会社と個人のパーパスをつなぎ合わせる。ユニリーバ・ジャパンの企業文化を醸成する「Be yourself」の取り組み
子どもたちを病気から守る手頃な価格の石鹸や、贅沢な香りや泡立ちのシャンプーなど、人々の暮らしを支える消費財メーカーとして、多彩な製品を届けるユニリーバ。取り扱う製品を国や地域によって変えながら、世界各国で400を超えるブランドを展開しています。
同社は「サステナビリティを暮らしの“あたりまえ”に」というパーパスのもと、環境負荷を減らし、社会貢献をしながら、企業としての成長も実現しています。
ユニリーバは、なぜサステナビリティを前面に打ち出したパーパスを掲げているのか。ユニリーバ・ジャパンでアシスタント コミュニケーション マネジャーを務める新名司さんに、うかがいます。後編は、同社にとってパーパスにはどのような価値があるのかについて。
パーパスは「true north」
WORK MILL:改めて、ユニリーバ·ジャパンにとって、パーパスはどんな意味を持つのでしょうか。
新名:パーパスに関して、ユニリーバでは3つの信念があります。
1つはパーパスを持つブランドは成長するということ。ユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン(USLP)を実行するにあたり、ブランド戦略にサステナビリティを組み込んできました。その結果、明確なパーパス(目的・存在意義)を掲げ、サステナビリティを戦略の中核に組み込んだブランドをいくつも生み出すことができました。
ユニリーバのブランドの中で、明確なパーパスを持ち実行しているブランドと、それ以外のブランドを比べると、前者の方が77%も早く成長しています。ブランドがサステナビリティのために行動することは、確実にブランドの成長、ビジネスの成長に寄与するのです。
WORK MILL:77%も早く成長するなんて驚きですね。
新名:2つ目は、パーパスを持った人々は成功するということです。USLPの取り組みを始めてから、弊社で働きたいと言ってくださる方や、弊社で働き続けたいと思う従業員が増えてきています。実際、弊社が新卒採用を行なっている60か国中50カ国で、消費財業界で最も働きたい企業に選ばれているということがあります。
WORK MILL:採用活動にもいい影響がある、と。3つ目は何でしょうか?
新名:3つ目はパーパスを持った企業は存続するということ。サステナビリティというとCSRや社会貢献と思われがちなのですが、実際のところサステナビリティはビジネスの存続に絶対必要なものです。
例えば、「リプトン」という紅茶ブランドがあります。もしその茶葉を育てている農園で環境に悪いことをしていたら、そのうち茶葉が採れなくなって、紅茶をつくることができなくなる。環境に良いこと、社会に良いことをしていくことが、リスクを減らし、ビジネスを守る生命線となっているんです。
リスクの低減のほか、コストの削減という点でも意義があります。会社全体への中長期的な効果を見ながら取り組んでいくことが大事だと思っています。
WORK MILL:2020年を目途にUSLPは終了しましたが、これから先はどんな未来を描かれているのですか。
新名: USLPの後継プランとして、「ユニリーバ・コンパス」を発表しました。パーパスを持つブランドの力を最大限活用し、気候変動や不平等のような環境・社会の課題を解決しながら、利益ある成長を続けることを目指すというものです。「地球の健康の改善」、「人々の健康とウェルビーイングの向上」、「より公平でインクルーシブな社会の実現」の3つの分野で、USLP同様、5年から10年を達成期限とした数値目標を掲げています。
ここ数年、世界の変化が激しいので、もし何か必要なアクションがあれば足す、変えなければいけないことがあれば変えるといったフレキシブルな対応は必要になると思われます。ただ、どんな状況でもブレないものもあります。それが、パーパスです。ルートや交通手段は変わるかもしれないけれども、目的地はずっと変わらない。その目的地が「サステナビリティを暮らしの“あたりまえ”に」できた世界だと思っています。
現CEOであるアラン·ジョープは、「このパーパスがtrue northだ」と言っています。「ユニリーバ・コンパス」の「コンパス」には方位磁石という意味があります。仕事をしていて、どの道を選べばよいのか迷ったときには、「ユニリーバ・コンパス」を指針とし、それが常に指し示す方向へ向かうように、と。私たちの旅路において、いつも目指すべき「北」こそが、パーパスなんです。
