オフィス不要論に警鐘 ― 「感情」でデザインするテレワーク時代のリアルの場
テレワークを実施する企業、従来通り出社を促す企業、あるいはテレワークと出社をハイブリッドで実施する企業があるなど、各社の足並みが揃わない一方で、テレワークの存在感は日に日に増しています。
テレワークが普及するにつれて、オフィス不要論が検討されることも少なくありませんが、柔軟な働き方を研究するオカムラのリサーチャー、池田晃一さんは「質の高いテレワークを実現させる上で、むしろオフィスの重要性が高まる」と指摘します。
今回は、オフィス環境や働き方について長らく研究してきたオカムラの研究成果(データ)を紹介しながら、ウィズコロナ、そしてその後のニューノーマルにおけるテレワークとオフィスのあり方について考えてみましょう。
情報伝達の場としてのウェブ、アイデア創出の場としてのリアル
-池田晃一(いけだ・こういち)株式会社オカムラ ワークデザイン研究所 チーフリサーチャー
入社以来、テレワークを含む柔軟な働き方の研究に携わる傍ら、自身もリカレントとしての国内留学、休職中に大学教員を経験。博士(工学)。専門は場所論、居心地、チームワーク分析。将来、地元玉川学園で寿司屋をひらくのが夢。著書:『はたらく場所が人をつなぐ』(日経BP社、単著)、『オフィス進化論』(同、共著)、『オフィスと人の良い関係』(同、共著)
WORK MILL:テレワークが注目されるようになった昨今ですが、テレワークの浸透によって企業や個人の価値観に変化はあったのでしょうか?
池田:まだ事態が収束していないので何とも言えないところですが、今はこれまで経験してこなかった特異な働き方を実践している真最中だと言えます。私はこの期間の長さが今後の価値観を変えるキーになると思っています。
例えば、ワクチンが開発されて年内に事態が収束すれば、通常通り出勤するスタイルに逆戻りする可能性が高いと思います。しかし、事態が収束せず来年の中頃まで続いて1年以上今のようなスタイルで働くことを強いられた場合、次第に今のような働き方が習慣化していくと思うのです。
WORK MILL:働き方の価値観が変わるためにはある程度の時間が必要とのことですが、現時点でテレワークをどのように見てらっしゃいますか?
池田:上のデータを見てみると、テレワーク導入当初はミーティングの回数がどんと落ちていることが分かります。しかし、時間の経過と共にオンライン会議の習熟度が上がり、会議の回数が回復していることが見て取れますね。
導入当初はZoomなど慣れていないツールを使いこなさなければならないので、オンライン会議の精神的ハードルも高かったですし、会議終了後に疲れ切ってしまう人も少なくありませんでした。しかし、2週間くらいすると新しい環境に慣れてきて、今ではオンライン会議が当たり前になりつつあると思います。慣れもあってか、ニューノーマルの時代においても在宅勤務を続けたいと思う人が今回大きく増えました。在宅を基本とする働き方が出社を基本とする働き方を超えたのは過去3年間同様の質問をしてきた中で今回が初めてでした。
WORK MILL:オカムラの調査によれば、テレワークの習熟度が時間の経過と共に向上したそうですが、具体的にはどのような変化があったのでしょう?
池田:例えば、最近だと事前にチームで資料を共有しておいて、各々が資料に目を通し、気になる点があれば社内SNSのグループスレッドに書き込む。実際のオンライン会議ではスレッドに書き込まれたコメントを元に議論を行うといった生産性の高い会議が浸透しつつあります。
WORK MILL:そう聞くとオンライン会議は良いことづくしのように感じますが、オンライン会議に向いている、あるいは向かない議題はあるのでしょうか?
池田:もちろんあると思います。我々の研究で分かったことなのですが、ウェブ会議は報告会議のような一方的に情報を伝達する場としては強みを発揮するのですが、ディスカッションなど間合いを取りながらアイデアを創出する作業には向きません。
そのため、これからのミーティングは目的に合わせてオンラインとリアルの場を選んでいく必要があると思います。注意しなければならないのは、オンラインとリアルの場のハイブリッド型の会議です。ハイブリッド型の会議は、参加人数が多くなったり、会議の時間が長くなるなど、データを見てみると生産性が低いことが分かったので、どちらかに統一した方が良いと言えます。ハイブリッド型の会議は会議目的の達成についても良い結果が出ていません。
―データ掲載レポートはこちら→『新型コロナウイルス感染症対策としての在宅勤務調査 会議版』
コロナ時代の到来で「自分を大切にしてくれる」企業が可視化された
WORK MILL:コロナによって出社規則が変化するなど、会社の内側が大きく変わりつつありますが、外から見た企業の変化はあったのでしょうか?
