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「文化8割、ツール2割」リモートワークにおける信頼関係の築き方 ー Designing X in new normal age #1

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、政府はリモートワークで働く社員を7割まで増やすことを推奨。企業はZoomやTeams等のオンラインツールを次々に導入し、リモートワークが浸透しているかのように見えました。しかし、2020年6月に内閣府が発表した調査によると、全国でリモートワークを経験した人の割合は34.6%にとどまるといいます。職種やネットワーク環境、対面コミュニケーションへの慣れなど理由は複数あれど、リモートワークに対する不信感が拭きれないことがうかがえます。 

2020年9月29日(火)、産総研デザインスクール主催で、未来の兆しを掴むオンラインイベント「Designing X in new normal age」を開催しました。全5回でお送りする1回目のテーマは、「新しい働き方」です。当日はデンマークを拠点とする組織文化デザインファーム「Eliot(エリオット)」の共同代表Martin(以下、マーティン)氏とRasmus(以下、ラスモス)氏が登壇。リモートワークをうまく活用している企業事例や、脳科学や心理学に基づくユニバーサルな組織理論を参考に、リモートで信頼関係を築く方法を共有いただきました。

ーEliot(エリオット) マーティン氏(左)、ラスモス氏(右)
Eliot共同代表。コペンハーゲンをベースに活動する組織文化デザインファーム。リモートにおける文化醸成、働き方支援に多くの経験を有する。オンライン文化とコラボレーションに関する独自のコースを展開するとともに、「デジタル界のハーバード大学」と呼ばれるHyper Island(ハイパーアイランド)やグローバル企業にてオンライン講座の講師を務めている。

産総研デザインスクールとは

産業技術総合研究所(以下、産総研)は、「これからの社会で本当に必要とされること(共通善)を探究し、未来社会を創造する“共創型次世代リーダー”を育成する場」として「産総研デザインスクール」を2018年に立ち上げました。主に以下の能力に注目した人材育成カリキュラムを提供しています。

  1. 「軸力」  深く自己を理解し、確固たる自分の軸を立てられる
  2. 「探索力」 自己の認知限界を認識し、新たな視点から世界を探索できる
  3. 「共創力」 豊かな対話を通して、他者や社会に深く共感し理解できる
  4. 「実践力」 社会に対して新たな価値を共創し、世界を牽引できる

スクール生は企業より十数名程度、産総研の主に研究者十数名程度で構成され、同じ船に乗る仲間「CREW(クルー)」として、お互いの垣根を越えて学び合います。本年度はオンラインでスクールを運営。6か月の間に週1日、未来洞察手法、システム思考、デザイン思考、アート思考など”共創型次世代リーダー”に求められるマインドセット・スキルを習得しながら、プロジェクト・ベースド・ラーニングで実践の伴う学びを体験します。

「Designing X in new normal age」は、全5回のセッションを通して、毎回異なる領域「X(エックス)」で活躍するゲストから未来の兆しを共有いただき、参加者の皆さまと共に新しい時代をつくる方法を探っていく一般公開のオンラインイベントです。

組織文化は3つの観点で、継続的に発展させていく

イベントは、「チェック・イン」から始まりました。eliotの二人から「今日のセッションで期待していることをチャットに書き込んでください」との指示を受け、参加者は続々とZoomのチャット欄にコメントを書き込んでいきます。イベントやワークショップ、会議のはじめには参加者の声をすくいとるために「チェック・イン」と呼ばれる儀式を行うことが多いそうです。

参加者から「そもそも組織文化とはどういう意味か知りたい」というコメントがありました。eliotのマーティン氏は、チーム・組織文化を形成する3つの観点を共有します。

「チーム・組織文化を理解するうえで、3つの観点が役立ちます。一つは、『ツールとメソッド』。チームでの協働方法、目標に対する行動を導き出すためには適切なツールとメソッドが欠かせません。次に『マインドセットと信条』。組織のリーダーが考えることを全従業員が同じように理解できれば楽ですが、それは不可能です。なぜここで働いているのか、組織の価値は何なのか、マインドセットや信条を明らかにして、チームの足並みを揃えていく必要があります。

