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田んぼは人とフラットに話せる場所。不動産屋が入居者とお米を作り続ける理由(omusubi不動産代表・殿塚建吾さん)

都心から電車で約30分の距離にあり、首都圏のベッドタウンとして発展を続ける千葉県松戸市。そんな場所に拠点を構えるのが、空き家をDIY可能な賃貸物件として貸し出す事業などを行う「omusubi不動産」です。

ユニークなのは、入居者さんや地域の人たちと社員が一緒に行うお米づくりを創業から10年間、続けているところ。

どうして不動産屋なのにお米づくりを行っているのでしょうか?千葉県松戸市にあるomusubi不動産の事務所で、代表の殿塚建吾さんにお話を伺いました。

殿塚建吾(とのづか・けんご)
1984年、千葉県松戸市生まれ。中古マンションリノベーション会社、CSRプランナーを経て、房総半島の古民家カフェ「ブラウンズフィールド」で自然な暮らしを学ぶ。3.11の震災後、地元・松戸に戻り、松戸駅前のまちづくりプロジェクト「MADCity」にて不動産事業の立ち上げをする。2014年4月に独立し、おこめをつくる不動産屋「omusubi不動産」を設立。

不動産屋がお米づくりを始めたワケ

おこめをつくる不動産屋「omusubi不動産」というのはキャッチーですよね……!

とはいえ、メインはあくまでも不動産事業ということであっていますか?

殿塚

はい。omusubi不動産は、松戸市を中心に空き家を借り上げ、DIY可能な賃貸物件を取り扱っている不動産会社です。賃貸事業だけでなく、空き家を買い取って再販したり、リノベーション向け物件の仲介を行う売買事業なども行っています。

そして不動産の他にも、下北沢にある「BONUS TRACK」のコワーキングスペースや、2018年から松戸市で毎年秋に開催されている国際芸術祭「科学と芸術の丘」などの運営を行っています。

下北沢にある「BONUS TRACK」の様子(提供写真)

空き家再生以外の事業も多いんですね。

さらに、お米づくりまで……?

殿塚

はい。「自給自足できる街をつくろう」をコンセプトに、春から秋にかけて物件の入居者さんや地域の方たちと一緒に千葉県白井市にある田んぼでお米づくりをしています。

そもそも、どうして不動産屋でお米づくりをしようと思ったのでしょうか?

殿塚

元々、私は父方の実家が不動産事業をやっていたのですが、母方の実家は農家で。その影響もあり、小さい頃から農業に対する漠然とした憧れがあったんです。

大学卒業後は、中古マンションをリノベーションする会社に入り、環境CSRの仕事に就きました。その会社をちょうど退職したタイミングと東日本大震災が重なって。

地元戻ってきた時に、ふと「自分は何のために働いてるんだろう?」と疑問を感じたんです。

殿塚

それで、いろいろ考えた結果、「シンプルに食べるために働いているはずだ」と気づいたんですよ。

確かに、食べることは生活の基本ですもんね……!

殿塚

そうなんです。自分でつくれるものがなかったので、マイプロジェクトとして2012年に自給自足をテーマにした「green drinks 松戸」というイベントを始めました。 

「green drinks 松戸」の様子(提供写真)

殿塚

それと同時に、知人から紹介してもらった田んぼを借りて、ゼロから米づくりに挑戦してみることにしたんです。

当初から、不動産の入居者さんたちと一緒にお米づくりをやるつもりだったのでしょうか?

殿塚

いえ、田んぼを借りたのはomusubi不動産を立ち上げるよりも、2年前のことで。その頃は、まだ前職のまちづくり会社に勤めていて、空き家活用の担当を始めたばかりでした。

当初はあくまで僕の個人的なイベントとして、人を募り、地元の農家さんに手伝ってもらいながら田んぼをやるつもりでした。

そしたら田んぼに遊びに来た人の家探しを手伝ったり、入居者さんが田んぼに興味を持ったりと、いつのまにか不動産業と田んぼが結びつくようになったんです。

自然と田んぼに人が集まるようになったんですね!

