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企業の閉塞感を打破する「良い問い」の立て方 ー対談 安斎勇樹×澤田智洋

商品開発や新規事業開発など、多くの企業は優れたアイデアを生み出し、事業を成長させていくことを目指しています。けれども、新商品や新サービスが生まれては消えていき、手詰まり感を覚え始めた企業も少なくないでしょう。

こうした企業が抱える閉塞感を打ち破るためには、何が必要なのか。どうすれば、新しいアイデアが生まれる組織をつくることができるのか。そのヒントを探るため、異なるフィールドでさまざまな企業や団体とプロジェクトを進める、株式会社MIMIGURI 代表取締役 Co-CEOの安斎勇樹さんとコピーライター澤田智洋さんのお二人をお招きしました。対談を通して、企業やそこで働く人々の閉塞感を打破する「良い問いの立て方」について考えていきます。

これだけみんなが閉塞感を覚えているなら、目の前の現状を疑うべき

-澤田 智洋 (さわだ・ともひろ) コピーライター/世界ゆるスポーツ協会代表理事

1981年生まれ。言葉とスポーツと福祉が専門。幼少期をパリ、シカゴ、ロンドンで過ごした後、17歳で帰国。2004年、広告代理店入社。アミューズメントメディア総合学院、映画「ダークナイト・ライジング」、高知県などのコピーを手掛ける。 2015年にだれもが楽しめる新しいスポーツを開発する「世界ゆるスポーツ協会」を設立。これまで100以上の新しいスポーツを開発し、20万人以上が体験。また、一般社団法人障害攻略課理事として、ひとりを起点に服を開発する「041 FASHION」、ボディシェアリングロボット「NIN_NIN」など、福祉領域におけるビジネスを推進。著書に『ガチガチの世界をゆるめる』(百万年書房) 『マイノリティデザインー弱さを生かせる社会をつくろう』(ライツ社)がある。

澤田:安斎さん、はじめまして。澤田です。

安斎:はじめまして。安斎です。先日、澤田さんの著書を拝読したところ、共感する点が多かったので本日は楽しみにしておりました。澤田さんは現在、コピーライターとして仕事をしながら、世界ゆるスポーツ協会の代表理事などをされていますよね?

澤田:そうですね。新卒で広告会社に入社しコピーライターとして働いていましたが、生まれた息子の目が見えないと知ったことをきっかけに、障害がある方たちと関わるようになりました。そこから、新しいスポーツをつくる「世界ゆるスポーツ協会」を立ち上げたほか、義足をファッションアイテムに再解釈する「切断ヴィーナスショー」、視覚障害者の目となるロボット「NIN_NIN」、身体障害者の悩みから新しい服をつくるレーベル「041(ALL FOR ONE)」など、多くの福祉プロジェクトに携わっています。「マイノリティ」と呼ばれる方が持つ独自性に、「広告的なやり方」で光を当てたいと思っているんです。

これらに加えて「障害攻略課」という一般社団法人を立ち上げて、常に広告・スポーツ・福祉という3つの領域・ドメインの間にいるような形で活動しています。基本的に「隙間」とか「間」がすごく好きな人間なんです。

安斎:いま澤田さんが仰っていた「間がすごく好き」ということにも同じ匂いを感じました。僕も自分のことを説明するときにいつも「狭間の人間です」という言い方をしているんです。

僕は現在、人と組織の創造性を高めるファシリテーションやワークショップの方法論について研究しつつ、組織変革や組織開発などのコンサルティングを行う「MIMIGURI」という会社を経営しています。澤田さんの著書に松崎英吾さん(日本ブラインドサッカー協会 専務理事)との出会いについて書かれていましたが、僕も自分が大学生の頃に、ブラインドサッカーに興味を持って、ブラインドサッカーの日本代表選手とアイマスクをした中学生が全力で戦うワークショップを企画したことがあります。そのように、座学では得られない学習活動の在り方を探究していたことが、ワークショップの研究を始めたきっかけの一つなんです。

澤田:ブラインドサッカーのワークショップは学びが多いですよね!

