出社不要の時代に、オフィスが持つ価値とは?オフィスデザインの第一人者に聞く ー Studio O+A プリモ・オーピリアさん
コロナ禍で多くの企業がテレワークへ移行。オフィスを解約する企業も徐々に増えてきて、都心ではオフィスの空室率が高くなってきています。いまの状況はもうしばらく続くと見られていますが、今後、リアルなオフィスはどのような役割を担うのでしょうか。世界の名立たる企業のオフィスデザイン・コンサルティングを手掛けるStudio O+Aの創業者 Primo Orpilla(プリモ・オーピリア)氏に、WORK MILL編集長の山田雄介が見解を聞きました。
山田雄介(以下、山田):いま日本では感染防止のため、テレワークを導入する企業が急増しています。多くの従業員は、会社以外の場所でも働けることを実感したのをきっかけに、自ら仕事する場所を選択し、働き方や価値観をも見直し始めています。
―プリモ・オーピリア Studio O+A代表
アメリカ・サンフランシスコに拠点を置く建築設計事務所Studio O+Aの代表。1992年の創業以来、スタートアップ企業をはじめ、Microsoft、Facebook、Nike、Airbnbなど世界的企業まで、多くのオフィスデザインやコンサルティングを手がける。西海岸流オフィスデザインの第一人者。全米で最も大きな影響を与えたデザインに贈られるCooper-Hewitt National Design Awardインテリアデザイン部門賞(2016年)など、受賞歴多数。
Primo Orpilla(以下、Primo):会社へ行き、自分のデスクで仕事をするスタイルから自由になったというのは興味深いですね。アメリカでは今回のことでマイナスの影響を受けたひとも少なくありません。「素晴らしいリセットになった」「何が大切かを再確認した」とポジティブな影響を受けている人も多いようです。家族や友人、同僚たちと共に過ごす時間の意味を考えながら、ワークライフバランスを見直そうという人が増えたのだと思います。私たちは「本当に価値あるものとは何か」に向き合うことができたのではないでしょうか。
私の仕事は、従業員たちが出社するときにワクワクするような喜びを感じ、会社にいる理由と目的が見出せる環境をデザインすること。オフィスで働くことに不安を抱いている人がいるいま、それがもっと重要な動機になっていくでしょう。
山田:コロナ以前は、オープンプラン(執務空間やデスク間に壁や仕切りを設けないレイアウト)のオフィスが近年のトレンドでした。コラボレーションやコミュニケーションを促進し、イノベーションを生まれやすくするためです。しかし、今後は感染に対する懸念から、1980年代に欧州で主流であったデスクが仕切りで囲われたキュービクルスタイル(パーテーションで従業員のワークスペースを区切るレイアウト)にまた戻ってしまうのかと心配しています。
Primo:キュービクルスタイルのオフィスでは、細かく区切られたスペースに座りっぱなしで、クリエイティブに新たな何かを生み出す場所や何かにインスパイアされる状況がありませんでした。しかし、オープンプランになって、カフェスペースやキッチン、会議エリア、電話ブースなど、いろいろな場所でほかの人や活動を見聞きできるようになり、インスパイアされるようになった。
オフィス空間は仕事をするスペースだけではなく、アイデアが生まれる機会を提供する場でもあること。これこそ、オープンプランの醍醐味です。また、空間がオープンであることは組織の透明性や脱ヒエラルキー化にもつながります。良い組織を築き上げるには、透明性や脱ヒエラルキー、そして思考のシェア、周囲の人々の仕事への理解が重要です。これらがうまく作用するか否かが、会社のカルチャーに大きな差を生むからです。コロナ時代に突入し、ソーシャルディスタンスをとる必要が出て、オフィスにも新たなストラテジーが求められる。しかし、このことは変わらず重要でしょう。
山田:これからの時代、オフィスデザインにはどのようなことが求められるでしょうか。
Primo:最も大切なのは、オフィスに選択肢があることです。「いいオフィス=オープンスタイル」ではなく、一人ひとりの目的やスタイルに適したスペース、選択肢を提供することが大切ですね。いまは、テクノロジーのおかげで選択肢が広がりました。10年前には考えられませんでしたが、これからは自宅もその選択肢のひとつになるでしょう。これによって、オフィスにはどのような選択肢があり、自分たちはどこを選ぶかということに意識を向ける必要が出てきました。どんな人が、何の目的で使うのかによってストラテジーが変わってきますから。
対面コミュニケーションが生きたデザインを生む
山田: Primoさんの会社では、オフィスのレイアウトや働き方に変化はありましたか?その変化によって、どのような影響を受けていますか?
Primo:オフィスのレイアウトについては、外出自粛生活になる数週間前から、トラベルチーム、地域密着のチーム、バックオフィスチームなど、仕事内容のカテゴリーで区切ってソーシャルディスタンスを取れる体制にしていたんです。サーバーもすべてクラウド上で管理していたので、テレワークへの切り替えもスムーズでした。
しかし、問題もありました。まず、デザイナーたちとのやりとりをPCの画面上でどう行うかということです。普段、デザイナーたちとはface to faceで同じ1枚の紙に書き込み合って会話をしながらアイデアを具体的な形にしていきます。ところが、遠隔ではそうはいかない。何をすべきか丁寧に説明する必要があるので時間がかかります。視覚からの刺激もなくなります。テクノロジーの枠組み内に限定されてしまい、正直、有機的で生きたデザインが生まれづらくなりました。
もうひとつは、コミュニティのつながりを感じづらいということです。いままでのように、ランチなどを食べながら、思いついたアイデアをその場で周囲の人に伝えるようなことができません。隣で働いている人がいないとモチベーションが薄れますし、士気も下がってしまう。
山田:それでも進行させなければならないプロジェクトはありますよね。テレワークのなか、どのようにして創造性を保つようにしているのですか?
