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「誠実さ」が最強の競争優位になる。AI時代に生き残るための希望となるファンベースの考え方(佐藤尚之さんイベントレポート)

加速していくAI時代、企業は生活者とどうやって関係を築いていけばいいのか。

そんな問いに正面から向き合ったのが、2025年12月に発売された佐藤尚之さん(通称:さとなおさん)の書籍『AIに選ばれ、ファンに愛される。変わる生活者とこれからのマーケティング』(日経BP)です。

新刊の発売を記念したイベント「AI時代、ブランドはどこへ向かうのか。さとなおさんと本音で語る90分」が渋谷の8/COURTで開催されました。

イベントを企画したのは、この本に強く影響を受けた横石崇さん(&Co.代表取締役/プロジェクト・プロデューサー)。

前半は、AI時代に企業に求められる姿勢と、ファンとの関係性のつくり方についてさとなおさんがプレゼン。後半は、横石さんたちからさとなおさんへ質問が投げかけられ、これからのAI時代に希望を感じられるディスカッションへと発展していきました。

マーケティング史上、最大の変革期に来ている

AIによってあらゆる業務が効率化されるけれど、同時に仕事を奪われるかもしれない――。あらゆる場所で繰り広げられているAIに関する議論に対して、さとなおさんはある違和感を抱いたといいます。

佐藤

「AIがこれから来るぞ」「AIで仕事をどう効率化できるのか」「AIによって自分の仕事がどうなるのだろうか」と盛り上がっているわりに、マーケティングやビジネスの構造そのものが変わることへの危機感はないように感じました。そこに「あれ?」と不思議に思ったんです。

佐藤尚之(さとう・なおゆき)さん。電通でコピーライター、CMプランナー、ウェブディレクターを経て、コミュニケーションデザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立。2019年5月にファンベースカンパニーを設立。

広告業界に長年携わってきたさとなおさん。生活者と企業のコミュニケーションのあり方そのものが揺らいでいることを、これまでの著書でも書いてきました。

そこで見出したひとつの解が、「ファンベース」でした。企業はファンを徹底的に大切にして、それをベースに中長期的に売上や事業価値を高める考え方です。

そして、「AIの登場はマーケティングという概念ができて以来、最大の事件かもしれない」とさとなおさんはいいます。

佐藤

たとえば、「膝に優しいスニーカーを購入したい」と思ったとします。それをチャット型のAIツールに相談すると、AIはインターネット上にあるすべての情報を精査して、最適なスニーカーを3〜5つ提案してくれますよね。

価格や機能の比較だけでなく、企業の評判まで瞬時に把握できるようになった。一度AIを使い始めたら、この楽さから逃れられません。

AIがそばにある今、ユーザーの一人ひとりが「世界一賢い生活者」となったわけです。だからこそ、ものを売る側も伝え方を変えないといけません。

これまでの企業(Business)と生活者(Consumer)の関係は、「BtoC」=「企業から生活者へ」でした。しかし、AIの登場により、その関係が変化。

企業(B)と生活者(C)の間で、AI(A)が情報を選別し、生活者に合うおすすめ商品を選ぶ。それはもはや「BtoAwithC」である、と語ります。

佐藤

生活者がAIに「この商品はどうなの?」と相談するなら、それはもう「BtoAwithC」の関係であるといえます。

生活者がAIに頼れば頼るほど、AIにおすすめされない商品は売れなくなる。いや、さらに言えば存在がなくなっていくわけです。

今後、企業に求められるのは「どうすればAIに選ばれる存在になれるか」。AIは社会的活動や企業姿勢など、多面的な情報をもとに判断するので、依然としてグローバル企業や巨大企業は有利な立場にあります。

一方で、日本には規模は小さくとも魅力的な企業が数多く存在します。そうした企業が埋もれないための対策として、さとなおさんは「TRUST」というAIに信頼されるためのフレームワークを提示しました。

T=Translation(AI語への翻訳)、R=Report&Review(レポートとレビュー)、U=Uniqueness(差別化ポイントと独自性)、S=Sincerity(誠実な設定と対応)、Truthfulness(企業の真実性)を意味するという

