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地元に“革命”を起こしたかった。ガソリンスタンドにブックカフェを開き、和歌山で新たな居場所を作った理由(有田石油・薮野睦士さん)

ガソリンスタンドに書店やコーヒーショップなど、人々が集う場を開き、数々のイベントを起こすことで、旧来のガソリンスタンドのイメージを覆してきた有田石油の薮野睦士さん。有田石油は今や、街に欠かせないコミュニティスペースとなっています。

世界を放浪し、さまざまな国の現実を直視し、帰国後に家業であるガソリンスタンドの3代目となった薮野さん。人と人との関係の構築がどのように場所を変化させ、いかにコミュニティスペースを育ててきたのか。そして、薮野さんが抱いていた「革命」への熱望とは? お話を伺いました。

薮野睦士(やぶの・あつし)
1988年、和歌山県有田郡生まれ。関西学院大学文学部の在学中からバックパッカーとして世界中を旅した。帰国後は家業である1959年創業の有田石油(ありだせきゆ)に就職。2022年、ガソリンスタンドで初の書店「BOOKSTAND」を開店。2024年に事業を承継し、3代目代表取締役社長に就任。2025年、敷地内に手洗い洗車・コーティング専門店「ALAN WASH(アランウォッシュ)」を開店。

ガソリンスタンドを楽しい場所にするための革命

有田石油は、JR湯浅駅から徒歩15分ほど、大阪市内より車で1時間半の場所に位置する

薮野さんは3代目だそうですが、跡継ぎになりたいと決めていたのでしょうか。

薮野

中学時代までは「社長の息子」と呼ばれるのがイヤで、家業を継ぐなんて考えてはいませんでした。ただ、高校時代にこのガソリンスタンドでアルバイトをしてみて、「自分に合っているな」と感じたんです。

父がお客さんと対等な関係性を築いている姿勢も良かった。決してお客さんをヨイショすることなく、時には厳しく怒ることもあって、「このタイヤ、交換しないと危ないよ」など、はっきりストレートに言うんですよ。お客さんも「じゃ、換えるわ」って。

いい関係性ですね。

薮野

そうなんです。「自分もこんな働き方ができたらいいな」と思うようになりました。

お父様がユーザーと気さくに接する姿を見て、跡を継ぎたいと思われた?

薮野

そこまで強い意志ではなかったのですが、実は大学進学に失敗して、予備校へ通うことになったんです。そのときに、「大学を卒業したら店を継ぎますから」と(笑)。

ただ、予備校へ通って人生観が変わった部分はあります。予備校の英語の先生が、世界の話をしてくれるのが楽しくて。

その話を聞くうちに、資本主義のあり方に疑問を持つようになったり、その先生が教えてくれたキューバの革命家であるチェ・ゲバラに影響を受けたりしましたね。

チェ・ゲバラからどのような影響を受けたのでしょうか。

薮野

ゲバラは社会の不平等をなくすために南米各地で革命運動を起こした人です。僕も「世の中を変えたい」「不平等な社会があるのならば、どうにかしたい」と思うようになりました。

僕も世界情勢を知りたいと思い、バックパッカーを始めたんです。

チェ・ゲバラも南米中をバイクで旅したことが、革命の原点になっていますもんね。

薮野

大学時代はメキシコ、キューバ、東南アジア、インドなどを巡り、卒業後は中国も放浪しました。

帰国して、日本をどのように感じられましたか。

薮野

人々の笑顔が少ないな、と。帰国してすぐに回転寿司へ行ったら、誰もが暗い表情で下を向き、スマホをいじりながら並んでいる。その日は衝撃でした。

たとえば資本主義的な社会の中で、多くの人が生きていくために自分を削りながら働いていて、結果的に笑顔が少なくなっている人もいますよね。

「果たしてこれは幸せなのだろうか」と思うようになりました。

他の国を見てきたからこその視点ですね。

薮野

だからこそ、資本主義的な価値観に左右されず、小さなことでも「これだ」と決めたことに誇りを持って取り組むことがかっこいいのではないかと。

それなら自分はガソリンスタンドを舞台にがんばりたい、と思ったんです。

お客さんの笑顔の輝きと関係性づくり

コーヒー、本、そしてこの空間。有田石油はガソリンだけを提供しているわけではないのが特徴ですね。これにはどういった意図があるのでしょうか。

薮野

たとえば、おしゃれな洋服を5,000円で買うとき、お客さんは喜んで支払うでしょう。しかし、ガソリンスタンドはそうではない。あくまでも必要経費として認識されます。

でも商売人として、せっかく給油しに来てくれたお客さんには喜んでほしい。「友達や知り合いのためなら喜んで5,000円を支払う」といった感覚で、ここでもお金を使ってほしい。そんな関係性を築けたら、と思ったんです。

そのためには、何か工夫を凝らす必要があると考えました。

なるほど。

薮野

同時に、うちはガソリンの給油以外に新車販売も行っていて、その事業をスケールさせていきたいという狙いもありました。

まさかガソリンスタンドで新車が買えるなんて誰も知らないじゃないですか。だから、まずはそれを知ってもらうために何かイベントをやろうと決意。

そこで、2〜3ヶ月に1度のペースでガラポン抽選会を行ったところ、売上が伸びたんですよね。でも、すでに新車を買った方は来店しなくなりますし、僕たちもおもしろくない。 もっと根本的にお客さんが喜ぶイベントをしたいと思うようになりました。そこで2019年、車に落書きをするイベントを開催しました。

楽しそうですね!

