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心理的安全性を醸し出せる人でいるにはどうすればいい? リモート時代、後輩・チームメンバーから“ちょうどよく頼られる”ヒント

後輩、チームメンバーを助けたい気持ちはあるけれど、なかなか頼ってもらえない。または、過度に寄りかかられたり、思いがけず利用されたりしてしまう――。

後輩、チームメンバーから“ちょうどよく頼られる”存在になるには、どうしたらよいのでしょうか。相手の人となりをつかみづらいリモート環境で、チームメンバーのSOSを見逃さないための工夫とは? 『「頼る」スキルの磨き方』(KADOKAWA)の著者で、医師の吉田穂波さんに聞きました。

吉田穂波(よしだ・ほなみ)
医師、医学博士、公衆衛生学修士、神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科教授。三重大学医学部卒業後、聖路加国際病院で臨床研修ののち、名古屋大学大学院医学系研究科で博士号を取得。ドイツとイギリスの産婦人科、総合診療の分野で臨床研修を行い、帰国後は女性総合外来の創設期に参画→。08年、ハーバード公衆衛生大学院を卒業後、同大学院のリサーチフェローに。11年の東日本大震災では、産婦人科医として国内外のネットワークをつなぎ被災妊婦や新生児の支援に携わる。著書に『「頼る」スキルの磨き方』(KADOKAWA)など。

利用されたり依存されたりしない“ちょうどよく頼られる人”とは?

そもそも、後輩、チームメンバーが頼りたくなる人とは、どんな人なのでしょうか?

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吉田

仕事ができる人、ノウハウを知っている人、キーパーソンを知っている人……。皆さんは、こうした「能力の高い人」を想像するかもしれません。

ただ、同じくらい仕事ができる人が2人いたら、安心して相談できる相手のほうに頼りたくなるのではないでしょうか?

実際に「頼りやすい人」の特徴を聞くと、能力の高さ以上に、「いつ話しかけても怒らない人」「人となりを知っている人」「喜んで相談に乗ってくれる人」と答える人が少なくありません。

一方で、頼られすぎて「利用されているのでは」「依存されて重い」と感じる人もいます。“ちょうどよく頼られる人”になるにはどうしたらよいのでしょう。

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吉田

「利用されている」「依存されている」と感じるのは、頼られる側が自己犠牲を伴っているとき。自分の余裕がない場合は、相談されても断らせてもらう、これも受援力(頼り頼られるスキル)の一つです。

ちょうどよく頼られる人とは、相談すれば何でもかんでも引き受けてくれる人ではありません。自分にできることは引き受け、自分にできないことをサポーティブに断れる人なのです。

「サポーティブに断る」とはどういう意味ですか?

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吉田

サポーティブに断るとは、相手の力になりたいという気持ちを伝えつつ、協力的な代案を出しながら断る、ということ。

例えば、「今、○○について聞いていいですか?」と相談されたとして、単に「忙しいからごめんね」と断るだけでは、相手が「自分は大切にされていない」と感じ、「もう頼りたくない」と思ってしまいます。

「明日の夕方なら空いているよ」「その内容をメールで送っておいてくれたら、隙を見て返事するよ」「隣の部の◇◇さんが詳しいから紹介するよ」「誰ならわかるか聞いてみよう」といった具合です。これなら、自分も相手を拒絶したという罪悪感を抱かずにすみます。

後輩、チームメンバーがSOSを出しやすい人になるには?

後輩、チームメンバーが頼りやすい人になるには、どんな工夫ができますか?

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吉田

対面で話をする機会をできるだけ増やしておくといいですよ。「単純接触の原理(ザイオンス効果)」にもある通り、くりかえし接する回数を増やすことが相手との距離感を縮め、好感度を増幅させるといわれていますから。

もっとも重要なのは、チームや一対一の関係における心理的安全性の確保に気を配ることです。

心理的安全性が高い状態とは、一人ひとりが「自分らしくいられる」「安心して何でも言い合える」「否定されない、拒絶されない」と感じられること。後輩、チームメンバーの人にそれを感じてもらえるような振る舞いを心がけるといいですね。

心理的安全性は組織論でよく聞くワードですね。一社員である先輩、マネージャーなど、個人の言動によっても心理的安全性は変えられるのですか?

