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人間的な暮らしを取り戻すサステナブル住宅 ― ナイチンゲール・ハウジング

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE06 Creative Constraints 制約のチカラ」(2021/04)から修正・加筆しての転載です。

メルボルンを拠点とするNightingale Housingは「Build Less, Give More(最小限の建築がより多くをもたらす)」をコンセプトに、サステナブルな住宅とコミュニティのあり方を模索する。その住宅にガレージはなく、世帯ごとに洗濯機を置くスペースもない。天井も、敷き詰められたタイルもない。ただ、そこにあるのは「誠実な建築(a sense of honesty in the buildings)」だ。

住まいを選ぶとき、私たちはスペックに目を向ける。最寄駅から徒歩15分以内、駐車場付き、60m²以上で高層階、浴室乾燥機とウォークインクローゼット付きで……。希望するものや条件が増えれば増えるほど、それはオプションプランとして追加料金が発生する。

だが、Nightingale Housingの建てる集合住宅は、最小限のもので構成されている。しかもその「最小限」は実に合理的で現代的なものだ。メルボルンに点在する住宅はいずれも最寄駅から徒歩3分以内、中心部まで電車やトラムで10数分〜20分ほどの距離だ。地下駐車場やガレージはなく、その代わりに駐輪場が十分に用意されている。オール電化で、屋上にはソーラーパネルを設置。オーストラリアでは珍しくない複数のバスルームは1戸につきひとつに集約され、セラミックタイルではなく撥水加工コーティングで済ませてある。水回りの金具は真鍮製で、クロムメッキのものは使われていない。二重ガラスや断熱材など気密性の高い建物構造と換気システム、サンシェードや壁面緑化などによって、エアコンの使用を抑えることができる。

こうした地球環境に配慮した設備が、追加料金も発生することなく標準装備されているのが、Nightingale Housingの意図する「最低限の機能を備えたサステナブルな住宅」だ。「見ての通り、建物の天井を取り払ってありますから、換気用シャフトやスプリンクラーなど配管が丸見えです。建物に使う資材を極力減らして、素材感を大切にしているのです。私たちが造る住宅にはある意味、不完全さや簡素さがありますが、それはつまり『侘び寂び』であり、誠実な建築です。それこそが、人間がこの地球環境でサステナブルに暮らすための方法なんです」。そう話すのは、ジェレミー・マクラウド。タマラ・ヴェルトレとともにNightingaleHousingを設立した共同創業者の一人だ。

Nightingale Housingではプロジェクトにあたり、SEFA (SocialEnterprise Finance Australia)など社会的意義の高い投資に関心のあるファンドや慈善団体、個人投資家らに呼びかけ、資金を調達。リターンの上限を15%とし、投機目的の投資家ではなく、実際に暮らす住民たちのための集合住宅を建設している。2017年竣工の「Nightingale1」、20年竣工の「Nightingale 2」「Nightingale Brunswick East」がその結実だ。Nightingale Housingの住宅は市場平均より20%ほど安価な価格設定となっているが、それが顕著なのが「Teilhaus」と呼ばれる単身・カップル向けの物件だ。Teilhausは「家の一部」を意味し、Nightingale Housingの各物件のうち一定の割合を占めている。25~30m2の部屋が215万オーストラリアドル(日本円で約1,800万円)からと、市場平均と比較すると40%近くも安い戦略的な価格設定だ。

「国は、市民の住宅に対する責任を放棄したかのようです。過去20年の間、税制変更によって富める者たちがより多くの不動産を購入するようになりました。特に若い人たちが都市部で住居を手に入れるのが難しくなった。将来的な保証のため、すべての人が持ち家にアクセスする機会を提供したいんです」とジェレミーは話す。

彼らは非営利団体として「利益を求めない」ことを表明し、原価で住宅を販売している。カーボンニュートラルでサステナブルな住宅を安価で買えるとあって、購入希望者は殺到。ウェイティングリストは1.4万人を超える。だが購入できるのは、各プロジェクトで行われる抽選で当選した人のみ。しかもその物件に実際に住む人だけだ。住宅の20%はエッセンシャルワーカーやアボリジニら先住民などが優先的に購入できる権利を得られ、もう20%はオーストラリアの住宅供給会社に割り当て、社会的弱者向けに賃貸物件として提供される。

