MIYOTAN VALLEY(みよたんバレー)構想は妄想からはじまる!? 企業と行政が融合する町づくりとは ― 御代田町町長・小園拓志さん×ヤッホーブルーイング社長・井手直行さん対談
長野県、御代田町(みよたまち)。皆さんはこの地名をご存じでしょうか。
避暑地として全国に名を馳せる軽井沢町、歴史の町として観光客を集める小諸市、県内の商工業の物流の要所として栄える佐久市――御代田町は、こうした存在感の強い地域に囲まれた、穏やかでひっそりとした町です。
2020年2月初旬、この御代田町より、にぎやかなニュースがリリースされました。以前、WORK MILLでも取り上げたクラフトビールメーカーのヤッホーブルーイングの本社機能を佐久市から、御代田町に移転をするとのこと。それに合わせて、御代田町とヤッホーが一緒に「町づくり」をするために提携することが発表されました。
クラフトビールメーカーと行政が、一緒に町づくりをする……言葉だけでは、なかなか想像がつきません。異色のコラボレーションは、これからどんな施策を仕掛けていくのでしょうか。提携の背景や、これからの構想について、御代田町町長の小園拓志さんと、ヤッホーブルーイング代表取締役社長の井手直行さんに、語らっていただきました。
地域住民に親しまれていたヤッホー、だからこその提携
WORK MILL:はじめに、御代田町とヤッホーブルーイングが連携して町づくりを行っていくことを決めた背景について、お聞かせください。
ー井手直行(いで・なおゆき) 株式会社ヤッホーブルーイング代表取締役社長
1967年、福岡県生まれ。国立久留米高専電気工学科卒業。大手電気機器メーカー、軽井沢の広告代理店での勤務を経て、1997年、ヤッホーブルーイング創業時に営業担当として入社。2008年より現職。著書に『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』(東洋経済新報社)。現在、3児の父
井手:大きな契機となったのは、うちが本社機能の引っ越し先を御代田町に決めたことです。お陰様で弊社は業績の伸びもよく、従業員もどんどん増えています。それで、佐久市にあるオフィスがだんだんと手狭になってきたので、2019年のはじめあたりから引っ越し先を探していました。御代田町は、その中の候補地のひとつでした。
そうしたら、御代田町で目星をつけていた好条件の物件が、2019年の5月下旬に空きになったのです。これはチャンスだと思い、すぐ小園町長にアポを取りました。風のうわさで「なにやら町長はヤッホーに興味を持っていて、話をしてみたいと言っているらしい」と聞いていたので。
小園:その頃、私は町長に就任したばかりで、町全体や役場をどう盛り上げていこうかと、方向性を模索していたんですよ。そしたらお世話になっている町民から「すぐ近くに、いつも元気でクレイジーな会社がある」というのを聞きましてね。
ー小園拓志(こぞの・ひろし)長野県御代田町長
1977年生まれ。東京大学法学部卒業。北海道新聞社(記者職)入社。江別支局、帯広支社、本社編集本部、報道センター、法務担当。株式会社HandMadeを経て2018年9月、札幌から御代田町へ移住。2019年2月から御代田町長
井手:それ、褒め言葉ですか?!(笑)
小園:もちろん! 町内の住民の話を聞いてみると、「ヤッホーブルーイングの皆さんはこのあたりの地域活動によく参加してくれる」などと、すごく評判がよかったんです。ベンチャー的でありながら、これだけ地域住民に信頼されている会社さんは珍しいなと、驚きました。
井手:ヤッホーには、御代田に住んでいる人間がけっこう多いんです。僕も御代田町内にマイホームを持っています。うちの社内では、住んでいる地域の清掃活動などに参加するのは、みんな当たり前の感覚だし、楽しんでやってますよ。そうか、そんなに快く思ってくださっていたのですね。
小園:そうなんですよ。そんな風に気になっていた最中に、井手さんからご連絡をいただきまして。「ここから何かが動きだすかもしれない」という期待を持ちつつ、「すぐにでもお目にかかりたい」とお返事をしました。
WORK MILL:最初は「御代田町内にヤッホーブルーイングのオフィスを移転する」という話から、ことが始まったのですね。
井手:町長は初対面の僕らに「ぜひうちの町に越してきてください!」と言ってくださって。それがすごく嬉しかったんですよ。自分たちが移転してくることで、町に新しい何かをもたらすことができるかもしれない。そこに期待を寄せて、こんなにもウェルカムな姿勢を見せてもらえているんだなと。
そして、自分も御代田町内にマイホームを持つ住人として、末長く暮らすこの町には、積極的に貢献していきたいと考えていました。そんなことを町長に話すと、「御代田の町づくりを一緒にやりましょう!」とすぐ乗り気になってくれたので、これは運命だなと感じました(笑)
その後は、2週間に1回ほどの頻度で議論の場を設けて、僕らが会社として町に協力できそうなことを町長にどんどん提案していったんです。そのなかで、今回の提携の話がまとまっていきました。
小園:御代田町としても、ひとつの民間企業と町づくりのために提携することは、前例のない取り組みです。それでもこうして実現まで持っていけたのは、地域におけるヤッホーさんの好感度の高さの賜物だなと感じています。
私は町長に就任してから、給食費の無償化をはじめとしたさまざまな新施策を打ち出してきました。ただ、どんなによかれと思ってやることでも、必ず反対意見は出てきます。多様な立場の人がいますから、それは致し方ないことです。
けれども、ヤッホーさんの本社移転や提携については、ほとんど反対意見を聞かなかった。うわさを聞きつけた住民たちから「町長、1年目からエライことをやったね!」と褒められるほどで。すんなりと受け入れてもらえたことに、かえって拍子抜けしましたよ(笑)
井手:うれしいなあ。期待に応えられるように頑張ります!
