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「感情労働」とは? 自分の気持ちとうまく付き合い、ストレスによる悪影響を減らしながら仕事を乗り切るヒント(関谷大輝さん)

喜び、怒り、悲しみ、楽しみ……。仕事の中で自然と湧き上がってくる感情との付き合い方は、意外と難しいものです。

『あなたの仕事、感情労働ですよね?』の著者、関谷大輝さんは、産業心理学、感情心理学などを専門として、「感情労働」について研究を続けています。

今回は、「感情労働」とは何かを知り、日々仕事の中で、できるだけストレスによる悪影響を減らして「感情」と付き合っていく方法を一緒に探っていきます。

関谷大輝(せきや・だいき)
東京成徳大学応用心理学部准教授。専門は、産業心理学、感情心理学、観光心理学。横浜市役所(社会福祉職)に入庁後、福祉事務所および児童相談所において、対人支援に関わる最前線のケースワーカーとして勤務。仕事の傍ら、筑波大学大学院 修士課程教育研究科 カウンセリング専攻(カウンセリングコース)、同大学院 人間総合科学研究科 生涯発達科学専攻博士後期課程を修了。博士(カウンセリング科学)、社会福祉士、精神保健福祉士、公認心理師、2級キャリアコンサルティング技能士。温泉ソムリエマスターでもある。

耳慣れない言葉「感情労働」とは何?

そもそも「感情労働」とは、どのようなものなのでしょうか?

関谷

ひと言でまとめると、感情労働とは「感情を使わないと成立しない仕事」のことです。

基本的にはお客さんに対してする仕事を指しますが、場合によっては社内の同僚や上司、部下も対象になりますね。

「感情を使う」とはどういうことですか?

関谷

相手が機嫌を損ねず、気分良くなることを目的として、自分の気持ちを意図的にコントロールすることです。

たとえば、
・気持ちを抑えて我慢をする
・気持ちを取りつくろう
などを組織の求めや必要に応じてやらなければならない。そして、その行為に対して報酬が支払われる。

そういった仕事全般を感情労働と捉えています。

業務遂行にあたって自分の感情をコントロールする必要がある仕事ということですね。

感情労働はいつごろから定義されたのでしょうか?

関谷

1983年にアメリカのホックシールド博士が初めて感情労働を問題提起しました。もともと、社会学の領域から始まった研究です。

ちょうど1980年代は、サービス業が大きく発展した頃。接客を伴う仕事がアメリカでも急速に広がりつつあったことが背景となっています。

なるほど。意外と歴史があるんですね。

関谷

この問題提起には、いくつかポイントがありました。感情とは本来、とてもプライベートで、かつデリケートなものであるはず。

なのに、仕事のために、それも相手を気持ちよくさせるために差し出さなければならないという問題。

確かにそうですね。

関谷

もう一つは、感情労働に携わる人たちには、どちらかというと女性が多いこと。

この当時、ホックシールド博士が研究対象にしていたのが飛行機のスチュワーデス、今のキャビンアテンドでした。

パイロットは男性、スチュワーデスは女性といったジェンダー格差があり、女性のほうが感情の切り売りをしなければならない機会が多い点が問題意識の背景にあったようです。

研究を始めた頃より感情労働の傾向に大きな変化が

関谷さんは、なぜ感情労働を研究対象にしようと思ったのですか?

関谷

実は、偶然なんですよね。

大学院で研究テーマを考えている頃、ちょうど国内外で感情労働に関する面白い研究論文をいくつか見つけて。

当時、私は福祉職として役所に勤めており、「自分の仕事はまさに感情労働だな」と思いました。それに、感情が必要になる仕事という切り口での研究は、今後あらゆる仕事において重要になると考えたのがきっかけです。

研究を始めたときと今とではかなり状況が変わっていると思うのですが、やっぱり狙い通りに社会は変化していきましたか?

関谷

ここ十数年でも変わっていますね。変化にも両面あると思っていて。

やはり、あらゆる仕事において、感情労働の側面が強くなってきています。

たとえば、教師や警察、弁護士、医師など。以前は、感情労働の範疇になさそうな職業ですが、感情労働の傾向が強くなってきています。

どちらかというと、ひと昔前までは気を遣われる側だった職業ですね。

関谷

そうですね。最近では、学校の先生は保護者にも子どもにもすごく気を遣っていますよね。

弁護士も今では本当に競争が激しくなっているし、開業をしているといかにネットの口コミの評価を上げるかにも気を配っている。

本来の業務より大変そうですね。

関谷

一方で、スーパーでは最近、セルフレジが増えていますよね。電車のワンマン運転も増えている。人員削減という面もあるかもしれませんが、そういった職場での感情労働が減ってきているように思います。