支え合うコミュニティ

Nightingale Housingには、もうひとつ大きな特徴がある。それはコミュニティだ。共用スペースにはランドリーや物干し場、菜園などがあり、カフェやオーガニックワインショップ、ヨガスタジオなどの店舗が立ち並ぶ。自らもNightingale Housingで暮らすタマラはこう語る。「屋上へ洗濯物を干しに行けば、美しい街並みや木々が目に入り、住民の誰かと言葉を交わすことができます。ここは投資家のためではなく、人々が共に暮らすための建物なのです。ダイバーシティかつインクルーシブで、お互いの面倒を見て、互いを大切にする。問題が起これば互いに話し合い、解決しようとするコミュニティがある。だからこそ、この場所がますます美しい建物だと感じられるんです」

-住民たちはサステナビリティやコミュニティに対する価値観を共有している。そのコミュニティ愛は、住民が自主的 に「I’m living inNightingale(ナイチンゲールに住んでいます)」ロゴ入りのTシャツを作るほど。住民たちはSlack内にチャンネルを作成し、日々の相談や困りごと、ワークショップやレッスンといったコミュニティ活動のお誘いなど日常的なコミュニケーションを図っている。

Nightingale Housingが行っているのは、近代化の過程で都市のスプロール化が進み、寸断されてしまったコミュニティを取り戻すための活動だとジェレミーは語る。「人々は郊外に暮らし、ガレージに車を停め、朝食のパンと牛乳を買いにまた5km先のスーパーへ向かう。この間、隣人との関わりはほとんどありません。InstagramやFacebook、Snapchatが投影しているのはもはや隣人ですらない誰か。崩壊していくコミュニティを目の当たりにしながら、私たちの社会には不安や孤独を抱える人が増え、うつ病患者も増えてきました。都市の歴史、あるいは大学の学術研究などを見れば、健全な社会を築くためにはコミュニティが必要不可欠なのは明らかです。私たちは未来の都市を作りたいんです。それはつまり、人々がお互いにつながり、楽しく暮らせるサステナブルな都市です」

そのビジョンに共感し、住民だけでなく出資を希望する投資家も年々増加している。オーストラリアの確定拠出年金(Superannuation)ファンドであるANZやChristian SuperなどもESG投資へのシフトを模索し、プロジェクトに投資している。メルボルンの不動産投資家は一般的に20%ほどのリターンを求めるものの、NightingaleHousingでは15%の上限。しかも最近ではプロジェクトの数が増え、ウェイティングリストの人数も増えたことでリスクが少ないと評価され、10%前後にまでリターンが減っているという。それでも投資したいと考える人や会社がいるのはなぜかとジェレミーに尋ねると、彼はこう答える。「多くの人が石炭や石油といった未来を破壊するものではなく、社会や地球にとって意味のあるもの、レガシーとなるようなものに投資したいと考えるようになったのだと思います」

Nightingale Housingの取り組みに注目が集まっていることで、ほかの建築会社も対応を余儀なくされている。メルボルンの郊外にはいま、カフェや屋上庭園があり、住宅エネルギー評価(NatHERS)が7.5つ星以上の「Nightingale Housingのような」集合住宅が増えてきているという。「想像もしていませんでしたが、素晴らしいことです。彼らは利益をしっかり取ってはいるものの、コミュニティを大切にし、緑あふれるサステナブルな住宅というのは、ずっと私たちが主張してきたこと。Nightingale Housingが住宅のベンチマークを引き上げたようなものです」とタマラは笑う。

Nightingale Housingの「利益を求めない」ビジネスモデルは当初、投資家にまったく相手にされなかったという。それでも彼らがサステナブルな住宅を形にできたのは、この地球の未来に責任を持っているからだ。「人と違うことをするのは怖いですよね。でもむしろ、私は気候変動、コミュニティの崩壊や不平等な社会に直面して、何もしないでいるほうが怖かった。死ぬ間際に『何もできなかった』と思うことのほうが怖いんです」

-タマラ・ヴェルトレ
Nightingale Housing共同創業者。ジェレミー・マクラウドと2000年、Breathe Architectureを設立し、サステナブルな建築を志向。14年に独立、15年にNightingale Housingを設立。

-ジェレミー・マクラウド
Nightingale Housing共同創業者。メルボルンのBreathe Architecture共同創業者、デザインディレクター。デザイン性の高さと持続可能な建築を提供することで高い評価を得ている。

2021年9月8日更新
2021年2月取材

テキスト:大矢幸世