地域一帯にオープンイノベーションの種をまく「MIYOTAN VALLEY構想」
WORK MILL:今回、町とヤッホーブルーイングが提携して進めていく町づくりの指針として「MIYOTAN VALLEY(みよたんバレー)構想」という言葉を掲げられていますよね。これは、具体的にはどのような構想なのでしょうか。
井手:僕らの新オフィスの近くには「かりん道路」と呼ばれている大通りがあって、その一帯がとっても素敵なエリアなんですよ。町役場や図書館、美術館などの施設が集まっていて、その合間あいまに、地元の人たちに愛されているパン屋さんや肉屋さんが並んでいるんです。通りの先には浅間山がどんと腰をすえていて、雄大な景色も楽しめます。
それでふと、このエリアにクラフトの工房やお店が増えていったら、もっと地元民が愛せる場所になるんじゃないかと思ったんです。僕らのオフィスの引越しをきっかけにして、どんどんそういう流れが生まれていったらいいねと、社内でも議論をしていました。その中でとあるスタッフが、「めざすはMIYOTAN VALLEYですね!」とポロっと発言をしたら、「それだー!」ってみんなで盛り上がったんですよ。
この言葉が出てきてから、「じゃあお店だけじゃなくて、この町と相性のよさそうなスタートアップ企業とかも呼んでこられたら素敵だね」と、どんどんイメージが膨らんでいきました。それを町長に、あまりまとめず発散的にプレゼンしたら「いいですね!」と言ってくださったので、こうしてオフィシャルな場でも掲げるようになりました。
具体的なことはまだ詰めきっていませんが、「かりん道路を、住民みんなが愛し、誇れる場所にする」という方向性で、町と一緒にできることを模索していきたいと考えています。
小園:「MIYOTAN VALLEY構想」をヤッホーさんから初めて聞いたとき、「2週間くらい前から、私も同じことを考えていたんです!」と、前のめりにリアクションをしてしまいました。
町長に立候補したときに掲げた大きな約束のひとつに、「駅前の再整備」があります。あえて「再開発」とは言わなかったんです。駅の付近だけ現代風に大きくつくり変えても、町のなかでは浮いてしまいます。ならば、駅から程近い「かりん道路」を「町の顔」として位置づけて、エリア一帯で盛り上げていくほうが、町にとって良いのではないかと考えています。
井手:僕らの新しい社屋内には、醸造所を併設した飲食スペースも設ける予定です。 佐久市にある現在の醸造所には、ヤッホーのファンが年間3,000人ほど見学に来てくれているんですよ。それは新しくつくる施設にも、きっと流れてきてくれるはずです。
新オフィスの周り、つまりは「かりん道路」一帯に素敵なお店が集まってきたら、住んでいる僕らも嬉しいし、ここを訪れるヤッホーファンの皆さんも嬉しい。彼らが御代田町に訪れたり、いろいろ購入することで、お店の人も嬉しくなるし、町も元気になっていく。「MIYOTAN VALLEY構想」は、みんなを笑顔にするプロジェクトになるなと確信しています。
12月から弊社は新しい期が始まるのですが、来期は御代田町の地域活性化にコミットする部署「MIYOTAN VALLEYチーム」を新設しようと考えているんですよ。ビールメーカーなのに、社内に町づくりのチームができるなんて、なかなかに珍しいですよね。
小園:それ、いま初めて聞きましたよ!
井手:あはは(笑)。それくらい本気でやっていく所存です、町長!