確かに、最近はファミリーレストランでも、配膳ロボットが運んでくれたりしますね。

関谷

レジ打ちや配膳などのようにある程度マニュアル化できるタイプの感情労働を単純作業などになぞらえて、最近、私はこれを「単純感情労働」と呼んでいます。

ここ数年で、この単純感情労働をお客さんがそれほど望まなくなってきている可能性があるのではないか、と感じています。

感情労働もテクノロジーの影響で、どんどん変化しているんですね。

関谷

これは仮説ですが、もうひとつ、変化を感じる点があります。本来の感情労働は目の前にいるお客さんと相対したとき、仕事とはいえ、相手のために感情を使うことがベースにあると思うのです。

ただ最近は、不特定多数を対象として、感情面でのトラブルを起こさないことを目的としている面が増えてきているように思うのです。

目の前にいない人のための感情労働ということですか?

関谷

たとえば、上司と部下の関係でいうと、相手のためを思って感情をコントロールするのではなく、相手を問わずハラスメントだと言われないようにするにはどうすれば良いかに重きが置かれているというか。

相手を大切にするためというよりも、自分がパワハラをしていると言われるのを避けるための感情マネジメントの研修が開かれるかたちへ方向性が変わってきているのではないかと思うのです。

実際に顔を合わせた人の機嫌をとるのではなくて、その裏側にいる沢山の人の気持ちを察しながら、動かなきゃならない……。

関谷

それに近いかなと思います。相手のためを思ってではなく、自分が不利益をこうむらないようにするための感情労働という傾向が強くなっている気がしています。

たとえば、先ほどの例でもあげたように、ネット上のレビューを気にして接客が変化したり、学校で親からのクレームを気にして子どもを厳しく叱れなかったりといった感じでしょうか。

自分の意思で選べずに出てくるのが感情

今、ほぼ全ての職が感情労働に属するのではないかと思います。

嫌な思いをせず、仕事を成り立たせるにはどうしたらよいのでしょうか。

関谷

そこが難しいところなんですよね。

感情のコントロールは、簡単なことではありません。テレビや本などで言われるアンガーマネジメントの方法どおりに怒りは収まらないですし、コントロールもきかないことが多いです。

感情は、あくまで体の反応なのです。自分の意思で作り出すものではなく、生理現象に近い。足を踏まれればイラッとするし、宝くじが当たれば喜びますよね。

わかります。

関谷

だから、出てくる感情自体をなくすようなコントロールはできない。それならば、出てきた感情の見せ方を変えていくというのが一つの方法かな、と考えています。

状況に応じて感情を相手に見せないようにしたり、逆に見えやすいようにしたり。心理学でいうと行動の部分です。そこには人によって、上手、下手はある気がしますね。

それはプライベートの人間関係でも同じですね。

関谷

そうだと思います。ただ、たとえば利害関係のないご近所さんにいつもイライラさせられるのであれば、お付き合いをやめてしまえばいい。

でも、仕事だとなかなかそうはいかないですからね。基本的に、我慢してうまく付き合っていかなければならない。

となると、自分の本当の気持ちを根こそぎ変えるのは無理だけれど、対応の仕方は練習すれば上達するかもしれません。これも、ある意味スキルなのかもしれないですね。

うーん、難しいですね。

関谷

とはいえ、感情労働の提唱者のホックシールド博士は、そもそも「魂を仕事に売ってしまうこと」を問題視して研究を進めてきました。

魂?

関谷

つまり、仕事のために自分の魂である感情を切り売りすることは、そもそもあまり良くないのではないか、ということです。

そうすると、その切り売りを上手にできるように練習しようという提案は、本家本元から見ればナンセンスだということになってしまいます。

なるほど……。

関谷

けれども、現実的には感情労働を続けていかなければならない。

だったら、感情表現のスキルを磨くことで自分が楽になれるのなら、やった方がいいというのが私のスタンスです。

まずは得手・不得手を知るところから

具体的に感情のコントロールスキルは、どう身につければいいのでしょうか?

関谷

よく例えとして話すのですが、スポーツ選手が何も準備をせずいきなり試合に出てもボコボコにされちゃいますよね。

だから、スポーツ選手は試合のためにトレーニングを重ね、技術をしっかり練習して、現場に出るわけです。

とはいえ、「この練習だけしておけば完璧」という練習があるわけではない。そのような点が、感情的なスキルと似ているように思います。

そうですね……。

関谷

ところが、感情労働の代表であるサービス業などは、一般的な研修はありますが、感情の使い方のトレーニングはされていません。

そりゃ、うまくいかないだろうなと思います。

自分で何とかできることはありますか?

