サーキュラーエコノミーに通じる「日本の古き良き文化」 ― 安居昭博
世界に少しずつ浸透しつつある経済の仕組み、「サーキュラーエコノミー」。この新しい経済モデルが日本に根付くためには、どのような考え方やプロセスが必要なのでしょうか。
サーキュラーエコノミーの観点から考える、日本とアムステルダムの違いや、日本とサーキュラーエコノミーの意外な接点について、前編に引き続き、サーキュラーエコノミー研究の第一人者であるCircular Initiatives&Partners代表の安居昭博さんにうかがいました。
環境への配慮について、日本とヨーロッパで「国のスタンス」が違う
WORK MILL:安居さんのCircular Initiatives&Partnersには、さまざまな企業や自治体からアプローチがあると思います。最近はどのような問い合わせが多いのでしょうか?
安居:ありがたいことに、さまざまな企業・自治体とご一緒しております。問い合わせをいただく企業は多種多様で、アパレル業界、食品関係会社、建築業界、商社に属する企業など幅広いです。
各企業からいただく質問としては「サーキュラーエコノミーとリサイクル・アップサイクルの違いは何か」といった基本的理解からヨーロッパ・オランダで官民連携による社会全体的移行がどのように進められているかといった内容です。
コロナ前まではアムステルダムで開催していた視察イベントに足を運んで参加してくださる企業・自治体も多かったです。
サーキュラーエコノミーの情報は以前に比べて増えてきているのですが、「サーキュラーエコノミーをどこからどのように始めたらいいのか」「何から手をつけたらいいのか」という相談が増加しています。
WORK MILL:サーキュラーエコノミーの観点で見ると、日本企業はヨーロッパに比べて遅れているのでしょうか?
安居:日本でも欧州とは違った形で「サーキュラーエコノミー」という言葉が使われ始める以前から行われている本質的な取り組みは一部見られます。
また、実は欧州もこうした日本の活動やメンタリティから学んでいる面も多く、そもそもヨーロッパと日本では人々の「幸福」の感じ方にも違いがあるため、一概に「日本が遅れていてヨーロッパの方が進んでいる」とは言い切れないと思っています。
ただし、サーキュラーエコノミーの考え方の基本的な理解やそれに伴う実践は日本社会全体的にはまだまだ進んでいない状況なのでこれからだと感じます。
そもそも日本とヨーロッパで大きく異なるのは、国のスタンスです。例えばEU(欧州連合)の欧州委員会は、リーマン・ショック後の2010年に打ち出した「欧州成長戦略」の中で、資源とエネルギーの効率的利用について触れています。
さらに、2011年公表された「資源効率ロードマップ」では、新しい資源に依存しない循環経済型社会という指針が明確化しました。そして2015年には「サーキュラーエコノミー・パッケージ」という長期計画が打ち出されます。
こうした流れに呼応して、オランダ政府は2015年に、これから2050年までの間に社会を完全にサーキュラーエコノミー化することを宣言しています。他のヨーロッパ諸国も追随した動きを見せており、この社会変化が企業にも浸透しつつあるのです。
一方、日本ではまだオランダのような政府による2050年までのサーキュラーエコノミーにおける明確なロードマップや数値目標指針は示されていない状態です。国が明確な指針や支援策を示すことが民間企業のサーキュラーエコノミーへの移行を加速させる要因になると思います。
一方でグローバル市場の動きに追随するためには、民間企業には政府の政策を待たずとも自ら海外の情報を取り仕組みづくりを進めることが求められていると感じます。
WORK MILL:日本とヨーロッパでは、国や企業のサーキュラーエコノミーに対する温度差があるのですね。
