紙漉き、木工、塗装まで! 福井県のオープンファクトリー『RENEW』で、職人さんの技術と想いを体験してきました
福井県鯖江市・越前市・越前町は、半径10km圏内に、漆器、和紙、打刃物、たんす、焼物、メガネ、繊維の7つの産業が密集する全国でも珍しいものづくりの集積地です。
「RENEW」は、このエリアにある工房や企業が参加し、ものづくりの現場を見て・知って・体験できるオープンファクトリーイベント。毎年秋に3日間開催し、参加者は工房見学やワークショップなどを通じてつくり手の技術や想いを間近で体感し、商品を購入することができます。

2015年、わずか21社の参加から始まったこのイベントは、いまや120社を超える規模に成長。産地内にファクトリーショップや自社ブランドが次々と生まれ、訪れた人が移住者となってお店や宿を始めるなど、多くの“新しい流れ”を生み出しています。
今回は、そんなRENEWの会場をWORK MILLメンバーが実際にめぐり、ものづくりの現場で感じた空気をお伝えします。
受け継がれる伝統技法で紙漉き体験(栁瀨良三製紙所)
最初に訪れたのは、越前市今立地区。ここは約1500年の歴史を持つ越前和紙の産地です。全国の和紙産地の中でも、品質・種類・生産量のすべてにおいてトップクラスを誇ります。小さな谷あいの町に、今も数多くの製紙所が軒を連ねています。
1946年創業の「栁瀨良三製紙所」は、手漉き和紙を専門に製造する工房です。金型や紗型を使い、用途や要望に応じて光を透かすほど薄く、しなやかな手ざわりの和紙を漉いています。

今回体験したのは、金型落水紙(かながたらくすいし)の紙漉き。光と影が織りなすレースのような文様が特徴で、和菓子のパッケージや包装紙などに使われることが多いそうです。

まずは、伝統工芸士でもある三代目・柳瀬京子さんの紙漉きを見学。和紙の原料を入れた桶に「桁(けた)」と呼ばれる木枠を沈め、ゆっくりと揺らしながら漉いていきます。


京子さん
越前和紙は、桁を縦にゆすりながら漉くのが特徴なんです。
職人は軽々とやっていますが、初めての人は力が入りすぎて、筋肉痛になることも多いんですよ。
実際に体験してみると、原料を均一に流し込むのは想像以上に難しい……! 水面の動きひとつで紙の厚みが変わり、職人の感覚の繊細さを思い知らされます。

漉き上がったばかりの柔らかな紙に金型をかぶせ、シャワー状の水滴をかけて模様を写し取るのが、金型落水紙ならではの技法です。

うまくいけば、美しい模様が浮かび上がるはずですが……。果たして仕上がりはどうなるでしょうか。
RENEWを通して感じた産地の変化
紙の完成を待つ間、代表の柳瀬靖博さんが工房の中を案内してくれました。作業場では、女性の職人たちが手際よく紙を漉いています。

靖博さん
越前和紙の産地は、もともと家内工業だったんです。
お父さんが山で木を伐り、祖父母が皮を剥いで原料を整える。お母さんが紙を漉く。そうやって家族で分業していたんですね。

現在でも、越前和紙の紙漉き職人の多くは女性。伝統工芸士約30名のうち半数以上が女性という、全国でも珍しい産地です。

栁瀨良三製紙所がRENEWに参加するようになって8年ほど。靖博さんは産地の変化をどのように感じているのでしょうか。

靖博さん
参加以前はここには体験工房もショップもなかったんです。工房の隣は端材置き場の古い倉庫でした。
どうすれば紙を見てもらえるか考えて、ガレージに少しだけ紙を並べてみたんです。すると、意外に多くの方が立ち寄ってくれて。
そこからショップを作り、体験工房を整えていきました。今では、RENEW期間外にもたくさんの方が訪れるようになっています。

さらに国内だけでなく海外でのワークショップ依頼も舞い込むようになったそう。2025年の春には、イタリア・ミラノのデザインウィークで紙漉き体験を実施。越前の技が海を越えて広がっています。
いよいよ和紙の完成!
先ほど漉いた紙の乾燥が終わった様子。そっと端をつまみ、ゆっくりとはがしていくと、金型の模様が美しく浮かび上がります。光にかざすと、透けた部分から光がこぼれ、繊細な陰影を描きます。


京子さん
いい仕上がりですね。
最初にしてはとても上手です!

