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心のカチンコを鳴らして、今この瞬間を楽しむ。老いと演劇から見出す相手の受け入れ方(OiBokkeShi・菅原直樹さん)

介護と演劇を掛け合わせた「OiBokkeShi(オイボッケシ)」。劇作家、演出家、俳優、介護福祉士の肩書きをもつ菅原直樹さんが立ち上げた劇団で、障がいのある方、高齢者、介護士といった方々と演劇を作っています。

看板俳優は99歳、ほかには認知症や失語症の方も在籍中とのこと。「スムーズに稽古が進まなくても、ズレやハプニングを楽しみながら、相手の世界を受け入れるようにしている」という菅原さん。

日々、どんなふうにコミュニケーションを交わし、その過程で関わる人たちにどんな変化が起きているのか。そこから私たちが学べることとは何なのか。菅原さんにお話を伺いました。

菅原直樹(すがわら・なおき)
栃木県宇都宮生まれ。俳優として活動しながら、東京で2010年より特別養護老人ホームの介護職員として勤務。2012年、東日本大震災を機に岡山県に移住し、「老いと演劇」をテーマにした劇団OiBokkeShiを立ち上げる。現在は劇作家、演出家、俳優、介護福祉士として活動。高齢者や介護者、地域の方とともにつくる演劇公演や、認知症ケアに演劇的手法を活用した「老いと演劇のワークショップ」を全国各地で展開している。

介護と演劇は相性がいい

「老い」「ぼけ」「死」の3つの言葉を繋ぎ合わせたという「OiBokkeShi」の活動について、改めて教えてください。

菅原

岡山で活動している「老いと介護」をテーマにした劇団です。

僕が脚本・演出を担い、舞台に立つのは障がいをもつ方や高齢者、その家族や介護士など。役者経験はほとんどない10代~90代の方たちと一緒に演劇を作っています。

菅原さん自身は東京で俳優として活動をされていたんですよね。この劇団を立ち上げたきっかけを教えてください。

菅原

介護には「老い」「ぼけ」「死」といった比較的ネガティブなイメージを持たれることも多いですが、実は明るい側面もあり、「生きるとは何か」「老いるとは何か」という問いと向き合う機会も増えた気がします。

そういったポジティブな側面こそが、演劇と結びついていったんですね。

菅原

僕は演劇のレンズで物事を見るくせがあって、介護現場はそのレンズを通すと、とても豊かな空間に見えたんです。

演劇の知恵は介護に生かすことができるし、高齢者に芝居に関わってもらったり、介護を題材にしたりすることで演劇の世界も深められそうだなと。介護と演劇を掛け合わすことで、新しい世界が作れるんじゃないかと思いました。

その頃、東京から岡山に移住をされたんですか?

菅原

はい、東日本大震災を機に岡山に移住をして、引き続き老人ホームで働いていました。そこでやっぱり介護と掛け合わせた演劇をやりたいと思い、地域の方にも協力していただきながら2014年にOiBokkeShiを立ち上げました。

すごい行動力ですね! 縁もゆかりもない場所で、どうやって協力者や関係者を集めたのでしょうか。

菅原

まずは劇団員を集める必要があったので、老いと演劇のワークショップを開催しました。そのとき出会ったのが、現在99歳の看板俳優として舞台に立つ岡田忠雄さん、通称「おかじい」でした。

おかじいは当時88歳で、認知症の奥さんを介護されていたんですよね。

菅原

そうなんです。最初の公演は、おかじいの奥さんが一人で外に出たまま帰って来られなくなるという話をもとに、ホール上演ではなく町なかをお客さんと一緒に巡りながら物語を展開させる「徘徊演劇」を上演しました。

徘徊演劇のようす。主演のおかじい(右)(提供写真)

介護と演劇が融合した最初の作品ですね。「徘徊演劇」という独自のスタイルを築き上げたのもすごいです。

菅原

そこからは岡山だけでなく、全国公演をしたり、老人ホームでワークショップを開いたりして活動を広げています。

心のカチンコを鳴らして相手の世界を受け入れる

菅原さんが普段どんなふうに舞台を作っているのか気になります。

菅原

僕が台本を書きますが、身体の状態もさまざまな方が多くいるので、役者さんがセリフを覚えられずスムーズにいかなかったり、台本とは違う表現の方が生き生きと演技をしたりするときもあって。

その都度、役者が得意なことやできることを考えて台本に反映しています。

「あてがき」といわれるものですね。

菅原

そうです。例えばおかじいはお喋りなので、今その瞬間に喋りたいことを劇中に入れられるように調整しています。認知症の方が出演されるときは、出番前にシーンの設定だけ伝えて、即興で演じてもらうこともあります。

演技について話し合うおかじい(左)と菅原さん(右)(提供写真)

菅原

実はこの作り方を始めたのにはきっかけがあって。

あるとき、おかじいと喧嘩をしたんです。台本通りに台詞を言わないおかじいに、「ちゃんと台詞を言ってください! 周りの人に迷惑をかけていますよ!」と怒ってしまって。

すると、おかじいは僕のひと言で傷ついてしまった。それから何度も「監督がワシを迷惑だと言った」と言い続けるんですよね。

ショックだったんですね。

菅原

こういう活動をしている以上、よくない態度だったと反省しました。

それからは「いい作品を作るよりも、人のいい演出家になろう」と決めて、作品をこだわる気持ちよりも、みんなと手を取り合い楽しく作れたらいいなと思うようになりました。

気持ちが変わったことで、どんなふうに作品づくりが変化したのでしょうか?

