第二創業期、事業と組織の両輪で行ったリブランディング – オルビス・岡田悠希さん
昨今、市場の変化が加速し、事業モデルの構造が崩れ、従来の手法や運用が通用しにくくなっています。「大手企業に入社すれば生涯安心」とも言い切れない時代になりました。
一方で一度大きな成功体験を得ると、そこから方針を大きく変えるのも、また容易なことではないでしょう。バブル時代、「化粧品を通信販売する」という新しい視点で業界に改革をもたらし、今や500億円規模のオルビスも、その裏側には衰退期を迎えたブランドの危機や縦割り化した組織など、多くの日本企業が直面する課題がありました。
第二創業期を迎えたオルビスは、2018年に小林琢磨氏が代表取締役社長に就任し、大々的なリブランディングと組織改革を行いました。CI(コーポレートアイデンティティ)の変更や「オルビスユー」のリニューアル。他にもさまざまな施策を実施し、ブランドと組織、両方の改革を推進しました。
とはいえ同社の改革は、必ずしも順調ではありませんでした。ブランドを愛するがゆえに、変化に対して不安や戸惑いを抱くメンバーもいたといいます。前編では、そんなオルビスが実施したリブランディングについて。後編では、オルビスの提供価値に根付く「スマートエイジング®」の考え方について。第二創業期の組織・風土改革の旗印を掲げてきた、岡田悠希さんにお話をうかがいました。
行動の積層が、カルチャーの変容につながる
WORK MILL:2018年以前、売上が横ばいになっていたのは、どのような原因によるものと分析されていますか?
岡田:既存のお客様にはご愛顧いただけていましたが、新しいお客様に選んでいただける機会が減っていました。それが、売上が拡張しなかった大きな原因です。
― 岡田悠希(おかだ・ゆうき)
オルビス株式会社 HR統括部部長。2008年、ポーラに入社し、トータルビューティ事業本部で九州・首都圏を中心とした店舗マネジメントを経験。その後、現場における組織開発、マネジメント開発を牽引。2018年からオルビスに出向し、第二創業期からの組織開発や制度改革を主導する
岡田:では、なぜ新規のお客様が減っていたのか。その理由の1つは、市場の変化についていけていなかったことだと考えています。化粧品を選ぶにあたって、ストーリーや情緒的な価値――これを洗面台に置いておきたい。これを使っている自分が素敵に思える。そういう感覚で商品を選ぶ時代が来ていました。例えばナチュラルオーガニックブランドが当てはまります。それまで弊社が武器としていた「合理的な価格で機能的価値の高いものを、通信販売で届ける」だけでは、選ばれづらくなっていました。
もう1つは、過去の成功体験からなかなか脱却できなかったこと。「化粧品通販」という、当時は誰も行っていなかったことにチャレンジして、先駆者メリットも受けられましたし、業界のパイオニアとしての認知もいただけた。
その成功体験が強すぎて、それ以降成功体験で手にできた手段をアップデートしていくことができなかったんです。成功体験をベースにした改善型のアプローチは得意だった一方で、過去の延長にはないような新しいチャレンジをする機会が生まれてこなかった。気づかぬうちにそういった組織風土へとなっていたのだと思います。そうこうしているうちに、1つめの理由の他社が台頭してきて、弊社のプレゼンスは失われてしまいました。
WORK MILL:事業ブランディングと組織体制に原因があったと。それで、2つの改革を同時期に進められたんですね。
岡田:その点については、代表の小林の意図が大きいです。「いかに綿密なマーケティングプランや事業戦略を立てたとしても、それを手掛けるのは人。だから事業の変革と人・組織の変革を両輪で回さないといけない」と考えていたのです。
2018年10月、ブランドロゴ・コーポレートカラーを変更し、同時にリブランディングの象徴商品である「オルビスユーシリーズ」をローンチしました。
WORK MILL:人・組織の変革については、どんな取り組みをされましたか?
