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ミズノの会社員のまま「出向起業」、そして独立へ。業界をひっくり返す挑戦に備えたプロセスとは(DIFF. 清水雄一さん)

会社や組織の枠組みでは解決できない課題を見つけたとき、どんな行動に移せばいいのでしょうか。転職、独立、異動……さまざまな選択の可能性が考えられる中、「出向起業」という形で自らの想いを形にしたのが、DIFF.の清水さんです。

ミズノの社員でありながら、出向の形で自ら立ち上げた事業を推進。靴業界の大手メーカーに所属しながらも、業界構造をひっくり返すための事業をスタートさせました。 そのプロセスは、これまでの知見と経験など、数々の「点」を結ぶことの連続。2025年にミズノから独立した清水さんに、出向起業だからこそ叶えられたことや、生まれた価値などを振り返っていただきました。

清水雄一(しみず・ゆういち)
株式会社DIFF. 代表取締役CEO 。2012年、ミズノ株式会社に入社。新規事業プログラムの運営に従事した後、2022年11月出向起業で株式会社DIFF.を設立。2年間の出向起業と1年間の休職を経て、2025年にミズノを退職。大企業挑戦者支援プログラム「CHANGE by ONE JAPAN」ファイナリスト。経済産業省/JETRO主催次世代イノベーター育成プログラム『始動Next Innovator2021』シリコンバレー選抜。

誰もが自分に合う靴を選べる世界へ

まずはDIFF.について教えてください。

清水

自分に合った靴を履ける人を増やしていくことを目指した会社です。

自分に合った靴?

清水

そもそも靴業界では、昔から標準的な足型を元に大量に靴をつくってきました。

しかし、足の形や左右のサイズは人によって異なるものです。それにも関わらず、標準の型は一定のままであるという業界構造が原因で、多くの人が自分に合った靴を手に入れることができていない。

自分に合わない靴を履き続けると、体に負担がかかります。多くの人が長く自分の足で歩き続けられるためにも、靴づくりの根本から見直す必要がある。そうして靴業界の変革への挑戦をしています。

具体的にはどんな事業を展開してきたのでしょうか?

清水

ひとつは、靴を同じサイズで両足セットでしか買えない原因は既存の流通システムにあると考え、左右別サイズで靴を買えるための流通の事業を創業時に立ち上げました。

しかし、販売会などでお客さまと直接コミュニケーションをとっていくと、「サイズ以前に、そもそも自分に合った形の靴の方が少ない」という事実がわかりました。 どれだけ流通の仕方を変えたとしても、問題の根本は解決しないと気づいたんです。

新しい課題に直面したんですね。

清水

そこで現在進めているのが、3Dプリンターによるパーソナルメイドのシューズ事業。今後はこちらに力を入れていきたいと思っています。

清水

創業事業にも思い入れはありますが、根本から変えていく方が、より多くの方へよりスピーディーに価値提供ができると考えたんです。それに伴い、出向起業の形から卒業し、現在はミズノから独立することになりました。

販売は始まっているんですか?

清水

実際の販売に先立ってすでに予約受注を進めていて、どの靴を履いても足が痛む方や長時間歩けないという方に多く反応をいただいています。

今は悩みが顕在化している方にアプローチしていますが、ゆくゆくは誰でも自分に合った靴が履けるように、ミニマムのオーダーができればと思っています。

“挑戦しやすい”風土醸成を経て、自らが起爆剤に

そもそも清水さんが靴業界に興味をもったきっかけは何だったのでしょうか?

清水

もともと幼少期からサッカーをしていて、高専時代から「サッカーシューズを作りたい」と言い続けていました。

当時は機械工学の勉強をしていましたが、大学に編入してから大学院を修了するまでの4年間は体の動きを学びました。そして、新卒でミズノに入社しました。

すごいですね! いよいよ夢のサッカーシューズづくりがスタート……?

清水

それがそううまくはいかず、最初は研究開発部門でゴルフクラブの音の解析や野球のスイングを、加速度センサーなどを用いて解析するアプリケーションの開発をしていました。

4年ほど研究開発に従事し、仮説をたてて実験を繰り返し、たくさん失敗することを学びました。

研究開発の後はどんな部署へ?

清水

2016年からは念願のシューズづくりの仕事に就くことができました。機能面に関する企画開発から、図面の書き方、工場現場での作り方までなど、靴づくりのノウハウはそこで学びました。

ついに夢が叶ったんですね!

