もし自分で上司を選べたら? さくら構造の「上司選択制度」が生み出した「苦手」を自己開示する文化
「なんとなく上司と気が合わなくて……」と人間関係に悩んだり、仕事が辛くなったりした経験がある人は多いのではないでしょうか。
札幌に本社を構えるさくら構造株式会社は、耐震設計に特化した設計事務所です。専門性が高く、ミスが許されない仕事内容のため、上司は部下に対してどうしても厳しくなりやすい傾向がありました。それは、社員が離職する理由の一つになっていたそう。
そこで導入したのが、部下が上司を選ぶ「上司選択制度」です。一体、どういう仕組みなのか? 制度を導入した結果、どんな変化が生まれたのか? 組織の中で避けては通れない「上司と部下の良い関係づくり」、そのヒントを探ります。
部下が上司を選ぶための「上司活用マニュアル」を作成
本日はさくら構造株式会社から、代表と上司、部下の3名にご参加いただきました。簡単に自己紹介をお願いします。
WORK MILL
田中社長
今日はよろしくお願いします。上司選択制度を考えた、代表取締役の田中真一です。
山本班長
札幌本社第三設計室・室長の山本健介です。上司選択制度では、部下に選ばれる上司の立場です。
玉那覇さん
山本班長のもとで働いている玉那覇祐一と申します。この制度では、上司を選ぶ部下側です。
早速ですが、上司選択制度はどういう仕組みなのでしょうか?
WORK MILL
田中社長
一言で表現すると、「部下が上司を自分で選べる制度」です。部下は年1回、上司を選び、希望するチームへ異動できます。
現在、当社には社長である僕の直属チームと6つの班があります。社長直属チームは人事やバックオフィス業務、営業や企画などを、それ以外の班は構造設計/耐震設計を行っています。
部下が上司を選ぶって、一般的な企業ではありえない制度ですよね。どういう経緯で始めたのでしょうか?
WORK MILL
田中社長
きっかけは、退職するエンジニアや設計スタッフから聞いた、会社を辞める理由です。深く聞いてみると、「上司とウマが合わないから……」と話しはじめて。
リアルな声ですね……。
WORK MILL
田中社長
そんなことで退職する状況を作っていたのか、申し訳ないな、と。じゃあ、部下が上司を選べるようにしたらどうだろう?と思いついたんです。
それだけで問題が解決できるとは思っていなかったんですが、退職理由の1つを減らせるならやってみよう、と。
具体的な制度の中身は、どう組み立てていったのでしょうか?
WORK MILL
田中社長
急に「上司を選んでください」と言われても、どんな人か分からないと選べません。
なので、社長および各班長の性格や得意・不得意、特徴、能力などを見える化した資料を作り、全員に公開して選んでもらう形にしました。それが「班長活用マニュアル」です。
どういう内容なのでしょうか?
WORK MILL
田中社長
各上司に対して、文章による説明と、通信簿のように◎○△×がついています。
部下としては、上司にいろいろ期待しますよね。でも、×がついていると「期待してはいけない」ことを意味します。
上司のマニュアルは、田中社長が独自に考えたのですか?
WORK MILL
田中社長
僕と直属メンバーの2人で作りました。
最初に1人分のマニュアルを作り、他のメンバーからも意見をもらって手直しして、それを各班長に配って「これと同じものを作ってほしい」「何が得意で何が苦手なのか、自己分析してください」と伝えたんです。
上司選択制度を初めて聞いたとき、選ばれる「上司」/選ぶ「部下」の立場としてはどう思いましたか?
WORK MILL
山本班長
僕は元々オープンな性格なので、それほど抵抗感はありませんでした。
玉那覇さん
上司の評価が◎○△×と見える化されたのは、ちょっと面白いな、と思いました。
最初は、上司を選ぶという考えがそもそもなかったので、「自分で環境を変えられるんだ」と認識できたのは良かったですね。
玉那覇さんも、山本班長に◎○△×をつけたのですか?
WORK MILL
玉那覇さん
いえ、山本班長ご自身で作ったたたき台を一緒に見て、「ここは合っている」「そうじゃない」という話をしました。
山本班長はあまり裏表がないタイプなので、本人の意識と部下から見えている像はそれほど相違なかったですね。
でも、自分の通信簿をオープンにして部下に見せるって、嫌じゃなかったんですか?
WORK MILL
山本班長
僕自身は何の苦もなかったですね。ただ、大人になってから◎○△×で評価をされることって、ないですよね。
僕の場合、「他の人と比べて○が少ないな」という印象はあって。それで、「ここ、もっと頑張らなきゃいけないな」と気づくなど、多くの発見がありました。
田中社長
マニュアルを作った当初は、班長の特徴を文章だけで説明していました。
ただちょっと曖昧だなと感じたので、マニュアルづくりの終盤あたりで「◎○△×で一覧表にしたものを追加しよう」と思いついたんです。自分だけじゃなくて、他人の評価までパッと見られる方がいいかな、と。
かなり赤裸々ですね。絶対評価というより、他の人と比べての相対評価のようなイメージでしょうか?
