脱・お通夜ミーティング。リモート時代のコミュニケーションを変える対話促進ツール「emochan」とは――ツクルバ/KOU・中村真広×MIMIGURI・安斎勇樹対談(後編)
リモートワークが当たり前になり、場所や時間に縛られない働き方が広まっています。今、“働く場”とは何を指すのでしょうか?
異なる視点から組織について考えてきたツクルバ、KOUの中村真広さんとMIMIGURIの安斎さんが、これからの“働く場”について対談。(前編はこちら)
後半では、そんな二人がタッグを組んで開発した対話促進ツール「emochan」の活用法と、未来の働く場について考えます。
ー中村真広(なかむら・まさひろ) 株式会社ツクルバ共同創業者・取締役、株式会社KOU代表取締役
1984年生まれ。東京工業大学大学院建築学専攻修了。不動産ディベロッパー、ミュージアムデザイン事務所、環境系NPOを経て、2011年に株式会社ツクルバを共同創業、代表取締役就任。2019年東証マザーズに上場、2021年8月より取締役。株式会社KOUを創業し、2019年には同社代表取締役に就任。著書に「自分とつながる。チームとつながる。」(アキラ出版/2020)他。
ー安斎勇樹(あんざい・ゆうき) 株式会社MIMIGURI代表取締役Co-CEO、東京大学大学院 情報学環 特任助教
1985年生まれ。東京都出身。東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。企業経営と研究活動を往復しながら、人と組織の創造性を高めるファシリテーションの方法論について探究している。著書に『問いかけの作法:チームの魅力と才能を引き出す技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。
「チームのコミュニケーションがうまくいかない……」自身の悩みがemochan開発のきっかけに
KOUでは2022年2月に、対話の場づくりツール「emochan」の法人提供をスタートしました。なぜ今、このツールを開発したのですか?
中村
開発の背景には、まさにコロナ禍になってから、自分が感じていたチーム運営での心理的な距離の悩みがありました。
マネージャーたちからも、「リモートワークだと気軽な雑談がしにくい」「ミーティングで自分だけがしゃべっている」「入社メンバーとのオンボーディングがうまくいかない」といった悩みがあがっていて。
「意図的に人の思考や価値観に触れる機会を作らないと、以前のようにはコミュニケーションができない」と考えているメンバーがたくさんいたんですよね。
安斎
それって実は、もともとあったコミュニケーションの課題が顕在化しただけなんですよね。アイデアが出づらかったり、きまずい沈黙が続いたりする「お通夜ミーティング」は、コロナ以前からありましたし。
中村
そうですね。事業環境やチームのあり方が変化するなかで、もともと対話の重要性は説かれてきました。ただ、対話は言うほど簡単ではない。だから、見て見ぬふりをされてきたのかもしれません。
まず、対話の場を作るきっかけを見つけるのがそもそも難しい。それに1on1など対話の場が持てても、ファシリテーションの技術がなくてうまくいかないケースもあるはずです。
進行が苦手だから対話のきっかけを切り出すことすらおっくうになる人もいるかもしれない――。emochanは、そうした課題を解決するためのサポートツールなんです。
具体的に、何ができるツールなのでしょうか?
中村
emochanは、対話のきっかけを作り、その進行をガイドしてくれるツールなんです。
リモートでのオンライン環境・オフィスでのオフライン環境に関わらず、会議の冒頭や1on1といった既存の機会を活用できるように、2つのフォーマットを提供しています。
まずはチェックインツール「check」。日常的な会議の冒頭などで雑談をして、メンバー同士のコンディションを知ることが目的です。
もう1つはグループリフレクションツール「dive」。上司と部下の1on1やマネージャー同士の定例会議などで対話を深めることが目的です。
安斎
emochanは、もともと中村さんたちが開発したツールです。今回の法人提供にあたり、MIMIGURIは監修として携わりました。
中村
もちろんツールなので社内風土を完全に変えることまではできません。一方で、現場のチーム単位で導入すれば、ボトムアップで組織のコミュニケーションを変えるための常備薬にはなる。
emochanは、日常のコミュニケーションのセルフメディケーション薬のようなものなんです。
安斎
わかりやすいですね。僕は、組織開発には「ハレ」と「ケ」、つまり非日常的なアプローチと日常的なアプローチの両方が必要だと考えています。
例えば、「100周年だから未来について話すイベントをしよう」「人材の流出が止まらないからみんなで対策会議をしよう」といった組織開発のアプローチはよくあります。
ただ、同じくらい重要な人と人との日常的な関係性をケアするアプローチは、なかなか実践されていない。
健康管理で言うなら、奮起して3カ月間、厳しいパーソナルジムに通うのも大事だけれど、お風呂上がりにストレッチをしたり、寝る前にはスマホを見ないといった日々の習慣もまた大事なんですよね。
中村
限られた会議の時間内で向き合わなければならないアジェンダがたくさんあると、「つい、チェックインはスキップしてもいいか……」となりがちですよね。
僕自身も正直、30分の会議なのにチェックインで5分を使うのは、コストが高いなという感覚があります。
安斎
ただ一方で、オフィスでの非言語コミュニケーションができないリモート環境では、日常のルーティーンの中に対話の機会を組み込むのがすごく重要なんですよ。
それが、心理的安全性を上げたり、エンゲージメントスコアに寄与したりする可能性は高いといえます。