WORK MILL:「パーパスがtrue north」。素敵ですね。パーパスは、やはり絶対的なものなのでしょうか。
新名:北がいつも北であるように、パーパスは変わらないものです。ただ、北に向かうルートや交通手段、つまりパーパスを実現するためのプランは、絶対に変えてはならないものではないと考えています。一般的に、プランは先々まで決めて、それをきっちりと遂行しなければならないと思っている方が多い印象です。しかし、先々まで100%綿密に決めようと思うと、始めるのが難しくなるという面があります。また、途中で何か変わった時も、柔軟に切り替えられなくなってしまいます。それを避けるためにも、目標を決めたら、まずは一歩を踏み出すことが重要です。やってみて何か違うと思ったら、修正や迂回をしてもいいのです。
実際、USLPもこれまで何度も見直しをしています。まずはそれぞれの企業、組織においてのtrue northを決める。そして、とにかく最初の一歩を踏み出してみる。それが未来への道を切り開いていくのだと思います。
個人のパーパスと会社のパーパス
WORK MILL:会社と個人のパーパスを重ねることが重要という声もありますが、ユニリーバとしては、従業員のパーパスをどのように考えていますか。
新名:ユニリーバにパーパスがあるように、誰にでも、人生の目的や生きている意味があるはずです。でも、自分のパーパスを明文化して、他の人にも伝えているという人は、それほど多くないのではないでしょうか。ユニリーバでは、すべての従業員に「あなたのパーパスは何か」を訊き、それがどう会社のパーパスや日々の仕事とつながっているのか、どうやって実現していけるかを話し合っています。
個人のパーパスは、必ずしもユニリーバの中で叶えたいことである必要はありません。例えば、将来、故郷に帰ってカフェを開き、いろんな人を笑顔にしたいと考えている人がいたとしましょう。その人がもしリプトンのマーケティング担当になったら、自分の将来のためにも、紅茶にかかわる知識や経験を一生懸命身につけようとするでしょう。カフェを開くなら経理や財務の経験もあった方がいいと考えて、異動を申し出たりすることもあるかもしれません。
自分のパーパスが分かっていると、自分が何をしたいか、今後何をすればいいのかが分かる。そして、自分の目の前にある仕事が、自分のパーパスにつながるものであればあるほど、モチベーションや楽しさを感じられるようになり、結果的に成果もあげられるようになります。そのため、ユニリーバでは、すべての従業員が自分のパーパスを見つけ、それを仕事の中で実現していけるようなサポートをしています。
WORK MILL:会社のパーパスと個人のパーパスをつなぎ合わせるということですね。
新名:はい。まず大切なのは、従業員自身に自分のパーパスを知ってもらうことです。そのために、社内でワークショップを開いて、自分がどんなときに一番ワクワクするのか、時間を忘れてやってしまうことは何かを考えたり、チームで話しあったりしています。そういう心が動く瞬間にこそ、一人ひとりのパーパスを知るヒントがあるはずなので。
そして「サステナビリティを暮らしの“あたりまえ”に」のように、自分のパーパスを簡潔に表現できるようにし、上司と共有してもらっています。
WORK MILL:素敵ですね!ずっと前からやっているものなのでしょうか。
新名:そうですね。ユニリーバにはかなり前から「Be yourself(自分らしくある)」という考え方があります。約190カ国でビジネスを展開していると、ダイバーシティ&インクルージョンが欠かせません。上司から言われたことをそのままなぞるだけ、上司の期待に応えようとするだけでは、新しいアイデアも生まれないですし、市場のニーズにも応えられない。だからこそ、一人ひとりが自分らしくあり、自分の強みを伸ばしていくこと、のびのびと楽しく活躍できるようにすることを大切にしてきました。従業員一人ひとりのパーパスに目を向ける方針も、そうした企業文化の中から生まれたのだと思います。
ユニリーバがオフィスに見出した、新しい役割
WORK MILL:2020年12月には、オフィスをリノベーションされましたね。このリノベーションにも、従業員それぞれが「自分らしくある」ための仕掛けがあるのでしょうか。
