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ヒューマンスケールを都市のモノサシにーPLP Architecture 相浦みどりさんに聞く「都市の未来」

新型コロナウイルスのパンデミックを境に、都市から地方への人々の分散が加速しつつある。日本では、大企業が地方へ本社機能を移す動きも出てきました。今後、都市の在り方はどう変わっていくのでしょうか。世界を舞台に都市や街の大規模再開発プロジェクトを手がける英国の設計事務所「PLP architecture」でパートナーを務める相浦みどりさんに、WORK MILL編集長の山田雄介がこれからの都市の姿について聞きました。


相浦いま私が住んでいるのはロンドン中心部から20分くらいのところです。外出自粛期間は車の騒音がなくなって驚くほど鳥の声が聞こえ、空気がきれいになりました。人間が活動を休止することで自然が復活しているのですね。

CO2排出量もピーク時では26%と大幅ダウン。世界的に温暖化を回避するために必要とされているのが7.6%ぐらいですから、かなりの数字です。そこで今年4月の時点でEUの指導者たちや企業は、脱炭素の気候変動対策を加速させる「Green Recovery」の取り組みを宣言しました。これだけの規模で皆が参画できる機会は稀有です。

―相浦 みどり(あいのうら・みどり)
イギリス、アメリカ、ヨーロッパ、中東、アジアで、オフィスや住宅、教育機関、公共施設、マスタープランニングプロジェクトなどの設計に20年以上に渡って従事。アムステルダムのDeloitte本社屋であるスマートビル「THE EDGE」の建設ではデザインを主導。また、PLPアーキテクチャーの学際的研究所であり、都市、人、デジタルの観点からイノベーションを起こすコンサルティング部門PLP/LABの創立メンバーでもある。PLP東京の代表者である中島雷太氏と共に、東京でのプロジェクトも率いている。

山田:期せずしてですが、地球規模で取り組んだら、大きなインパクトが得られることが実証されましたよね。

相浦:こうした意識は新型コロナウィルスの感染以前もありましたが、今回人々の生活範囲が分散した影響で、これだけの規模で変えられるのだという共通の体験ができました。SDGsへの意識はあるものの、どこか懐疑的だった一部の人々も考え方が変わり、サステナブルな物事への投資が当たり前になってきました。建築や都市設計もそれに乗じて、特にヨーロッパで加速してきています。

山田:この流れの中、建築や都市をデザインするうえで、どのような要素に注目していけば良いのでしょうか。

相浦:これからは「レジリエンス」、困難な状況に迅速に対応できる許容力のことで、英語だと❝the capacity to recover quickly from difficulties; toughness❞と言えますが、これをどのように建築と都市にもたせていくかが重要になります。

いまあるテクノロジーを、人の行動や人口密度、空気環境、空間などに、目的をもって応用することは十分可能です。たとえば、誰がどこにいるのかをビルのシステムで把握して適切な密度を算出するとか、タッチレスを随所に導入するとか。センサーも多様で安価になっていますし、もともと人中心だったシステムを環境的なレジリエンスに応用できます。既存のものの中には、コロナに対して応用できるものがあり、現在世界各国で実際にこれを機に活用されています。「テクノロジーがあるからできる」ということではなくて、人環境、自然環境への包括的なビジョンを持って応用していくことが大切です。

山田:新たなビジョンを持ったテクノロジーを取り入れ、安全と安心を確保するということですね。

相浦:こうしたテクノロジーを用いて分散化することにより、都市全体の密度の効率化が実現しますし、データを利用できるようになれば、密度の高い場所を避けることもできる。自分にあった密度の生活、場、都市を選べる時代になるかもしれませんね。

山田:一方、テクノロジーによる安全の確保には人々の生活の管理・監視という側面があり、議論になっています。

相浦:そもそも情報とは誰のものでどこに共有すべきものなのか、さらに情報元については匿名にすべきかどうかなど、規制に関する課題もあります。実際、ロンドンでも個人情報に対してはセンシティブだし、プロテクションがものすごくかかっています。しかし、人の行動で言えば、誰がどこにいるかまでは知らなくていい。密度がわかれば十分です。取捨選択して、必要な情報だけ了承を得て、取得すればよい。プライバシーに対して慎重に対応しつつ、公共の利益に繋がることはやるべきなのではないでしょうか。

ヤンデックス、モスクワ  モスクワのガガリンスキー地区にある、ロシアのテクノロジー最大手ヤンデックス社のHQオフィス。170,000㎡のキャンパス内にワーカーのイノベーティブな思考を活性化させるための設えはもちろん、カフェ・ショップ・技術博物館など公共空間を取り入れ、キャンパス外との交流も積極的に行っている