小園:そのヤッホーさんの元気のよさを私も見習って、町全体を活気づけていきたいですね。いま、私がスローガンとして掲げているのは、御代田を「夢が実現する町」にすることなんです。それは言い方を変えれば、「オープンイノベーションが生まれる町」なんだと思っています。御代田には、その素質が十分に備わっているはず。
というのも、御代田は先祖代々この地で暮らしている人と同じくらい、結婚したり移住したりで、よそから入ってきた人たちが多いんですよ。かくいう私も、北海道からの移住者で、れっきとした「よそ者」ですが、こうして町長として受け入れてもらえています。
町村の割に閉鎖感が弱く、懐の深い気質があるからこそ、さまざまな要素を受け入れつつ混ざり合って、新しい何かがどんどん生まれてくる町になれると思うんです。まずは、ヤッホーさんとのコラボレーションを通して、町のあちこちに変化の種をまいて、それをじっくり、一緒に育てていきたいですね。
「町づくり」を軸に、紡ぎ直す関係性
WORK MILL:MIYOTAN VALLEY構想には、「ヤッホーブルーイングさんとコラボレーションして役場の働き方を変えていく」といったお話も含まれていましたね。そのあたりを詳しく教えていただけますか?
小園:職員一同に、役場の仕事をもっと楽しんでやってもらいたいなと、つねづね感じています。行政の仕事は住民の皆さんの生活に深く関わっているもので、責任も重く、毎日とても忙しいです。私も「大変だな、しんどいなあ」と思う瞬間が多々あります。
それでも、楽しくてしょうがないんですよ。町の人たちの生活を良くして喜ばれる仕事を、お金をもらってやっている。こんなにやりがいのある、ラッキーな仕事はないなと思っています。ただ、日々の忙しさに飲み込まれてしまうと、やりがいや楽しさを忘れてしまいがちになるんですよね。
ヤッホーさんは「ビールでノーベル平和賞を」といったことを、本気で宣言していたりします。10年後、50年後、100年後の「より良い未来」への想像力を絶やさず、そこに向かうプロセスに遊び心を持って、本気で取り組んでいる。その姿勢や思想を、あの手この手で役場に取り入れつつ、働くことの意識変革を促していけたらと考えています。
井手:そんな風に言っていただけるのは、本当にありがたいですね。一方で、役場のような堅実な組織からすると、超フラットな僕らの働き方カルチャーは、けっこう劇薬なんじゃないかなとも思っていて(笑)。どんな風にコラボしていったらいいですかね?
小園:ジャストアイデアですが、ヤッホーさんとこちらの職員を交換できたら面白そうだなと。ヤッホーさんは全部で何人くらいでしたっけ?
井手:150人弱ですね。
小園:こちらが全体で130人前後なので、ちょうどまるっと入れ替えられるなあ。やってみますか?(笑)
井手:いやいやいや!(笑) 。けれども、僕らの働き方が役場に浸透すると、きっと面白い町になりそうな気がします。職員がずっと笑って楽しそうに仕事をしていて、窓口での対応を見ていても、どっちが住民でどっちが職員かわからなくなるくらい、楽しげにおしゃべりをしている光景が目に浮かびますね。
僕らの会社の特徴として、従業員とファン、いわゆるコアユーザーの距離がとても近いんです。イベントをしても、みんな同じヤッホーのTシャツを着ているし、お客さんたちも自主的に運営の手伝いをしてくれたりするので、実際にスタッフとお客さんの見分けがつかなくなってきます(笑)
それは、みんながそれぞれにコミュニティを大事に思っていて、それぞれのやり方で場に貢献しようという空気が醸成されているからなんだろうなと。行政と住民の関係も、ヤッホーとファンみたいになったら、すごく素敵だろうなと思います。
小園:まさにそうですね。町民が「お客様」になってしまうような町づくりではダメなんです。御代田町の住民1万5,800人全員が、町に愛着を感じ、主体的に町づくりに参画する「スタッフ」になるのが理想です。そういう意味では、役場の職員と住民の垣根はどんどんなくなってほしいし、一緒に町をつくっていく仲間になっていきたいです。
「町づくり」という共通の目標に向かって、職員同士、職員と住民がいい関係を紡いでいくための秘訣を、ぜひヤッホーさんから学んでいきたいですね。今回の提携は、正直に言って、私たち町側のメリットのほうがずっと大きいと感じています。それではバランスが取れないので、ともに成長していける関係になれるよう、引き続き協力の仕方を模索していきたいです。
井手:僕らも行政と組むのは初の試みなのですが、基本的な姿勢としては、他社さんとコラボするときと同じで、「関わる人たち全員がWin-Winになる状態をめざすこと」を大事にしたいと考えています。お互いのメリットを最大化するように歩みをともにしていけば、関係の輪は次第に広がっていくはずです。従業員も、住民も、町も、みんなが喜ぶ。そんなコラボにしていきたいですね。ただね、僕らはいかんせん劇薬なので……壊しすぎないか心配です(笑)
小園:いえいえ、全責任は私が負いますから、どんどん攻めていきましょう(笑)。これからどうぞ、よろしくお願いします!
更新日:2020年9月15日
取材月:2020年7月