「都市型農場」が食の慣習を新生させる ― インファーム
この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE06 Creative Constraints 制約のチカラ」(2021/04)からの転載です。
スーパーマーケットの中にある、約2㎡の「畑」―これはベルリン発のスタートアップ・Infarmがつくりだした、農業の新形態だ。「都会で野菜はつくれない」という、我々が当たり前だと考えていたことに対して、同社は革新的な技術をもって応えた。日本法人の代表である平石郁生は、その未来に何を見るのか。課題山積の日本の農業に風穴を開ける、新ビジネスの展望を聞いた。
古来、農業という営みは数々の制約に縛られてきた。天候の変化や災害に脅かされる一方、現代においては農業が環境を脅かす側面も顕在化している。それらを解決する新しい農業のかたちが、都市型農場のプラットフォーム・Infarmだ。
都市圏のスーパーマーケットや飲食店内に小型の野菜栽培ユニットを設置し、栽培から収穫までのプロセスを一括管理。この究極の地産地消システムは、2013年にベルリンで生まれ、2021年に東京に上陸した。現在、都内複数のスーパーマーケットで「小さな畑」が稼働している。
運営を執り行うInfarm-Indoor Urban Farming Japan株式会社(以下「インファーム」)代表の平石郁生は、この新形態が日本の農業と流通の現状を変える、と語る。
実は、生産された野菜の約3割が、消費者に届くまでに廃棄されている。生産・流通・販売という長いバリューチェーンがその原因だ。生産地から販売拠点まで国内なら数百キロ、輸入なら何万キロの長距離を移動させるのだから無理もない。さらに、莫大なCO2も排出されている。これを防ぐために考え出されたのがインファームのシステムで、従来型の農業と比較して水の消費量を95%、フードマイレージを90%削減できるという。
インファームは、日本も含め世界10カ国、1,200以上のファームを展開しているが、その拠点は例外なく「都市」に置かれている。
「輸送せずとも作物が手に入る地域に、インファームの出番はありません。私たちの役割は、『都市には畑がない=輸送するしかない』という制約をクリアすることです。ちなみに国連の調査によると、2018年時点で世界の総人口の55%が都市に住んでおり、30年後には68 %になるとされています。『都市の畑』の意義は今後いよいよ増すでしょう」
この畑、すなわち「ファーム」の大きさは、およそ幅2m×奥行1m×高さ2m。整然と並んだ苗は垂直にも重なり、栽培する品種にもよるが、生産量は250㎡の農地に相当するという。
制約が生んだオリジナリティ
-平石郁生(ひらいし・いくお) Infarm-Indoor Urban Farming Japan株式会社 代表取締役社長
栽培の基本は、LEDと水耕栽培だ。この技術自体は独自のものではなく、同じ方法で野菜をつくる企業は、国内外に何社も存在する。
インファームが異なるのは、まず生産地。他社の場合、地方部に広大な野菜工場を建て、ポピュラーかつ水耕栽培に適した野菜を一種類、大量生産するスタイルが多い。スケールメリットでコストダウンできる上に、管理のプロセスもシンプル、経営効率上は合理的だ。しかし、この方法では都市部への輸送によるCO2排出を削減することはできない。そこでインファームは、都会のスーパーマーケット等の店内で栽培するという仕組みを開発したのだ。
次に「多品種」を取り扱っている点。インファームで生産されている野菜は現在65種以上。経営効率だけが論点ではないと平石は語る。
「我々の生活には様々な種類の野菜が必要です。廃棄ロス、エネルギー消費、CO2の排出を削減するだけでなく、食生活を豊かにする必要があります。人はさまざまな食材を摂ることで栄養バランスを保つもの。今後も品種を増やし、健康維持に必要な野菜をすべてつくれるようにしたいですね」