安斎:ブラインドサッカーのワークショップでは、めちゃくちゃ勉強ができるけれど口数が少ない子の存在感が0になって、逆に成績が良くなくてもとにかくバンバン声を出す子がコート上で存在感を放っていることがあって。ワークショップって、そういう日常の物差しからの逆転現象が起こるのが面白いんです。

ほかにもその当時、僕のワークショップに参加してくれる男の子がいたのですが、彼には吃音があって、みんなの前でうまく喋ることができなかった。ところがあるとき、彼がたまたま「誰も知らない遊び」を知っていたことで、その場におけるヒーローになったことがあるんです。「なにそれ? すごいね!」と注目されたことがきっかけで、突如として流暢に喋れるようになった。それを機に、当人の中に抑圧されていたポテンシャルが、ちょっとした環境の変化や場の意味づけによって解放されて、クリエイティブなことが起きる事象に興味を強く持ちました。

澤田:ポテンシャルが高いのに抑圧されてしまうことは、個人だけでなく、企業など組織にも言えますよね。そのせいで、みんな閉塞感を抱えているというか。

安斎:そうですね。仕事柄、さまざまな企業の方とお話ししますが、「変わらなければ」「従来のやり方のままではいけない」と危機意識を抱いています。大手の技術メーカーの事業開発のコンサルティングをしたときにも、エンジニアの皆さんは本当は技術のポテンシャルの話がしたいのだけれど「でも、技術主導で商品開発をする時代は終わったんですよね」と肩を落としている。従来のやり方では事業が立ち行かなくなってきた企業が多いいま、その方針転換の狭間で抑圧され、活力を失っている人々が増えているのかもしれません。

澤田:自治体も閉塞感を抱えていると感じます。公務員の数って人口比でいうと日本は先進国の中でもかなり少ないのに、まだ「人件費を減らせ」「そこに税金使うな」みたいな圧力がある。しかも、予算が限られていてどの地域も財政圧迫が続いていて厳しい状況。働き方としては縦割りだし、異動もあるし、専門性を身に付けづらいから閉塞感も強いんです。

安斎:確かに。 

澤田:スポーツには「ホーム」と「アウェイ」という捉え方がありますが、いまってあらゆる人にとってアウェイな環境であることが多い。自分のフィールドの中で息苦しさを感じていて、自分らしさを発露できないみたいな。でもそれって環境との相互作用でもあるから、環境をどうにか緩められたら、状況が少し良くなるんじゃないかなって思っているんですよ。そのためには、目の前の環境自体を疑う必要がある。

例えば、元々スポーツ業界って利権がガチガチな領域なんですけど、「ゆるスポーツ」をつくって、そこを重点的に緩めていくと「スポーツそのものを疑う価値があるんだ」とみんな気づいていきました。スポーツがガチガチなままであれば、日本のスポーツ文化が廃れる、スポーツ人口が減る、スポーツから子どもが離れて、基礎体力が落ちる……と。たぶん安斎さんと僕がやっているのはそういう風に無理のない手法で、アウェイをホームに変えるみたいなことですよね。

多くの企業では、問いの設定自体に問題がある

-安斎勇樹(あんざい・ゆうき) 株式会社MIMIGURI 代表取締役 Co-CEO/東京大学大学院 情報学環 特任助教

1985年生まれ。東京都出身。私立武蔵高校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。研究と実践を架橋させながら、人と組織の創造性を高めるファシリテーションの方法論について研究している。主な著書に『問いのデザイン-創造的対話のファシリテーション』(共著・学芸出版社)『リサーチ・ドリブン・イノベーション-「問い」を起点にアイデアを探究する』(共著・翔泳社)『協創の場のデザイン-ワークショップで企業と地域が変わる』(藝術学舎)などがある。

安斎:僕も「疑ってもいいんだ」という余白や許容を作り出すこと、常識に揺さぶりをかけることを意識して活動していました。いろいろな企業の話を聞いていると、そもそもの上流の課題設定自体に問題があることが大半だと思うんです。外部環境の変化が激しく、ヒットの法則も通用しない現代において、従来のトップダウン型の組織では、適切に「疑うこと」「問うこと」ができなくなっているとも言える。他方で、人間の厄介なところは「仕事の意味を問わずとも、目の前の作業にとりあえず没頭することができてしまう」ことなんです。

ドラッカーの『マネジメント』にある寓話に、「三人の石工」というのがあります。ある建築現場で何をしているのかを聞かれて、一人目の男は「これで食べている」と答え、二人目は手を休めずに「腕のいい石工の仕事をしている」と答え、三人目は目を輝かせて「国で一番の教会を建てている」と仕事の意味を答えた。もちろん三人目のようなスタンスで働くことがベストだけれど、一人目でも二人目でも作業は遂行できる。