安居:はい。ただ近年世界レベルでは、気候変動や環境への取り組みがあらゆる業界の経営に求められるようになってきています。サーキュラーエコノミーやサスティナビリティの本質を理解せず、実践も行わない企業は、これから先厳しい立場に置かれることは間違いない状況にあります。
それは市場と企業との関わり方だけではなく、投資家や銀行など資金調達に関連する部分や、法的な観点からも影響が出てきているからです。
例えば、「ESG投資」が注目されているように、環境に配慮しない企業は資金調達がしにくくなってきています。またオランダでは、銀行側がサーキュラーエコノミー型ビジネスに合わせた、これまでにない新しいファイナンスの仕組みを構築し始めています。
さらに、ヨーロッパでは消費者の権利として「修理をする権利」を認めることで、製造業者へリペアやメンテナンスを行いやすい設計・デザインを求める動きが加速しています。
サーキュラーエコノミーや、サスティナビリティの基準に満たない企業は、ヨーロッパではビジネスができなくなる枠組みが整備されつつあり、これは日本企業へも大きな影響が出ると予測されています。
こうしたさまざまな要因によって、日本企業はサーキュラーエコノミーの率先した仕組みづくりが求められている状況にあります。
黒川温泉や大崎町など、日本におけるサーキュラーエコノミーの取り組み事例
WORK MILL:日本でもサーキュラーエコノミーへの取り組みは必要だといえそうですね。すでにサーキュラーエコノミーの取り組み事例もあるのでしょうか。
安居:日本でもすでに行われている本質的な活動があります。私が関わった事例のひとつが、黒川温泉観光旅館協同組合が実施したコンポストプロジェクト。黒川温泉にある30の旅館のうち、8つの旅館から出た生ごみを使って完熟堆肥(たいひ)づくりを行っています。
その堆肥は地域の農家に使っていただき、その畑で採れたおいしい野菜を旅館で仕入れ、お客様に提供するものです。調理過程で出た、食品残渣(ざんさ)※1はまた完熟堆肥に仕込み農家さんに提供する。そんな循環の仕組みづくりを進めています。
「コンポストで生ごみを堆肥化しても、使う先がない……」という声をよく聞きます。黒川温泉のように使ってもらえる農家さんがあればよいですが、つながりがない場合には、生ごみに乾燥した落ち葉や、もみ殻を合わせたり、直射日光を当てたりして乾燥させて可燃ごみに出すことだけでも通常よりも大幅に環境負荷を抑えることができます。
生ごみはほとんどが水分なので、通常ごみ焼却場では、燃えにくい生ごみを燃やすために重油や石油、プラスチックでできた助燃剤を使ってごみを燃やしています。
サーキュラーエコノミーのアプローチというわけではありませんが、生ごみの水分を飛ばして乾燥させるだけでも、助燃剤の使用を減らせる利点につながるのです。
※1食品関連事業所から出る、食品由来のごみ
WORK MILL:もうひとつ、日本での取り組み事例を紹介してもらえますか?
行政の事例としては、鹿児島県大崎町の取り組みからは学びが多いと感じます。大崎町の人口は、12000人ほどですが、日本全国の市区町村のうち60%ほどが人口1〜20000人規模であることから、多くの地域への参考モデルになることがわかります。
大崎町は約20年前から町ぐるみで資源循環の仕組みを構築。現在では、町内で出される廃棄物の80%以上が再資源化されており、12年連続で日本の自治体の中でリサイクル率No.1を達成し続けています。日本国内だけでなく海外からも視察が訪れるほど、その知名度・注目度は高いです。
大崎町ではごみの分類が27品目にまで細分化され、ゴミステーションは住民による「大崎町衛生自治会」が管理しています。住民はこの自治会に登録しないとごみが捨てられません。また各種ごみのうち、生ごみは週3回も回収され、堆肥施設で完熟堆肥化がなされ地域農家への販売が行われています。
企業が成功する秘訣は「圧倒的なバリューとメッセージ性」
WORK MILL:企業が今後、サーキュラーエコノミー化を進めていく上で必要なことはなんでしょうか?