WORK MILL
田中社長
それは多少ありますね。
全体を見つつ、各班長の特性を見て◎○△×をつけている感じはあります。
会社が「上司にも×があっていい」と認める
上司選択制度を運用した結果、どうなったのでしょうか?
WORK MILL
田中社長
実は1回目の実施で、班が1つなくなったんですよ。もともと玉那覇くんが所属していたチームの班長が、誰からも選ばれなくて。
票が入らないのに、このまま継続するのは違うよね、という結論に至りました。
選ばれなかった班長は、その後どうなったのでしょうか……?
WORK MILL
田中社長
今は僕の直属の部下として働いてくれています。設計や構造計画、耐震設計の計画など、めちゃくちゃ頑張っていますよ。前よりも幸せそうな顔をしているように思います。
強みを生かす形で異動できたんですね。
WORK MILL
田中社長
そうですね。この経験からわかったのですが、以前は上司に向いてない人にその役割を無理やり押しつけていたんです。
設計の仕事は、ミスが起こると大変なことになります。お客様にも迷惑がかかるし、損害賠償へと発展する可能性もある。
したがって、設計に長く携わっているベテランは「ミスなく、事故なく品質管理する」という自覚と厳しさがあるんです。
ただ、そういう人が若い社員にうまく指導できるか、マネジメントすることが得意かというと、必ずしもそうではないですからね。
本人としても「マネジメントはあんまり向いてない」という自覚があったのでしょうか?
WORK MILL
田中社長
そうなんです。僕が頼んだから、仕方なしに班長役を引き受けてくれていたようで。いま思うと、申し訳なかったですね。
「年齢を重ねると管理職になる」というのが一般的な流れですが、全員がマネジメントに向いているかというと、そうでもないですよね。
WORK MILL
田中社長
おっしゃる通りです。僕としてもいい勉強になりました。
一方で、社内に「班長の×評価」を公開することで「班長の自尊心が傷つくんじゃないか?」「部下が上司に対して変な評価や勘違いをするのではないか」という懸念もあって。
それを補う意味で、マニュアルの前の方に「×の評価があることをどう解釈すべきか」という説明を入れました。みんな得意もあれば不得意もある。「×があるからダメな班長」という解釈や評価はしないでください、と。
一般社員に好き嫌い、得意不得意があるのと同じく班長にもあります。班長に完璧を求めるあなたは完璧ですか?それは無理でしょうしそれを求めても絶対に手に入ることなどありません。だから最初からあきらめてください。
上司も社員も、デキのいい人悪い人、得意不得意、好き嫌いがある個性をもった一人の人間でしかない。その事実をまずは受け止め、お互いの良いところ悪いところを受け入れた上で付き合っていくしか選択肢はありません。
班長自身も、自分にも好き嫌いや得意不得意があることを自覚し、苦手な分野は他の班長に助けてもらった方がいいし、班員にも他の班長に相談した方がよいと促すべきです。班員は、自分の直属の上司でないと相談してはいけないという思い込みをやめ、相談内容に応じて最適な班長に相談した方が適切な助言がもらえると考え、班を超越して行動すべきです。
引用元:班長活用マニュアル
なるほど。
WORK MILL
田中社長
いわば「上司に×があることを会社は公式に認めていますよ」という宣言なんです。
僕は得意なことも不得意なことも、好き嫌いも全部言う性格なのですが、社員の中にはオープンにする利点をなかなか理解できない人もいます。
上司選択制度ができたことが、「お互いの弱さも自己開示していこう」「×があってもいい」という考え方を浸透させるきっかけにもなった。それはすごく良かったですね。
上司と部下がお互い助け合い、補い合う雰囲気ができた
上司を選べるといっても、最終的な調整で希望通りにならないこともあるのでは?
WORK MILL
田中社長
それはありません。全員が第1希望に移動するので、班ごとの人数はバラバラです。
ただ、社員のうち1割くらいは、希望を言わない人がいるんですよ。「会社に任せます」と。そこで多少バランスを取っています。
1人の上司を必ず選ばないといけないわけではない、と。誰かを選ぶことに負担を感じる方にも、ちゃんと余白が残されているのがいいですね。
ただ一方で、「厳しい上司が選ばれにくくなるのでは?」「嫌われたくない上司が、部下に迎合する可能性もあるのでは?」といった懸念点も浮かびます。
WORK MILL
山本班長
僕自身は、制度ができた後も変わってないですね。選ばれたいから急に優しくなるって、ちょっと気持ち悪いような気もします。
ただ、「上司として足りない部分を改善しなきゃ」と苦しんでいた部分はありました。
例えば、僕の評価だと工程管理が×なんです。本来の理想は、部下に声をかけて確認しながら、上司が工程管理を調整すること。
でも、自分の工程管理が得意じゃないのに、部下を見ても良い効果が出ない。困ったな、と思っていました。
それはどうやって対処したのでしょうか?