澤田:確かに。ドストエフスキーの『死の家の記録』で、究極の拷問として囚人に半日かけて穴を掘らせて、残り半日で掘った穴を埋めさせる話があります。これは人間の行為から意味を奪い取ることで、結果的に拷問になるということ。そう考えると、思考停止した仕事でも人間は働けるけれど、ある意味拷問に近く、それが人々や企業の閉塞感に繋がっているのかもしれません。

安齋:この状態から覚醒させるものこそが、良い問いなのかもしれないですね。

澤田:そうですね。そういう意味では、コピーライターという仕事は再解釈や再定義することで価値を生む仕事だったりするので、問いを提示して目覚めさせる仕事と言えるかもしれません。僕自身はあまり「問い」だと意識していませんでしたが、例えばゆるスポーツで「顔認証技術を使って新しいスポーツを作らない?」と問いかけると、後輩のクリエイターたちが燃えるわけですよ。「面白そう!」って。ありきたりな問いだと燃えないし、答えは問いに依存するから、ありきたりな答えになってしまうんですよね。

安斎:「問い」とは、ものの見方自体なわけで、視点が変わったら見えてくるものも当然違うものになりますよね。そこをいかに触発するかというのは、僕も日々考えているところです。広告に限らず、いま企業が問題に陥っていると感じるのは、「自分たちが何をしたらいいのか」という“正解“を外部だけに求めていること。安心して「これが答えだ」と言える根拠が社内にはないからかもしれません。

ほとんどの問題は構造が原因。だからこそ原点回帰しシステムを緩める必要がある

安斎:ここ10年、20年のあいだにデザインの考え方が普及したことで、事業や商品開発の現場が「ユーザーが欲しがっているものを作ればいいんですね」となってしまっている。それがいま「技術から開発しちゃダメ」という風潮を生んでいると思うんですけど、そうなると競合他社含めみんなが同じユーザーを見てものを作るので、結果コモディティ化する。これは構造的に問題が絡まっているのかな、と思いますね。

澤田:安斎さんがワークショップでやっていたように、「自分で問いを立て、考え、自分で正解を導き出す」みたいな習慣を、本当は中学生ぐらいから身に付けておかないといけないんでしょうね。

安斎:まさに学校教育が前時代的な、トップダウン型の組織に順応する人材を育成する仕組みになってしまっている。これは組織の規範から逸脱しないように、与えられた問題だけを解ける人材とも言え、自ら問いを立てる習慣が身につかない。いま学校教育は変革のタイミングにあるので、自ら問いをたて、自分の頭で考え正解を導き出すようなカリキュラムも少しずつ増えてきていますね。

澤田:日本で起こっている問題って、ほとんどシステムや構造の問題ですよね。僕はこの問題を解消するためには、原点回帰が必要だと思っていて。スポーツで言うと、いきすぎた商業主義から、スポーツの元々の価値である「息抜き」や「気晴らし」っていうところに原点回帰しよう、みたいな。

安齋:なるほど。原点回帰して、構造やシステムを緩めていこう、と。

澤田:仕事も同じだと思います。昔はコミュニティの中で「あなたがいないと成り立たない」みたいな仕事を各々が持っていたから、働くことが生きがいに繋がっていた。けれどいまの労働環境やシステムっていうのは、誰が病欠しても代わりの人が補填できる代替可能なシステムになっている。そうなると、やっぱり働く意義って薄れてきますよね。でも本来的には人って「代替不可能」な存在であるべきだと思うんです。

だから僕が関わっているプロジェクトでは、メンバーに対して「あなたがいてくれて良かった」という祝福のメッセージを送っているんですよ。それは気遣っているとかではなく、どれも「この人が欠けたらうまくいかなくなる」というプロジェクトだらけだから。経営者やマネージャーの人から見るとリスクに思えるかもしれませんが、僕は事業の急成長よりも「これはあなたがいないとできない仕事なんです」というメッセージを発するほうが、リーダーの責務だと思っていて。「あなたがいてくれて良かった」って言われて嬉しくなるのが、働くことの喜びだったりするから。

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前編はここまで。後編では、良いアイデアを生むための提案や場づくりのコツなどについてうかがいます。

2021年9月16日更新
2021年7月取材

テキスト:中森りほ 
取材:大矢幸世