安居:ヨーロッパのサーキュラーエコノミーを取り入れた企業がビジネスとして成功した要因は2つあると考えています。
1つ目は「圧倒的なバリュー」。例えば近年日本でも人気のスペシャルティコーヒーの多くは、生産国において持続可能な形で栽培・生産管理された豆を使用していることが特徴的で、おいしさにつながっています。フェアトレード以上の価格でやり取りされることが多いのですが、全面に出されているのはそれよりも、おいしさや空間の居心地の良さという幅広い方々に魅力的に感じてもらえる良さです。
また日本でも広まっているallbirdsの靴は、自然素材を使用して作られています。 Allbirdsの靴も、スペシャルティコーヒーも、一般的な価格よりは割高ですが、履き心地が良いことや、おいしさがといったモノやサービスの品質やデザインによって、価格競争の壁を超えて日本でビジネスを成功させるヒントがあると感じます。
その上で重要な2つ目が「メッセージ性」です。ヨーロッパで成功している事例には、子どもにも伝わるようなわかりやすい魅力を軸にしたメッセージの伝え方が共通していると感じます。
例えば、先ほどのバリューにも通じますが、思わず手に取りたくなるようなかわいいパッケージに包まれた製品でおいしく、かつ児童労働を行っていないクリーンな環境で作られていることがさりげなく伝えられているなら、自然と周りの人にもおすすめしたくなりますし、その企業のファンになり継続的に購入してもらえるでしょう。
一方で、例えば廃棄食材を扱っていたとしても飲食店の入り口に「食品廃棄撲滅!」、「動物虐待禁止!」などと主張強く書かれていたなら、尻込みしてしまう利用者を逃し、いわゆる意識の高い方にしか利用してしまえなくなってしまう可能性があります。
メッセージ性を幅広い人々に伝え、ビジネスとしても継続するためには意識の高い方々だけでなく一般市民に利用してもらうことが肝心で、そのためには店内空間やパッケージの印象のうち95%は魅力的なデザインで、メッセージを伝えるのは残り5%程度がちょうどいいバランスのように感じます。
オランダの例を挙げると前編でも紹介した、アムステルダムにある廃棄食材を使用したレストランInstockでは、「フードロスをなくそう」「もったいない」などの言葉はなく、ただある「数字」が店内にさりげなくも誰の目にも触れる中央部に掲げられています。
この数字が何を表しているかを尋ねたところ、「Instockがオープンしてからその日までにレスキュー(救った)されたフードロスの総量です」と教えてもらいました。一般のお客様はこの情報を聞いて初めて「ここはフードロス食材を使ったレストランなんだ」と気付きファンになるわけです。もちろん、食事がおいしく店内空間の居心地が良いことが大前提になっています。
おいしいものや、きれいなもの、機能的に優れているもの、価格面でお得さを感じるものは誰かに伝えたくなります。こうした誰にも伝わりやすいバリューの影に、環境配慮や児童労働撲滅などのメッセージングをさりげなく散りばめることが、社会課題改善型のビジネスには鍵になると感じます。
WORK MILL:フェアトレード製品やオーガニック商材など、資源や環境に配慮した製品は高額な印象があります。このコスト感について、何か改善できることはありますか?
安居:まずは、リニアエコノミーの中で、経済合理性を偏重しがちになっている構造や私たちの考え方を「Rethink(発想の転換)」させることが大切だと感じています。
これまでは、経済合理性に隔たって重きが置かれるようにモノやサービスが開発されてきたため、大量生産・大量消費を基にした価格競争が起こり、「少しでも価格が上がると売れないのでは」という思い込みがすり込まれています。
では、本当に価格が高い製品は売れないのか。そうとも限らないですよね。前述したスペシャルティコーヒーやallbirdsの靴は、高価格帯なのに日本で人気を誇っています。トラックの幌(ほろ)を再利用したカバンを販売するスイス発祥のFREITAGやアウトドアメーカーのパタゴニアの商品も、高価格帯にも関わらず日本が大きな市場になっています。
また、障がいのある人の独創的なクリエイティビティに着目した商品を販売するヘラルボニーや、鹿児島県霧島市で障がいを抱える方々と協働するチョコレートメーカーのキートスからは、ヨーロッパで成功する企業に共通するデザインや味、機能性を第一に置いたビジネスを日本で展開するヒントが学べると感じます。
これらは味やデザイン、機能性がよく、子どもにも伝わるようなメッセージ性がありますよね。こうした製品やメーカーからは、日本でサーキュラーエコノミー型の製品・サービスづくりをする上で大きなヒントがあると感じます。
日本古来の良さを、これからの社会で生かす
WORK MILL:今後、企業がサーキュラーエコノミーを取り入れる過程で、消費者にはスムーズに受け入れられるのでしょうか?
