISM」(タクティカル・アーバニズム)の考え方を日本へ導入し、個人が自由にまちづくりに参加する機運を盛り上げています。2021年6月には共著書『タクティカル・アーバニズム:小さなアクションから都市を大きく変える』(学芸出版社)が出版されるなど、まさに今、最も注目されているまちづくりの手法の一つだと言えます。

小さなアクションから都市を大きく変える――その手法は、従業員が主体的にオフィスのあり方や価値を考えていくことにも生かせるのかもしれません。タクティカル・アーバニズムの最新知見をもとに、愛される場づくりのヒントを聞きました。

まずは小さな実験から。タクティカル・アーバニズムによるまちづくりとオフィスの共通項

池田:実は私、これまで勝手に片思いをしているような感覚で泉山さんの活動に注目していたんです。今回の企画が持ち上がった際には、「愛される場づくりのプロフェッショナル」として真っ先に泉山さんとの対談を希望しました。

泉山:ありがとうございます。

池田:個人的な興味からまちづくりについて学んでいく中で、特に印象的だったのが「タクティカル・アーバニズム」の考え方でした。改めて、タクティカル・アーバニズムについてご説明いただけますでしょうか?

泉山:タクティカルは「戦術的に」、アーバニズムは一般的には「都市主義」と訳されます。私自身は「短期的で低コスト、かつ拡大可能なプロジェクトを用いたまちづくりのアプローチ」だと解釈しています。都市や街に長期的な変化を起こすための短期的なアクションであるとも言えます。

変化の激しい現代では、都市計画においても、PDCAのフレームに代表される「プランから考えるアプローチ」では限界があります。最小限のプロダクトやサービスから拡大していくリーンスタートアップのように、まずは小さな実験から始め、そこから得られた結果を学習して次の機会へつなげていく。タクティカル・アーバニズムにはそうした側面があります。

池田:企業が直面する課題と通ずる部分があるのですね。たしかに、オカムラにもたくさんの部門や部署があり、さまざまな職種の人がいますが、タクティカルに仕事やオフィスを楽しく盛り上げている事例はあまり聞きません。ワーカー自身が、今あるルールを意識しながら働き方を変えたり、オフィスを変えたりと、面白いことや新しいことに自ら挑戦できていないのはもったいないような気もします。

考えてみれば、柔軟な働き方や、それを実現するための場所は、誰かに与えられるのではなく自分たちでつくっていったほうがいいに決まっていますよね。従来のオフィスは「経営者が与えた空間で粛々と働く」場所になりがちでしたが、これからはワーカーが自分たちで必要な場をつくっていくことが求められると感じています。

「場づくりに関わるプレイヤー」を発掘し、新たな可能性を探る取り組み

池田:少しだけ自分のことを話させていただくと、私は東京都町田市の玉川学園という街に住んでいて、オカムラでの仕事のほかに、個人で「干物屋」をやっています。この街には魚屋さんがなかったので、地元の子どもたちにもおいしい魚を届けられたらと思って、市場で仕入れた魚を干物に加工する活動を始めました。

こうした取り組みをしているのは私だけではありません。ある人は、街に図書館がないことから、各家庭の軒先にそれぞれのおすすめの本を置く「きんじょの本棚」という活動を広げています。そして互いの活動で力が必要な時は連携したり、一緒にマルシェを開いたりと、持続して街を変えていけるように話し合っています。「街にないなら自分たちでつくればいい」という観点で、玉川学園では面白いことがたくさん起きているんです。

泉山:まさにタクティカル・アーバニズムにつながる観点ですね。

池田:ここ数年は、海外のみならず日本国内でもこうした動きが広がっていると聞きました。

泉山:はい。たとえば東京の表参道では、再開発予定地を暫定的にコミューンとして活用しています。千葉市では住宅街の空き地を活用してコミュニティをつくる「HELLO GARDEN」という取り組みもあります。

首都圏だけではありません。宮城県石巻市では、東日本大震災の後に空き地となってしまった場所でキッチンカーなどが活躍するビジネス拠点が生まれました。福井市では、駐車場だった場所に人工芝を敷いてベンチを置いた「新栄テラス」という空き地活用が行われています。

池田:いずれも、従来の再開発や土地活用の文脈とは異なる考え方で進められているのですね。

泉山:再開発計画のような大きなハードをいきなり動かしていくのではなく、暫定的に場を活用する小さなアクションを起こしているのが特徴です。これらの取り組みがどのような成果をもたらすかはやってみなければ分かりませんが、地域の「場づくりに関わるプレイヤー」を発掘し、新たな可能性を探ることにつながっています。