1500年もの間、人の手から手へと受け継がれてきた技。その一端に触れることで、越前和紙がただの“素材”ではなく、地域の暮らしを切り離せない文化そのものだということを、改めて感じました。
歩いてめぐれる、コンパクトな産地
歩いて産地をめぐることができるコンパクトな距離感も、RENEWの魅力のひとつ。
栁瀨良三製紙所をあとにし、風情ある通りをのんびり歩いていくと、木々の間に壮麗な社殿が見えてきました。紙の神様を祀る「岡太(おかもと)神社・大瀧神社」です。

この神社の由来は、今から約1500年前に遡ります。「地域を流れる川の上流に、ある日、美しい姫が現れ、村人たちに紙漉きの技を授けた」そんな伝承が残されています。
以来、村人たちはこの姫を「紙祖神(しそしん)・川上御前」として敬い、その御霊を岡太神社に祀るようになりました。
現在の社殿は江戸時代後期に再建されたもので、「日本一複雑な社殿建築」としても知られています。

全国を見渡しても類を見ないほど精緻で、和紙の里にふさわしい優雅さと力強さを備えています。

静かな山あいに響く風の音の中、職人の祈りとともに受け継がれてきた「紙の文化」の深さを、改めて感じられる場所です。
さらに足を進め、1909年創業の「長田製紙所」にも立ち寄りました。
ふすま紙からアートまで。ギャラリーやショップも新設(長田製紙所)
長田製紙所では、全国でも珍しい手漉きのふすま紙を専門に製作しています。
機械では再現できない、かすかな濃淡や柔らかなグラデーションが長田製紙所の最大の持ち味です。

すべてがオーダーメイドで、図案の構想から仕上げまでを一貫して自社で手がけるため、同じものは二つとありません。
その唯一無二の和紙は、東京・日本橋高島屋のエントランスや成田空港、インターコンチネンタルホテル大阪の空間を彩り、さらにフランスの香水・化粧品メーカー「ゲラン(GUERLAIN)」のショーウインドウにも採用されるほど。

長田泉さん
もともとは無地のふすま紙だけをつくっていましたが、「時代の変化に合わせて、もう少し手の込んだ表現を」と考えたのが祖母でした。
こう話してくれたのは、和紙職人の長田泉さん。


長田泉さん
山や雲の模様を、紙を漉きながらデザインしていったんです。
いまではうちの主力製品になりました。
さらにRENEWへの参加を通してギャラリーやショップを新設し、新たな接点を育んでいます。

最近ではふすま紙だけでなく、タペストリーやランプシェードといったインテリア、イヤリングやピアスといったアクセサリーなど、より和紙を身近に感じられる商品づくりにも取り組んでいるそうです。

漆器の技術が融合した世界で一つだけの器づくり(井上徳木工)
次に訪れたのは、越前漆器の里として知られる鯖江市・河和田地区。約1500年の歴史を重ねてきた越前漆器は、堅牢で使いやすく、全国の料亭やホテル、神社仏閣で今も愛されています。
業務用漆器では国内シェアの8割以上を占め、まさに日本の漆文化を支える存在。「木地(きじ)」「塗り」「加飾」などの職人たちの手がつながり、一つの器が生まれる、まさに、手仕事のリレーによって作られていきます。
「木地」とは、漆などの塗料を塗る前の木材の地肌が見える状態でつくられた器のこと。今回訪れた「井上徳木工」は、まさにその工程を担う工房です。

創業からおよそ60年。箱物やお盆などの「角物(かくもの)」を中心に木地制作を手がけてきました。


井上さん
私たちの仕事は、塗りや加飾によって隠れてしまう部分がほとんど。
ですが、製品の土台である見えない部分だからこそ誇りをもってつくっています。
井上徳木工はRENEW始まった年から参加をしていますが、さまざまな試行錯誤がありました。

井上さん
普段はBtoBの取引が多いので、正直、出展料を払って一般のお客様に見ていただく意味が当初は分からなかったんです。
職人としての誇りはあっても、消費者と直接つながる機会はこれまでほとんどなかったそう。
それでも翌年、「せめて出展料くらいは回収できれば」という気持ちから、思い切ってワークショップに挑戦。すると、意外な反応が返ってきたそう。

井上さん
これまで試作品として積み上げてきた“サンプルの山”を面白がってくださる方がいたり、『井上さんのところで買える商品はないの?』と声をかけてくださる方がいたりして。
ああ、見てくれる人がいるんだな、と感じました。