安居:日本でもZ世代やミレニアル世代の若者は、サーキュラーエコノミーやサスティナビリティへの関心が高いです。
また、個人所有よりも他人と共有する「シェア」や、新しいものよりも、他人の使用済み製品を低価格で購入することに慣れ親しんだ世代。さらに「モノの購入」に変わり、サブスクリプションや、リースのような「サービスの利用」も日常に溶け込んでいるため、サーキュラーエコノミーとの相性は良いと感じます。
一方で高齢者世代には、たとえサーキュラーエコノミーという横文字は伝わらなくても、その内容を説明すると「昔はそういったことを普通にやっていたよ」、「そっちの方がいいよね」と共感する高齢者も多くいます。
サーキュラーエコノミーへの移行が進んだとしても、新しい製品やサービスは今よりもずっと受け入れられるのではないでしょうか。「もったいない」という言葉や循環の仕組みが実践されていた江戸時代に象徴されるように、日本人がもともと持っている精神や文化との親和性もあります。
気を付けたいのは、これからサーキュラーエコノミーやサスティナブルを謳った商品やサービスが増えてくるにつれて、本当にそうなのか見極める目と知識を身に付けることです。ふたを開けるとただのPRであったり、単なるリニアエコノミーのリサイクル製品が、サーキュラー製品と呼称されていたりするケースが今でも見受けられます。
サスティナブルやSDGsなどの言葉があふれている中で、私たちには、それぞれの言葉が表す本質的な意味と現状の理解を深め、一人ひとりが判断することが求められています。
また、企業が実情に反して意図的に表象的なサスティナブルを掲げる行いを「グリーンウォッシュ」と呼びますが、サーキュラーエコノミーにおけるグリーンウォッシュは企業が時代から取り残される状況を生み出してしまうため、かえってリスクがあるとも捉えられます。
WORK MILL:サーキュラーエコノミーの本質を見極める力を消費者は身に付けないといけない、ということですね。最後に、サーキュラーエコノミーを取り入れていきたい企業や個人に向けて、アドバイスをお願いします。
安居:サーキュラーエコノミーを「やらなきゃ」という義務感よりも、個人であれば「やった方が楽しい」、「生活が豊かになる」という感覚で取り組んでみるのがいいかもしれません。企業であれば「新しいビジネスの可能性があるのでは」というポジティブに受け取る姿勢が大切だと思います。
例えば、僕は家庭でコンポストを行なっていますが、それにより可燃ごみを出しにいく頻度が激減し、楽になっています。生ごみが、どのように分解されるかを日々観察できることも新しい生活の楽しみになっていますし、最近京都で借り始めた自分の畑にも使えないかと考えを巡らせています。
欧米人と日本人が、心地よさを感じる社会の姿は異なることを前提に、欧州の考え方や取り組みからは参考にしつつも、日本で直面している課題から、自分たちに最適な仕組みづくりを進めることが重要でしょう。
理想としては、「サーキュラーエコノミー」という言葉が使われていなくとも、当たり前にその仕組みが実装されている社会が望ましいと感じます。一人ひとりが、「やりたい」と感じることをできるところから始めるのがよいかと思います。
(プロフィール)
―安居昭博(やすい・あきひろ)
1988年生まれ。東京都練馬区出身。ドイツ・キール大学大学院「Sustainability, Society and the Environment」プログラム卒業。Circular Initiatives&Partners代表。京都在住のサーキュラーエコノミー研究家。サスティナブル・ビジネスコンサルタント、映像クリエイターとしても活躍。2019年日経ビジネススクール x ETIC『SDGs時代の新規事業&起業力養成講座 ~資源循環から考えるサスティナブルなまちづくり~』講師。著書「サーキュラーエコノミー実践:オランダに探るビジネスモデル(学芸出版社)」。2021年、日本各地でのサーキュラーエコノミー実践と理論の普及が高く評価され、「青年版国民栄誉賞(TOYP2021)」にて「内閣総理大臣奨励賞(グランプリ)」受賞。
■参考文献
安居昭博「サーキュラーエコノミー実践:オランダに探るビジネスモデル」(学芸出版社)
更新日:2021年10月5日
取材月:2021年8月
画像提供:Circular Initiatives&Partners,Akihiro_Yasui
インタビュー:猪瀬ダーシャ(オカムラ)
テキスト:金指 歩