清水

10年越しの夢だったので感動しましたね。私が初めて担当した靴をFIFAワールドカップの日本代表選手が履いていたのを見たとき、とても嬉しかったです。

感動の瞬間ですね……!

清水

ほかにもさまざまなシューズの開発に携わりました。そして靴の部門に在籍していた最後の年、社内で新規事業開発のコンテストが始まったので、そこに自分の企画を出したんです。

そのときはどんな企画を出したのでしょうか?

清水

「いいな」と思う靴があったとしても、それが自分に合うかどうかはわからないですよね。足の形は人によってばらつきがありますから。

そこで、自分の足に近しい人が自分に合ったシューズはどんなものなのかを口コミで教え合えるサービスを提案しました。

靴選びのヒントになりそうですね。「人によって足の形は違う」という課題感がDIFF.の事業にもつながっているような気がします。

清水

そうですね。結果的に最終審査で落ちたんですが、事業を立ち上げるまでのプロセスに面白さを感じました。

そこで、新規事業プログラムの運営事務局側をやりたいと手をあげて実際に異動することに。

靴づくりから、靴に関わる課題解決に関心が移ったんですね。新規事業を立ち上げることに、どんな面白さを感じましたか?

清水

本当に困っている人を“もの”以外で助けることができるかもしれないという点と、単純に新しいことに挑戦できる楽しさみたいなものでしょうか。

とはいえ、自分の提案した新規事業は落選しているし、当然これまで事業を作ったこともありません。自分自身の経験値をあげるためにも、ONE JAPANという団体が始めたアクセラレーションプログラムに参加しました。

新規事業開発を推進する外部のプログラムに参加されたんですね。

清水

そこでは「ユーザーの声を聞くように」と口酸っぱく言われました。改めて課題を見直し、DIFF.の事業の原型になるプランを作りました。

そしてファイナリストに選ばれ、1000人規模のイベントで登壇することに。これはチャンスだと思い、ミズノの役員に来てもらって、自分の事業を認めてもらい、社内の靴部門の関係者の了承も取り、こっそりと進められることになりました。

外部で評価された事業を社内に持ち込むことができたんですね! すごい行動力ですね。

振り返ってみて、当時の原動力はなんだったと思いますか?

清水

外部のプログラムに出たことで、各社の新規事業担当者と情報共有できる環境にいたのですが、そこにいるとむしろ何も行動していないことに違和感が出てくるというか(笑)。環境が後押ししてくれた気がします。

それに加えて、経産省の起業家シリコンバレー派遣プログラム「始動 Next Innovator」にも挑戦。そこで選抜いただき、シリコンバレーに連れて行ってもらいました。そこで一番印象的だったのがスタンフォード大学に掲げてあった「Change lives, change organizations, change the world」という言葉でした。

「人生を変え、組織を変え、世界を変える」。

清水

そうです。ちょうどミズノが組織変革の時期にあったこともあり、「世界を変えるには組織を、そして組織を変えるには、まず自分の人生・生活を変えるところからだ」ということに気づかされたのです。

なるほど……!

清水

早速帰りの飛行機で、ミズノでまだ誰も成し遂げていない「若手中堅人材が会社に所属しながら会社を作る」ということに挑戦したいと思い始めました。

そして経産省で出向起業の補助金があると知り、翌日には話を聞きに行きました。そこで、「下からの提案で達成した事例はまだない。可能な限り上の人を捕まえてきなさい」と言われて。

たまたま社長と話せる機会があったので、出向起業の相談をすると、「やってみたら?」という話に。 帰国から3か月後にはDIFF.を立ち上げ、出向起業を果たしました。

すごいスピード感ですね……!

出向起業を経たことで、知見と経験を組み合わせることができた

改めて清水さんが選んだ「出向起業」のメリットはどういう点にあるのでしょうか?

清水

私自身のメリットでいうと、出向なのでDIFF.の事業に集中しながらもミズノから給料をいただけることでした。家族もいたので、精神的にもかなり助けられましたね。

一方で私がやりたい事業はミズノの中ではできないことだったため、資本関係は0%でお願いしました。つまり、金銭的なメリットはミズノ側にはないわけです。

DIFF.がどれだけ稼いでも、ミズノにはお金が入らないということですね。それなのになぜ会社は出向起業を承諾したのでしょうか?