「だったら、自分たちの技術を活かしたオリジナル商品をつくろう」
そこで、最初に取りかかったのがロゴマークづくりでした。

井上さん
デザイナーさんから『井上さんの強みって何ですか?』と聞かれたんです。
でも、河和田の木地職人さんはみんなレベルが高くて。だから、私たちが特別に何かが飛び抜けているわけではないんです。
それで、『強みといえるかは分からないけど、木を45度で組み合わせる精度にはひと一倍こだわっている』と伝えたんです。
その言葉から生まれたのが、45度の角度をモチーフにしたロゴマークです。


井上さん
このロゴを掲げたことで、つくり手としての責任をより強く意識するようになりました。
近年では、漆で覆われてしまう加工技術や、製作過程でしか見えない造形の美しさを活かしたオリジナルブランド「Lr(エルアール)」を立ち上げました。
木目や削り跡、角の精度。普段は隠れてしまう木地の魅力を新しい形で発信しています。

工房をハシゴして完成させるワークショップ
井上徳木工で体験できる人気のワークショップが「カタチいろどり」です。この体験の面白さは、ひとつの工房で完結しないこと。
まず井上徳木工で木地を選び、約60色の中から好みの塗り色を2色セレクト。その後、同じ河和田地区で漆器の吹付塗装を手がける「丸廣意匠」に移動して、世界にひとつだけの器を完成させます。
まさに、“工房をハシゴする”体験。産地ならではの贅沢なワークショップです。テーブルの上には、角皿、丸皿など大小さまざまな木地がずらり。

「どんなカタチにしようかな」
「この色を合わせたらどうだろう」
迷いますが、選ぶ時間もまた楽しいひとときです。

色が決まったら、木地に軽くペーパーをかけて表面を整えます。

木肌の手ざわりを感じながら、少しずつ滑らかになっていくと、自分の手で仕上げていく実感が湧いてきます。

ここでの作業は一段落。選んだ木地を抱えて、次の目的地「丸廣意匠」へ向かいます!
吹付塗装で生まれる強さと美しさ(丸廣意匠)
続いてやってきたのは、井上徳木工から車で5分ほどの場所にある「丸廣意匠」。ここでは伝統的な漆塗りではなく、機械を使って木製品に吹付け塗装を行っています。

井上徳木工で磨いた木地はここで「塗り」の工程へ進めるために預けます。これまで自分の手で触れてきた木地が、ここでどんな表情に変わるのか。後日の仕上がりが楽しみです!
ここ、丸廣意匠が手がけるのは、ホテルや料亭で使われる器など、料理人にとって欠かせない道具の数々。1日に何度も洗われることを想定し、見た目の美しさはもちろん、強度や耐久性にもこだわっています。

スプレーガンを使って木材に均一で美しい塗装を施すのは容易ではありません。
木には塗料を吸い込む性質があるため、下塗りから上塗りまで何度も塗装と研ぎ(とぎ)を繰り返します。大胆な動作と、細やかな感覚。その両方が求められる仕事です。
吹付け塗装に使う塗料は、常時100色以上。色を混ぜることで、そのバリエーションは無限に広がります。


廣瀬さん
これまでは漆の色合いを再現することが多かったのですが、塗料の多彩な表現力を活かして、新しい塗装の可能性を探っています。

デザイナーと協働し、「プロの配色×職人の技術」という化学反応から生まれる新しい塗装表現するなど、常にチャレンジを続けています。
さらにRENEWを通じてその存在を知った企業やブランドからの依頼も増え、なんと映画「STAR WARS」とのコラボレーションも実現しました。


これからも、伝統に新しい風を吹き込む丸廣意匠の挑戦から目が離せません。
作り手の熱にふれる。RENEWの魅力
一つひとつの工房や企業のものづくりには、それぞれに深い物語があり、時間が経つのもあっという間でした。
どの作り手もマニュアル的な対応ではなく、自分の言葉で、ものづくりへの思いをまっすぐに語ってくれます。その熱量に圧倒されました。

技術の話だけでなく、日々の仕事への向き合い方や、産地への思いまで。普段なかなか出会うことのない職人さんたちとの交流も、本当に楽しい時間でした。

11年という歴史を重ねてきたRENEWだからこそか、どの出展者も話が上手で、どこかフレンドリー。工芸やものづくりに対するイメージが、ぐっと身近なものへと変わりました。
後編では、このRENEWを立ち上げた「TSUGI」代表・新山直広さんに、プロジェクト誕生の背景や11年の歩み、そしてこれからの展望についてお話を伺います。
2025年9月取材
取材・執筆=石原藍
撮影=江藤海彦
編集=鬼頭佳代/ノオト