殿塚

なので、独立してomusubi不動産を立ち上げる時は、不動産と田んぼを掛け合わせてやってみようと思いました。

第1回目は15名くらいでヘトヘトになりながら始めたのですが……。年々増え続け、最近では約70名の方が参加してくれています。

omusubi不動産での田植えの様子(筆者提供)

殿塚

参加者の年齢層も小さいお子さんから60代までと幅広く、なかには海外出身の方もいます。

2023年から参加者のみなさんと「田んぼグループ」というLINEグループをつくって、成長の様子を共有していたりします。

田んぼはフラットな状態で人と話せる場所

入居者さんや地域の方とお米づくりを始めてみて、どんなことを感じましたか?

殿塚

お米づくりってコミュニティの原点だな、と思いました。

お米づくりは手間も時間もかかる重労働なので、到底ひとりじゃできません。周りの人々の力を借りながら、作業を手伝ってくれたお礼として、他の人の畑を手伝う……。

そんなふうに、大昔の先人たちはローカルコミュニティを作ってきたんだと感じました。

殿塚

ただ、お米づくりはomusubi不動産の一事業かといえば、そうではなくて。

というと?

殿塚

お米づくりはあくまで社内の「祭り的存在」で、それを継続させていくためにも不動産事業で利益を上げていっています。

だけど、間違いなくお米づくりが社員のみなさんと価値観を共有する機会につながっていて。

なるほど。

殿塚

それに、田んぼって肩書きを取り払ったフラットな状態で人と話せる場所なんですよね。 

入居者さん同士はもちろん、地域の方々も含めた豊かなコミュニケーションが生まれるきっかけにもなっています。

ちなみに、「omusubi不動産」という名前にはもちろん「お米」の意味が込められているんですよね……?

殿塚

おむすびという食べ物がわかりやすい由来です。 

でも、もうひとつのテーマには

・Old(古い)
・Organic(有機的)
・Ourselves(みんなで)
・Originality(オリジナリティ)

という「4つのO(オー)」に由来しています。

私たちはそれらをむすぶ存在になりたいんですよ。

殿塚

この名前と活動を知ると、よく「何をしている会社なの?」と不思議がられるんですけど……。

弊社は至って普通の不動産屋さんです(笑)。

omusubi不動産にとってのゴールは「契約」ではない

omusubi不動産は、DIY可能な賃貸物件の管理戸数が日本一だと伺いました(※全宅連調査より)。

なぜ、あえてDIYができる物件を取り扱っているのでしょうか?

殿塚

不動産業界には、昔から「大きく投資して、高い賃料で貸す」というビジネスモデルがあります。

だけど、それが通用するのは高額な家賃でも借り手がつく都心部だけ。松戸のような郊外になると、賃料をそこまで高くすることは現実的ではありません。

omusubi不動産で手掛けてきた物件たち

殿塚

さらに立地や間取りなどが変わっていたり、空き家になっている物件の借り手を探すのは困難です。

そこで、そういった空き家を入居者さん自身が自由に改修できる「DIY可能物件」という形で貸し出ししています。

すると、オーナーさんは改修コストがかからないし、不動産収入も得られる。入居者さん側も面白い物件を安く使えて、さらに自由にDIYができる。借り手と貸し手の双方にメリットがあるんです。

なるほど。実際にどのような方がDIY可能な物件を借りるのでしょうか?

殿塚

アーティストやデザイナーなどのユニークな感性を持った人がほとんどですね。

なかにはDIYにハマりすぎて、世界遺産のサグラダ・ファミリアみたいに数年かけて改装し続けている人も……(笑)。

それに松戸市周辺の空き家活用から、いい流れも生まれていて。

どういうことですか?

