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日本人の半分はがんにかかる時代。がん患者と共に働く職場づくりをどう進める?(アリルジュ株式会社・森下真行さん、鈴木碧さん)

日本人の2人に1人は、生涯でがんになるといわれています。私たちが、がんの治療をしながら仕事をしたり、がん患者である同僚と一緒に働いたりする確率は高いのです。

しかしながら、治療をしている社員と一緒に働く留意点や、会社として必要なサポートは意外と知らないもの。

今回お話を伺ったのは、アリルジュ株式会社の森下真行さんと鈴木碧さん。薬では解決できないがんに関する社会課題を解決するために、企業向けにがん患者さんの就労支援をはじめとするサポートをしています。

社内にがん患者さんがいたら、どうすればいいのか? 私たちは何を知っておくべきなのか? 多様な社員と共に働くための考え方や、企業のサポート体制づくりのヒントを伺います。

大切なのは、ひとりで抱え込まないこと

アリルジュは、がん患者さんが働くためのサポートをされている会社だと伺いました。

森下

がん治療薬の開発・提供をしている大鵬薬品の子会社として、がん患者さんの就労や生活といった、薬では解決しきれない課題解決のサポートをしています。

森下真行(もりした・まさゆき)。アリルジュ株式会社 代表取締役、薬剤師。2009年、大鵬薬品へ入社。エリア学術職や抗がん剤マーケティング部ブランドマネジャー、社⻑室、経営企画部新規事業推進課を経て、現職。アリルジュのマネジメントを学ぶため、2024年4月より一橋大学⼤学院経営管理研究科にて学ぶ。

治療や体調にまつわること以外で、がん患者さんはどのような悩みを抱えるケースが多いんでしょうか?

森下

まず仕事に関しては、「がんにかかったら仕事ができなくなるのではないか」と思う方が多くいます。

現状、がん患者さんの3割は離職するというデータもあるんです。

かなり多いですね……。

鈴木

でも、大半の方は「仕事を続けたい」と本音では思っていらっしゃるんです。経済面でも、生きがいという意味でも。

経済面というと、やはり治療費が高額になりますよね。

森下

はい。高額療養費制度もありますが、自己負担額が生活に重くのしかかります。

特に子育て世代の方ががんにかかると、生活費や子どもの教育費に加えて、治療費のやりくりに困ることが多いと聞きます。

なるほど……。シビアなお悩みですね。

鈴木

治療内容については病院から説明してもらえますが、「仕事や生活をどうするか?」については具体的なアドバイスがあるとは限りません。特に仕事については、個々の業務内容を病院も正確に把握するのは難しいですから。

そのため、ひとりで悩んでしまうがん患者さんも多いのではないかと思います。

鈴木碧(すずき・みどり)。アリルジュ株式会社 カスタマーサクセス。看護師。公認心理師。大鵬薬品 人事部健康支援課の産業保健スタッフとして、10年以上勤務。がん治療と仕事の両立を支援する制度の設計、運用、支援に携わる。デジタル冊子『がんに罹患した社員の就労支援ガイド』の制作にも関わる。2024年7月より現職。

でも、暮らしも仕事もとても重要なことですよね。

がんにかかっていることがわかったら、まずは上司に相談する方が多いのでしょうか?

森下

現状、がん患者さんの90%以上は上司に相談していると言われています。ただ、100%ではありません。

ご本人が「会社に、同僚に迷惑をかけられない」と思って病名を伏せたり、降格や異動を恐れるあまり上司だけに知らせて人事部門には伝えないケースもあったりすると聞きます。

そうなんですか……。

森下

実際には、社員の病気に関する情報は、人事部門内でも一部の人しか開示されない要配慮個人情報です。なので、評価や人事異動に直接影響があるわけではないんです。

それに、がん治療のことを上司だけに知らせて、周囲の同僚や人事部門には伏せてしまうと、いろいろな困りごとが出てきてしまいます。

というと?