岡田:大きく4つに分けられます。「カルチャー形成や風土活性」「人材開発」「制度」「採用」。この4つの領域に対して、2018年以降の3年間で改革を行ってきました。
「カルチャー形成や風土活性」では、事業別になっていた組織体制を機能別に組み替えました。これがまずハード面の変更です。従来はチャネルごとに分かれていて、通販は通販、店舗は店舗、海外は海外といった形でした。効率的ではありましたが、一方で部署を超えたシナジーや、全社の一体感が生まれにくい。リブランディングというチャレンジをみんなでしていくのに、これは適しません。オフィスに勤務する約7割の従業員が異動する大規模な変更となりましたが、チャネルごとに閉ざされた環境でタスクを進めるのではなく、タテ・ヨコ・ナナメのコミュニケーションが生まれる環境をめざしたのです。
WORK MILL:なるほど。ハード面の変更を行ったということは、ソフト面の変更もありましたか?
岡田:はい。まず大前提として、今回のリブランディングを進めていくうえで大切にしていたのが、「オープンマインドで未来志向なカルチャーをつくっていく」ことでした。役割や立場に関係なく、フラットにコミュニケーションを取り合うことで、知と知の結合を促していきたいと。今や「以前はこういうやり方だったから」という、過去の延長線でのやり方では、成果を出しにくい時代です。となると「私たちのブランドはこうありたい」という未来からの逆算の思考で戦略を打っていきたい。そのための「オープンマインドで未来志向なカルチャー」でした。
ではどのように変えていったのか。これは「カルチャーをどうやってつくっていったのか」とも言い換えられるかもしれませんが、私たちは「行動の積層」を重視しました。カルチャーは1日2日でつくれるものではありません。まずはそこで働いている従業員のマインドセットと、マインドセットの後に取る行動一つひとつの積み重ねが「オープンマインドで未来志向」であれば、カルチャーも「オープンマインドで未来志向」になっていく。これは仮説ではありましたが、私たちなりのロジックで、ひとまず行動を積層させることをめざしました。
WORK MILL:具体的に、どのような仕組みで行動を積層させていったのでしょう?
岡田:まずは「オープンマインドで未来志向な行動」がどんな行動なのか、具体的に示す必要があります。そこで、7つの行動指針にまとめました。それが「オルビスマネジャースタイル」です。
岡田:「オルビスマネジャースタイル」の浸透にあたっては、まずミドルマネジャーにフォーカスしました。この層のリーダーシップが、カルチャー形成の一番重要なポイントです。経営陣から直接、このスタイルが生まれた背景や狙いから説明し、対話の時間も設け、丸一日かけて、まずミドルマネジャーに共有していきました。
WORK MILL:実際にスタイルが浸透しているかどうかは、どのようにチェックしているのでしょうか?
岡田:「スタイルクエスト」というサーベイを3カ月に1回行っています。これはメンバー層に対して、「自分たちの上司が、オルビスマネジャースタイルの7項目を発揮できているか」を調査し、メンバーからの回答結果を上司へフィードバックするものです。
WORK MILL:マネジャーがメンバーを評価するのではなく、メンバーがマネジャーを評価するんですね。
岡田:上司はドキドキするかもしれませんが、カルチャーへの影響要素として占有比率が最も高いのは、やはりマネジャー層の行動。フィードバックによってマネジャーの行動発揮が変われば、組織全体のカルチャーが変わっていくことにつながると考えています。
もう1つ狙いがあります。メンバー側も3カ月に1回、「自分の上司は〇〇の項目を満たしているのか」と、ジャッジしなければならないわけです。質問文を読み、考え、回答する、このプロセスが、メンバー層への理解・浸透も促します。フィードバックを受けたマネジャー層が行動を改善することで、それを見たメンバーが「なるほど、こういう行動が今求められている行動なのか」と理解することもできるでしょう。
年功序列型からの脱却。自分でキャリアを描いていけるように
WORK MILL:続いて、人材開発についても教えてください。
岡田:キャリアオーナーシップをしっかり持ってもらうことに注力しました。今までは年功序列と言いますか、「この年次、あるいはこの等級になったら、全員画一的にこの研修を受講する」という階層型のシステムでした。