オンラインミーティングでマネージャーが一生懸命呼びかけているのに、部下は画面オフでミュートのまま――。emochanは、そんな間柄であっても、余計なことを話しはじめる言い訳になってくれるツールなんですよ。
「チェックイン」と「リフレクション」がチームの関係性を育てる理由
安斎さんは、もともとemochanをユーザーとして活用されていたそうですね。
安斎
MIMIGURIはファシリテーター集団ということもあって、30分の会議でも5分使うぐらいチェックインを大事にする文化がもともとあります。
それは、チェックインが参加者同士の関係性に大きく寄与すると考えているからです。
安斎
チェックインツールとしてemochanをいいなと思ったのは、最初に感情のカードを選んで、それから何を話すか考えるという仕組みです。
相手の感情が視覚的に分かるから、話を深掘りしやすいんですよね。各メンバーが「怒り」ばかり選んでいるときは、「どうした?」「会議してる場合じゃないよ」みたいな感じで盛り上がったりもしますし。
中村
開発元であるKOUはもちろん、ツクルバでもプロトタイプ段階のemochanを使ってきていますが、チェックインでその人の今のコンディションや状態を共有し合うと、メンバー同士の相互理解が深まるんですよね。
例えば、眠そうなスタッフがいても、「なんかテンション低めだな」という印象をもつだけなのと、「昨日、子どもが夜泣きして寝不足だから眠そうなんだな」とわかっているのとでは、まったく違います。
それに、全員が一言ずつ話すので、みんなが当事者として きちんと会議モードに入れるのもいいなと感じています。
もう一方の「dive」はリフレクションツール。じっくり話ができるモードですね。
中村
「dive」は事実と付随する感情と思考、その奥にある価値観を分けて考えられる設計になっています。
だから、業務の詰めミーティングになりがちな1on1でも、事実関係の確認だけにとどまらず、きちんと相手の見ている景色を理解できるんです。
中村
参加者全員が同じテーマについて振り返り、それをシェアし合うという仕組みなので、参加者が上司と部下であっても発言率は半々になりやすいのもメリットです。
安斎
業務やプロジェクトのリフレクションの機会って、実は対話をする絶好のチャンス。MIMIGURIでは、グループリフレクションもまた習慣化していて、すごく時間を割いています。
というのも、何かが始まる前よりも、終わった後に話すときの方が、事実に対する意味付けの違いが発露しやすい。どんな価値観から何を考え、どういうアウトプットをしたのかが明確になり、互いを理解する機会になりやすいんです。
中村
対話と同様、リフレクションもまた、十分に実践されていませんよね。近年求められている自律型人材の育成にも、リフレクションは役立つと思うんです。
自律型人材とは、自分で経験を振り返り、それを教訓として行動を変えられる人のこと。そうした経験学習サイクルを回すためには、事実をどう解釈したのか、リフレクション する習慣が不可欠です。
安斎
反省会はよくあるんですけどね。悪かったことを反省して、再発しないような禁止ルールを追加して行った結果、マニュアルが分厚くなる。
すべきなのは、反省でなく内省。積み重ねるべきは禁止ルールじゃなくて、学習なんですよね。
これから求められるのは“ワークプレイス・クラフティング”の発想
今後、働く場はどうなっていくと期待していますか?
中村
中村 今後、コロナが収束したとしても、もう働き方、暮らし方は元には戻らないでしょう。
これから求められるのは、当たり前に出社していた頃のオフィス環境のメリットをあらためてピックアップし、オフラインとオンラインを横断した形で、働く場を再構築していくことなのだと思います。
安斎
どんなレイヤーの人にも、働く場に対するクリエイティビティが大事になってきそうですよね。
中村
働く場を提供する立場でいえば、今はまだ、建築やオフィスデザインといった物理空間を作っている人は物理空間だけ、オンラインツールを提供する情報空間を作る人は情報空間だけ、とそれぞれの領域にとどまっている。
今後は、それらを統合して、新しい時代のオフィスアーキテクトとしてこれからの働く場を作っていくべきなのでしょう。
安斎
「働き方はもう元には戻らない」という割り切りは必要ですよね。
中村
ツールを提供する立場としても、会社組織の運営をする立場としてもそう感じます。
今まで総務やオフィスの管理運営という仕事をしてきた人たちも、意識の変容が求められる気がします。
――リアルなオフィスという場とデジタルツールをハイブリッドで使うならば、ワークスタイルはさらに多様化しそうですね。
中村
メンバーが世界に散らばっていることも珍しくなくなるでしょう。
ミーティングも、全員がオンライン、全員がオフラインということもあれば、チームの数人がオフィスにいて、ほかはリモートということもあるはず。
emochanはオフラインでもオンラインでも使えるツールとして設計してあるので、そんなときにも活用してもらえればと思います。
安斎
今まで働く場とは、経営者やオフィス担当者の人たちが決めるものでした。しかしこれからは、働き手自身が 自分の働く場について考え、決める必要があるのかもしれません。
今、「仕事を主体的に作り上げることが働きがいを生む」という“ジョブ・クラフティング”の発想が注目されています。
コロナ以降、働く場からも働きがいを考えることができるはず。その意味で、自分が楽しく働ける場を能動的につくる“ワークプレイス・クラフティング”の発想はより強く求められていくのではないでしょうか。
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編集:ノオト