コントロールせず、個を生かしあう。幽霊ビルと呼ばれた東山ビルの再生者が語る多様な価値観が混ざり合う場のつくり方(西野与吟さん)
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岡山県玉野市は、穏やかな瀬戸内海を望む港町。宇野港からアートの島として知られる直島や豊島(てしま)へと向かう外国人や県外からの観光客、この街で暮らす人々が常に行き交っています。
そんな玉野市には、2012〜2023年までの間に104組187人もの人々が移住。そのなかには、クリエイターや個人で店を開く人も多くいます。
多彩な文化圏の人々が常に混ざり合う街で、ハブとなり古びた雰囲気を漂わしているのが「東山ビル」。かつては幽霊ビルと呼ばれた建物は街の変遷とともに姿を変え、今では人々の交流が生まれる場所となりました。
今回は東山ビルを再生した経緯や街との関わり、場づくりについて、立役者である西野与吟さんに話を伺いました。
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西野与吟(にしの・よぎん)
1974年生まれ。東京出身、埼玉育ち。2011年に岡山県玉野市に移住。「ANIKULAPO」として、マリッジリングなどのジュエリーデザインや加工を手がける。2012年から玉野市で出会ったアーティスト仲間とともに東山ビルの再生に関わり、現在は管理・運営の代表を務める。東山ビルでは「HYM HOSTEL」の運営のほか、音楽イベントやポップアップなどの企画も行う。
ホステルや飲食店、イベントスペースもある複合施設
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東山ビルは、どんな建物なんですか?
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西野
1966年に建てられた雑居ビルです。
かつて宇野港が四国への玄関口として賑わっていた頃、東山ビルは港やフェリーで働く人の宿舎や事務所、喫茶店が入る建物として使われていたと聞いています。
その後、1970年代後半にはすでに使われておらず、そして1988年に瀬戸大橋が開通して宇野港の利用者数が減り、しまいには「幽霊ビル」と呼ばれていたとか。
40年近く空きビルになっていたんですね……! 今はどういう使われ方をしているのですか?
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西野
店舗としては、1階にカフェとハンバーガー店、4階にバーバーと僕の生業であるジュエリーの工房、2~4階にホステルが入っています。
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西野
イベントスペースとしても活用していて、2階では月末だけ開かれる投げ銭式のバー「ゲツマツ」、3階の多目的スペースでは不定期でアーティストの展示やポップアップを開いています。
また音楽イベントのほか、屋上では夏限定のビアガーデン「OKUJOH」も開催しています。この地域の住民さんが参加して、口コミなどで知り合いなどが来る、という感じでしょうか。
「修復欲」を糧に、展示会場からホステルへと再生
元々西野さんは、玉野市のご出身ではないんですよね。
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西野
はい。2011年の東日本大震災をきっかけに、埼玉から岡山に移住をしてきたんですよ。今でこそ移住者はたくさんいますが、その頃は全然いませんでした。
そんな中、移住を決めたのはどういう経緯なんですか?
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西野
宇野駅の近くに「駅東創庫 Gallery Minato」というシェアアトリエがあるんですが、そこで活動する作家が「玉野にクリエイターを呼ぼう」と移住支援の活動をしていて。
ちょうど移住を検討しているタイミングで、その移住支援活動「うのずくり」が始まったんです。僕は、うのずくりでの移住者第1号なんです。
最初から、地域の方とのご縁もあったんですね!
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西野
はい。うのずくりの支援もあり、家族で築150年の古民家に住めることになりました。
当時は、改修の知識はありませんでしたが、工房兼住居として古民家のDIYを始め、いつの間にか「広いしカフェもやっちゃおう」と、家でお店も開いていましたね。
すでに人が集まる場を開いていたんですね。
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西野
はい。そんな時、寂れきった東山ビルを見つけたんです。まるで廃墟のようで、幽霊ビルと言われているくらいの佇まいなのに、なぜか僕は「ここはやばいな……」といい意味でワクワクして。
瀬戸内海を望むロケーションの、完全に寂れた異世界。何かにならないはずはないと確信しました。
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西野
とはいえ、「借りるのはさすがに難しいだろう」と思っていたんです。
でも、偶然うのずくりが東山ビルの所有者と仲が良くて。「とりあえずここでイベントをやってみよう」という話になったんです。
そして、2012年の「岡山芸術回廊」では東山ビルが玉野会場として使われることになり、アーティスト仲間でビルの本格的な再生を始めました。
最初はギャラリーとして再生が始まったのですね。そこから現在の形になるのはどういう経緯があったのですか?