関谷

まず自分の得意・不得意な場面を知っておくだけでも良いかと思います。

もし上手くいかなくても「これは一番苦手なパターンだから、しょうがない」と諦めがつくし、得意なお客さんには自分の持ち味を最大限生かしていけば、自信にもつながります。

自分を客観的に見てみるのですね。

関谷

あとは、日頃から意識できるとすれば、感情を丸ごと変えるというのではなく、自分の気持ちをいくらか良い方向に持っていく。あるいは、考え方や感じ方といった部分へのちょっとした工夫もできます。

なるほど。では、感情の見せ方や対応のトレーニングの仕方を教えてくれる専門家はいるのでしょうか?

関谷

カウンセラーやベテランの看護師などであれば、コツや考え方を知っている可能性はあるかもしれません。

ですが、実際にはなかなか聞くことはできないですよね。

やはり、少しずつでも自分で意識を変えていくのがいいのでしょうね。

自分を守る術として「感情労働」という言葉を知る

日本以外でも感情労働は問題になっているのですか?

関谷

世界中で研究されているので、多かれ少なかれどこの国でも感情労働はあるのだろうと思います。

ただ、文化や地域の差があるというデータもありまして。日本はやはり「おもてなしの国」ですから、独特な部分があるはずです。

日本では感情労働によって生み出されるもの自体がサービスの一部であり、付加価値のようになっていて……。

正直、1人では抜けられなくなっている面もありますよね。

関谷

自分1人だけ、「仕事中に感情労働はしない」と勝手に決めたとしても、それを周りが許すかどうかは別問題ですからね。

チップという形で接客スキルを別途評価される地域もありますが、日本ではあくまでも無料でそれを求められる。

関谷

社員から学生のアルバイトまで全部に高いレベルの感情労働が求められる面もあります。

感情労働に関して、従業員を守る活動をされている企業はあるのでしょうか?

関谷

残念ながら、私が知る範囲では「感情労働」をキーワードに従業員の方を守っているという具体的な取り組みは聞いたことがありません。

一般的な職場のメンタルヘルスケアとしてのラインケアという位置づけで考えられている企業や組織はあるのかもしれません。

ただ韓国には、感情労働に関する法律があるんですよ。

法制化されているのですか?

関谷

ソウル市で感情労働者の権利保護のための条例が定められたのを皮切りに、産業安全保険法の改正という形で、事業主に雇用している感情労働者の健康障害の予防を義務とすることが規定されました。

国レベルで感情労働に従事する方を守っているのですね。

関谷

日本ではカスタマーハラスメントの防止という側面から動き始めています。

つい最近、東京都もカスハラ防止条例の制定に向けた検討を始めると発表したばかりです。直接、感情労働に言及しているわけではありませんが、方向性は近いかもしれないですね。

すべてがカバーされるわけではないかもしれないですが、少し安心感があります。

関谷

今もまだ感情労働という概念自体があまり知られていません。

だから、自分の仕事が感情労働に当てはまるという意識もなく、言葉も知らない方が、結構多いと思うのです。

言葉を知ることで、意識の変化が起きるケースもありますよね。

関谷

はい。だから、まずは「感情労働」という言葉を知って、どういう意味なのかと理解すること

それだけでも、自分が普段仕事で無意識に取り組んでいたことが、実は当たり前ではなく、十分頑張っている、すごいエネルギーを使っているんだと自覚が持てます。

意識することが大切になる。

関谷

自分がやっていることを意識できていないと、振り返りもできないし、進歩もできませんから。

同じところでぐるぐるして、ストレスを溜め続ける状況から抜け出せないままになってしまいます。

意識することで、抜け出すきっかけを得られるのですね。

関谷

もう一つは、プラスを増やすという面で、仕事のやりがいを増やすことです。組織として、感情労働の楽しさを作っていけたら良いのではないかと思います。

感情労働を頑張った人にメリットを生んでいける組織的な対策を考えられたらいいですね。

難しいですが、できたらすごいことですね。

関谷

そうですね。こうやって何か問題提起をすると、「じゃあ、どうしたらいいのか」というソリューションも求められます。でも、感情が絡んでくると本当に難しいのです。

ごく小さなヒントでも、研究でデータを出していけたらなとは思っています。これからも積み重ねていかないと、ですね。

2024年2月取材

取材・執筆=わたなべひろみ
アイキャッチ制作=サンノ
編集=鬼頭佳代/ノオト