大都市と中規模都市のメリットを強化する

山田:人が分散すると、行動にも変化が起きますよね。

相浦:ロンドンは、東京と比べて一人あたりの公共スペースが9倍くらいあって、適度な密度がとれています。それでも、公園など緑あふれる場所に行くと若者がたくさん集っている。人間には集まりたいという基本的な欲求があり、これは変わらないのだと思います。それを前提に、大都市と中規模都市とで考えてみると興味深いです。

中規模都市は、密度はさほど高くなく、ある程度の雇用機会や教育機関もあって、社会システムとして独立している。中規模都市はこれまでも住むには高すぎる大都市から離れて、特に家族をもつ人たちには注目されていました。しかし、大都市にはビジネス、アート、シアターやカルチャーなど豊かな「アーバン・アメニティ」があります。それゆえ、国内外から一流の人材が集まり、リアルな交流の機会がある。その魅力とバリューは大都市の強みで、人の行動に大きく影響します。実際、建築やデザイン系で働く私の友人の多くは、ニューヨーク、ロンドン、パリのような強みのある大都市を選んでいますね。また、雇用的にも、プロフェッショナルなカップルがそれぞれに雇用機会を求めると、双方にベストな選択肢があるのが大都市です。実際、私の場合も、夫のLSE(London School of Economic and Social Sciences)でのプロフェッサーとしての機会と私の建築家としての機会がマッチし、ロンドンを選択しました。

スカイセントラル、ロンドン スカイテレビ社のHQオフィス。自然光と木に囲まれ、働き方にあわせたさまざまなワークポイントを提供。映画館、カフェ、レストラン等の都市アメニティを組み込み、ワークプレイスを越えワークソサエティを実現している

山田:人が集まる都市には魅力が必要です。例えば、「シリコンバレー=スタートアップ」のようなハッシュタグ的な特徴も一例でしょう。リアルな場として、都市は特徴を強化していくべきか、それとも新たに創り出すべきか。どちらの方向へむかっていくと思いますか。

相浦:特徴の強化だと思います。ニューヨークやロンドンには長い時間をかけて培ってきたそれぞれの個性や強みがある。都市がもつ既存のローカルアイデンティティをうまく取り込んで、残しながら進化させていくことが重要ですね。そこに、自分の所属意識や周囲との共有感が生まれ、ローカルな人々のみならず外部からも人々が集まってくるパワーのある都市になるのではないでしょうか。

山田:「住む」という観点からはどうでしょうか。リモートで世界中つながれる経験をしたら、ビジネスシーンでは大都市、住環境は自分に合った中規模都市という動きが出てきているように感じます。

相浦:中規模都の密度で、大規模都市のアメニティやバリューにアクセスできるというふたつのメリットが重なったら理想的ですね。私の場合で言えば、通勤が苦でなく密度も高くない、それでいてロンドンのアメニティも使えて、多様な人たちにも会えるというような。これからの都市は、生活また仕事の場が都市規模でネットワーク化すると思います。そうした都市のエコシステムが、環境にも、人にも適切にリセットされていくべきだと思います。そこを成功させた都市が、これから強みのある都市として成長していくと思います。この部分についての見解は、また別の機会に皆さんと一緒にお話ししたりディスカッションできたら幸いです。

コミュニケーションとコンテンプレーションの最適化

山田:人が分散し、リモートでの交流が増えてくると、人と人との関わりというものはどのように変わってくるでしょうか。

相浦:交流のスタイルは世界全体で変わるでしょうし、個人のコミュニケーションにも変化が起きるのではないでしょうか。face to faceは激減し、別のものに代替される。そうなった場合、人間の創造性への影響はまだまだわかりません。ただ、リアルな場での人との体験に加え、バーチャル空間での交流の機会も広がると思います。結果、人の交流にも、リアルな場での機会とバーチャルな機会の双方が望まれ、それぞれの強みを活かして最適化されると思います。

山田:それによって、創造性も高まっていくのでしょうか。

相浦:新しいアイデアの誕生には、意図的、あるいは偶発的に人と繋がり刺激を受けるコミュニケーションと、自分の内にあるアイデアの種を育てるコンテンプレーション(時間をかけて熟考すること)の両方が必要だと思います。考えて噛み砕くというプロセスを繰り返し、真にイノベーティブな答えを出す。このコンテンプレーションをすることが時間に追われる生活では難しかった。

コミュニケーションで言えば、リモートワークになって、自分が携わっているプロジェクトに関係していない人との何気ない偶発的なつながりがぱたっと消えてしまいました。思いも寄らないクリエイティブなアイデアというものは、マイナーなネットワークから始まることが多いですから。

たとえば、我々が手掛けたロンドンでもっとも大きい最先端の生物医学研究所である「フランシス・クリック研究所」。ノーベル賞の受賞者を多く輩出している機関ですが、ここは6つの研究所にそれぞれ所属していた異なる分野の第一線の研究者たちが一つの屋根に集まり、研究を行う場だけでなく、集まって言葉を交わし、アイデアを刺激し合う空間です。