新名:そうですね。ユニリーバでは、早くから従業員が自分らしく働けるような仕組みづくりをしてきました。その一環として、ユニリーバ・ジャパンでも、2016年7月から、働く場所・時間を従業員が自分で決められる働き方「Work from Anywhere and Anytime(WAA)」を導入しました。いつ、どこで、どんなふうに仕事をすれば一番パフォーマンスが上がるかは従業員自身が一番よく知っているはず。だから、自分で選んでもらおうという考え方です。
今回のリノベーションにあたっては、オフィスを数あるワークプレイスの一つと位置付け、役割を見直しました。オフィスを「仕事をする場所」から「イノベーションを生み出す場所」へと再定義したのです。
WORK MILL:イノベーションを生み出す場所。
新名:はい。“つながる・めぐるワークプレイス”をテーマに、4つのフロアのそれぞれに「Connect」「Collaborate」「Charge」「Concentrate」というコンセプトを持たせました。全席フリーアドレスで、個人のロッカーも、部署や役職にかかわらずアルファベット順に並んでいます。
出社したら、ロッカーに荷物を置き、その後は自分の仕事や状態に合わせて、エリアをめぐりながら働くことができます。じっくり考え事をしたいときは「Concentrate」、煮詰まったら「Charge」、他の人の意見をもらいたいなと思ったら「Collaborate」といった具合に。子どもと一緒に働けるエリアや、テントに寝転がれるエリアなどもあります。
WORK MILL:コロナ禍で、オフィスを縮小したり不要論さえ出てくるなか、なぜリノベーションを実施したのでしょうか?
新名:ユニリーバ・ジャパンは、2016年の「WAA」導入から多くの従業員がリモートワークをしていたので、コロナ禍で工場を除く全従業員を原則在宅勤務とした後も、仕事上の支障はほとんどありませんでした。でも、働いていく中で、在宅勤務だと足りないものがいくつかあることに気づいたんです。
1つが偶然の出会い。以前は、オフィスで他部署の人とたまたま会って、雑談をして、そこからひらめきを得るということがありました。でも、オンライン会議では予め決められた参加者しか来ないので、業務上関わりの少ない部署の人と話す機会や、雑談をする機会が減ります。また、社外のイベントや研修を受けたり、行ったことのない場所に行って新しい人と会ったりする機会も限られてしまっています。
新しいアイデアやイノベーションの多くは、社内外の人々やモノ・コトとの偶然の出会いやつながりから生まれます。そのための場をつくることは、オフィスの大切な役割だと思っています。
WORK MILL:確かに雑談の機会が減り、実際の場で出会う偶然が恋しいかもしれません。
新名:そうですよね。それからもう1つ大事なことは価値観の共有です。在宅勤務をするとき、いつも会社のロゴに囲まれているという人は珍しいですよね。でも、オフィスに行けば、いたるところにパーパスやロゴが描かれています。製品ディスプレイもあって、その香りがちょっと漂ってきたりもする。ユニリーバが大切にしている価値観やブランドの世界観が自然と体感できる場所になっています。こうした価値観の空間的共有も、オフィスの大切な役割だと感じます。
ユニリーバ・ジャパンではもう1年以上原則在宅勤務としていますが、出社が可能になったら、働く場の選択肢の一つとして、いろいろな従業員に活用してほしいですね。私自身もとても楽しみにしています。
WORK MILL:ユニリーバが大切にしている「Be yourself」の概念は、制度としても空間としても深く浸透しているんですね。
新名:はい。人は「自分らしくあり、やりたいことをやっているとき」に一番パフォーマンスが上がる、ということがユニリーバの基本的な考えです。従業員それぞれが自分のパーパスを見つけ、自分の仕事に意味を見出し、自分らしく成長し、活躍できる環境をつくりたい。そうすれば、企業としても成長し続け、パーパスを実現していくことができると考えています。
(プロフィール)
―新名司(しんみょう・つかさ)
米シラキュース大学大学院修士課程修了。2004年日本リーバ(現ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス)入社。2009年からアシスタント コミュニケーション マネジャー。「ユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン」の日本市場への展開や、東日本大震災の被災地支援などに携わる。
2021年4月6日更新
取材月:2021年2月