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あらゆるものを吸収できる、AIにはない人間の魅力。AI×俳句を開発する俳人・大塚凱さんが考える創造性とは

今やすっかり身近になったAIは、俳句の世界でも活躍し始めています。北海道大学が開発した、俳句を詠める「AI一茶くん」もその一つです。

開発に協力した一人が、ビジネスパーソンとして過ごす傍ら、俳人としても積極的に活動している大塚凱さん。

今回は大塚さんに、俳句の魅力はもちろん、クリエイティビティの問われる俳句におけるAIとの向き合い方や、人間だからこそ有する創造力の可能性について伺いました。

大塚凱(おおつか・がい)
俳人、俳句同人誌「ねじまわし」発行人、イベントユニット「真空社」社員。1995年、千葉県に生まれる。中学生時代から俳句を始め、高校時代には、全国高等学校俳句選手権大会(俳句甲子園)に3年連続で出場し、2013年の第16回大会ではチーム優勝を果たした。2018年から「AI一茶くん」の開発チームに協力している。第7回石田波郷新人賞(2015年)、第2回円錐新鋭作品賞夢前賞(2018年)を受ける。共著に『AI研究者と俳人 人はなぜ俳句を詠むのか』(dZERO)がある。

そもそも俳句ってナニモノ? 実は音楽的な一面も!

日本における詩の形式には、短歌や川柳などさまざまなものがあります。

大塚さんが専門とされている「俳句」とは何か、教えてもらってもいいでしょうか?

大塚

俳句の特徴と言うと、だいたい「五七五」と言われますが、私は「17音くらい」と言い方をしています。

「川柳」も同じ「五七五」ですが、俳句の方は季節を表す「季語」があったり、「けり」や「かな」といった感嘆や詠嘆を深める「切れ字」を用いたりする……といった具合に、そうすると好都合な仕組みが構築されています。

ただし明確に17音と決まっているわけではなくて、字余りや字足らずもあるので、「17音ぐらい」と言っています。

音楽にたとえると、4拍子3小節くらいのリズム感ですね。

なるほど!

大塚

そのリズムやBPMに合わせて、どんな言葉をのせ、言い回しにするか。それが作品に合ったイントネーションになっているか。

良い作品は、そういった部分が練られています。目を閉じて音を再現していくと、まるでメロディラインのように、染みこんでくるのです。

いま、ちょうど俳句の詠めるAIの開発に携わっていますが、AIではまだ学習できていない領域だと思います。

こうして伺うと、俳句は歌に近いものに感じます。

大塚

元々歌に感覚が似ていますね。特に、リズム感はもちろん、最初は聴き手だった人が、やがて作り手になり、賞や雑誌などで発表してスターになる人がいる……という流れはヒップホップにも似ているなと感じます。

あと、「既存のものとは違うものを提示する」という確固たる姿勢も、ヒップホップに通じていますね。すでにある作品のもつ価値観を更新していくことこそが、俳句の面白いところなんじゃないかと思うんです。

革新性が重要なのですね。

大塚

既存の価値観を超えて、新しいものを生み出す可能性がある。それが俳句の、そして人間の創造性の面白いところだと思いますね。

仕事との共通点はある? 俳句はサードプレイスとなる場所

大塚さんが俳句をはじめたきっかけについても教えてください。

大塚

もともと野球をやっていたので、高校野球で甲子園を目指したかったのですが、怪我で難しくなってしまって。そこで「俳句甲子園」と呼ばれる俳句の全国大会があると知りました。

「野球の甲子園は難しいから、俳句の甲子園を目指そう」と高校で俳句部に入部。スポーツは年齢を重ねると技術に衰えが生じますが、俳句なら一生できますしね。2013年の俳句甲子園では優勝をいただくこともできました。

すごいです! そのまま俳人として活動しながら、上場企業のグループ会社としても活躍されていて、二足の草鞋ですね。

大塚

はい。今は社会人として働いていますが、学生時代に俳句の世界にどっぷり浸かったことで、一度社会や市場にアジャストしたという感覚があります。

俳句の世界には、いろんな職業や年齢の方がいらっしゃって、本当にたくさんの価値観に触れることができました。

そこに1年、3年、5年とい続ける中で、俳句や言葉を通して利害関係がなくさまざまな人と関わり合うことができた。この経験があり、今の仕事に繋がっていると思っています。

なるほど、そんな時期を経て、俳句を続けながらも今のお仕事に向き合われているわけですね。

大塚

やはり、ひとつのことを長く続けていると、それに対する価値観も移り変わります。そうして3年5年10年続けると、「これは一生やっていける気がするな」と思える転換点があったという実感があります。

時間を積み重ねることで、理解が深まっていくのですね。仕事と俳句の両立は大変ではないですか?

大塚

仕事も好きなので、頑張っていますよ。どちらも好きでやっているから、「めちゃくちゃしんどい」ということはないですね。

俳句のおかげで、心の中に常にサードプレイスがある感覚です。主体とは違う自分がそこには存在しています。

具体的に、どんなサードプレイスなのでしょうか?

大塚

俳句の世界では、昔から多くの俳人は「俳号」と呼ばれるペンネームを使っています。有名な松尾芭蕉も、彼は本名で創作活動を行っていたわけではありません。

社会的な階級や立場を超えた一種のアジール(聖域)として、現実生活とは別の場面を虚構として作り出すという意識があったのだと思います。私もその感覚ですね。

AIではなく、人間だからこそ作れるもの

大塚さんは、AIで俳句を作る「AI一茶くん」の開発にも協力されています。そもそも、携わることになったのはどうしてでしょうか?

