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誰もが使いやすいアイテムは、美しい。左ききの道具店・加藤店長が「私がやる仕事」を見つけるまで

手帳や文房具、キッチン用具、缶切り、扇子、定規など、さまざまな左利きのためのプロダクトを販売・企画している「左ききの道具店」。

世の中のあらゆるプロダクトが右利きのためのデザインがされている中、店頭には左利きの人にとって心躍るグッズが並びます。運営しているのは、ご自身も左利きである加藤礼(かとうあや)さんです。

なぜ左利きの道具のショップをつくろうと思ったのか? 立ち上げの経緯や想い、さまざまな属性や特徴を持った人が気持ちよく使えるアイテムをつくるためのヒントを伺います。

加藤礼(かとう・あや)
1979年生まれ。愛知県生まれ、岐阜県在住。左利き。2018年8月13日(国際左利きの日)にオンラインショップ「左ききの道具店」、2023年に実店舗「ときどきストア」をオープン。現在は、オリジナル商品の企画開発も行っている。プライベートでは2児の母。

珍しさではなく、左利きの人が愛着を持てる道具を

岐阜県各務原市にある「左ききの道具店」の実店舗「ときどきストア」にお邪魔しました(提供写真)

今日は「左ききの道具店」の実店舗、すごく可愛いですね。

まず、加藤さんが「左ききの道具店」を始めたきっかけや経緯を教えてください。

加藤

昔から、文房具やキッチン用品などの道具が好きで。私自身が左利きだったこともあり、学生の頃からいろんなアイテムを試してきました。

左利きでも使いやすいペンを発見したり、左利きが使いやすいキッチングッズを集めたり。

加藤

でも、左利きでも使いやすく、自分が家に持って帰りたいと思えるほど素敵な道具を扱うお店が実際にはなかなか見つからなくて……。

日本国内では人口の1割は左利きだと言われています。

それでも、左利きの人が使いやすい道具が少なく、自分の好みのデザインも限られている印象でしたか?

加藤

そもそもどこに行けば売っているのか分からないんです。売っていたとしても珍しさから“面白グッズ”として扱われているものも多い。

道具のそのものの良さよりも珍しさにフォーカスされることもあり、いつも残念に思っていました。

左利きの人が日常的に使いやすい道具がほしいだけなのに……。

加藤

私がほしかったのはユニークさが全面に出ているものではなく、左利きの人が使いやすくて、同時にデザインや品質が成立している道具だったんです。

それで、約10年勤務した会社を離れたタイミングで何か始めたいと考えた時、自分の重要な構成要素である左利きのことを思い出したんです。

加藤さん自身で、選び抜いたアイテムだけが並ぶオンラインストア「左ききの道具店」。

加藤

「左ききの道具店」は、株式会社LANCHの一事業として運営しています。代表は私の夫で、コピーライティングなどのクリエイティブ事業を行っています。

それで、まずは夫に「左利きの人向けのECサイト事業をやりたい」と提案したのですが、「利益率の低い商売は難しい」と反対されてしまって。

そうだったんですね。

加藤

でも、諦めきれなくて……。

友人にも背中を押されて再度話してみたら、「ビジネスとして大きく発展する見込みは薄いけれど、LANCHのクリエイティブ事業で何かいい効果が見込めるかもしれない」という話になり、お店を始めることになりました。

よかったです……! 実際はどうでしたか?

加藤

いまでは相互に役立っていますね。

オンラインショップを始めたい会社さんからクリエイティブ制作のご相談があったときに、自分たちの経験をご紹介しながらお手伝いできていると聞いています。

左ききの道具店キャラクターは、自身も左利きのアーティスト・伊藤佳美さんの作品。「ホッキョクグマはみんな左利き」というイヌイットの言い伝えから。(提供写真)

「ときどきストア」で生まれる対話と、たのしい発見

2023年には、岐阜県各務原市に実店舗をオープンされました。

なぜ、リアルなお店を構えたんでしょうか?

