「不便さ」が目覚めさせる、モノの楽しさ ― 「不便益」研究者・川上浩司
この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE06 Creative Constraints 制約のチカラ」(2021/04)からの転載です。
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世の便利至上主義に異を唱え、「不便の恩恵」を追求するユニークな研究がある。「スムーズに使えない制約」は、実は人に数々の可能性をもたらしているのだ。
「不便益」とは、読んで字のごとく、不便さから得られる益を意味します。便利さとは使いやすさや効率のよさであり、不便さには、それを阻む何らかの制約があります。それに対処するには、我々自身が手間暇をかけなくてはなりません。そこに益があるとはどういうことか、と思われるでしょう。
私は京都大学工学部の研究室で二十年来、不便益事例の収集と分析を行ってきました。研究が発足した1998年当時に着目したのは、工場の「セル生産方式」です。一人ないし数人の作業者が、一カ所で全作業を行って製品を完成させるこの方式は、ライン生産方式よりも明らかに非効率。にもかかわらず、多くのメーカーが導入しているのはなぜなのか。理由を掘り下げると、2つの側面があることがわかりました。
不便だからこそ得られる喜びがある
一方は「多品種少量生産に対応できるから」という客観的要因。他方は、一人で完成させた作業者自身の達成感や、製品への愛着といった主観的要因です。
不便益の本質は後者にある、と私は考えます。多品種少量生産が可能であることは、不便「だが」益もあるという、一抹の我慢を伴うもの。対して、達成感や愛着は不便「だからこそ」の喜びです。実際、セル生産方式に携わった作業者の多くが、意欲や技術を格段に向上させるのだそうです。
現代の身近なツールにも不便益要素はあります。例えば、ツイッターの「140字以内」という文字制限。この制約があってこそ、思いを集約する創意工夫が生じ、インパクトの強い表現が生まれます。古くからある俳句や短歌、西洋詩の韻文にも同様の作用がありますし、スポーツのルールもまた然り。制約があるからこそ楽しめて、スキルも上がるのです。
施設やインフラでも、不便益の活用例が見られます。山口県を本拠地とするデイサービスセンター「夢のみずうみ村」では、段差や階段をあえて配置する、バリアフリーならぬ「バリアアリー」方式を導入しています。甘やかしすぎない環境は、利用者の体力維持に効果を発揮します。食事も上げ膳据え膳ではなく、自分で食べたいものを選ぶ方式。自分で動かざるをえないということは、「自分で選択できる」ことでもあるのです。
海外では、ヨーロッパの5カ国で行われた「シェアードスペース」という社会実験があります。一定範囲の道路から信号機や標識や路面標示を撤去し、どこをどんな速さで移動するかを利用者に一任するというもの。結果、歩行者・自転車・自動車、それぞれが慎重に往来するようになり、事故が減少しました。
これらの例からわかるのは、不便さが「自力の領域」を生み出し、強めるということです。それは自由や自信、当事者意識、そして自己肯定感の醸成へとつながっていくでしょう。
不便益という観点で考えるものづくり
研究室では、不便益なモノやしくみの制作も行っていますが、ここではユニークで楽しいアイデアが多数生み出されています。例えば「素数ものさし」。2、3、5、7、11……と、素数の位置にしか目盛りが振られていないので、6cmや8cmを測りたければ計算が必要。不便で、ちょっと頭を使うものさしです。
この道具の楽しさの源は、「対象との近しい距離」と言えます。手間がかかるぶん、自分の作業が結果につながるプロセスがつぶさに見えて、モノへの親しみがわいてきます。
音楽を聴くツールの進化で「対象との距離」を考えてみると、便利さが増すにつれて距離が開いているのを感じるのではないでしょうか。レコードなら、針が溝をこすることで音が出るという構造を大まかに認識することができますが、CDやダウンロードと進むにつれて原理がわかりにくくなります。
ある実験で、さまざまな「不便なモノ・便利なモノ」を並べ、どちらが好みか答えてもらったところ、年長者より若者、男性より女性のほうが不便なほうを選ぶ傾向が有意に見られました。年長者が、人生経験を重ねるうちに思考や行動の無駄を省き、効率性や利便性へと傾くのは自然な流れですが、本来あるはずの力を眠らせるリスクにも目を向けてほしいところです。
もちろん私は、便利さを否定するわけではありません。便利なツールも必要です。ただ、不便なモノにも居場所のある社会であってほしい、と思うのです。文明社会では「便利の押し付け」が起こりがちで、我々もそれを喜んで享受しています。しかしその中で、楽しさや面白さ、自信や創造性がいつしか損なわれることは避けなくてはなりません。
人力を代替する便利なモノ、人力を喚起する不便なモノが共存する場で、個々人が自分らしい立ち位置を決められる。そうした「選択肢のある社会」が、人の自由と内なる力を保持させてくれるのではないでしょうか。
-川上浩司(かわかみ・ひろし)
京都先端科学大学工学部教授。京都大学工学部卒業、同大学院工学研究科修士課程修了。京都大学准教授,特定教授を経て現職。博士(工学)。著書に『不便益のススメ』( 岩波ジュニア新書)、『不便から生まれるデザイン』(化学同人)など。
2021年8月11日更新
2021年3月取材
テキスト:林加愛