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西野
「岡山芸術回廊」が終わったあとも何度かイベントを開催していたのですが、だんだんと下火になっていって。
ある時、東山ビルの再生に関わっていた仲間から「与吟さんが代表になって管理するのがいいと思う」と言われて、僕が一人でここの管理・修復をすることになりました。
新しいスタートですね。
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西野
とはいえ、当時は展示のために一部屋しか修復していなくて、それ以外はまだ廃墟状態。
古民家をDIYした経験を活かしつつ、一人で改修を始めました。
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改修するうえでどんなことを大切にしていましたか?
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西野
とにかく「最小限で」が僕のなかではキーワードでしたね。足りない技術のなかでも作れるものはたくさんあるし、価格が安くても素材はいいものがある。
誰でも作れて、簡単で、しかも高級じゃないものに美しさを感じるんです。
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でも、ビル一軒を一人で改修するなんて……。とんでもない労力ではないかと想像します。 その頃のモチベーションはなんだったのしょうか?
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西野
「修復欲」でしたね。人って不完全なものを見ると直したくなる生き物だと思うんです。
︎東山ビルは骨格がいい建物。だから引き算をするだけでも十分雰囲気が出るはず。
それで、水回りなどは修復しつつ、いらないものをとにかく除いて、少しだけ足すというのを繰り返していました。
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確かに寂れた雰囲気はそのまま残っている感じがします。
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西野
そうやって一人で幽霊ビルを直していると、段々と「面白いやつがいるぞ」と人が集まってくるようになりました。
︎遠方から噂を聞いて手伝いに来てくれたバックパッカーもいましたね。
すでにいろんな人が集まっていますね!
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西野
その中の一人が「Airbnbという民泊サービスがある」と教えてくれて、すでに修復していた一部屋を宿として貸し出すようになりました。
そこからは民泊で資金を得て、新しい部屋を修復するというのを繰り返して。
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まずは民泊からスタート。それも、少しずつだったんですね。
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西野
そうですね。この間もイベントはやっていましたが、宿からスタートして飲食店が入っていったという流れになります。
改修を終え、ビルの再生から管理・運営という段階に入ってからのモチベーションは何でしたか?
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西野
人間の動きに興味があったかな。いろんな人がここに集まって、次々に新しいことが生まれていくのが面白いと感じていました。
個を生かし合うことで、港のような場が生まれる
東山ビルは、アートイベントや宿泊施設など、何かが生まれ続けながら節目を迎えたり、その度に人が集まったりしていますよね。
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西野
まず、ロケーションと中身が合っていることは大事ですよね。
東山ビルの目の前には、宇野港があります。瀬戸内国際芸術祭の舞台でもある直島や豊島にも行けるから、島民や玉野市民だけじゃなく観光客や外国の方もたくさんいる。
つまり、港って人を選ばないんです。誰でも船に乗れる自由さがある。東山ビルもそういう場所にしたいなと思っていました。
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西野
いろんな文化圏の人が混ざり合っている場所は、やっぱり面白い。
たとえば、行き詰まっているときってついつい価値観が似ている人と集まったりすることが多いですよね。
でも、異なる価値観の人たちが隣り合わせでお酒を飲んでいる方がよっぽどスリリングでクリエイティブだと思うんです。
たしかに。でも、文化圏や価値観が混ざり合う場づくりのコツってあるんでしょうか?
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西野
やっぱり「人」は大きいですよね。場を作っているのは、働いている人やそこでの人間関係。
だからこそ、ここのスタッフには「まず自分の時間を大切にして、自分をちゃんと生きていこう」とよく話しているんですよ。
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働く人の生き方が、場の雰囲気につながっていくんですね。
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西野
はい。だから、雇用はするけれど、極力無駄な時間は奪わない。
ホステルのスタッフの場合、就労時間は1日4時間。給料もできる限りよくしているので、空いた時間は自分の好きなことをやってほしい。
そして、「いずれ自分のやりたいことが見つかったら、とっとと出ていってくれて構わない」と伝えていて(笑)。 実際、ここで働いたスタッフはこの街で店を始める人が多いですね。
西野さんと話すと、自分でやってみようと思えるんですね!