Primo:例えば、カルチャーを生み出すコミュニティを維持できるよう、従業員同士の交流を図り、みんなで同じ時間にオンラインでご飯を食べながら会社のことを話したり、ダンスパーティーを開いたり。ソーシャルタイムを設けて、他の人たちが何をしているか把握し、つながりを共有できるよう努力しています。仲間と一緒にいたいという気持ちや、周りの人が自分のことを気にかけてくれていることを実感したいという想いは、誰もが持っているものですから。
山田:やはり、私たち人間はつながりを必要とする生き物なのですね。
Primo:オンラインで一気にみんなとつながれることも良いけれど、やはり対面で会うこととは違う。ですから、オフィスで従業員たちが出社してくる姿を見たり、社内で誰かと鉢合わせをして会話を始めたりという偶発的なものがすごく恋しい。ただ、オフィスの空間にいるというだけで、何だか楽しくなれるのです。
デジタルの「場」では起きないこと
山田:これまでは「コミュニケーションは対面が前提」と考える世代が多数でしたが、これからは「リモートネイティブ」という世代も出てきます。そうなると、世代間でオフィスに求めるものが違ってくることも起きそうですね。
Primo:個人的には、デジタルの世界の中で全てを完結させることもひとつの選択肢であるとは思います。アバターとして生きて、仕事をし、バーチャルスペースをつくるという人もいるそうですから。実際、オンラインでのコミュニケーションに慣れない世代もいるなか、それに長けた世代が台頭してくるターニングポイントを迎えつつあると言えますね。いろいろな選択肢があってよいと思いますが、デジタルやバーチャルでは完結しない仕事もあるということは理解すべきでしょう。
山田:選択肢は増えるけれど、オフィスのニーズはなくならないと?
Primo:オフィスは、会社がどれほど従業員を大切にしているかを示す場でもある。だから、会社は仕事がしやすい環境やアメニティを提供することで、その想いを体現します。例えば、FacebookやGoogleはオフィスを快適で最高の環境にするという考えのもと、まるでHomeのようにして人々が集う場所にしています。そこを完全にデジタル化してしまうと、人のつながりは失われてしまいますし、カルチャーやコミュニティをつくりあげることができなくなります。
山田:オフィスを家のような環境にする、それがオフィスの存在価値という点は興味深いですが、一方で、矛盾するようにも感じられます。オフィスが従業員にとってのセカンドホームという定義でしょうか。
Primo:オンラインでは、考えの共有や人との関わり方がリアルとは異なります。同僚たちとのやりとりのなかで生まれる感情や物理的つながりは得られません。それは、オフィスという場があってこそなのです。「デジタルコミュニティ」は存在するとは思いますが、それがどれほど強いものなのかはわかりません。
私はいつも「オフィスはラリーポイント」と言っています。ラリーポイントとは、みんなで方向性やアイデアを集結し合う場所のこと。例えるなら「町の中心にある広場」のようなイメージ。価値観がマッチする人々のエネルギーが出会って集まり、互いにインスパイアし合い、生き生きとできる場所です。これはデジタルの世界では起こりづらい。再現できたとしても、やはりリアルなものとは違う。だからこそ、そのエネルギーを吸収するために、週に数回でもオフィスに来る必要があると思います。
With コロナ時代のオフィスの姿
山田:Primoさんと話をして、これからのオフィスについて、ひとつの在り方が提示された気がします。
Primo:オフィスがどのように変わっていくのかは正直未知数。時間をかけ、いままでよりもっと広い視点で様子を見守る必要があります。第一段階は、安全面の確保。従業員が安心してオフィスに復帰できるように、建物のセーフガードや空間のコントロールについて考えなくてはいけません。第二段階は、テクノロジー。相手と物理的距離を取る必要があると、以前のような自由なやりとりは難しいですよね。自然なコミュニケーションから生まれるはずのものが生まれにくくなる。それを補い、解決するようなテクノロジーは必須となるでしょう。
そして第三段階は、家具やスペースの使い方です。オフィスはより会議室的な役割を担っていくようになっていくかもしれないし、オフィスを使える人数やチームは限定的になるかもしれません。いろいろなシナリオが考えられますが、メリットを最大限に活用できるような環境づくりには時間がかかるでしょう。しかし、透明性を維持し企業カルチャーを育てる場所であること、人と集うことで生まれる喜びを感じる場であること、そして、新たなアイデアを作りだす環境であることという、オフィスの意義は不変です。やはりオフィスというリアルなスペースは必要。だからこそ、世界中にオフィスがあるのです。
2020年9月23日更新
取材月:2020年5月
テキスト:丹 由美子
写真:Studio O+A提供