TIME TO GO LOCAL 自立と助け合いの先にあるもの ― 自然電力 磯野謙さん
この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN EXTRA ISSUE FUTURE IS NOW『働く』の未来」(2020/06)からの転載です。
“Co-create a 100% renewablepoweredplanet.(自然エネルギー100%の世界を共につくる)”を掲げ自然エネルギー発電所の発電事業や、事業開発、電力小売事業を手がける自然電力では、創業時から分散型の組織をつくってきた。緊急事態宣言発令後も柔軟に対応している。テレワークが広まったいま、さらに重要になるのが組織の「ビジョン」であると代表の磯野謙は考える。新型コロナウイルス感染症拡大をきっかけとした働き方や意識の変化、組織と個人に求められる姿勢について聞いた。
弊社の働き方は2月中旬から劇的に変わりました。基本的にオフィスは最小限の運営にしています。私は早い段階で家族を連れて、以前に暮らしていたこともある屋久島に拠点を移しました。プライベートと仕事の区切りが難しいこともありますが、同時に家族との時間が増え、良い点・悪い点それぞれあると感じます。
私たちが扱う自然エネルギーは、社会を分散型に向かわせるベースのエネルギーになります。創業時から分散型の組織づくりを前提にしていたため、今回の事態にも対応することができました。
ただ、物理的に会えることの価値の大きさは実感しています。会社に行きたいと思っても、そうはできない状況です。そこで「リモートワーク推進コミッティ」を立ち上げ、皆がどうやったらより快適に過ごせるか、社内でノウハウシェアを始めました。細かなノウハウの蓄積により、お陰で私自身はテレワーク以前より社内コミュニケーションの量は増えたと感じます。
私たちが言語化した、会社として大切にしたい概念のひとつに”Co-create(共につくる)”という考え方があります。「共につくる」ことを高い質で推し進める役割を担うのがオフィスだと私は感じます。『社会的共通資本』(岩波書店、2000年)の著者である宇沢弘文先生は、この本のなかで「都市の価値は文化の創造」とおっしゃっています。私たちにとっても、オフィスの価値は作業を行うための場だけでなく、新しい価値が共創される場である、ということなのです。
一方で会社は、それぞれの拠点がつながってネットワークになるイメージをもっています。創業時から自然電力には「本社」の考え方がありません。本社登記をしているのは福岡オフィスですが、「本社」ではなく「オフィス」と呼んでいます。会社という「箱」ではなく「ネットワーク」に所属することに価値があると考えているからです。
そんな中でオフィスは「みんなここに集まろうよ」と言えるような、自然も文化もある場所。現在は事業上最適な場所にオフィスが点在していますが、これからは自分が生活したいと思う場所に、クルー(自然電力では従業員を「クルー」と呼んでいる)がライフステージに合わせて、家族とともに自由に移動できるのが理想です。
この考え方が実現されるのは自分の中では2035年くらいかと思っていましたが、今回のことがきっかけで10年ほど早まった感覚です。私たちは地方が舞台の事業。年配の方も多く、慣習も異なるため必ず現地を訪れ、会議は対面で行なっていました。しかしいま、ほぼすべての会議がリモートで行われています。
テレワークが今後普及していくにあたり、前々から言われていることではありますが、企業には「ビジョン」がより一層重要になっていくと感じています。オフィスなどリアルな空間が常にあれば、その場の空気や熱量を共有できるので、ビジョンが共有されていなくてもなんとかなるかもしれない。
しかし、テレワークが普及すると個々がバラバラに働くことになるので、モチベーションや意欲にばらつきが出てしまい、組織として弱体化する可能性があります。そこで重要になるのがビジョンです。自分たちは何に向かって、何のために頑張っているのか。それを明確化し共有することで、強い組織をつくることができます。今後は強固なビジョンをもつ組織はますますチームとして強くなるでしょうし、そうでないところはそもそもの土台作りに苦戦する。そんな二極化が進むのではないでしょうか。