薮野

実際にやってみると、いろんな方に喜んでいただきました。まずは皆さんに喜んでいただいて、僕らも楽しくなって。いい場合だと商談へ進むこともできる。 これをきっかけに、うちでは関係性作りに注力しようと考えました。

ガソリンスタンドという場所の可能性をグッと拡張したようなイベントですよね。

薮野

そうなんです。そもそもガソリンスタンドには、とある特徴があります。それは、趣味趣向、性別、年齢、職業を問わずあらゆる人がやってくる、ということです。

たとえば服屋さんだったら、ヒップホップのストリートファッションが好きなら、その層を好きな人が主にやってくるわけじゃないですか。

でも、ガソリンスタンドはスーパーやコンビニと同じで、お客さんを限定しない。

確かにそうですね。

薮野

そこに場所としての価値を感じて、「この場所を通じて何かメッセージを発信することで、お客さんとなるあらゆる人に何か価値観を提供したり、共有したりできるのではないか」と思うようになりました。

そうすれば結果的に、この街のハブ=ネットワークの拠点になれるのではないかと。街の情報などフライヤーをたくさん集めて置いて、情報の発信基地を目指しました。

「情報の発信基地」、いいですね。

薮野

そんなことを考えているときに出会ったのが、「焙煎では日本一」と評する人も多い京都で有名なオオヤコーヒ焙煎所でした。和歌山の白浜にも支店を出してらっしゃって、先輩を通じて知り合ったんです。

そして2020年、和歌山市内のメキシコ料理店とともにメキシコ風ホットドッグとコーヒーのイベントをやったんです。

ガソリンスタンドでメキシコ料理ですか。それは他のどこでもやっていないでしょうね。

薮野

そうなんです。来場者数も、盛り上がりもすごかった。みんないい顔をしているんですよ。普段のガソリンスタンドでは、どこか急いでいたり、少し面倒だという顔をしていたりするお客さんが多いので。

通常営業では生まれない雰囲気が生まれたんですね。

薮野

このイベントの成功がきっかけで、「この場所の空間づくりを行おう」と決めて、コーヒーショップを設けることになりました。

構築できた関係性をより深めようと。「商談」のようなかしこまった形式ではなく、リラックスして世間話できるように。

実際につくって見ると、お客さんとの距離もぐっと縮まって、「オイル交換しましょう」とか、「タイヤが減ってますよ」といった話ではなく、もっと個人的な話もできるようになりました。

店内に入ると、ガソリンスタンドのイメージとは異なるオシャレなカウンター。ここでコーヒーを購入することができる

街のコミュニケーションの場になったのではないですか。

薮野

いろんな人が集まるようになったのが一番いいことですね。コワーキングスペースのように仕事をする人がいれば、ご近所の井戸端会議の場所に使う人もいて、境遇が異なる人たちが一堂に会しています。

珈琲カウンターの近くには、気軽に座れるテーブルが。チラシが多く置かれていたり、地域の方が集ったりしている

前代未聞。ガソリンスタンドのなかに書店を開いた

そして2022年、書店「BOOKSTAND」をオープンされ、コーヒースタンドと一緒にブックカフェとなりましたね。

ガソリンスタンドにブックカフェがあるなんて前代未聞では。

薮野

今のところ、全国でうちだけだと思います。これも出会いからでした。オオヤコーヒさんの紹介で、京都にある個性的な選書で人気の誠光社さんが扱う書籍をお預かりし、1週間販売するイベントをやったんです。

これも好評でした。僕も書店が大好きなので、このイベントを機会に仕入れの方法などを勉強しました。そして「書店とうちは、置かれている状況が似ているな」と感じたんです。

書店とガソリンスタンドのどういう部分が似ていると思われたのですか。

薮野

誠光社さんは、チェーン店ではない独立系書店です。小さな書店だからこそできる品揃えで、お客さんの心をつかんでいる。うちのような小さなガソリンスタンドも、小さいからこそ実験ができるはすだ、と共感しました。

それに、ここを「価値観を伝える/共有する」場所にするために、本はとてもぴったりなんです。そこにあるだけで、強いメッセージを放ってくれますから。

小さな街だからこそ、いろんな価値を届けられる場所があった方がいい。そうすれば、街から人も育つと思うんです。

店内に置かれた本棚

書棚を見てみますと、写真集から社会課題まで、セレクトが尖っていますね。

薮野

今は選書も自分でやっています。ジャンルでは選んでいないんです。自分のなかの問題意識を反映した本があれば、ビジュアル一発で選んだ本もある。そのときの自分の感覚で決めています。