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西野
簡単そうって思うんじゃない?(笑)
DIYや修復もお金をかけないやり方しかしていないし、「この人にもできるなら自分も……」って勇気を与えているのかも。
実際、僕自身が特別に仕掛けていることはなくて、「設定」を大切にしているくらい。ゲームでいえば設定が環境になる。そして環境が人を変えていくでしょう?
そうですね。東山ビルでの「設定」はなんですか?
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西野
他者を疑わないことと、必要以上に踏み込まないこと。ほかにも、自分がやられて嫌なことしないとか。基本的なことだけれど、そういう設定を大事にしています。
その設定があるからこそ、移住者も地元の人も集まり、人生の通過地点にもなる。本当の意味で「港」のような場所なんですね。
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「自分」を素直に生きる人々が街の空気を作る
この10年間で東山ビルだけではなく、周辺地域の移住者が増えるなど、街も変化してきたと思います。
西野さんはその変化をどう感じていますか?
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西野
今のところ10年前に想像していた通りだなと思っています。 移住者が増え、個人商店が増え、大手の企業も目をつけ始めている。その先がどうなってゆくのかはわからないけれど。
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そうなると、また今後も変わり続けていきそうですね。
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西野
玉野には同調圧力に負けず、自分の目と耳で判断できる人が多いと感じます。 だから派閥がなくて、いい距離感を保ちながらもみんな仲が良いんです。そういう風通しの良さは変わらないでほしいですよね。
その雰囲気って、何から生まれているのか気になります。
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西野
その雰囲気を誰かがあえて仕掛けたわけではなく、自然発生的なものだと思いますね。
玉野には「うのずくり」の支援を受けた移住者や、東山ビルに集う人など、さまざまな移住者がいます。 彼らに共通しているのは、お金儲けや田舎暮らしがしたいわけじゃないこと。素直に自分を生きたくて、結果として玉野を選んでいるのだと思います。
なるほど。
自分を大事にしている人たちが少しずつ集まり、自然と居心地のいい空間が生まれ、それに魅力を感じてまた人が増えていくという循環が生まれているんですね。
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西野
「自分を生きる」というスタンスがベースにあれば、他人の趣味をバカにしたり、見下したりは絶対にしない。
だからこそ、いろんな価値観の人同士が混ざり合う場が生まれているのかなと。
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コントロールしない関わり方で、端っこに光を当てる
今後、玉野はどんな街になってほしいですか?
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西野
「こんな街にしたい」とそんなに気張らなくてもいいかなと思っています。好きなことをやっていくしかないですよね。
コントロールはしないと。
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西野
そうそう。コントロールは絶対にしない。分析はするけれど、「街を作ろう!」とか「変えてやろう!」とか、一切考えていません。
「いい街」の答えは人それぞれですからね。僕がそれを決める自信はありません。
東山ビルに関しては、今後どうしていきたいですか?
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西野
世の中の端っこにあるものというか、真ん中じゃないものはどのジャンルにもありますよね。そういう端っこのシーンを盛り上げたいとは思っています。
光が当たっていないところに、スポットライトを当てるイメージですか?
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西野
そうですね。価値観は常に移動していて、たった半年でも社会は大きく変化しています。
今、評価されていないものや発見されていないものも、スポットライトの当て方を変えるだけでものすごく化けると思うんですよね。
ワクワクしますね!
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西野
50人いたら50通りの才能と個性があると信じていて、それを発揮できるといいですよね。誰しもが「自分」であれる世界が美しいと思う。
だからこそ組織のようなものではなく、個でありながら協力し合える世界が作れたらいいなと思います。今のところ、僕がいる世界ではそうなっていると感じています。
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【編集後記】
集う人が場の空気をつくり、自然と場の魅力になる。西野さんからお話を伺うなかでたどり着いたのは、このシンプルな事実でした。
場づくりというと、作り手側の綿密なコントロールがあって然るべきと思うかもしれません。もちろん、その方がうまくいく場合もあります。でも、東山ビルが持つのはベースとなる「設定」のみです。港という文脈や「設定」を下地に人が集まり、集まった人たちが個を生かし合うなかで、その雰囲気に惹かれてさらに人が行きかう。そんなゆるやかでほどよい距離感を受けとめてくれる場に、気づけばわたし自身もまた、心惹かれていました。場づくりに正解はありませんが、ひとつのあり方がここに存在していると感じます。
2024年11月取材
取材・執筆=橘春花
写真=小野悟史
編集=桒田萌/ノオト