将来を担う世代の『生きる力』を養い、共に『未来』をつくる-「理論」と「実践」のマラソンランナー・井上博成
WORK MILL:大学名に込められた想いについて教えてください。
井上:これについては、学長候補である宮田さんが、「これから私たちがつくろうとしている大学は何をするところなのか?」という問いに対して、「ともに未来、そして文明をつくる大学だという思いを込めて「Co-Innovation University」(仮称)という名前にしました」と記者会見でもおっしゃっていました。
だから、この「ともに」という言葉を意味する「Co」を強調して、大学の略称を「CoIU(仮称)」(コーアイユー)としました。
また、これもあるメンバーが言っていたのですが、「「I」は私、「U」はあなた、で、まさに共創の最小単位ですね。」という意味も掛け合わされていると思っています。
大学名に飛騨のアイデンティティを盛り込まなかったのは、飛騨以外で様々な連携をする「地域」も含めてフラットに未来をつくっていける大学にしたいと思ったからです。
大学名の中にある「Co-Innovation(共創)」という言葉には、「人々がより良く生きる豊かな未来」につながる新たな価値創造を目指して、多様な人々やコミュニティがお互いに補完しあい、またその価値を高めあいながら、持続的に課題解決および社会変革を行うという意味を込めました。
この言葉は、「共創学」として定義し、運用していきたいと現在構想しています。
そして新たな価値を創造するためには、「理論」・「実践」・「対話」を往復するプロセスが何より大事だと思っています。それぞれの学びの領域における成果を統合し、自分たちが所属する国や地域、組織とか立場といった壁みたいなものを超えて、お互いが絆を結びながら、課題解決や社会変革を実行していく力を備えてもらいたいと考えています。
WORK MILL:キャンパスライフや学びの体系にも、特徴があるのだとか。
井上:そうなんです。「えっ」と思われるかもしれませんが、「CoIU(仮称)」は岐阜県飛騨市に本校を構えると同時に、本校キャンパス以外の北海道から九州に至る各地域(13カ所(2022年3月現在))が、学生の学びの地域拠点(場)になります。
この仕組みの狙いは、「地域」にある様々な価値をよりよいものにしていくには、様々な地域同士が繋がりあい、その価値の見つけ方、そして活かし方などがどんどん交流されていく必要があると考えたところにあります。この考え方ですが、最近は「越境学習」としても議論されています。
学生には、各地域のプレイヤーと対話を重ねる中で、その地域特有の課題をリアルに掴み取ってもらいたいと考えています。
また、様々な地域の社会人との対話や交流も意図しています。その過程では、「思うようにいかない」とか、「計画どおりにいかない」といった壁にぶち当たることもあると思いますが、そういう状況になれば、「次はどうするか」を考えることにもつながる。一歩一歩、地域の課題を自分事化して、社会で活躍するための経験値を積み重ねていってもらいたいと強く思っています。
WORK MILL:なかなか「覚悟」の必要な学生生活になりそうです。「学び」の特徴を教えてください。
井上:カリキュラムメソッドの特徴ですが、「理論」・「実践」・「対話」この3つのステップを繰り返すことで、考える力や、問題解決の能力を高めてもらおうと考えています。
はじめに、「理論(セオリーアクティベーション)」では、「CoIU(仮称)」が「共創」のテーマと設定している様々な分野で学びを深めます。「CoIU(仮称)」が目指しているのは、詰め込みの「知識」ではなく、これから先の未来を生き抜いていくための「知恵」の獲得です。学生には、まずはこの能力を磨いてもらいます。
次に、「実践(ボンディングシップ)」ですが、これは学生が自ら地域やテーマを選択し、プロジェクトに参加できる、実践型インターンシップのことです。各地域の企業や自治体等でのリアルな地域体験を通じて「絆(bond)」を結び、双方向の実践教育を行うことで、自らが取り組むべき地域課題の発見に繋げることが狙いです。
これらについては、ある方が面白い表現をしていました。筋肉を鍛える筋トレ(理論)をただやみくもにやるのではなく、試合(実践)に出て、自分の足りないものも見つめ、生きた力を身につけるための筋トレ(活きた理論)を学んでくようなサイクルを構想しています。
最後に、「対話(ホットダイアログ)」です。これは、地域の暮らしや、自然・文化について、地域の人との対話を通じて体験することです。また対話型の講義を通じてヒューマンスキル等も身に付けてもらいたいと考えています。
「実践(ボンディングシップ)」については、2021年6月から、全国7つのプロジェクトを立ち上げ、現役大学生や社会人らを対象とした実証実験を行ってきまして、2022年3月26日にその成果の一部を発表させていただききました。
百年先の未来も、この目の前の一歩から。
WORK MILL:最後に、改めて、飛騨高山と、大学設立への想いをお聴かせ下さい。
井上:井上家のルーツ、そしてアイデンティティともいうべき約1300年続く「飛騨の匠」の文化は、木材と技術をセットで全国に売る外商の文化でした。各地の文化財に携わった匠の記録や、飛騨という地名は、今も全国に残されています。
全国とつながり学びながら、自らのノウハウを生かして活躍してきた匠のように、飛騨という場所を起点に様々な「地域」がつながりあって交流や新しい価値を生み出せないか。僕はこれまで、そのつながりの核となるものを飛騨の「森林事業」や「エネルギー事業」で実践してきました。これからはそれを「教育」の場で実践していきたいと感じています。
最近よく考えるのですが、森林やエネルギー事業、とりわけ小水力事業は50年の計といわれてきました。森林は、樹木が成長してしっかり使えるようになるまで長い年月がかかりますし、小水力発電所も戦後建設されたものがいまだに使われていたりします。そんな事業に関わる中で、長いスパンの歯車と、日々進めないといけない短い時間軸の歯車をかみ合わせながら回してきたことこそが、約7年間の私自身の研究を通じた「実践」でした。
そしていま取り組んでいる「教育」は、もっともっと長い「百年の計」であると感じています。「教育」はきっとすぐには、結果は出ないかもしれません。それは、人は一生学び続けるからでもあり、解は常に変化し続けるからであるとも感じます。部分部分では最適解のようであっても、それは長い年月と何かの変動によって、あっという間に変化するものでもあると、ここ最近の様々な事象から実感しています。
こういった長いスパンの歯車と、短い日々の歯車を往復するプロセスも「共創」の一つなのかなとも思います。
この「CoIU(仮称)」から「教育」を核に各地域がつながり、様々なジャンルの人が混ざり合い、さらに世界ともつながり、未来像を共に描きだすことができれば、少しずつ世の中も変わっていくのではないか。そして、「地域」に価値を生み出す人がもっと増えれば、日本の、そして世界の「地域」が元気になって、活力が生まれ、誰ひとりとり残さず自然と調和し、互いを尊重しあえるような新たな「文明」が誕生するのではないかと考えています。
これから先、「教育」を通じた「地域」の価値づくりの源泉を生み出していけるよう、私自身も引き続き愚直に「理論」と「実践」、「対話」を往復していく覚悟です。
2022年5月取材
執筆:豊田麻衣子
撮影:重松 伸