「わざわざ来たい」と思える店にするために

コーヒースタンドや書店の開店によって実際に経営は上向いたのでしょうか。

薮野

跡を継いでから、利益は倍になっています。ガソリンは値段が変動するので一概には言えないのですが、確実に台数は増えました。 やはり、「わざわざ来たい」と思ってもらえる店にするために地道に行ってきたことが、結果に反映されているのかなと思います。

ただ「給油しなきゃ」ではなく、「あの店でガソリンを入れたい」「あの店で車が買いたい」と思ってもらえるかどうか、ですね。

薮野

でも極端に言うと、うちが扱っている商品、ガソリンや車やタイヤって、他の店と比べて大きな差異があるわけではないんです。うちで生み出した商品ではありませんから。

そんななかでも個性を発揮する店にするにはどうしたらいいのか。そう考えて、2025年4月に手洗い洗車・コーティング専門店「ALAN WASH」を立ち上げました。

なにか発想のきっかけがあったのでしょうか。

薮野

きっかけは、友達が白浜で営んでいるチョコレート専門店でした。ビーントゥバーのクラフトチョコレートで、板チョコ1枚800円もする。そんな高価でもすぐ売り切れるんです。

僕らの場合、代替需要のある中に飛び込んで、椅子取りゲームをするような業界でもあります。でも、1枚800円のチョコレートは、新たな需要を作ってファンを生み出している。

同じようにガソリンスタンドで、これまでの経験や技術を生かして新たな需要を作るならば、真心を込めた手洗いなのではないかと思ったんです。

手洗いはどのように学ばれたのですか。

薮野

千葉県の鎌ケ谷市に「ARMOR TOKYO」というカッコいい手洗い洗車・コーティングの専門店があって、以前からリスペクトしていました。

技術の高さはもちろん、そこで洗ってもらったことを人に自慢できるスタイリング力には見習うべきものがあると思い、「学ばせてもらえませんか」とメールでお願いをしたんです。それで、千葉まで通いながら勉強しました。

え! 直談判して、さらに和歌山から千葉へ通うなんて、熱意がすごいです。

そして、ALAN WASHはレトロモダンでおしゃれな内外装で、ガソリンスタンドのイメージとは大きく異なりますね。

洗車エリアの隣にある待ち合いスペースはとてもモダンな内装で仕立て上げられた

薮野

お客さんに「ここで洗ってよかった」と喜んでもらいたいから、イメージにはこだわりました。動画を撮って自分で編集したり、それをSNSにアップしたり。ブランディングにはめっちゃ力を入れています。

おかげで、わざわざ車で1時間もかけて洗いに来てくださる方もいらっしゃるんです。「和歌山にこんな店、なかなかないよ」って。他にないと言われると、やっぱり嬉しいですね。

やはり喜んでくださる方も多いんですね。薮野さんの思いが形になっているのがわかります。

薮野

これまではなんとなく、受け身の状態で数字を作り上げてきた自覚がありました。でも、「ALAN WASH」ではきちんと計画を重ねて、オープンしたんです。

ようやく目的や目標を掲げながら事業を進められるようになったので、これからもブラッシュアップを重ねながら、サービスをお客さまに届けられたらと思います。

学生時代に芽生えた「革命を起こしたい」気持ちが、着々とかたちになっていますね。

薮野

心のどこかにずっとチェ・ゲバラへの憧れがあるんでしょうね。ゲバラの墓をお参りして、煙草をお供えして、「自分も革命を起こしたい」と感じたあの日の想いが現在もずっと続いているんです。

今日は本当にありがとうございました。コーヒーもとてもおいしかったです。

ガソリンスタンドがコミュニティの場となっていることに感心し、ガソリンスタンドの新たな可能性を感じました。今から本を買って帰ります。

前田 英里
前田 英里

【編集後記】
ガソリンスタンドの一角で、ふと始まる談笑。取材の合間に目にしたそんな日常風景に、薮野さんが取り組んできた革命の軌跡を見た気がしました。そこにあるのは「客と店員」のような普通名詞の関係ではなく、顔の見えるフラットなつながりです。ガソリンスタンドという場の常識を疑い、「なぜそこに行くのか」を問い直す。そうした積み重ねの先に、この場所ならではの価値が生まれてきたのだと思います。
「世の中を変えたい」という想いを、自分が根ざす地域や仕事に持ち帰り、有田石油で一つひとつ形にしてきた薮野さん。足元から始め、行動し続ける。この確かな歩みこそが現実を動かしていくのだと、改めて感じました。(株式会社オカムラ 前田英里)

2025年11月取材

取材・執筆=吉村智樹
撮影=黒木美紗子
編集=桒田萌/ノオト