加藤

小さなオンラインショップとして始動してから、ポップアップイベントにお誘いいただく機会が少しずつ増えていました。

コロナ禍の制限が緩和された頃、売り場に立ってみたら今までSNSでお話ししていた方が遊びに来てくださったり、いろんな状況の方が左利きのエピソードを話しながら買い物してくれて。

それは嬉しいですね。

加藤

その時、「リアルの場がある意味は大きい」と気づき、LANCHの事務所として借りていた場所で実店舗「ときどきストア」を始めることにしました。

「ときどきストア」という名前にした理由は?

加藤

私はお店を持つのに憧れたことも、接客経験もほとんどなくて。やっぱり、最初は躊躇していたんです。

でも、お客さんと直接話すことで得られること、商品開発のヒントになることがたくさんある。

とはいえ、毎日の営業はなかなか難しいので、「ときどき開いているお店」ということで「ときどきストア」という店名になりました(笑)。いまは、基本的には1カ月に4日程度オープンしています。

なかには、お店のオープン日に合わせて、関東などの遠方から泊まりがけで足を運んでくれる方も。

どんな方がお店を利用されているのでしょうか? もちろん左利きの方が多いと思うのですが……。

加藤

ご自身が左利きの方はもちろん、お子さんなどご家族が左利きの方も多いですね。

なかには、元々は右利きだったけれど、ご病気やおケガなど何らかの理由で左手を使わざるを得なくなってしまった方にご利用いただくこともあります。

なるほど……。

加藤

親が右利きで子どもが左利きだと、どんなことが不便なのかわからないので、「子どもが小学校に入学するけれど、何が必要?」といったご相談を受けることもあります。

確かにお子さん自身も、何が不便なのか伝えきれない面もありますよね。

加藤

「なんだか使いにくいけれど、そういうものだ」と思って、右利き用の道具を使い続けている左利きの人はすごく多いんです。これは、大人でも同様ですが。

使いにくさの自覚を持つきっかけがない……。

加藤

はい。店頭やサイトでアイテムをご覧いただいて、「だから、あんなに使いづらかったんだ!」と気づかれる方も多いです。

その声が一番多いのが扇子。一般的な扇子を左手で持って仰ぐと、だんだん閉じてしまうんです。

扇子に左右の差があるんですか……!

加藤

私が不器用だから閉じてしまうものだと思っていたけど、違ったんだね」という声はよくいただきます。

骨の構造が逆になっている左利き用の扇子も販売しています。

加藤

あと、左利きで不便な道具の代表格は横口スープレードルなんです。片方だけ尖ったスープレードルを左手で持つと、注ぎ口が逆になるので強引に注いだり……。皆さん、どうしているのかを聞くのも楽しいくらい話題にあがります(笑)。

当店でオススメしているのは左右両用タイプのレードルですね。

なるほど。左右両用の道具はデザインの完成度が高いように感じます。使いやすい道具として極めているような……。

加藤

左右両用の道具は、デザインの賞をとっているものも多いです。

構造的にどうしても左右差が生まれるものもありますが、左右両用に成立できるのは美しいですよね。

店内のアイテムには、「左利き用」「左右両用」をわかりやすく表示されています

加藤

私たちも左利き用にこだわりすぎるつもりはなく、誰にとっても使いやすい道具にも力を入れてラインナップしています。

品質のいいものを取り扱っているので、長くご愛用いただいていますよ!

「私自身がほしかったもの」を求めてオリジナル商品も共同開発

他のメーカーから仕入れて売る「小売業」だけではなく、商品開発されていると聞きました。

加藤

はい。たとえば、この「分解できる左手用キッチンバサミ」は、お店がある岐阜県各務原市のお隣の関市に本社を構える株式会社サンクラフトと共同開発しました。

関市は刃物づくりが有名な地域。岐阜にお店を構えたことで、メーカーさんとも自然に繋がりができたんです。

分解して洗えるため、衛生面でも安心。「ずっとほしかったけれど、なかなか左手用が見つからないアイテム」だったそう。

加藤

あとやはり、当店のオリジナル商品である「左ききの手帳」ですね。

2020年にクラウドファンディングで制作をスタート。毎年購入してくれるリピーターも多く、今では「左ききの道具店」の看板商品に。

どんな工夫がされているんですか?