弊社はブラジルをはじめ東南アジアやヨーロッパなど世界各地にクルーやパートナーがいるので、1年に一度、世界中のクルーたちが一堂に会する機会をつくっています。クルー同士が顔を合わせ、語り合うことで相互理解とビジョンへの共感・理解度を深めるためです。残念ながら今年の開催は難しいかもしれませんが、社内ではオンラインでさまざまな勉強会や、各国のクルーによるお国紹介、役員と新入社員とのランチ会などが開催されています。試行錯誤がしばらく続くと思いますが、20代から70代まで、20カ国ほどの国籍のクルーがひとつの場所に集まり参加する様子を見ていると、新たな働き方の可能性を感じます。
中央に依存しない生き方を私たちのメイン事業は、大規模な自然エネルギー発電所をつくることですが、新たな取り組みとして昨年、「自然ファンド」を設立しました。自然ファンドとは、国内外の太陽光発電事業及び風力発電事業を対象とした共創投資のプラットフォームで、高品質かつ地域に根差した自然エネルギー発電事業への投資を行います。自然エネルギーをどれだけ早く導入できるかを考えたときに、自分たちですべて賄おうとすると資金がどれだけあっても足りません。そのため一緒に投資するパートナーを集めてファンドにしていきたいという構想が以前からありました。ここでもCocreationが生まれればと思っています。
昨年11月には、カナダの洋上風力の大手企業と合弁会社をつくりました。東南アジアやアフリカ、全大陸にまたがっての事業も始まっています。
これからさらに注力していきたいと思っている新たな取り組みのひとつが、新しい電力インフラの仕組み「ミニマムグリッド」です。ひとつの電力会社、大型発電所にすべてを頼るのではなく、電力を自給自足しつつ緩やかなネットワークで繋がることでレジリエンスを高め、エネルギー供給源を中央に依存しない仕組みです。
中央に依存しない電力インフラを考える際、個々が孤立して自給自足するのではなく、自立しつつも緩やかなネットワークでつながっているような状態が理想と考えています。その状態を維持するためのエネルギーの仕組みがミニマムグリッドなのです。
例えば、建物に太陽光パネルと蓄電池を設置することで既存の電力システムだけに依存せず、自分たちで電力を賄うことができますよね。さらに、電力が余ったときほかに融通し合えるようなデジタルを活用した仕組みがあると、いざというときもネットワークの力によって生き抜くことができる。しなやかで強い社会が実現できるのではないかと考えています。
いまは、自立分散の社会への移行期。私たちには「生きることに向き合う」ことが求められているように感じます。「どのようにして日々を生きるか、生き抜くか」というのは新型コロナウイルス以前から、私たちが抱えている命題です。経済的にどううまくやっていくかではなく、生命としてどう生きていくべきか、そのために何をすべきかを考えなければいけません。
新型コロナウイルスの影響によって世界経済は大きく揺れました。そして、新型コロナウイルスだけでなく、気候変動の危機によっても、これからますます価値の変化は引き起こされる。だからこそ、未曾有の事態にも対応できるような社会の準備が必要と考えています。
ただし、すべてを自分たちで自給自足するのは困難です。ミニマムグリッドの考え方では、最低限自分たちで自立できるようにして、できないときはほかから融通してもらうことが大切。決して、一方的な「頼る・頼られる」の関係性ではありません。自分自身やコミュニティが自立していることを前提として、足りない部分を補い合う、いわば「助け合い」の関係です。
現代社会は、私自身も含めて、生きていくために必要なものを他者に依存しすぎていると感じます。頼ることと依存は違います。自立したうえで、人も組織もネットワークのようにつながっている社会システムを構築できれば、新しい未来が見えてくるはず。私たちはそんな社会システム構築を、まずはエネルギーという側面から進めていきたいと思っています。
―磯野謙(いその・けん) 自然電力代表取締役
1981年長野県高山村生まれ。長野県、米ロサンゼルスで自然に囲まれた子ども時代を過ごす。大学4年次に30カ国を巡る旅に出て、そこで深刻な環境問題・社会問題を目の当たりにする。大学卒業後は、リクルートにて、広告営業を担当。その後、風力発電事業会社に転職し、全国の風力発電所の開発・建設・メンテナンス事業に従事。2011年6月自然電力を設立し、代表取締役に就任。慶應義塾大学環境情報学部卒業。コロンビアビジネススクール・ロンドンビジネススクールMBA。
2021年2月9日更新
2020年5月取材
テキスト:佐藤まり子
写真提供:自然電力