菅原

あてがきもそうですが、参加者と話し合って意見を聞きながら、ひとつの作品を作るようにしています。たとえ「それはちょっと違うんじゃない?」と思ったとしても、意見を言われたら必ず試します。

ちなみに僕は「いいですね」しか言わないんです(笑)

『ポータブルトイレットシアター』で生き生きと演技するおかじい(右)

徹底的に受け入れる姿勢を感じます。しかし、いざ自分がやろうと思うと難しいかも……。「受け入れる」ためのコツはあるのでしょうか?

菅原

普段の自分のコミュニケーションに意識的になることでしょうか。これは演劇の基本でもあります。

というと?

菅原

心の中でカチンコを鳴らして、自分の行為を「役を演じている」ことにする、という意識がいいのかなと。つい感情的になってしまうときこそ、普段のふるまいを客観的に見ることができますし、相手の気持ちや立場も考えたうえで、関わっていけます。

なるほど。

菅原

実は最近、おかじいに会いに行ったときに僕のことを小学校の同級生の「クリ君」だと間違えていたんですね。

そこで、僕はクリ君になりきって話をしたら、おかじいは喜ぶわけです。

菅原さんの心の中で、カチンコを鳴らしたんですね。

菅原

数日後にもう一度会いに行ったら、いつものおかじいに戻っていましたけど、クリ君だと間違われた日は色んなことを考えてしまいました。

10年間、一緒に芝居をしているのに僕のことがわからなくなっていることに切なくなったり、「菅原ですよ」と正していれば、すぐに元に戻れたかもしれないと葛藤したり。 

一般的に認知症の方に対しては「正すコミュニケーション」をとることが多いんです。たとえば、「いや、菅原ですよ」とすぐに訂正してしまうなど。 でも、ときには間違い、つまり相手の世界を受け入れる関わりをしてもいいんじゃないかなと思っています。

まずは「正すコミュニケーション」をしていないか?と意識的になることが重要だと。

菅原

そうですね。特に認知症は記憶障害、見当識障害、判断力の低下は中核症状なので必ず生じます。昼と夜を間違えたり、人を勘違いしたりするのは仕方がないのです。

にもかかわらず、言動を正したり失敗を指摘したりしていては、認知症の人の気持ちは傷ついてしまいますよね。

たしかに……。

菅原

傷ついたときに人は何をするかというと、介護者や家族に反抗したり、自分の想いをぶつけたり。

これを医学の言葉では行動心理症状といって、徘徊、攻撃的な言動、介護の抵抗、妄想といった症状として見られることがあります。

もちろんすべての原因が関わり方にあるわけではありませんが、決して少なくはないと思っています。

そこで間違いを正すコミュニケーションだけではなく、ときには演じて相手の世界を受け入れてもいいんじゃないかと考えています。

なるほど

菅原

もちろん、すでに演技のハードルが高ければしなくてもいいです。けれど自分の行動に意識的になってみて、言わなくてもいいことをぐっとこらえるだけでも、関係性は随分変化すると思います。

役を演じること、役を与えられること

菅原さんは、舞台を作るだけではなくワークショップも開催されています。どんな内容なのでしょうか?

菅原

「老いと介護」をテーマにしたワークショップを対面とオンラインで開催しています。

参加者は高齢者や介護関係者、会社員など。一番ハードルが低いものだと、オンラインの対話ワークショップがあります。

どんなことをするのですか?

菅原

介護の現場で価値観が衝突したエピソードをそれぞれに話してもらい、最後にひとつだけエピソードを選んで、参加者と一緒に演劇化するという内容です。

オンラインなので、声と表情だけで演じるんですね。

菅原

その通りです。衝突する家族を赤の他人同士で演じるし、時には自分が介護される側の人間を演じることもある。すると、相手の言動の背景が見えてきて、実生活で介護する側とされる側お互いに少し歩み寄ることができるようになるんです。