多品種の野菜栽培を支えるのは、独自のIoTシステムだ。世界各地で稼働する1,200強の栽培ユニットは、ベルリン本社のサーバで一括管理される。野菜がよく育つ条件は、品種によって異なる。照射するLEDのスペクトル、液体肥料と水の配合など、膨大なパラメータ値をリアルタイムで収集し、一台一台を随時最適化している。
このシステムをつくりだしたのは、インファームの生みの親であるエレズ・ガロンスカ、ガイ・ガロンスカ、オスナット・ミカエリ。CEO兼共同創業者のエレズは、都市と農業との乖離は世界共通の課題だ、と語る。
「現在のフードシステムの最大の欠点は、食材と食べる人があまりにもかけ離れていることです。農場の自然な活力、新鮮さと風味をすべての生活者にもたらすには、農場を都市全体に分散させることだ、と考えました。屋内での栽培環境なら、災害や異常気象にも打撃を受けずに済みます」
都市の食生活や環境破壊といった現代的課題、気候や災害という古くからの課題。3人はそこに革新的なアイデアと、情熱をもって向き合った。平石がインファームに投資し、日本法人の経営を担うことにした動機も、その熱意に共感を覚えたからだった。
「5年前に彼らと知り合ったころ、私は国内外のスタートアップに投資する会社を営んでいました。投資家の立場で話を聞くうち、彼らの人間性に深く心を動かされました。この事業には、社会を変える可能性がある。そう感じて、自ら事業に参画したのです」
平石は、日本での展開にあたり、3人とともに多数の企業を訪問し、資金提供を呼び掛けた。その呼びかけに応じたのが、大手スーパー「紀ノ国屋」と「サミット」。現在、紀ノ国屋インターナショナル(青山店)、Daily Table KINOKUNIYA SOCOLA 用賀店、サミットストア五反野店等5店舗で、インファームの野菜が販売されている。
「お客様の反応を見ていると、インファームの野菜の楽しみ方に『日本らしさ』があると気づかされます。日本人は食材に見た目の美しさを求める傾向がありますね。それは、不格好な野菜が好まれず廃棄される弊害にもなりますが、ことインファームに関しては、良い方向に作用しているんです」
インファームの野菜は、購入後も「目で楽しめる」のが強みだという。
「根がついたまま販売される野菜は、水を入れたコップに挿せば新鮮な状態を平均4~5日間保つことができます。そこで、イタリアンバジルやパクチーをキッチンや食卓に飾り、香りや彩りを楽しむお客様が増えてきています。SNSへの投稿も増え、CGM(Consumer Generated Media=利用者による口コミメディア)でのPR効果など、日本独自の見せ方のヒントになりました」
日本法人設立から1年あまり。これからつくりあげるインファームの未来像を、平石は力強く語る。
「インファームの理念に共感し、支持してくださるお客様を増やすことが必要です。地球環境へ配慮し、化学農薬は一切使用せず、美味しく新鮮な野菜をお届けすることで、『都市型農業(野菜)=インファーム』というポジショニングを確立していきたいと思っています」
日本の農業を変革する
「農業は『食物』という、生存に必要不可欠なプロダクトをつくる仕事です。にもかかわらず、日本の農業は旧態依然としています。農業に携わる人の高齢化も深刻な状況で、平均年齢は67歳、引退年齢は平均75歳。そして新たに就農する若い人はわずかです。担い手がいなくなる前に歯止めをかけなくてはなりません」
その対策は、農業が若い人にとって魅力的な仕事になることだ。インファームは今、それを叶えるしくみを構築しつつある。
「私たちは、『インファームプラントハブ』という苗の生産施設を東京都内で運営しています。ここは近々『グローイングセンター』と名称を変え、機能を拡張し、拠点も増やす予定です。そのためには、好奇心旺盛でSDGs的な価値観を持った、これからの時代を担う若い人たちにインファームに参画していただく必要があります。最先端技術を駆使した新しい農業に携わることに魅力を感じる方は、きっといるはずです。疲弊した産業を若い力で甦らせる―この取り組みに多くの方が連なることを願ってやみません」
2021年10月6日更新
2021年3月取材
テキスト:林加愛