一人ひとりの個性は置いておき、その年次・等級に求められるスキルとマインドセットを、該当する全員に提供する。そういったスタイルだと、受け手側の心情としては、自分にとって必要であるという認識ではなく「参加しなくてはならないもの」という姿勢や、「自動的に受けられるもの」という受け身の姿勢になってしまう。ここを変えたかったんです。従来のシステムが悪いということではなく、現フェーズにおいて手段のアップデートが必要だったということですね。
自分の成長は自分で努力して掴むべきものだし、その人がどのようなキャリアを歩みたいかは会社ではなくその人自身が考えるもの。そこに対して、会社は最大限の支援をするというスタンスの仕組みに切り替えています。階層型の研修は廃止し、代わりにさまざまなプログラムを用意して、従業員が選べる形にしました。その内容は様々な領域の研修、ゲストをお呼びしての基調講演、MBA取得のサポートなど、多岐にわたります。
そして、今年からは半年に1回全マネージメントラインを集めて、メンバー一人ひとりの強みと開発課題を明確化し、本人にフィードバックするタレントレビューを導入しています。メンバーはそれを参考に、次のプログラムを選べば良いというサイクルですね。
WORK MILL:仕組みを充実させて終わりではなく、フィードバックにもかなりのパワーとコストをかけているんですね。
岡田:それだけ人の力を信じているんです。一人ひとりの成長はブランドの成長につながりますし、ブランドの成長はまた人の成長を促すと思っているので、人材開発は必要な取り組みだと考えています。
3つ目に挙げた制度改革も、「年功序列型からの脱却」というベースの背景は人材開発と共通しています。従来は年数が経てば職位も上がっていくし、一度上がれば下がることはなかった。ここでも先ほどお話したように、キャリアオーナーシップを持ってもらうため、キャリアの複線化を図ったんです。いわゆる課長部長だけでなく、各職種のスペシャリストの職位を整備し、メンバーが理想のキャリアを描けるようにしました。
給与の決定基準からも在籍年数に伴う影響ボリュームを下げ、タレントレビューを通して、過去の成長や功績以上に、今と未来に対する成長や貢献に報いる形を取っています。そういう制度の中で、先ほどの強みや開発課題のフィードバックをされれば、より納得感もありますしね。
変革期の採用活動で重視した、提供価値への共感
WORK MILL:それでは最後に、採用活動の変化について教えてください。
岡田:いわゆる公募型の採用から、スカウト型の採用に切り替えました。
これまでも採用を開始すると、ありがたいことに「オルビスが大好きです」というたくさんの方からご応募いただいていました。ただ変革期に置かれている我々に必要だったのは、「オルビスのここがイケてないと思います」ぐらいの感覚を持った方。新しいチャレンジをしていくには、今ある私たちの強みと、まだ手にできていない強みを掛け合わせていかなければなりません。
特に新卒においては、何千人とエントリーがある中からごく一部の採用、という状況でした。募集するのに、大半はお見送りする。それは対等ではありませんし、お互いWin-Winでもないし、ともすれば人の力を信じたい私たちのポリシーにも反している感覚すらあります。そこで、私たちが望んでいる方に私たちから声をかけに行く、スカウト型に変えたんです。
WORK MILL:オルビスが求める採用ターゲットについて、もう少し教えていただけますか?
岡田:大きく2つあります。1つが「カルチャー形成や風土活性」で申し上げた、「オルビスマネジャースタイル」と親和性があること。これはマインドセットやその方のご経験、これまでの生き方の中で、オルビスマネジャースタイルに通ずる価値観や行動発揮があったのかどうかから判断しています。
2つ目は、弊社の提供価値である「スマートエイジング®」という思想に共感してもらえるかどうか。ここは本当に重視しています。先ほど申し上げたような「オルビスのここがイケてないから、もっと進化させたほうがいい」ということを言うだけで良いなら、該当する人はたくさんいるでしょう。ただそれが、オルビスの思想に共感してくださったうえで言っているのかそうでないのかは、非常に大きな違いです。
我々がめざすサステナブルなブランドづくりに向けて、この「スマートエイジング®」に基づいて変革をもたらしてくれるかどうかを、採用の重要な基準としています。
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前編はここまで。後編は、オルビスが大切にしている提供価値「スマートエイジング®」についてうかがっていきます。
2021年5月18日更新
取材月:2021年4月