殿塚

松戸市が主催する国際芸術祭「科学と芸術の丘」は、僕らの物件を借りているアーティストの方が「松戸で芸術祭をやりたい!」と言ったのがきっかけで始まったんです。

私たちもその熱意に押されて、一緒に立ち上げから関わっています。

国際芸術祭「科学と芸術の丘」の様子(提供写真/撮影=AyamiKawashima)

殿塚

他にも、「地域に素敵なパン屋が来てほしいな」というオーナーさんの思いから、パン屋さん限定で入居者さんを募集したり。

シェアアトリエ「せんぱく工舎(※)」を作ったりすることで、さまざまな才能を持った人が松戸に集まり、地域活性化につながっています。

築57年の巨大な元社宅を一棟まるごとリノベーションしたクリエイティブスペース。1階は地域に開かれたショップやカフェとして、2階はアーティストのアトリエなどに使われている(提供写真)

今まで不動産屋と聞くと、どこか固いイメージがあったのですが……。

omusubi不動産を見ていると、人と人とのつながりを大切にしているのがとても伝わってきます。

殿塚

もちろん、本業は不動産なので売上などの数字も重要です。

一般的な不動産屋の仕事は入居希望者と物件をマッチングし、契約するまで。

ただ、私たちにとってのゴールは「契約」ではないんです。

omusubi不動産にとってのゴールはどこになるのでしょう?

殿塚

omusubi不動産の活動を通じて関わった方々と一緒に、豊かな暮らしを作り出していくことです。

たとえば、田んぼって放置していても苗は勝手に育つんです。でも、稲を植える前に田んぼを平らに整地したり、植えた後も雑草を抜いたりすることでより育ちやすくなるんですよね。

へえ……!

殿塚

私たちもそんなふうに、入居者さんが十分に活躍できるような場所を耕していきたい。

何よりも入居者さんがいるからこそ、私たちにできることがあると思っているので、みんなを後押しするように、サポートしていきたいです。

omusubi不動産の取り扱う物件の入居者さん、まちの方が作ってくれたオリジナルグッズ 

アイデアはどんどんかけ算していく

omusubi不動産は、2024年でちょうど創業10年になります。

この10年を振り返ってみていかがでしょうか?

殿塚

楽しさ半分、大変半分でした(笑)。実は、最初は不動産だけをやるつもりだったんです。

でも、複数のアイデアが「あれも、これも!」と増えていって。

「不動産」✕「?」というかけ算の発想を持つことで、こんなにも色々なことができるんだと自分でも驚いていますね。不思議なことに、当社で始めたプロジェクトは一つも終わらず、ずっと続いていて。

素敵……!

とはいえ、やることがどんどん増えていくのはちょっと大変ですね。

殿塚

確かに、「普通の不動産屋だったらお金的にはどれだけ楽だっただろう……」と思うことはありますね(笑)。

それでも、創立時からある「人とのつながりを大切にしたい」という根本にある思いは全く変わっていません。

omusubi不動産がオフィスを構える「あかぎハイツ」。ここは同社が初めて貸出を行ったDIY可能物件。原点のような場所だそう。 

自分の住んでいる地域が、居心地のいい場所だったらいいのに、と思う方は多いと想います。

まちづくりなどの活動で意識していることはありますか?

殿塚

地域の仕事って、「みんなのために」と思ってやりがちです。でも、その気持ちだけでは続けるのは大変なんですよね……。

だから、プロジェクトの中に何か一つでも「自分がやりたいこと」を作ってみてください。そうしたら、自分も楽しめて一石二鳥。

あくまでも「自分のためにやっていることが、みんなも喜んでもらえる!」と思えるくらいが、ちょうどいいバランスだと思っています。

最後に、これからやってみたいことを教えて下さい。

殿塚

空き家の問題を抱えている地域は日本全国にあるので、omusubi不動産が手掛けてきた空き家活用のノウハウを必要とする地域や困っている方々に共有していきたいと思っています。 

あと、実は近所の田んぼがお米づくりを年々やめていってしまっているんです。その空いた土地を借りておむすび屋さんもやってみたいんですよね。

おむすび屋さん、行ってみたいです!

殿塚

ありがとうございます。そのときは、ぜひ。

どんなときでも一番大切にしたいのは、これからもおむすびみたいに人も地域も結んでいくこと。そうやって縁をつないでいけたらいいですね。

2024年6月取材

取材・執筆=吉野舞
撮影=吉田一之
編集=鬼頭佳代/ノオト