コネクトプラットフォームが実現する、安全・便利・快適なワークプレイスと働き方 ー ビットキー江尻祐樹さん
新型コロナウイルス感染症の拡大により、多くの企業が働き方を見直し、在宅勤務やシェアオフィス利用の検討など新たなワークプレイスのあり方を検討しています。
ワーカーがより柔軟に働ける仕組みや環境が求められている中、これらを実現するためにデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)の導入が「働き方」という領域においても重要となるのではないでしょうか。
WORK MILLでは、働き方や働く環境のDXを推進するテクノロジーサービスを「Work Tech」と称し、これらをテーマに、先駆者たちのお話を数回にわたりお届けします。その第一弾は、 分散システムや暗号化技術などでつくられた、デジタルコネクトプラットフォームを開発運営している株式会社ビットキーです。
同社は、既存のハードウェアやソフトウェアを繋げることで、パートナーが提供するサービスや施設などをシームレスに利用可能にする「workhub」、「homehub」、「experiencehub」というコネクトプラットフォームを提供しています。今回はこの「workhub」を中心に、同社代表取締役CEOの江尻祐樹さんに、Work Techと共につくる働く場の未来について語っていただきました。
デジタル化が進むほど不便を感じるユーザー
WORK MILL :まずはビットキーさんの事業内容についてご紹介いただけますか?
江尻:弊社は創業以来「何かと何かを繋げていくことが価値になる」と掲げています。繋げること自体は、「MaaS」や「CASE」ですでに実践されていることですが、我々がこだわっているのは「安全性」「利便性」「体験性」の3つの要素です。形容詞で表現すると、「安全で、便利で、使っていて気持ちいい」形でコネクトすることが我々のミッションだと考えています。
―江尻 祐樹(えじり・ゆうき)
1985年生まれ。大学時代は建築/デザインを専攻。リンクアンドモチベーショングループ、ワークスアプリケーションズなどを経て、旧知のエンジニア中心に先進テクノロジー研究会を発足。そのメンバーを中心に、2018年に(株)ビットキーを創業。同社のコアテクノロジーbitkey platformも発明した。
WORK MILL :「コネクト」という言葉はすごく抽象度が高いワードですが、このミッションにはどのような思いが込められているのでしょうか?
江尻:社内向けのものと社外向けのもの2つがあります。社内向けとしては、20年たっても変わらない普遍的なミッションを掲げたかったんです。スタートアップの多くは、例えば「飲食店のここを解決したい」などピンポイントなソリューションが多いですが、仮にそれを叶えたらその後はどうするのか。
いずれ上場したら右肩上がりに業績が伸びることを期待され、やりたくないことをやらざるを得ない状況に置かれるでしょう。だから、社会やユーザーが変わっても永久に変わらないテーマを選びました。
WORK MILL :社外向けのミッションはどのようなものなのでしょうか?
江尻:社外向けのものとしては、「サービスの分断」と「デジタルとリアルの時空間不一致」を解消したいと思っています。
まず「サービスの分断」について、現在様々な領域でデジタル化が進んでいますが、サービスを使う時に、それぞれIDやパスワードを管理して、利用方法も違うとなると、それはユーザーにとって不便ですよね。今はスポットソリューションがどんどん増えていますが、それが増えるとむしろ不便になる状態にあると思います。様々な個別のソリューションをコネクトすることで便利にしたいと思っています。
もう一つが「デジタルとリアルの時空間不一致」です。不動産や空間の領域ではデジタル化が進んでいて、UberやAirbnbなど2010年代から活発になったシェアリングエコノミーは利用申し込みはデジタルですが、実際にサービスを受けるのはリアルですよね。鍵を受け取るなどはリアルで行われるわけで、家の持ち主から鍵を受け取らないと家に入れない。つまり時間と空間が一致しないとサービスが成り立たないんです。この時空間不一致の問題を解決する方法としてコネクトが活用できます。
個別のサービスは便利なのに、その集合体は使いにくい
WORK MILL :サービスの分断や、デジタルとリアルの時空間不一致を「コネクト」で解決するという視点は、ワークプレイスのデジタルトランスフォーメーションと相性が良さそうですね。江尻さんは、ワークプレイスの領域にどのような課題と可能性を感じているのでしょうか?