最後は『システムと儀式』です。組織で起こっていることをシステムに組み込んだり儀式化し、文化をつくり続けていきます」(マーティン氏)

組織文化は固定的ではなく、変化し続けるもの。以上3つの観点を抑えながら、組織文化をアップデートし続けることの重要性を説きます。「年に1回ジムに通うだけでは体型が変わらないように、たった1回のオフサイドミーティングで組織文化が形成されるわけではありません。組織文化を発展させるには継続的に取り組み続けることが重要です」(マーティン氏)

Google社がもっとも重視する「心理的安全性」

続いて、組織文化の基盤となる「心理的安全性」を解説。心理的安全性とは、誰かがアイデアや疑問、間違ったことを発言しても罰せられたり恥をかかされたりしないという信念を指します。ハーバードビジネススクール教授、エイミー・C・エドモンドソン氏が提唱した概念です。

心理的安全性が注目されるきっかけとなったのは、Google社の「Project Aristotle(プロジェクト アリストテレス)」と名付けられたプロジェクトです。アリストテレスの「全体は部分の総和に勝る」という言葉にちなんで名付けられたもので、エンジニアリングの115チームとセールス65チームを対象に、生産性の高いチームと低いチームを比較し、「効果的なチームを可能とする条件」を2年かけて解明しました。

賢い人たち同士、業務外で仲良しの人たち同士でチームを組ませるなどいくつか仮説検証を行なった結果、人の組み合わせはそれほど重要ではなく、大切なのは「お互いに貢献し、チームの一員として感じられるかどうか」だと明らかになりました。この研究結果から、Google社は生産的なチームを形成するもっとも重要な指標として心理的安全性を挙げたのです。

「ミーティングにおける意思決定のプロセスを想像してみてください。安心感を十分に得られない状態で、懸念や別の視点を共有できるでしょうか。『こんなことを言って、自分が無知に思われそうで恥ずかしい』と感じれば、質問をしない、アイデアを出さないという回避行動に繋がります。

しかし、伝えるべきことを言えなければ、後から問題が深刻になって浮かび上がる場合があります。だから私たちには心理的安全性が必要なのです。場の流れを読みづらいリモートでは、特に心理的安全性に配慮する必要があります」(ラスモス氏)

それでは、どのように心理的安全性を築いていけばいいのでしょうか。eliotの二人からは「明日から職場でできること」を2つ共有いただきました。「まずは、チームのメンバーを信頼すること。具体的には、自分たちが今どう感じているか、どんな人間かについてお互いオープンになることです。オープンになればなるほど信頼関係ができ、信頼関係ができればオープンになる。オープンさと信頼の正のスパイラルが作られます。

ツール(手法)に関しては、イベント冒頭でも使ったチェック・イン、チェック・アウトの活用をおすすめします。会議やワークショップに参加している人が、今何を考えていて、どんな気分で、どれほどの期待値を持っているのかを最初と最後に共有する時間を設けます。問いかけの仕方によって、その場にいるメンバーの足並みを揃えたり、信頼関係を築くことが可能です」(ラスモス氏)

リモートワークでも信頼関係を築ける。Webflowの事例

リモートワークで心理的安全性を重視し、制度に落とし込んでいる事例としてWebflow社を取り上げて紹介しました。Webflowはアメリカ・サンフランシスコを拠点とするソフトウェア会社です。「すべての人がパワフルで柔軟性のあるウェブサイトやアプリを簡単に作れるようにする」をミッションに、直感的にウェブサイトを制作できるウェブサービスを提供しています。

市場規模は3億5000万ドルにのぼり、ベンチャーキャピタリストが選定する「2020年の注目テック企業TOP30」にランクインするなど、2012年の創立から目覚ましい成長を遂げているWebflow。注目すべきは、204名の従業員のうち約7割がリモートワークを実践する「リモートファースト」の企業文化であることです。リモートワークを推奨する大きな理由として多様性を掲げています。

「さまざまなタイプの人々に製品を届けるには、作り手側の多様な視点が欠かせません。リモートワークが基本の働き方であれば、世界中から多様な経験、視点を集めることが可能です。また、働く場所を問わないので優秀な人材を集めることができるという利点もあります」(マーティン氏)