なかでも最初に着手すべきなのが、T=Translation(翻訳)だそう。これは、ネット上にある商品のデータをAIが判断できる形に構造化しておくことを指します。

スニーカーの例でいうと、「膝に優しい」といった感覚的な表現だけでは不十分。素材や構造、反発力などをエビデンスとして顧客に示す必要があるといいます。

さらにAIは、レビューやサポート対応、価格の誠実さなど、企業姿勢の一貫性も判断の材料とするため、発言と行動が一致しているかどうかがこれまで以上に重要な評価軸になるそうです。

佐藤

「地球にやさしい」と言っておきながら二酸化炭素を削減していない。「人を大事にしている」と言っておきながら離職率が高い。それはつまり嘘をついていることになりますよね。誠実で一貫性を持った企業になっていかないと、AIから信頼されない。マーケティング的にも不利になります。

AIを飛び越える存在になるには?──「指名買い」という道

とはいえ、AIに選ばれる存在になるのは簡単なことではありません。

無数にある選択肢から、AIが提示する候補はごくわずか。その枠に入れなければ、検討の対象にすらなれません。では、AIに選ばれない企業はもう打つ手がないのでしょうか?

佐藤

生活者がAIに頼れば頼るほど、かなり危機的になりますよね。そのなかで多くの企業がまず思い浮かべる方法は、広告やプロモーションにより資金をかけてAIを迂回し、直接生活者に届ける従来型のBtoCでしょう。

しかし、情報が多すぎて、そもそもユーザーに見つけてもらうこと自体が難しい。仮に見てもらえたとしても、「これどう思う?」とAIに相談されたらそこで終わりです。

さとなおさんは厳しい現実を認めつつも、ひとつだけ残された道があるといいます。

佐藤

AIに「どれがいい?」と聞く前に、「これを買う」と決めている状態、つまり「指名買い」してくれるファンを大切にすることです。これは「BtoC」ではなく、「F(Fun)toB」。ファンからビジネスが始まる構造です。

ただし、指名買いは一度成立すれば終わりではなく、次の購入時には再びAIに相談される可能性があります。だからこそ、ファンとの関係性を保ち続けることが重要です。保ち続けて、指名顧客を生涯顧客にしていく必要があります。

そこで大事なのが「BwithF」という考え方です。企業とファンがともにある状態。ファンは獲得する対象ではなく、すでにいる存在であることが出発点になります。

佐藤

「ファンにさせる」という発想自体が、生活者をコントロールできると思っている発想です。そうではなくて、企業側がファンを見つけるんです。

ファンに愛され続けるためには「FANBASE」の姿勢が大事だと提示します。

佐藤

そのために大切なのは、自分たちのファンがどんな人たちなのかを理解すること。

同じ商品カテゴリでも、ブランドごとに価値観や反応は大きく異なるものです。たとえば、同じ野球ファンでもそれぞれの球団によってファンの性質は違いますよね。

これからのマーケティングの鍵となるのは、「AIに選ばれること」と「ファンに愛されること」。今のBtoC前提の考え方を見直していく必要があります。

企業に求められているのは、ファンとの関係性を続けるという視点

さとなおさんによるプレゼンテーションの後、横石さんや、株式会社博報堂プロダクツの茂呂譲治さんが加わり質問タイムに。これからのマーケティングにおけるAIについて、議論を深めていく時間となりました。

横石

茂呂さんは広告会社に勤めていらっしゃいますが、さとなおさんの問題提起を聞いていかがでしたか?

茂呂

自分たちの業界も含めて大きな転換期ですよね。生活者と企業、生活者とブランドのあり方と構造そのものが変化していると思いました。

ちなみに「AIによって世界一賢い生活者になる」という前提には納得しつつも、現実的にはAIに委ねる段階にはグラデーションがあるのではと感じています。

茂呂譲治さん(株式会社博報堂プロダクツ 取締役 常務執行役員・左)と、横石崇さん(&Co.代表取締役/プロジェクト・プロデューサー・右)

佐藤

そうですね。これからは「正解を教えてほしいからAIに聞く」というより、「選ぶのがしんどいからAIに頼る」に流れていくと思います。

今ですら、商品を選ぶのって大変じゃないですか。選択肢が無限にあって、比較サイトを見てもよくわからないし、買ってみたら全く違ってがっかりすることもある。けれど、AIならすべての情報を整理してくれる。

佐藤

AIとのやりとりがもっと日常化すれば、きっと個人の健康状態や家計状況も把握してくれるようになるでしょう。すると、それに合わせた食品、日用品も選択してくれるようになるはずです。

将来的には、AI専用の眼鏡やイヤホンをかけて、お店ではそれを頼りに買い物をするという光景が広がるのではないでしょうか。

横石

これからの時代、AIに選ばれる以外だと、お客さんに指名買いされる道しか企業にはないのでしょうか?