森下

たとえば、有給休暇を使って入院期間をしのごうと思っていた方。

いざ手術してみたら病状が進行していたことがわかり、予定通り退院できずに仕事へ戻れないケースがあります。

そうすると、周囲の方々は状況がわからないから不安に感じますよね。

森下

そうなんです。また、傷病休暇を使う場合も診断書を会社に提出しなければなりません。なので、上司だけでなく人事部門には相談してほしいですね。

自分に適した人事制度を活用しながら治療するためにも、早めに相談するといいと思います。

柔軟に働ける制度があると、仕事と治療を両立しやすい

がん患者さんが仕事と治療を両立しやすくなるために、会社の制度としてはどのようなものがあるといいのでしょうか?

鈴木

何よりも柔軟に働けるための制度が必要です。

たとえば、アリルジュの親会社である大鵬薬品では、抗がん剤治療の通院がしやすいよう、半日有給休暇の上限日数を増やしました。

社員が治療や働き方について相談できる窓口を置く会社もあるのでしょうか?

鈴木

最近、ほとんどの大企業では健康に関する相談窓口を社内外に設置しています。

私も、看護師として大鵬薬品で相談を受ける役割を担っていたんです。

その際、どんなことを意識して相談を受けていましたか?

鈴木

治療内容も仕事も一人ひとり異なりますから、一旦、規程や制度にとらわれず先入観をもたずに話を聴くことを心がけていました。

制度をご案内しつつ、できる限り本人にとってベストな対応をすることが重要ですね。

社内で専門家へ相談できるのは心強いです。でも、窓口を設置する余裕がない中小企業はどうすればいいんでしょうか?

森下

医療の専門スタッフがいる、各都道府県の産業保健総合支援センターに無料で相談できます。

ただ、まだまだ相談件数が少ないといわれていて。こうした外部機関に相談せず、企業内で悩んでいるケースも多いのではないかと思うんです。

人事担当者も医療の専門家ではないから、辛いですよね……。相談できる場所の存在を知ってほしいですね。

森下

はい。社内だけで悩みを抱えず、専門家に頼ってほしいですね。

がん患者さんに遠慮せず、決めつけずに対話する

がん患者さんが仕事を続ける中で、上司や同僚との関係性も変化するように思います。

人間関係で悩むことも多いのではないでしょうか?

鈴木

がん患者さんも周囲の方々もお互い遠慮してしまって、言いたいことを言えなくなってしまうことは、よくあります。

森下

私たちは、こういう状況を「遠慮×遠慮」と呼んでいます。

お互いが言いたいことを控えてしまうことで、仕事の生産性やチームワークが低下している事例は多いんです。

一例をあげると、チーム内にがん患者さんがいることで、定期的に開いていた飲み会をやらなくなってしまったケースがありました。

がん患者さんの体調に配慮して、飲み会をやめていたということでしょうか?

森下

そうなんです。ご本人は、チームのみんなと食事に行くことが好きだったそうなのですが、飲み会が開かれなくなると、周りが自分に気を遣っていることは伝わってしまいますよね。

うーん……。「遠慮×遠慮」が起きてしまうと誰もハッピーにならないですし、仕事の面でもいいことがないですよね……。

そういう時、上司や同僚はがん患者さんにどう接するといいんでしょうか?

森下

2つのポイントがあると思っています。1つ目は、「困ったときはお互いさま」。日本人の2人に1人ががんにかかるといわれる時代ですから、自分もいつ病気にかかるかわかりません。

だからこそ、日頃からお互いを助け合うコミュニケーションをすることが大切です。これは、治療だけでなく、育児や介護でも同じことだと思います。

たしかにそうですね。

森下

2つ目は「決めつけないこと」です。

「がんは大変だから、すぐ仕事を減らして治療に専念させてあげよう」と上司が思っても、本人もそう思っているかはわかりませんよね。

ご本人の意思を確認することが必要ですね。

周囲がよかれと思っても、ご本人が望むとは限らないですから……。

森下

その通りです。病気にかかった方から、働く希望を奪うことがあってはならないと思っています。

「ディーセントワーク(Decent Work/働きがいのある人間らしい仕事)」をすることは、誰もがもつ権利ですから。

他に、がん患者さんと一緒に働くにあたって意識したいポイントはありますか?