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吉田

そうなんです。まず先輩やマネージャーの立場にいる人は自分の弱みや苦手なことを含め自己開示をして、自分の人となりを伝え、フラットな関係を作ることから始めます。そして、後輩、チームメンバーの人に関心を持ち、その話を遮らず、否定せずに最後まで聞いてください。

加えて、自分から仕事での悩み事や過去の失敗談を話すようにすると、下の立場の人たちも「失敗を報告してもいいんだ」と安心して相談することができるようです。

機会を見つけてうまく自己開示をする方法はありますか?

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吉田

会議や打ち合わせ、1on1のアイスブレーキングなどで、親密になれそうなテーマを探して、それをきっかけに話をしてみてください。苗字について、出身地について、などであれば話のきっかけになりやすいと思います。

ほんの少しだけプライベートな話題を混ぜ込めると、お互いに居心地が良くなります。

最近は家族の話題を振るのも難しく、共通の話題に困ることもあります。

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吉田

プライベートなことに踏み込まないような距離感には悩みますよね。「最近、ハマッているおやつ」「最近、買って良かったもの」「推し(応援しているアーティスト)の話」などを話してみてはどうでしょうか? ほかにも、個人情報に触れていないけれど共有できるようなテーマを探してみてください。

もし相手の話しているものについて知らなくても、理解しようと一生懸命に聞いてくれたらうれしい人も多いはず。こうして日々のコミュニケーションを重ねておくと、いざというときに相談するハードルがグッと下がります。

後輩、チームメンバーがSOSを出しやすくなるために、ほかにしておきたいことはありますか?

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吉田

そもそも、後輩、チームメンバーと一口にいっても、一人ひとりは別の人間です。

例えば、同性同士ならば言いやすいことが、異性だと言いにくいこともあるかもしれません。女性は、職場にあるジェンダーバイアスから自己主張がしにくいという研究結果も出ています。Z世代は自分のためよりも他者のためになることのほうが行動しやすいという特徴もあるそうです。

このように、性別や世代を加味して、試行錯誤しながら個々にオーダーメイドの配慮ができると理想的です。

困り事を抱えていそうな相手には「大丈夫?」「困ってない?」ではなく…

1on1にしろミーティングにしろ、Zoomなどオンラインツールでメンバーの話をうまく聞くコツはありますか? 対面より情報量が少なく、苦労することがあります。

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吉田

少しでも相手が話しやすくなるように、はじめに雑談の時間を取ることをおすすめします。複数名が参加するものならば、開始時間よりも少し早めに入るといいですよ。

オンラインだとこちらの感情も伝わりづらいので、私は「会えてうれしい」「参加してくれてありがとう」と、ポジティブな感情を伝えてから雑談を始めています。

確かに、こちらと同じく、相手にもこちらの感情が届きにくいのですよね。

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吉田

そうなんです。だから、反応やジェスチャーも普段より大きくするようにしています。

また私の場合、会議や講義では必ず最初に「チェックイン」をするようにしています。「最近食べて美味しかったもの」「ここ2週間で一番うれしかったこと」などをチャットツールに書き込んでもらい、「1,2,3、どうぞ!」というかけ声に合わせ、いっせいに投稿してもらうのです。

そうすると、お互いに人間らしい部分を見せることができ、様子が伝わってきます。

チェックインの時間が取れない短いミーティングなどはどうしていますか?

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吉田

自分の名前の欄に、「吉田穂波😊」のように今の気持ちや調子を絵文字や顔文字、一言メッセージで示してもらっています。

これだけでも意外とお互いを知ることができますし、定点観測していくと「この人は最近、ずっと睡眠不足だな」といったこともわかるんですよ。

困ったことがありそうで心配な後輩、チームメンバーがいるとき、どのように声をかけたらよいのでしょうか。

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吉田

「大丈夫?」「困ってない?」と聞きたくなるところですが、これらは困りごとを口にしにくくなる聞き方なんです。

まず、困っている人ほど自分の状況を矮小化する傾向にあるといわれます。そのため、たとえ困っていても相手は「大丈夫です」と答えてしまうはず。

過去のさまざまな研究から、心配されている、気遣われていると感じると、人は「自分はダメだと思われている」「自分の評価は低いんだ」と傷ついて自己開示しにくくなるとわかっています。

「大丈夫じゃないように見られているから、こう聞かれている」と思ってしまうということなんですね。ではどうすれば……?