場づくりにおいて重要な「どこでやるか」「人々に足を止めてもらえるか」という視点

池田:「暫定的に場を活用する小さなアクション」という意味では、オフィスでも近い取り組みができるのではないかと感じます。たとえば私たちは、休憩スペースにただコーヒーマシンを置くのではなく、自分たちで豆を挽いてコーヒーを淹れて15時のティータイムを開いたり、オフィスの書庫に自分たちの漫画をどんどん持ち寄ったりといった取り組みをしてきました。

泉山:そうした「媒体となる場」があると、人が集まりやすくなりますよね。ただ、大切なのは池田さんがおっしゃったように「自分たちで」能動的に行動し、場と関わっていくことだと思います。

先ほど紹介したHELLO GARDENにはドリンクスタンドが設けられていますが、そこにはドリンクをつくってくれる店員はいません。場に集う人が自分たちでドリンクをつくるんです。パブリックスペースに商業が入ると、そこに集まる人は「お客さん」になってしまう。サービスを提供する側と、お金を払ってそれを消費する側という立場に固定化されてしまうと、「自分たちで」といった気持ちが表れにくくなります。だからこそHELLO GARDENでは売り手と買い手の関係を生じさせないようにしているわけです。

池田:「とにかく場があればいい」というわけではないのですね。

泉山:はい。あくまでも場はコミュニケーションの補助線として、人と人が関わるきっかけになるものなのだと思います。

池田:そうやって能動的に場づくりに関わる人のモチベーションを保つためには、何が必要なのでしょうか。私自身もオフィスでコーヒーを淹れたり本を共有したりといった活動をしていますが、それはそうした活動に共感してくれるメンバーに支えられているからこそ続けられている面もあります。周囲に認知されるまでにはある程度時間がかかりますし、忍耐も必要になるのでは?

泉山:私が重要だと考えているのは「プロセスにおけるモチベーション」です。地味な活動も含めて、人に見られることでモチベーションを感じられる環境づくりが大切なのではないかと。

タクティカル・アーバニズムにおいても、人がまったく通らないような場所で活動していると、だんだん心が折れてしまうものです。人が通ればコミュニケーションが生まれるし、活動内容に興味を持ってもらうことで、新しいモチベーションにつながっていきます。

アメリカでは、タクティカル・アーバニズムを進める際に印象的でかっこいいロゴやデザインなどを準備して動かしていくことも多いですね。人に「いいな」と思われる空間を作るためにこだわっている印象があります。

池田:「どこでやるか」がとても重要なのですね。かつ、「何か面白そうなことをやっているけど通り過ぎちゃった」となるのではなく、そこにきちんと足を止めてもらうためのアピールも大切だと。これらはオフィスにおける場づくりでも非常に参考になる視点だと感じました。

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前編はここまで。後編では、場をきっかけにして個人の当事者意識を高めていくための秘訣、愛される場づくりの条件について伺います。

プロフィール

-泉山塁威(いずみやま・るい)都市戦術家/プレイスメイカー
1984年北海道札幌市生まれ/日本大学大学院理工学研究科不動産科学専攻博士前期課程修了/明治大学大学院理工学研究科建築学専攻博士後期課程修了/博士(工学)/認定准都市プランナー/アルキメディア設計研究所、明治大学理工学部建築学科助手、同助教、東京大学先端科学技術研究センター助教などを経て、2020年4月より現職。専門は、都市経営、エリアマネジメント、パブリックスペース。タクティカル・アーバニズムやプレイスメイキングなど、パブリックスペース活用の制度、社会実験、アクティビティ調査、プロセス、仕組みを研究・実践・人材育成・情報発信に携わる。
主な著書に、「ストリートデザイン・マネジメント: 公共空間を活用する制度・組織・プロセス」、「アナザーユートピア: 「オープンスペース」から都市を考える」などがある。

-池田晃一(いけだ・こういち)株式会社オカムラ ワークデザイン研究所 チーフリサーチャー
入社以来、テレワークを含む柔軟な働き方の研究に携わる傍ら、自身もリカレントとしての国内留学、休職中に大学教員を経験。博士(工学)。専門は場所論、居心地、チームワーク分析。将来、地元玉川学園で寿司屋をひらくのが夢。著書:『はたらく場所が人をつなぐ』(日経BP社、単著)、『オフィス進化論』(同、共著)、『オフィスと人の良い関係』(同、共著)

2021年6月24日更新
2021年5月取材

テキスト:多田 慎介