加藤

まず、日付を全て右に配置しているので記入する際に左手で隠れることがありません。ページを開く方向も一般的な手帳と逆になっています。

そして右側にスケジュール、左側にメモ欄を配置しています。手帳を使う際、左手で予定が隠れてしまう不便さを解消しました。

なるほど……。色展開も豊富ですね。

加藤

左利き用は一色しかない商品も多いんです。

でも、私自身が「色が選べないのってつまらないなぁ……」と思っていたので、なるべくカラーバリエーションを揃えるよう意識していて。手帳は5色展開です。

選ぶ楽しみは大切ですよね。

加藤

今まで左利き用が一色しかなかったアイテムも、メーカーさんとお取引を続けるうちに、カラーバリエーションを増やしていただいたこともあります。

プロも愛用する花はさみ「ハンドクリエーション」。左利き用は最初1色だけだったものが、現在は6色展開に。

すごい……!

誰にとっても、使いやすい道具を届けていく

左ききの道具店でこれからチャレンジしたいことを聞かせてください。

加藤

今後は、海外への販売にも力を入れていきたいと思っています。

左利きという特性は世界共通のものです。左利きの人が使いやすく、かつ日本の高品質な道具を海外の方にも使ってもらいたいと思っています。

海外の方にぜひ使ってほしいものはありますか?

加藤

やっぱり「左ききの手帳」ですね!

手帳は紙質や製本もすごくこだわっています。海外展開を意識して日付記入タイプのものを販売しています。

「左ききの手帳 UNDATED」は、日本とは祝日や休みが異なる国・地域でも使いやすいよう、日付記入式を採用したプロダクト。

加藤

日本の文房具やキッチン用品は本当に優秀なので、ぜひ世界に届いてほしいですね!

左利きの人に寄り添う店ですが、偏りすぎず、何よりも「楽しむ」ことを大事にされているのが随所から伝わってきます。

加藤

左利きも身体特徴の一つ。いまは背が低い人向けのアパレルや足が小さい人の靴などとあまり変わらないという気持ちですね。

“左利きだから”と特別視される必要もないんですね。

加藤

はい。「マイノリティの不便さや辛さをみんなに知ってほしい!」ということではなく、まずは道具を使うことの楽しさを意識しています。

利き手に合うものを使ったら勉強や仕事、家事もちょっと楽しくなるはず。そういう発見があるお店でありたいです。

左利き、右利きで分断するわけでもない。誰にとっても使いやすい道具が増えていくといいですよね。

加藤

そうですね。それに意識する機会は少ないかもしれないですが、利き手にはグラデーションがあります。気づきにくいだけで、右利きの中にも実は道具によって左右を使い分けているという方も意外にいらっしゃると思いますよ。

また、手だけでなく足や目、耳などいろんなところに利き〇〇があるので、意識してみると面白いかもしれません。

いろいろな場面で、右利き用と左利き用のアイテムを比較することができるコーナーも。

自分の当たり前の動作を見直すきっかけにもなりそうですね!

加藤

実際、全員が左利きという家族はあまり多くないですし、みんなで使うものは左右両用のものだといいですよね。

左右両用のバターナイフなどは、飲食店の方がお店用にまとめて購入されることも多いですね。

左ききの道具店を始めて、加藤さんの心境の変化はありますか?

加藤

もし自分じゃない方が同じようなお店をやっていたら常連になっていたと思います。すごーく遠方であったとしてもきっと足を運んだろうな……、と(笑)。

だからこそ、自分がやっておいてよかった。大変なこともありますが、想いを込めたものをつくったり見つけたりすることは楽しいし、何よりお客様に喜んでいただけるのはすごく嬉しい。

左ききの道具店こそ、私がやる仕事だった!」という気持ちです。

2024年9月取材

取材・執筆=笹田理恵
撮影=倉田果奈
編集=鬼頭佳代/ノオト