佐藤

極端に聞こえるかもしれませんが、僕はそこしか残らないと思っています。ユーザーの合理性ではなく、感情の方が重要になっていく。指名買いって感情の選択ですから。

茂呂

指名顧客はいわゆるファンとほぼ同義、で合っていますか?

佐藤

ニアリーイコールですね。ファンとは商品・サービス、さらには企業やその世界観までも好んで応援する人です。ただ機能や価格が好きなだけだと、もっと良い性能の商品が出たらそちらに移ってしまいます。それはファンではありません。

ファンは感情で選ぶ人たちです。AIのオススメを無視して「俺はこれが好き」と言えるのは、そこに確かな感情が伴っているからなんですよ。

その感情を生み出すのは、商品・サービスだけではありません。環境、ダイバーシティ、生物多様性への配慮、NPOとの協働など、これまで売上に直接つながらないとされてきた行動も選ばれる企業になるために大切になります。

横石

ただ、世の中は強いファンを持つブランドばかりじゃないですよね……。

佐藤

もちろんです。最初から強くなる必要はないし、ほとんどの企業はなれない。「ちょっと好き」くらいでいいんです。恋愛と同じで、最初はちょっといいな、から始まる。時間を共有して、だんだん好きになる。関係性ってそうやって育つものだと思っています。

茂呂

指名顧客やファンにも段階がある、ということですね。

佐藤

いきなり熱狂的じゃなくていいんですよ。重要なのは、関係性を持とうとしているかどうか。ユーザーに買わせるではなく、企業が関わり続けようとすることが大事だと思います。

生活者と「with」の時代。ファンベースはAI対策にもつながる

茂呂

とはいえ、ファンづくりや関係性づくりってどうしても短期成果が見えにくいじゃないですか。現実的には、決裁者や経営層をどう説得するか、という壁は大きいですよね。

佐藤

その感覚はよく分かります。「ファンベースは生ぬるい」とご指摘いただくこともあるのですが、それは短期的な結果が見えにくいから。でも実は、このファン施策はAI対策にもなるんですよ。

ファンとの関係性が深まると、ポジティブなレビューが増えますよね。ユーザーサポートの温度感も評価される。そういう声が、AIに拾われる情報になる。結果として、AIに選ばれやすくなる構造が生まれます。

横石

なるほど。AI時代の生活者を考える上で、企業が常に意識しておくべきことは何でしょうか?

佐藤

産業革命の時代もそうでしたが、生活が大きく変わる局面ではたくさんの未来予測が語られるものです。でも、実際にはその通りにならないことも多い。

だからこそ大事なのは、謙虚でいること。今日も明日も明後日も、AIを使い続ける生活者の変化をきちんと見つめていくこと。「こうなるはずだ」と思い込んだ瞬間にズレが生じます。

これまでのマーケターには、どこか「自分が生活者を動かしている」という全能感があったと思います。でも、もうそういう時代ではありません。これからは「with」の時代です。

「生活者は高い知識を持つ存在」と捉え、敬意を払い、同じ目線で向き合う。その姿勢がなければ、見誤ってしまうと思います。

佐藤

そして、すべてがAIにバレてしまう時代になると、嘘や取り繕いは通用しません。その企業が何を考えているか、芯の部分が大切になるでしょう。

だから、これからは誠実な世の中になっていく。本当に誠実で謙虚な姿勢でいる企業や人こそがちゃんと評価される。そういう意味において、ボクはすごくいい時代になっていくと思っています。

2026年1月取材

取材・執筆=矢内あや
撮影=栃久保誠
編集=桒田萌(ノオト)