制約条件を新たに解釈し、人々が集う空間をつくる ー トーマス・ヘザウィック
この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE06 Creative Constraints 制約のチカラ」(2021/04)からの転載です。
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斬新な創造性に富み、まるで既成概念にとらわれない印象がある英国のクリエイター、トーマス・ヘザウィック。デザインと建築の分野を横断し、それらを軽やかにつないできた彼自身の考える「制約」と「創造」に対する思考やプロセスとは。最近の具体的な作例に触れながら、相反するように映るふたつのワードの関係性 を問う。
トーマス・ヘザウィックの名は、2010年上海万博に彼がデザインした英国館で国際的に知られた。無数のトゲが箱から飛び出したようなインパクトある造形は、来場者だけでなく世界中の建築愛好家の度肝を抜いたことで知られる。彼の発想の素晴らしさは、12年ロンドン五輪の聖火台でも顕著に現れた。出場国と同じ数である204個の花びらに灯った炎が一つになって、大きな聖火となる開会式を見た人々は、テレビ中継であっても歓喜したはずだ。以来、ヘザウィックを「現代のレオナルド・ダ・ヴィンチ」と崇める者は、後を絶たない。彼の大胆な作風から、多くの人々は、彼自身も威風堂々とした人物だと期待するかもしれない。ただ、実際の彼に会うと、その予想は見事に裏切られるだろう。彼は地声が大きくないので、他人を遮って話すようなことはない。専門用語を駆使することなく、普段の話し言葉で、当たり前だけど忘れがちなことを語ってくれるヘザウィック。一見すると、奇想天外に見える彼の創造物も、決して思いつきではない。実は、デザイナーらしく、問題解決の産物であることを、次第に筆者は思い出していく。
現代に歴史をどう継承するか
ロンドン中心部には、彼の建築を気軽に楽しめる場所がある。コール・ドロップス・ヤード(18年)は、19世紀に主燃料だった石炭が鉄道で運ばれてきた後の一時置き場を、おしゃれなショッピングモールへと変貌させた施設。こう書くと、英国や欧州にありがちな歴史的建造物のリノベーションのように聞こえるが、ヘザウィックは、距離が離れた石炭置き場2棟を、大胆な屋根のカーブを用いてドッキングさせてしまった。彼らしい驚きの構造だが、英国のみならずヨーロッパでは、歴史ある建物を尊重するという、お約束とも言える制約がある。外観をほとんど変えないリノベーションが主流の中、このドッキングは、役所の建築許可や周辺住民の理解を得るのがさぞかし大変だったはずだ。「産業革命時代に建てられた工場や倉庫の類を、多 くの人々は珍重し過ぎる。
リノベーションと言ったら、外観の煤すすを払い、せいぜいガラスのボックスを拡張 して新設するくらい。もともとは、大量生産された製品のように、同じような構造で建て続けられた建物群なのだから、もう制約に対して『守り』ばかりの姿勢はやめよう。現代の公共空間として生まれ変わらせるには、新しい試みをするのは当然なのでは?」 とヘザウィック。コロナ禍で、英国の街はロックダウンしているが、コール・ドロップス・ヤードには自然と人が集まっている。たとえ店舗が開いていなくとも、この場所には、人を惹きつける魅力があるのだ。
人間味があるコンクリートの発見
同じく「制約」があるリノベーションの例でも、異なるアプローチを取ったヘザウィックの建築が南アフリカ・ケープタウンにある。ヴィクトリア&アルフレッド・ウォーターフロントは、総面積123haの広大な開発地域。オフィスや住宅 のほか、ロベン島へ行くフェリー乗り場、ホテル、シ ョップ、レストランが立ち並ぶなか、17年にヘザウィックの設計で、アフリカ初の現代アフリカンアートを 集めた美術館がオープンした。コンテンポラリー・アートの美術館というと、外観が奇抜な建物を想像するかもしれないが、Zeitz MOCAAは、もとは長年放置されていたサイロ。穀物貯蔵庫とあって外観も特徴的だが、圧巻はなんと 言っても、天井まで吹き抜けるエントランス・ホールだ。