鈴木

がんの治療をされている方は、やはり治療のためお休みされたり、遅刻・早退・中抜けしたりと職場を離れる時間が増えます。

すると、ご本人の業務を周囲で分担することになりますよね。業務負担が増えた方をきちんと評価してあげたり、負担が大きくなり過ぎてしまうときには人員を増やすよう人事部門へ相談したりすることも大切です。

やはり、本人と上司だけで抱え込まないことが大切なんですね。

鈴木

はい。

がん患者さんが仕事と治療を両立できて、チームで仕事の成果も出していくためには、上司を含めたチームメンバーや人事部門としっかりコミュニケーションを取ることは欠かせないと思います。

少しの知識と心構えで、コミュニケーションがぐっと取りやすくなる

実際の場面を思い浮かべると、がんの治療に向き合う同僚と、遠慮せず話をするのは難しく感じます。

知識がないと、どういった治療をしているのか、どんな体調なのかが具体的にわからなくて……。

森下

基本的な治療スケジュールや起きやすい副作用についてすら、知る機会がなかなかありませんよね。

抗がん剤の副作用の一例としては、下痢の症状が出たり、薬の種類によってはしびれが出るので空調が直接当たると痛みが出てしまったりすることもあります。

しびれが出る方もいるんですね。まったく知りませんでした……。

森下

副作用の情報は、製薬会社が医師や医療従事者に提供するものなので、一般の人は知る機会がなくて当然だと思います。

ただ、仕事と治療を両立する人が増えていくことをふまえると、知識は重要です。

そこで、当社では「アリルジュLEARNING」という病気になった社員を支援するポイントを理解できるツールの開発・提供もしています。

職場で必要になる配慮やコミュニケーションのポイントは、誰もが知っておくといいですよね。

がん患者さん本人から、「これを配慮してほしい」と言い出すのは心理的なハードルが高い場合もあるでしょう。周囲が気づいてあげられたらお互い働きやすくなりそうです。

森下

たとえば、みんなと同じスピードで食事を取れなくなったがん患者さんとごはんを食べに行くなら、ゆっくり過ごせるお店を選ぶなど。

本当にちょっとしたことでも、配慮があるといいですよね。

知識がないと、「一緒に食事へ行くのはやめたほうがいいのかな?」「「新しい仕事を頼むのは控えよう」などと無意識に思ってしまいがちですが、少しの知識と心構えがあるだけでお互いコミュニケーションが取りやすくなりそうです。

鈴木

そうですね。また、こうした知識や心構えは、いつか自分ががんにかかった場合にも生かせます。

病気はかからないと「自分ごと」になりにくいものですが、事前に知っておくのも大切なことだと思うんです。

自分が病気にかかると、それを受け入れることも大変になると思うので、知識や心構えがあると助けになりそうです。

最後に、アリルジュが目指す理想の社会の姿をお聞かせいただけますか?

森下

誰もが「がんになっても働き続けられる」と思える社会をつくっていきたいです。

内閣府の世論調査によると、今の日本の社会は、がんにかかっても働き続けられる環境だと思っている国民は半分もいません。この現状を変えていくために、アリルジュのサービスを多くの人や企業に提供していきたいと考えています。

すべての人が「ディーセントワーク(Decent Work)」ができる環境を実現していくことは大切ですね。今日はありがとうございました!

2025年2月取材

取材・執筆=御代貴子
撮影=小野奈那子
編集=鬼頭佳代/ノオト