池田:出社に関して言えば、完全リモートを導入する企業、必要に応じて出社する企業、中にはこれまでどおり出社を促す企業など、各社足並みが揃ってないのが現状ですが、1番の変化は従業員を大切にする企業とそうでない企業の差が浮き彫りとなったことでしょうね。
WORK MILL:それは具体的にはどう言う意味でしょうか?
池田:在宅勤務が困難な業種も勿論ありますが、ウイルスの危険から従業員をどのように守るのか、という姿勢に差があらわれたということです。都市部においてはオフィスに集まって働くことの恐怖よりも満員電車で通勤することに恐怖を覚えた人も多くいます。在宅勤務という選択肢が選べない場合に時差出社や時短勤務が選択できるか。出社したオフィスに感染対策が行われているかという、社員を安心させるための手段をどれだけ施しているのか、このあたりに差が出たと聞いています。
いわゆるジェネレーションZと呼ばれる20代半ば以下の人たちの価値観は、今の中高年の感覚とは大きく異なります。ボーナスで車を買ったり、銀座に繰り出してブランド物を買うことで欲求を満たすよりも、車はシェアで良くて、ファストファッションを気軽に着こなすほうがいいと考えている人が多い。
お金をバリバリ稼いだり、どんどん出世して偉くなるよりも、「認められたい」とか「大切にされたい」と言う欲求の方が強い世代なのです。
高校生の時からソーシャルメディアに慣れ親しみ、他者との価値観の共有がスピーディーに行われてきたこの世代は「自分のことをちゃんと気にかけてくれているか」を重視します。その時に柔軟な働き方を許容する企業の姿勢は、彼らの眼には魅力的に写るはずです。
そんな彼らが、コロナウイルスの感染が拡大し命の危険すら感じる状況の中、強制的に出社を命じられたらどう感じるでしょうか。もちろん、職種や業種によってはやむを得ない場合もありますが、彼らは自分が大切にされていないとより強く感じる世代ですから、転職してしまったり、そもそも新卒入社の時点でそうした会社は選ばなくなると思うのです。
一方でウイルスの脅威が去った後に、フルリモートでリアルに会わなくても働けるという会社も不安ですよね。今、大学生は学校に通えず、リモートで授業を受けていますが、大学の役割って授業を受けるだけではないですよね。友達と会う、部活やサークル活動をする、ゼミで合宿するなど社会的な行動をとる場でもあるわけです。オフィスも同じで、リモートで仕事はできるかもしれないけれど、社会的な活動を行うためにはリアルに会ってやる必要があります。ですので、全員が必ず出社というルールでも全員がリモートというルールでもない柔軟な働き方が今後重要になってくるのです。
集まりたい人間が「分散」を促すインターネットを使う現代のパラドックス
WORK MILL:従業員に「この会社は自分を大切にしている」と思ってもらうためには、ある程度、働き方に自由度を持たせる必要があると言うことですね。
一方で、先ほどのお話にもあったように、クリエイティブなアイデアを創出するにはどうしてもリアルの場で会う必要があります。出社の頻度を従業員に任せる一方で、従業員を会社に集めるためにはどのようなアプローチが必要になってくるのでしょうか?
池田:人間は基本的には社会的な動物なので、集団で群れて生きていくような本能が備わっています。集まって何かをやりたいという根源的な欲求が私たちの深層にはあるわけです。しかしながら、今や社会的なインフラとなったインターネットという技術は、多様な人が多様な状態のまま生きられるための究極的な「分散ツール」なんですよ。
つまり生理的な欲求として集まることを望む人間に対して、我々がすごく便利だと思って使っているインターネットは真逆に分散させる力を持っている。これは現代私たちが抱えている大きなパラドックスだと思います。
WORK MILL:それは興味深い指摘です。その意味では、集まらなくても良い時代に集まるためには、集まる上で強い「動機」が必要ということになりますよね。
池田:その通りです。21世紀を代表するIT企業であるGoogleやFacebookのオフィスに美味しくてヘルシーな食事がとれる食堂から美容室まで何でも揃っていることは有名な話ですよね。彼らは従業員が出社したくなるオフィスづくりにすごく力を入れているのです。日本だとサイバーエージェントなども、本社がある渋谷周辺に従業員を住まわせるように住宅手当などを手厚く支給するなど、会社に来やすくしている会社もあります。
IT企業のGoogleやFacebookがリアルの場に力を入れるワケ
WORK MILL:なぜ実際に集まって働くだけのために、これらの企業は大きな投資を行っているのでしょうか?