その後、具体的なエピソードと共に、リモートファーストの文化をつくるなかでWebflowが得た4つの学びを紹介していきました。

1. 透明性
Webflowでは全社員が参加し、質問や懸念点を共有できるオンラインミーティングを設けています。取り組み始めた当初は新入社員たちが発言しにくいという課題があったため、ミーティングの前に匿名で質問できる仕組みを導入。透明性と心理的安全性を両立させることで、質問や議論が自由におこなれるようになりました。

2.社員が必要とするものを提供
リモートワークでいい仕事をするためには、仕事に適した環境が必要です。そこでWebflowは福利厚生の一貫で、ホームオフィスを整えるための資金として毎月380ドルを支給。社員が最高の仕事をするために、彼らが本当に必要とするものを見極め、提供しています。また、社員が学び続ける環境づくりにも力を入れており、社員は1年で1000ドルの学習資金を受け取ったり、週の10%の勤務時間を自分の学びにつながるプロジェクトに使うことができます。

3.社員に目指してほしい行動指針を設定
Webflowでは7つの行動指針(コア・ビヘイビア)を設け、半年ごとに評価しアップデートしています。単に組織の価値観を共有するだけでなく、一人ひとりに求められる行動にまで落とし込むことはリモートワークでは特に有効だと言います。「たとえば組織の価値観として『イノベーション』を掲げていた場合、行動指針を『夢を大きく持とう』と言い換えます。そうすることで、個人が取るべき方向性がより明確になるのです」

4.振り返り、つながる時間と場の確保
Webflowでは月に一度、「チーム開発サイクル」と呼ばれるフィードバックの機会を用意。行動指針をもとに個人の活動を振り返り、上司や部下、同僚とのピア・フィードバックでお互いに学びあいます。このように社員同士の足並みを揃える場を用意することで、目の前のタスクに縛られず、より広い視野を持って仕事に取り組むことが可能になります。

「私たちが今まで話したこと、紹介した事例を要約すると、常に学びながら働き方をアップデートするということです。リモートワークがうまくいく鍵は、デジタルツールやテクノロジーはあくまで20%、文化が80%だと信じています」(マーティン氏)

組織の文化に集中し、小さく始める

eliotの二人によるプレゼンテーション終了後は、Zoomのブレイクアウト機能を用いて参加者どうしの対話セッションを実施。当日の学びを振り返りながら、自身の職場環境では何が課題で、今後何ができるかを考え、共有していきました。

リアルタイムで投票できるウェブサービス「Mentimeter」を使い、それぞれの学びを全員で確認。「心理的安全性の重要性を具体的に理解できた」「オープンさと匿名性の両立が信頼関係を生む」など当日の学びに関する記述のほか、「社員のメンタルサポートに難しさを感じる」といった懸念点の記述も見られました。このように一人ひとりが持つアイデアや課題を可視化することもまた、組織の信頼関係を形成する一歩になるのでしょう。

最後に、eliotの二人から今後リモートワークを推進するうえで力となるメッセージを受けて、イベントを締めくくりました。「私たちはリモートワークであっても信頼関係を築き、組織の生産性と従業員のエンゲイジメントを高められると信じています。そのためには、組織の文化に焦点を当てることが重要です。まずは今日学んだこと、グループワークで話したアイデアを小さく始めて、ご自身の組織で少しずつ変化を起こしていきましょう」

次回、10月29日(木)19:00〜21:00に「Designing X in new normal age」第2回オンラインイベントを開催します。テーマは、「新しいWell-being」。ゲストスピーカーに禅宗春光院の川上全龍氏と予防医学者の石川善樹氏をお招きし、Well-beingに関する考えを共有いただきながら、ロボット工学を専門とする産総研デザインスクールの大場光太郎、小島一浩と共に「テクノロジーが豊かな社会に貢献する未来」を語るオンライン座談会の様子をお届けします。

2020年9月取材
2020年10月29日更新

テキスト:花田奈々
グラフィックレコーディング:仲沢実桜