演じることで、価値観の違う者同士の関わり合いのプロセスをリハーサルしていくイメージです。

赤の他人で演じるからこそ、冷静に分析できそうですね。

菅原

そうなんです。ポイントは、演じていても実際の場面と同じような気持ちが味わえること。むしろ役を演じているからこそ、本音が言えることもあると思います。

それは面白いですね。あえて「役」になるからこそ、違う何かになれることもあれば、新たな自分の本音をさらけ出すこともできる。

菅原

人は役を見つけることにうれしさを感じる一方で、役から解放される喜びもあります。社会では大抵、役を押し付けられますから。

私たちはどんなふうに役や肩書きと付き合っていけばいいのでしょうか。

菅原

役はいくつもあった方がいいでしょうね。家族や仕事場の役だけでは息苦しくなるので、それ以外の役をもっておくことは大切かなと思います。

だから僕も役を与える立場として配役をするときには、役者の方にその役を演じることを大切に思ってもらえるように心がけています。

ベストは、やはり自分がやりたい役をできることなんでしょうね。舞台の上でも、社会でも。

なるほど。たしかにひとつの役にとらわれすぎず、自分が大切に思える役を増やしていくのはポイントですね。

今、この瞬間を楽しむ

活動のなかで一番大切にしていることはなんでしょうか?

菅原

今、この瞬間を楽しむことです。演劇でも介護の現場に入ったときも「やっぱりこれなんだな」って思いました。

「この瞬間を楽しめる」というポイントが共通していたんですね。

菅原

介護現場で気づいたのは、高齢者はどんどん年を重ねて病気も進行していくので、今この瞬間が一番いい状態だということなんですね。

認知症の人も昔のことを忘れてしまうかもしれないし、未来を考えると不安に感じるかもしれない。だから今この瞬間、僕がなにかをして笑ってくれたらそれで十分なんです。

演劇の方では、どんなふうに今この瞬間を楽しんでいるのでしょうか?

菅原

舞台の上だけではなく、芝居を作る時間も「この瞬間」を大切にしています。

岡山県奈義町では、演劇未経験の地域の方と一緒に舞台を作りました。そこでもみなさんと厳しく関わるのではなく、それぞれの表現を尊重しあって楽しみながら作りました。

すると、みんな自信を取り戻して役を演じ始めるんです。その姿を見ていると「この人の本来の姿はこっちじゃないか?」と疑うほどでした。

奈義町の方々と一緒に作った公演『恋はみずいろ』(提供写真)

役を演じることで、秘めていた何かを発揮している、ということでしょうか。

菅原

そうですね。演劇は虚構ですが、なんらかの事情で生きづらさを抱えている人も舞台のうえでは「これが自分だ!」と喜びにあふれた表現ができるようになるのかもしれません。

失語症の方も、舞台の上ではいきいきと演技をします。身近な人が「こんなことまでできるんだ!」と驚くくらい台詞が出ていて、潜在能力を発揮することもある。

演劇ってすごい……!

菅原

もちろん演劇は本番が終わればおしまいですが、それまで稽古で積み重ねたものや、舞台で発揮されたものは公演が終わったあとも、それぞれの人生や生活のなかで自信となって続いていくんだろうなと思います。

そのプロセスが日常へとつながっていくんですね。一体、何が潜在能力を引き出しているんでしょうか?

菅原

自分の好きなものや人との交流でしょうか。おかじいを見ていて思ったのが、好きなものがあると人は無理ができるんです。

99歳のおかじいは目も見えづらくて色々大変だけど、舞台になったら「がんばります」と言います。 周りの人はついリスクを考えて、「無理しないで」と止めたくなるんですけど、本人が「やります」と言ったら、周りは「やりましょう」ってなるわけですよ。

おかじいの意思が周りの人を動かしているんですね。

菅原

88歳で出会ったときに、僕はおかじいのことを「高齢者」として見ていたので、負担をかけたらだめだと出番も少なめにしていました。でも終わったら「もっと出たい」と言うので出演シーンがどんどん増えていったんです。

90歳のときには帯同する介護者も増やして、全国公演を回りました。生活の場ではできないことが増えているけれど、舞台の上ではできることが増えているんですよね。

「やりたい」「がんばりたい」という気持ちがエネルギーになっている。

菅原

そうなんです。そして、好きなことを通して仲間ができて、信頼関係が築けると、「あれができる」「これもやりたいんだ」と自分の引き出しを開け始めます。

年齢関係なくできることは増えていって、夢って普通に広がるんだと教えてもらいました。

おかじいが体現してくれていますね!

菅原

99歳ですけど、舞台に立った時は少年のような顔をしていますからね。

年齢、障がいの有無関係なく、OiBokkeShiではみんなで演劇を作っていきたい。そのプロセスも楽しみながら信頼関係が生まれると、観に来てくれるお客さんにも伝わります。

それも含めてOiBokkeShiの活動だと思っています。

観ているだけで、挑戦する勇気がもらえそうです。

菅原

はい。奇跡は必ず起こるんで。

僕たちにとってはその方法が「演劇」でしたが、なにがしたいのかは人それぞれ違うと思います。好きなものを見つけて、そこで仲間ができればきっと夢は広がっていくと思います。

2025年10月取材

取材・執筆=橘春花
写真=松本紀子
編集=桒田萌(ノオト)