池田:彼らがここまでオフィスに投資する1番の理由は、オフィスに人が集まって経験をともにするようにしないと「私たち」という感覚が生まれないからなんです。
この「私たち」という感覚は、2016年ごろから認知心理学の世界でWe Modeと呼ばれるようになりました。We Modeとは「私たち」、もっと言ってしまえば「私たちの中の私」という感覚のことです。オンラインだと「私」という感覚は強くなるのですが、この「私たち」という感覚が芽生えにくいと言われています。日本人は特に「暗黙の了解」とか「阿吽の呼吸」というように相手との間合いをとても気にすると思います。「あの人ならきっとこう言うだろう」とか「先回りしてやっておいてあげよう」という行為はまさに「私たち」という感覚があるからこそ生まれるんですね。
WORK MILL:「私たち」という感覚はオンライン会議でも実現できそうですが、実際に対面で会わなければならないものなのでしょうか?
池田:例えば、机を二人で運ぼうとした時、その場に一緒にいれば、相手が机に手をかけて、腰と腕に力を入れて、互いに準備ができた状態で目をあわせてから「よっこいしょ」で机を持ち上げることができますよね。お互いにたくさんの言葉を発しなくても、何となく間合いを察することができるはずです。
でも、オンラインでは、この「よっこいしょ」に至るまでの過程がないんですよ。社内のメンバーを集めて一緒に仕事をする時、空間を共にすることで相手のタイミングを推し量り、その過程で協力関係が生まれてくるのだと思います。
WORK MILL:だからこそ、テレワークを推進する会社では、むしろリアルの場作りを充実させなければならないのですね。
池田:おっしゃる通りです。コミュニケーション貯金という言葉があるのですが、例えば、これまで一緒に暮らしてきた家族にはたくさんのコミュニケーション貯金があるので、仮にオンラインでやりとりしなくてはならなくなっても、何となく互いの間合いを察して難なくコミュニケーションができるはずです。
しかし、こうしたコミュニケーション貯金がないと、何となく噛み合わないという事態が起こるのです。特に新入社員のような経験が浅い人や、今までやったこともない仕事に挑む時などはコミュニケーション貯金をつくり出すためにより一層リアルに会う機会をつくり出していく必要があります。リアルの場所で交流を深めてコミュニケーション貯金を溜め、それがオンラインのコミュニケーションに活きてくる。これがリアルの場の役目です。
テレワークを推進していこうという企業であればあるほど、リアルに会って働く場の重要性を意識していると思います。以前はあまり感じませんでしたが、リアルにメンバー全員が集まって働くなんて、とても貴重な機会なわけです。その時間をいかに有効に使うか。受け皿となるオフィスにも工夫をする必要がありますよね。
安易なオフィス不要論は危険。廃止ではなく、機能を組み換える
WORK MILL:そう考えると、最近よく耳にする「オフィス不要論」は安易に行うと危険かもしれないですね。
池田:その通りだと思います。テレワークの研究を長くやっていると、テレワークという言葉を極端に解釈する人が多いことに気付かされます。「テレワーク=フルリモート」のように捉えて、会社に全く出社しない、会議も全部オンラインと捉える方が少なくありません。
今後、テレワークが普及していくとしても、フルリモートで働く人はごくごく一部で、多くの人はオフィスに出社する行為とリモートのハイブリッドで働くことになります。現在はウイルスの脅威から出社率が制限されていますが、それが去ったあとは自らの判断で出社するか決めるようになります。その結果何割の人がオフィスにいるようになるのかはまだ予測がつきません。仮に出社率が5割ですと以前に比べればオフィスの人口密度が低くなるとは思いますが、オフィスも同様に半分に削減すれば全てが解決する、といった単純な話ではないと思うんです。
WORK MILL:しかし現実的にはオフィス削減は一部の企業で確実に進みつつありますよね。仮にオフィスの床面積を削減するとしたら、どのようなアプローチが理想的なのでしょうか?