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吉田

できるだけ具体的なトピックを挙げて、「○○は最近、どう?」「何か変わったことはあった?」「気になることはない?」と、あくまで相手の状況を聞くような声がけをしてみましょう。

少しでも言いやすくするよう、「小さいことでも言ってね」「参考までに教えて」などと言い添えたり、困りごとを聞く前に先ほどのアイスブレーキングのような雑談から入ったりする、という手もあります。

困りごとを聞くときこそ、緊張を解きたいものですよね。

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吉田

その通りです。もし「○○さんが前に話していたお店に行ってみたよ」「このあいだSNSでつぶやいていた旅行先、私も気になっているんだけどどうだった?」といった語りかけができるなら、相手は自分が受け入れられているという気持ちを強め、自己開示しやすくなるでしょう。

頼っていいと思わせる余裕のある人になるには?

人の相談をいつでも受け取れるようにするために、先輩、マネージャー側が準備しておくべきことはありますか?

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吉田

自分自身が心と身体の余裕を作ることです。実は先日、ある企業さんで「頼るスキル」をテーマに講演をしたとき、こんな光景を目にしました。

あるマネージャーの方がチームメンバーの方々に「頼りたくなる人とは、どんな人なのでしょうか? もっと頼ってほしいのに、なかなか相談してもらえないんです」と質問をしたんです。

すると、間髪入れずに「○○さんに頼りたいし話も聞きたいのですが、明らかに忙しそうなので頼れません」「スケジュールがたくさん入っていそうで遠慮してしまいます」……というチームメンバーの方々からのチャットが入って。そのマネージャーの方はとても驚かれていました。

「一生懸命、仕事をしていただけなのに、話しかけづらいオーラを醸し出していたのか!」と感じたでしょうね。

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吉田

ただ、仮にチームメンバーが頼ってくれたとしても、自分に余裕がなければ負担に感じて、十分に力になることもできないでしょう。

まず自分の心の余裕を作るために、1日に15分だけでも好きなことをして自分を満たす時間を作ることから始めます。何かを食べる、音楽を聴く、ドラマを観る、絵を描く、歌う……どんなことでもかまいません。

吉田

私は、やってみたいことを100個書き出した「ウィッシュリスト」を作って、空いた時間で1つずつ実行することにしています。「世界一周」など大きな目標でも、ガイドブックを立ち読みしたり、舞うどの国から始めるかを考えたり、ネットでリサーチしたりすることなら15分でもできるはずです。

先に仕事を片付けてから、時間の余裕を作って、好きなことをするのではないのですか?

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吉田

まずは自分を満たすことが先です。心に余裕ができると、「どうせ後から直すなら、人に頼むより自分でやった方が早い」「頼るまでのお膳立てが面倒くさい、時間がない」といった思い込みから離れることができます。

なるほど。まずは心の余裕を確保し、次に誰かに頼って業務上の余裕を作るという順番ですね。

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吉田

自分ができないこと、明らかにオーバーワークなところは後輩を含めた周囲の人に助けてもらう。

あるいは、仕事の依頼があったときは、前述のようにサポーティブな提案をしながら気持ちよく断る。困ったことがあったらメンバーに「ちょっと話を聞いてくれる?」と悩みを打ち明ける。

こうした姿を見せることは、後輩、チームメンバーに「頼ることはいいことだ」と伝えることにつながります。

頼られ上手になるための第一歩は、自分が誰かに頼ることなんですね。

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吉田

そうなんです。誰かに頼った経験のある人は、どんなふうに振る舞えば相手が頼りやすいかがよくわかるはずですしね。

「後輩、チームメンバーから頼られたい、頼ってほしい」と思える人は、誰かを助けたい、役に立ちたいという気持ちのある人。ぜひマネジメントの立場にいる人には、自らルールメーカーとなり、所属する場所の文化を変えていってほしい。

どんな人でもSOSを出しやすい組織は、自分も他者ものびのびと能力が発揮できる場所なのですから。

2022年8月取材

取材・執筆:有馬ゆえ
編集:鬼頭佳代(ノオト)