清水

出向起業にあたり「ミズノってここまで挑戦していいんだ」と思わせるための風土醸成の起爆剤にしてください、と会社に伝えました。

靴業界に改革を起こしたいということを11年間言い続けていたからことや、義理人情の部分も大きかったと思うので、ミズノの懐の大きさには感謝しています。

会社と清水さんの信頼関係が垣間見えます。そこまで許してくれる会社はきっと少ないのでは……。

清水

たしかに、なんの想いもビジョンもない人間に「出向起業させてくれ」と言われても、勝手に会社の外で起業してくださいとなりますよね。

でも、どうしても説得したいときに大切なのは、そこにストーリーがあるかどうかだと思います。

私の場合、「ミズノをもっと挑戦的な社風にしたい」という会社の意向に対して、出向起業を起爆剤にするというストーリーを会社に提示したわけです。

あとは、決して思い付きのビジネスプランではなく、外部で評価されたものを社内に持ち込み、新しい価値になりうることを想像してもらえたのも大きかったです。

たしかにストーリーになることで、より説得力が増しますね。これは最初から狙っていたわけではないですよね?

清水

そうですね。たまたまこれまでやってきたことの点同士を結んだら、ストーリーができたという感じでしょうか。

だから、今何かやりたいことがある方は、目の前にあることに一生懸命取り組むことが大事だと思います。それらが点と点になり、それを結べるタイミングがやってくるまで置いておくことも大事な気がします。

まずは目の前のことをやりきることですね

居心地のいい安全圏から飛び出してみる

出向起業を経て、ミズノで得た経験や知見は生きていますか?

清水

そもそも靴作りを教えてくれたのはミズノですから、すべてに活かされていると感じます。あとは「ミズノで靴を作っていました」と言えば、信頼してもらえることも多いので、その影響力には助けられていますね。

ミズノでの経験と清水さんの開発を掛け合わすことで生まれた価値はありましたか?

清水

靴業界の常識を変えていくための事業を進めていますが、やっぱりミズノという靴業界のど真ん中で、業界構造の仕組みを体感できたのはベースにあると思います。

そもそも靴業界の構造に関する課題を作り上げたのは、その業界自身。業界のど真ん中にいると、それを中から変えるのは難しいんですよね。

だからこそ、アクセラレーションプログラムなどで外の世界も見ることで、「構造ごとひっくり返せば新しい価値になりうる」という気づきが得られた。ある意味、掛け合わせの価値創造ができているのではないかと思います。

清水さんのように組織の枠を超えて、自分の能力を発揮したい方はたくさんいると思います。そんな方々に向けて、アドバイスがあればお願いしたいです。

清水

まず、枠を出ていくことは、自分にとって居心地のいい集団から一歩外に出るということです。

どうしても枠の中の人とばかり関わっていると、もちろん居心地がいいので、元に戻ってしまう。

だから本当に枠の外で変化したいのであれば、自分にとって遠い人と関わり、居心地のいい環境ではないところで関係性を作ることが大事だと思います。

清水さん自身も外部のプログラムに参加したことが、自分の事業を進めるきっかけになっていますよね。

清水

そうですね。偶然ですが、私自身も外に出ることで踏ん張れたことがいくつもありました。振り返ると、あのとき外に出ていろんな方とコミュニケーションをとれたことが、変化のきっかけになっていますね。

あとは恥ずかしくても、自分はこれがやりたいと言い続けること。言ったらやらないといけなくなりますから。

自分のやりたいことが明確になりきっていなくても、発信していいのでしょうか?

清水

言っていいと思います。もしそのやりたいことが変わったとしても、何も悪くありません。私自身も流通事業から3Dプリンターへと方向転換しています。

言ったからにはやるぞという気持ちをもちながら、もし変えていく必要があれば、過去の自分の言葉に縛られずに方向を変える。そんな勇気があってもいいと思います。

前田 英里
前田 英里

【編集後記】
清水さんの歩みをたどるほどに、「点」をつくることの大切さを感じました。やりたいことを言葉にしながら、今できることを丁寧に積み上げる。ときには外に出て、自分だけ・自社だけでは得られなかった気づきを持ち帰る。そうした小さな点の積み重ねが、やがて人を動かすストーリーになっていくのだと思います。
そしてもうひとつ大事なのが、自分の想いを押し通すのではなく、組織の目線とも重ねて語ること。個人と組織が互いに応援し合える関係は、きっとそういうところから育っていくのかもしれません。(株式会社オカムラ 前田英里)

2025年11月取材

取材・執筆=橘春花
写真=木村華子
編集=桒田萌(ノオト)