WORK MILL
山本班長
僕を選んでくれた部下は、僕の工程管理が×だと分かっているわけで。最近では、「工程がズレたときや困ったときは声をかけてほしい」「僕からは見に行かないよ」と宣言しました。そうすると、周りの人が助けてくれるんですよ。
現状のままでも、部下とうまくコミュニケーションを取れれば、僕の弱みも強みも生かしてくれる。お互いが助け合うチームになって、絆が強まったように感じています。
選ぶ側の部下としてはどうですか?
WORK MILL
玉那覇さん
部下に迎合して甘くする上司は、僕は選ばないですね。逆に、厳しすぎるだけでもメンタル面に負荷がかかるので選びません。
結果として、厳しさもありつつ安心感もあるような、バランスの取れた上司が選ばれるのではないでしょうか。
上司選択制度ができたことで人気投票になるかというと、そうはならないと思っています。
部下としても、寛容さと厳しさのバランスを鑑みて上司を選ぼうとする意識がある、と。
WORK MILL
玉那覇さん
そうですね。あとは「自分は工程管理が得意だから、工程管理が×の上司でも大丈夫」とか、逆に「工程管理が不安だから、厳しくチェックしてくれる班長を選ぶ」といった選択もできますよね。
田中社長
以前は、上司に対する愚痴が聞こえてくることもありました。でもこの制度によって、明らかに愚痴は減りましたね。
自分で上司を選んでおいて、愚痴を言うのはちょっと変でしょう? 「だったら別の班に行けばいい」という話になるので。
自分で上司を選ぶことで、ある程度の納得感も生まれているのかな、と感じています。離職率も下がっていますね。
ほかに、上司選択制度によって変わった点はありますか?
WORK MILL
田中社長
山本班長の話にもあったように、「上司はここが苦手だから手伝おう」という意識が中堅社員から自主的に生まれています。
それは自己開示の成果なのかな、と。
上司と部下がお互い助け合い、補い合う雰囲気が醸成されたのですね。
WORK MILL
仕事に対する厳しさと寛容さ、そのバランスが重要
上司と部下の理想的な関係性とは、どういうものだと思いますか?
WORK MILL
山本班長
上司といっても得意・不得意はあるので、理想的な関係は人によって違うでしょう。ただ僕としては、何か困ったときにすぐ相談しやすい関係を築けるのが一番いいのかな、と思っていて。
僕に直接じゃなくても、まずは誰かに相談してみる。その内容がすぐ僕のところに届く。そこで問題を解決できれば、大きなトラブルを防げる。そんなコミュニケーションがとれる環境づくりに重きを置いています。
玉那覇さん
お互いに頼れる関係性がいいのかな、と思います。必然的に部下は上司に頼ることが多くなりますが、逆に上司からも頼られる人材になれば、相乗効果でチームとしてできることが増えるはずなので。
また、頼られるということは、自分で判断して動かないといけなくなります。その結果、自然と主体的な行動力が身につけられるのではないでしょうか。
田中社長
僕はもともと建築の設計しかできないエンジニアでしたが、不慣れな中で会社の経営や組織づくりを始めました。
でも、全くうまくいかなくて。丸2年ぐらい、班長を叱り続ける地獄のような期間を過ごしたんです。今思えば、経営者としての能力が低かったんですね。
叱り続けるのもつらいですよね。
WORK MILL
田中社長
トラブルが発生したとき、「なぜこれに気づかなかったの?」と班長を問い詰める。でも、2年間叱り続けて、直らないことに気づいたんですよ。
できない人に無理矢理やらせてもダメ。「自分ができるからお前もやれ」という理屈は通用しないんだ、と。
なるほど。その後はどう対処したのですか?
WORK MILL
田中社長
マニュアル作りを始めました。「こういう場面ではこうする」「こういう場面では相談してくれ」といった手順書っぽいものを作ったんです。100点は取れなくていい、このルール通りやってくれたらもう叱りませんよ、と。
それを伝えたときの、班長さんたちのホッとした顔は今でも覚えています。これで叱られなくて済むんだ、と。そして、マニュアル通りにやってくれるんですよ、みんな。
やがて、事故やトラブルが少しずつ減っていきました。上司選択制度も、その流れの中で生まれたものなんです。
試行錯誤を重ねた末に生まれた制度だったんですね。
WORK MILL
田中社長
できないことを認めないと、組織運営は成り立ちません。「得意な人が頑張る」「苦手な人は、得意な人に頼る」、そんな関係性を作っていくといいのではないでしょうか。
上司といっても完璧ではない。僕なんて欠点だらけですから。
社長がそう言ってくれると、社員はホッとしますね。中間管理職になると、「完璧な人間を目指さなければ、評価されないのではないか」とつい思ってしまうので。
WORK MILL
田中社長
完璧を求めすぎる/求められすぎると、疲れちゃいますからね。
ただ一方で、ミスによって大きな事故につながる可能性もある。仕事に対する厳しさと寛容な部分、そのバランスをうまくとることが重要なのではないでしょうか。
2023年8月取材
取材・執筆:村中貴士
アイキャッチ制作:サンノ
編集:鬼頭佳代(ノオト)