人と人が出会えば何かが生まれる――オオサカンスペースが仕掛けるコミュニティを生み出す空間づくり
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リモートワークやハイブリッドワークが進み、「働く場所」の選択肢が増えました。その分、「違う組織や会社の人ともコミュニケーションが取りたい」「場所を超えて、何かを生み出したい」と考える人も多くなったのではないでしょうか。
そこでヒントになるのが、多種多様な「働く人」の集うコワーキングスペース。中でも、一見サークル活動のような、家族のような、だけど会社のようでもある、元気な「オオサカンスペース」は、人と人の出会いを基点としたコミュニティづくりを行なっています。
オオサカンスペースならではの活気ある交流とエネルギーをどうやって生み出しているのか。それはあらゆるコミュニティづくりにとって、どんなヒントになるのか。運営している株式会社Kaeru代表の大崎弘子さんに伺います。
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― 大崎弘子(おおさき・ひろこ)
Chatwork株式会社で社長秘書を経て、グループ会社(株式会社EC studioスペース、現・株式会社Kaeru)の代表に就任。その後、株式譲渡により独立。オオサカンスペースのほか、ウェブサイトにWeb販売代理店機能を追加するサービス「Dairin」や、スポーツ自転車専用駐輪場「ヴェロスタ」、アフィリエイトスクール「atus」の運営などを行なっている。
同じ空間にいるだけで「何か」が生まれる
オオサカンスペースは、2012年にオープンされたそうですね。当時はまだコワーキングスペースが全国的に少なく、老舗の位置付けになるかと思います。
その中で、「コワーキングスペース」に目をつけられた理由を教えてください。
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大崎
当時、自宅や自分の部屋をオフィスにして仕事をする「SOHO」と呼ばれる働き方が広まりつつある時代でした。私自身も家で仕事していたので、今でいう「リモートワーク」と呼ばれる働き方をしていたことになります。
一方で、家で仕事しているだけでは人との繋がりが希薄になるのではないか、という問題意識もありました。もちろん、SOHOやリモートワークでも誰かと一緒に仕事をしていることに変わりはありません。
でも、それはあくまでもオンライン上のコミュニケーション。それだけで強い仲間意識が生まれるのかどうか、疑問に思っていたんです。
同じ場所にいることに意味があるのではないか、と。
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大崎
はい。同じ空間にいるだけで、一緒に働いている人の強みや働き方の傾向も見えてきますよね。「この人はテキパキと仕事をするタイプだな」とか、「あの人は休みをとりながら仕事を進めるタイプだな」とか。
家などの閉じられた世界だけで留まっていると、できる範囲の仕事しかできなくなるのではないか、と思うんです。やはり、人と人が同じ場所にいることで何かが生まれる。
でも、コワーキングスペースがあれば、新たな情報をキャッチできて、それが新たなスキルになるかもしれない。協業が生まれて、新しい仕事のチャンスが生まれるかもしれない。そんな思いで、コワーキングスペースを作りました。
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大崎
そういった場所であるために、いくつか工夫をしています。その一つが、人との距離感。
詰めれば3人座れるテーブルに、椅子はあえて2つだけ並べています。そうすることで、一定の距離は保っているけれど、コミュニケーションも取りやすい設計にしています。
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大崎
基本的に、作業スペースを使っているときは「隣や向かいに誰かがいる状態」です。
ただ、一人で集中したい時や、Web会議では、「ぼっちボックス」という防音設備のある一人用会議室があるため、その点バランスは取れています。
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自然とコミュニケーションが生まれる仕掛け
ある意味一人になりにくい設計になっているように思います。
空間づくりの面では、どのような工夫をしていますか?