大塚

ただただ興味や好奇心で始めました。やったことがないことに挑戦したい、という気持ちが強くて。

なるほど。AIを使うことで、大塚さんのおっしゃる「既存の価値観を超えた俳句」も生まれそうですね。そもそもどんなシステムになるのでしょうか?

大塚

私が開発にをお手伝いしている「AI一茶くん」は、古典から現代のものまで、既存の50万以上もの俳句を集め、それらをAIに学習させてモデルを組み、新たに俳句を出力するものです。

指定されたお題に対して、AIは俳句を詠むことができます。たとえば「戦争」というお題を与えたら、次のような句ができました。

戦争を知らぬ顔して菫咲く
引用:『人工知能が俳句を詠む: AI一茶くんの挑戦』(川村 秀憲・山下 倫央・横山 想一郎著、オーム社)より

人間と同じように俳句を詠むことができるのですね……。

大塚

でも、悪くはないのですが、ストレート過ぎてあまり面白くないと思いませんか。「空がきれいですね」と当たり前のことを言っている感覚に近いというか。

確かに、ハッとするような驚きはないかもしれません。

大塚

このAIでは、文章がうまくとおったり、季語の数を制限したり、一般的に「良い」とされているルールを学習させています。

だから手堅く詠むことはできるけど、やはり個性やその人らしいという手触りがまだないなと思っていて。手堅く詠むことはできても、インサイトに迫り切れていないんです。

だから、現時点でAIはあくまで補助的な手段という位置づけ。出力後、極端な評価をAI自身がつけている作品には、変な俳句が混ざっているのですが、よくある「定石だよね」と言われるような俳句じゃなくて、楽しいなと感じます。

たとえば、どんな句ですか?

大塚

これは、本当に意味がわからず、いい句だとも思えないですが、なぜか覚えてしまった句です。

マヨネーズサロベツ原子雲丹供養
引用:『人工知能が俳句を詠む: AI一茶くんの挑戦』(川村 秀憲・山下 倫央・横山 想一郎著、オーム社)より

大塚

「マ」から詠ませる句で、そこからランダムで「マヨネーズ」と詠んだんでしょうね。季語は「雲丹」。

人間は絶対に詠まない句だなと思います(笑)。

「良い」と言われている俳句じゃないものがいいということでしょうか?

大塚

「良い」「悪い」の感覚ではありません。

たとえば、そこに誰もが「きれい」と思う空があったとします。

でも、その「きれい」の先にどんな面白みを感じられるのか。誰もが思う「きれい」ではなく、じゃあそこにどんなきれいさを感じることができるのか。空がいいのか、揺れる木々の葉を面白いと思うのか。

それは、その人にしかない、なにかを突き抜けたところの感覚ですね。

大塚

「良い」ものだけでなく、「良い」とされなくても、そこに残った砂金のような俳句に惹かれるのかもしれません。

こうしてそれなりの作品がAIで作れるとわかってしまったいまだからこそ、「じゃあ人間にはどんなものが詠めるのだろうか」と考えるようになりました。

なるほど……。ちなみに、「AI一茶くん」同じものを題材にして読んだときに、同じような俳句がでることもあるのでしょうか。

大塚

ありますね。読んだ句が、ほとんど一緒みたいなことはザラにあるんですよ。

AIから何を学び、俳句を詠む?

AIのお話を聞いていると、ますます自分の価値観や、「良い」と思う判断基準を強くもつことが大切なのではないか、と感じます。

その判断基準は、俳句などの創作活動はもちろんのこと、ビジネスシーンでも活かせそうですね。

大塚

AIに関わるようになってからは、私も一層思うようになりました。

というのも、テキストや画像、動画、音声などからAIは学習できる技術を持っているわけですが、これって人間が「これを学習させよう」と意図的に学習させているわけで。

一方で、人間は「これから学習しよう」と決めたものだけでなく、ふと触れた言葉や風景など、あらゆるものから無意識に学習することができ、アウトプットができるんです

AIで詠む俳句はロジカルに出力されていますが、人間はロジックよりも感情が先にくる生き物だと思うんですね。

確かに……!

大塚

だからこそ、普段から自分が心動くものは何なのか、考えてみてもいいのかもしれません。

ビジネスパーソンの中でも、「これから俳句を詠んでみたい」と興味を持つ人がいると思います。

大塚

そうですね。そんな人には、まずはたくさんの俳句に触れてみてほしいです。

作るよりも先に、「読む」ことから始める?

大塚

そうです。俳句のなかにも、古典から現代のものまであり、それこそ流派やスタイルの違いもあります。まずは「この人の作品、面白いかも」と心ときめく俳人や作品を見つけてほしい。

徐々にその人の周りの俳句も少しずつ読んでいくと、俳句の知識も、好みの世界が広がると思います。

歳時記や季語など、基本的な知識も必要でしょうか。

大塚

もちろんあるに越したことはないですが例えば、俳句における季語はルールではなく、短い言葉のなかで言外のイメージを伝えるための、コツのようなものです。偉大な仕組みですが、それだけにとらわれず、楽しむきっかけにしていただければ。

本日はありがとうございました!

2024年6月取材

取材・執筆=ミノシマタカコ
写真=篠原豪太
編集=桒田萌/ノオト