新たなものを生み出すために、こうしたブレインのインタラクションの重要性が政府レベルで理解され、それを具体化するものとして始まり、実際に完成から5年を経て、成果が如実に表れ成功しているプロジェクトです。2019年には、新たなノーベル賞の授賞者も輩出しています。場の共有によるカジュアルなエンカウンター(出会い)、ブレインのインタラクションの場を組み込んでいくことが大切なのだと思います。そのエンカウンターをさらに意義のあるものするためのソーシャルアナリシスをPLP/LABにて現在研究・実験中です。

ところが、いまの状況では、新たなアイデアを生むひらめきの機会が減ってしまっている。長い目で見たら、それによって自分たちのコアな部分が損なわれていくのではないかと懸念しています。

フランシス・クリック研究所、ロンドン ヨーロッパの最先端の6つのバイオ医療研究施設をまとめ、ロンドン中心のセントパンクラス国際駅に隣接させた。世界に開かれた欧州最大のバイオサイエンスセンターである


山田:今までは掛け算で自然に派生していたものが、一つひとつ意図的に足し算しなければならない感じですね。

相浦:そうですね。マイナーなネットワークでは、目的や意図があるわけではないけれど、掛け算の結果としておもしろいものが生まれていました。その機会が失われつつあります。

その一方で、コンテンプレーションとリモートワークはすごく相性がいい。いままで時間がなかったり、考えている間に余計なことに邪魔をされたりしていましたが、そういったことをコントロールできる環境になりました。例えば小さいことですが、朝の通勤がなくなった分、一人でじっくり考える時間に使うことができます。朝は頭が活発になっている、貴重な時間ですから。

山田: 確かに、いままであまりなかったコンテンプレーションの機会がいきなり出てきた感じですね。

相浦:このコミュニケーションとコンテンプレーションの両方を最適化するということは、今回私が学んだことです。いまの状況は、人間の可能性を広げる可能性があるというように考えた方が良いのではないでしょうか。コミュニケーションの根本がいきなり変わることはないと思いますが、今後はAIのような効率的なテクノロジーを使い、パターンから学ぶAIと、コンテンプレーションしてパターンのないことを考えだせる人間のブレインを協力させたら、我々は大きく進化できると期待しています。

サステナブルな都市へのリセット

山田:働く環境、そして住環境の未来を考えるうえで「サステナブル」の観点に立ったとき、これまでよしとされてきた東京やニューヨーク、ロンドンのような「巨大都市」はこれからも存続できるモデルなのでしょうか。

相浦:人の叡智の蓄積でもある巨大都市の求心力を進化させつつ、その欠点を改善し、地球にも人にも貢献できる都市にできるかが存続の鍵だと思います。欧州の都市は、歩きやすく、走りやすく、自転車移動がしやすい都市にするなど、人にも環境にもいい都市へと変化してきました。その流れはパンデミックを機にパリ、ミラノ、ロンドンなどでさらに強まっています。また、それは大規模で画一的なまちづくりから、都市が本来持っていたヒューマンスケールの魅力や、ユニークな地域性をうまく捉えた「人中心」のまちづくりへと繋がっています。

山田:都市の在り方には正解はないけれど、これから新しい答えを皆でつくっていけるかが大切ですね。

相浦:都市づくりは、人と地球環境、双方の最善を両立すべきもの、そして現状の応急処置ではなく、長期的なスパンで考えるものです。目指すべき長期的目標をしっかりと見据えて、地球規模で都市の在り方を良い方向に「リセット」をする機会にできればと思っています。

バンクサイドヤード、ロンドン  PLP進行中のプロジェクト。テムズ川南岸において西と東の地区をつなぎ、さまざまな特徴の建物や公共空間から構成される。新しいcultural neighbourhoodを確立する場所となり、ポストコロナのレジリエンスを考える上でのモデルプランとなるだろう

PLP architecture
イギリス・ロンドンに拠点を置く設計事務所。PLP architectureが手がけた2015年完成の「THE EDGE」(会計事務所Deloitteオランダ本社ビル)は、欧州環境性能の指標であるBREEAMで98.4%という最高点を獲得し、世界中から注目が集まった。この案件を担当したパートナーの相浦さんは、20年以上にわたり、世界中で大規模開発プロジェクトに携わってきた。スマート・サスティナブルビルまたマスタープラン、最先端オフィス設計、街づくり・プレイスメイキングのストラテジックコンサルティングなど、新しい都市生活を提案する数多くの計画を担当している。

2020年11月4日更新
取材月:2020年6月

テキスト:丹 由美子
写真:PLP architecture提供