江尻:コワーキングスペースの例が分かりやすいと思います。例えば、空きスペースを検索する予約アプリ、顔認証アプリ、ロッカーアプリ、ゲスト管理アプリなど、それぞれの分野に別々のプレイヤーがいてスポット領域のデジタル化はすごく推進されていると思うんです。ところが、それらが分断されているから使っていて不便なんですよね。
我々がやりたいのは、これらを「横に繋げる」ことです。各ソリューションを繋げてユーザー体験を上げたいと考えています。この中でオカムラさんとの連携の話が持ち上がりました。空間や家具をつくるオカムラさんと連携することで、入場したらそのままロッカーや備品が使えるという便利な流れを生み出すことができますよね。資本業務提携も実施させていただいたのですが、今後もオカムラさんと共にIoT家具の開発やオフィスの分散化を支援する「Work x D」(ワーク・バイ・ディ)で働く人々の体験価値向上に中長期的に取り組んでいきたいと考えています。
WORK MILL :個別のサービスはすごく便利なのに、それらがたくさんあるとむしろ不便に感じる「分断」は以前からありましたよね。
特にコロナ禍によって集積していた働く場所が分散する動きが起きています。例えば、「これまで3000人が働いていたセンターオフィスを1000人が働く場所にして残りの2000人を在宅やシェアオフィスの異なる場所に」といった分散化です。それに伴って江尻さんが話された安全性、利便性、体験性もより高いレベルで求められると思いますが、江尻さんは働く場所が今後どのように変化していくとお考えでしょうか?
参考:オフィス不要論に警鐘 ― 「感情」でデザインするテレワーク時代のリアルの場
これからのワークプレイスでは自社と他社の境界線が曖昧になる
江尻:個人的な考えでは、これから境界線がすごく曖昧な社会がやってくると考えています。例えば、我々のオフィスにパートナー向けのスペースがあったとします。「今日ビットキーに訪問に行くけど、少し早めに到着しそうだからそのスペースで作業しよう」と考えた時、workhub上から弊社のスペースを予約できるようになるんです。
こうすると働く空間が曖昧になるので、所属している企業やプロジェクトに関係なく、ワーカーが横断的にオフィスを扱うことができるようになると思います。
WORK MILL :企業同士がスペースを共有するというお話は興味深いですね。そうした構想をお持ちの江尻さんは、自社のワークプレイスをどのように考えているのでしょうか?
江尻:実は来年以降に向けて我々のオフィスをworkhubのショールームとして見せられるよう進めているところです。workhubのメンバーが予約できる、ワークスポットとしてのスペースを作ろうと思っています。
私たちが行っていることは非常に抽象度が高いので、それを目に見える形で表現する場所として、そして先ほどお話しした曖昧なワークプレイスでの働き方をイメージできるスペースにもなると思います。
WORK MILL :それは来年以降が楽しみです。そうした取り組みを実際に見せることで、これからいろんな場所でそうした取り組みの導入が可能になりそうですね。
江尻:今後、デベロッパーと協力して建物自体にworkhubを入れて、フラッパーゲートやエレベーターなどとコネクトして制御できる状態を作りたいと考えています。弊社はベンチャーキャピタルではなく、不動産デベロッパーなどの事業会社から出資を受けていて、今後はビルのオーナーさんも巻き込んだ環境を作りたいと思っています。
さらに今後はコワーキングスペースやサテライトの事業を行っている企業とも提携することで、都内数十箇所の拠点をworkhub上で自由に予約できる環境を作る予定です。
WORK MILL : GAFAなどのテックジャイアントでは、自社が提供するサービスだけでユーザーの体験を完結させようとする「囲い込み」が活発になっていると思います。それに対してビットキーさんは複数の会社のサービスを「繋げる」ことにこだわりを持っていますよね。最後に江尻さんのユーザー観と今後の展望について教えてください。
江尻:最近よくDXという言葉を聞きますが、デジタル化することは手段であって、あくまでも目指すところは、デジタル化することでユーザーが価値を体感するところであるべきだと考えています。
GAFAはユーザーを囲い込む戦略をとりましたが、それが全てのユーザーにとって1番の選択肢になるかと問われればそうではないと考えます。サービス単体で見れば、A社やB社の方が優れているサービスはたくさんあると思います。でも、それがバラバラの状態だから使いにくい。それを繋げてワンアイディーに連携していて、分かりやすく使えることが大きな価値を生み出すと思っています。
やはり企業の個性や良さが生きることはユーザーにとって重要だと思うんです。巨大な企業一社が囲い込むのではなく、選択肢を残すこと。そのソリューションとして「繋げること」が大きな役割を果たすものと信じています。
更新日:2020年11月10日
取材月:2020年11月
テキスト:高橋将人
写真:吉田友之
資料提供:株式会社ビットキー