池田:出社率を下げた状態のオフィスで実感された方も多いかと思いますが、実際に出社してみるとなんでもかんでもそろっている、フルスペックのオフィスは必要ではないんですね。例えば全員分の席が用意されていて会議室も大小さまざまそろっているといった状態は今後必要なくなるかもしれない。
私が提案したいのは、必要ないから削るのではなく、例えば座席数を減らすことで生み出された床を使って社員食堂をつくる、あるいはカフェをつくったり従業員が談笑できるソファ席を設置したりと言った「機能の組み替え」です。
今までオフィスを捉えるときに「一人当たり」という単位を使ってきましたが、出社率が下がり、みんなでシェアするようになるとその捉え方が変わってくると考えています。
論理的思考ではなく、感情ベースでオフィスをデザインする時代
WORK MILL:削るのではなく、組み換えるのですね。テレワークの浸透をキッカケに、オフィスづくりのコンセプトが「いかに効率的に働けるか」から「いかに集まりたくなるか」に変わっていくということでしょうか?
池田:はい、これまでのオフィスは、「行為」や「空間」といった言葉を用いてすごく論理的に、そして理性的にデザインされてきました。
しかし、そうした言葉でつくられたオフィスを実際に使ってみると、思っていたほど良い環境だと思えないケースがあります。あんなに時間をかけて論理的に組み上げたのに、なぜ魅力的なオフィスにならないのか。深く考えてみたのですが、具体的にデザインする一歩前に、そこで働く人たちの感情を引き出そうとしないとダメなんじゃないかということに気づきました。
これまで「仕事が楽しい」とか「楽しい職場」といった考え方は、「生ぬるい」とか「職場は遊び場じゃない」と非難されてきました。でも「楽しい」とか「うれしい」とかいう感情を抱きながら働いたら、間違いなくいい仕事ができますよね。同じように「私の大好きなオフィス」とか「いるとホッとするオフィス」というのも仕事をするうえでとても大事だと思っています。
人間は心が動いてから体が動く生き物なので、反射以外のあらゆる行為は「感情」によって誘発されます。つまり、ワクワク、ウキウキしながら楽しんで仕事を進めていくためのオフィスは、論理だけではなく、感情ベースでつくっていかないといけないのではないかと。論理が悪いのではなく、「より楽しくなるためには」「もっとワクワクするには」といったことをつくり込んでいく時には論理が必要です。でも、判断基準は「楽しい」とか「うれしい」とかもっと感情ベースで行われてもいいなと思っています。
WORK MILL:感情ベースでオフィスをつくるというのは非常に興味深い指摘ですね。つい行きたくなってそこで良質なコミュニケーションが生まれる。オフィスで過ごす時間が充実したものになる。そんなオフィスづくりがニューノーマル時代に求められるのですね。
池田:これまでは組織や部署のような大きな括りに対する投資や議論は盛んに行われてきました。しかし、先ほどお話しした通り、これから主力になっていく世代はソーシャルネイティブで「ゆるくつながる」ということに慣れている。集団の壁ははっきりしなくて、部署を超えて仕事以外の価値観でもつながりを生み出すことができます。そうしたつながりから仕事が生まれてくる時代になっていくでしょう。
これまでは従業員全員が会社に出社して縦割り組織の中で横並びに働くことが当たり前だったので、個人や組織という単位に対してどういった環境を用意してあげるかというのがオフィスづくりのテーマでした。しかし、これからは一人に一個ずつ何かがあてがわれるわけではなく、みんなでシェアするようになり、組織を超えたゆるいつながりを生み出すことがテーマになります。
コロナ禍を経てテレワークが浸透してきて、出社の自由がある程度確保されるようになった時まずはわざわざ会社に来てコミュニケーションをとる動機をつくることが大事になります。そうした際には先ほど述べたように「感情」を引き起こすことを意識してオフィスをつくり出すことが重要です。もちろん、「楽しい」や「うれしい」はオフィス環境だけで生み出されるものではないので働き方の制度や評価などもあわせて「働く」をアップデートする必要があります。
ニューノーマルにおいてはリモートで働く人が増え、オフィスに来る意義を多くの人が意識するようになります。オフィスでリアルに会って一緒に仕事をすることはとても貴重な時間になりますので、その時間をより充実したものにできる仕掛けが必要です。
分散しても働ける時代だからこそ、オフィスに集まって行う体験が重要になってきます。一時的にオフィス不要論のようなものが叫ばれていますがそれは極論で、今だからこそオフィスに真に求められる機能について議論し、見直していく必要があるのだと思います。
今、まさにオフィスに大きな転換点が訪れていると言えます。
2020年8月27日更新
取材月:2020年7月
テキスト:高橋将人
写真:大木健介