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大崎
大きな特徴は、食べたり飲んだりできる場所をあえて限定しているところです。
ダイニングエリアは、メンバー同士でランチをしたり、お土産が置かれていたりする場所。
食事はこのエリアでしかできないので、「各自の席で食事をする」のではなく、まるで台所のような場所を設けることで、ご飯の時間になったら多くの人が集まるようになりました。
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大崎
そのそばにバーカウンターエリアもあります。夕方、仕事が終わった人が集まり、お酒を飲んでゆったりとした時間を過ごしていますよ。
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空間設計だけでなく、さまざまな種類のイベントも、オオサカンスペースならではの活力を生み出していますね。
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大崎
オオサカンスペースで最も多いのは、「食べる」ことを軸にしたイベントです。
例えば、「持ち寄り部&新メンバー歓迎会」。月に1回、晩ご飯をそれぞれが持ち寄って食べるイベントです。
お昼の時間になったらダイニングテーブルでランチを食べることが多く、学生スタッフがお味噌汁を作る日も。
いきなり「はい、交流してください」と放り出すのでは、メンバーが困ってしまうだけ。でも、誰かと一緒に何かを飲んだり食べたりする時って、必ず会話が生まれますよね。そこにご飯があるから、自然とコミュニケーションが取れる。そこを意識しています。
そういう意味でも、あえて「ここでしか食事はできません」とダイニングテーブルを設けた意義は大きかったなと思います。
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大崎
他には、「これから会議」という一大行事があります。
これは年に2回開催していて、オオサカンスペースのメンバー同士で「これから半年、こんなことをがんばります」「あんなことがしたいです」とビジョンを1人あたり10分ほどで発表するイベント。このイベントがナレッジの共有や協業に繋がることも。
あとは月に1度、メンバーが今ハマっているものを発表する「メンバーピッチ」も開催しています。
こうしたイベントで、メンバー同士がお互いを知ることができるんですね。
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運営スタッフの皆さんも場に馴染んでいて、メンバーの皆さんと垣根なく交流する様子が印象的です。
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大崎
それは、「スタッフも全員、オオサカンスペースを利用する権利を持っている」という考え方からです。
もちろん、運営会社の社員やアルバイトではあるけれども、それと同時に利用者と同じメンバーで、そこで仕事をする利用者でもある。だからあまり、垣根がないのだと思います。
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大崎
それを象徴しているのが、定期的に行っているダイビング旅行です。スタッフの中に一人、ダイビングのインストラクターがいて。そのスタッフ主導で、メンバーと一緒に数泊のダイビング旅行を実施しているんです。
コロナ禍前は、研修旅行で海外に行っていたのですが、今はそれがなかなか難しくなってしまって。最近は、国内のダイビングで、さらにメンバー同士の交流を深めています。
学生スタッフさんもたくさんいて、新たな風が生まれているようにも見えます。
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大崎
そうなんです。コワーキングスペースには若い方からベテランまで、さまざまなメンバーが在籍しているのが理想です。
でも、元々オオサカンスペースを利用してきたのは30代以降のメンバーが中心でした。若い方の中には、そのコミュニティに入るのは難しそう、と感じる方もいるのではないかと思ったんです。
そこで、学生アルバイトを雇用したところ、平均年齢がグッと下がって、雰囲気がガラリと変わりました。それぞれの個性の強さも、オオサカンらしさにつながっています。
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人と人が交流することの大切さを忘れない
2020年以降はコロナ禍となり、世間では人と人の接触を避ける風潮が見られるようになりました。一方でリモートワーク人口が増え、多くのコワーキングスペースもオープンしています。
オオサカンスペースでは、こうした世の中の流れに対して、どう対応してきましたか?
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大崎
コロナ禍になってすぐは、「交流してはいけない」という雰囲気になってしまいましたよね。そもそも交流場所を作ってきたわけなので、非常に困りました。
オオサカンスペースでは、それに応じて料金形態を変えたり、イベントをリアルとオンラインのハイブリッド開催にしたりして、対応してきました。
しかし、ずっと大切にしてきた「交流」という軸はブラさずに運営を続けています。もちろん、「コロナ禍に適したスペースにしよう」と需要を重視してスタイルを変えることもできます。
でも、それは私が作りたい場所ではない。だからこそ、交流を保ちながら運営を続けています。理念を守り抜いてきた、というところでしょうか。
おかげさまで、年末からメンバーが一気に増えてきました。コロナ禍前の様子が戻りつつあるのかなとも感じています。
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大崎さんがコロナ禍前から「人と人のつながりが自然と生まれる場所」を変わらず作り続けてきたことに、改めて大きな意義が見出せそうですね。
最後に、仮に大崎さんが企業のオフィスを手掛けることになった場合、大切にしたいことや取り組みたいことを教えてください。
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大崎
社員食堂に力を入れますね。やっぱり「一緒に食べること」って、究極の交流だと思うんです。
もちろんコミュニケーションが苦手な方は、一人で食べてもいい。でも、隣にいる人と自然と会話が生まれる。そんな場を設計したいです。
大崎さんの思い描く世界と想いは、働く場所や方法が多様化している現代へのヒントになりそうです。ありがとうございました!
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2023年1月取材
取材・執筆:桒田萌(ノオト)
編集:鬼頭佳代(ノオト)
写真:提供写真