コンクリート製の筒状サイロが、ダイナミックに裁断された断層を見せるだけでなく、エレベーターとしても使用されていて、チケット売り場から見えると、ついつい中を見学したくなる。「そう。それが目的だよ(笑)。外観の写真だけ撮って帰る人が出るのを防ぎたかったんだ」と語るヘザウィック。だが、オリジナルの建築素材を残すのは非常に困難だった。サイロに使われているコンクリートはチープで脆く、少しの衝撃でも崩れやすかったからだ。限られた予算から新たにサイロを再現する案も浮上するなか、彼は保存の道を選んだ。「僕はコンクリートという素材があまり好きじゃない。表面がファイバーでかたどるためかスベスベで冷たく、灰色でフレンドリーに感じられないから。それに比べて、このサイロの表面に塗られていた塗装を剥がすと、僕の想像を超えたファサードが現れた。昔ながらの木枠でかたどられたためか、このコンクリートには温かみと、どこか人間味が感じられる。経年変化を重ねた日本の『民藝』の陶器にも似た不完全な美しさがあった」
Zeitz MOCAAは週一度、地元の人は入場無料の日がある。彼らに「美術品とともに、このサイロの美しさを知って欲しかったんだ」と言うヘザウィック。工業革命時代の建物を賞賛する西洋社会に比べて、アフリカでこうした建築は植民地時代の負の歴史という意識があり、その価値を評価されることは稀だ。そうした歴史を彼は美化したいのではなく、むしろ、サイロを建てて、そこで働いた市井の人々の歴史を風化させたくなかっただけなのだ。 「西欧諸国やアジアの美術館だったら、僕は設計しなかったと思う。なぜなら、自分が現代アートシーンの一員となって、そのビジネスに加担したくないから。むしろ僕たちは、病院などのインフラストラクチャーへの貢献をもっとしたほうが良いと思う」
人が集まる価値を再考する
こう語るヘザウィックの最新作は、20年に建てられたマギーズ・リーズだ。マギーズは、英国発祥のホスピス団体。その建築物には、ザハ・ハディッド、リチャード・ロジャースなど、名だたる建築家の名が連なる。英国北部の大都市、リーズ。ヘザウィックに与えられた建設地は、病院の敷地内にある極狭の丘陵地であり、唯一、緑がある場所だった。ヘザウィックはその緑地を守り、丘陵地を無理に整地することはせず、プライウッドを主な建築資材として用いることで、リーズナブルな建築物を目指した。「何をするにしても、予算くらい大きな制約はないよね。今までに、足りていたプロジェクトなんて一度もない。でも、そこにだんだん慣れてくると、不満だけでなく『これだけあるんだ!』という具合にマインドがシフトしていくものだよ」
また、このホスピスは外観以上に、人々が安らげるインテリアに気を遣い、テーブルや照明までを自らデザインしたという。「建築家という人たちは、新しい構造ばかりに力が入って、インテリアはほかの人に任せてしまいがち。内装に気をとめることは少ないんだ。僕は職能を『デザイナー』だと自任しているから、そこに疑問を持っている。例えば、今どきのオフィスにはプレイルームと称して、ビーンバッグチェアや、テーブルサッカーゲーム、バー設備などがこれ見よがしにあるけれど、実際に働く人たちはそんなものに歓喜するほど愚か じゃない。コロナ禍以降、出社する機会は減っているし、PCで可能な作業は、在宅で十分。人々がオフィスに出向く価値やクオリティを深く考えることになると思う」と語るヘザウィックは、最後に自身の働き方とオフィスについて語った。「僕は、自分をダ・ヴィンチだなんて思ったことはないので、一人でこもってスケッチを描いているなんてできないよ。毎日、人を集めて普通に会話することが、僕のルーティン。何気ない会話の中から、アイデアは生まれるもの。だからこそ、働く人が居心地よく、対話が自然と生まれるオフィスにしたい」
創造活動に対しては、常に制約がつきものだが、ヘザウィックの根底にある「人々が集える空間づくり」 への姿勢は、常にブレない。コロナ禍で人と触れ合うことに不安を感じている人は多いが、彼はデザイ ンの力で、人と人が再び出会う自信を与えたいと強く考えているのだから。
ートーマス・ヘザウィック デザイナー、ヘザウィックスタジオ代表
1994年に自らのスタジオを開設して以来、建設、都市計画、製品開発、アート作品など多様な活動を続けるデザイナー。これまでの功績から2013 年にCBE(大英帝国勲章司令官)を受章。現在、世界10カ国で約 30のプロジェクトが進行中。カリフォルニアとロンドンのGoogle本社をBIGとともに共同建設することで知られる。
2021年3月取材
2021年8月4日更新
テキスト:中島恭子
編集:神吉弘邦