ハッピーの連鎖を自らつくる ー 小山薫堂さん
放送作家、脚本家として活動するほか、ブランドプロデュースなど新しい価値を創造する「オレンジ・アンド・パートナーズ」、放送作家事務所「N35」、京都の老舗割烹「下鴨茶寮」の経営者でもある小山薫堂さん。キャリア35年の中で感じた仕事の生きがい、人を喜ばせる企画力の原点などをお尋ねしました。
仕事というのは“生きがい”を構成するひとつの要素
WORK MILL:大学時代から文化放送の番組制作アルバイトを始め、ラジオ番組の放送作家としてキャリアをスタートさせた小山さんですが、35年の仕事人生をあらためて振り返って、「働く」ことをどのように捉えていらっしゃいますか。面白さがある一方で、お金を稼ぐという面もありますが……。
小山薫堂(以下、小山):やはり、誰かにハッピーを提供するということではないでしょうか。お金は欲しいとは思いますが、「働く=お金を稼ぐこと」と考えたことはあまりないですね。
WORK MILL:お金は結果的についてくる、という捉え方ですか。
小山:ついてこないことも多々あります(笑)。お金がついてきてくれることがいちばん理想的ですけどね。
働く、つまり「仕事」というのは、ただ金銭を求めるだけではなく、“生きがい”を構成するひとつの要素だと思うんですよね。それがすべてだとは言いませんが、どんなにハッピーなことがプライベートでたくさんあっても、仕事のハッピーというのはまた違う幸せな気がする。僕なんかはその要素が強いから、仕事の幸せ=人生の生きがいに通じる部分がとても多いです。
テレビ番組の放送作家がメインだった時期は、「視聴率」というのが仕事のやりがいを示す指標のひとつでした。一方で、視聴率が低い番組だったとしても、視聴者の「あれを見てよかった」という小さな声に耳を傾ける姿勢も重要だなと。その声をどれだけ価値として自分の中に残せるか。結果ばかりを追い続けるのではなく、自分の仕事が世の中で役に立っている、誰かを幸せにしているという手応えがあると、人はやりがいを感じると思うんです。その仕事のやりがいが、やはり人生の生きがいにつながっていく。
WORK MILL:「生きがい」は日本の言葉ですが、海外の研究では「IKIGAI」という英単語がウェルビーイングの文脈で語られ、論文も多数出ているそうです。同時期に「KAROUSHI(過労死)」も英単語となり、いまでは辞書に掲載されているそうですが……。
小山:働く主体の幸せという観点から考えると、いまの日本の働き方改革の方向性は、やはりちょっと間違っている気がしますね。「長時間労働の是正」がひとつの核となっていますが、それが裏返って、働かせない会社=よい会社というか、「働きやすくする」という意味がすごく限定されている気がする。だって、すごく嫌な思いで毎日3時間働く人と、すごくワクワクしながら8時間働く人のどちらが幸せかと考えたら、後者の方が幸せに決まっていますよね?
僕は“生きがい”も、働き方改革の芯になるキーワードのひとつとして語られてもよいのではないかと思うんです。例えば経営者は一律に働き方改革を進めるのではなく、雇用をしているそれぞれの人がどれくらい仕事に生きがいを求めているか、あらためて考えないといけないのではないか。人によってその分量は違うだろうから、その人が人生を楽しく快活に過ごせるような働き方を考えてあげる、というのがよい経営者なのかなという気がします。
見返りを期待しない「徳」を積む
WORK MILL:オレンジ・アンド・パートナーズの社是には「SURPRISE & HAPPINESS」とあり、「その仕事は新しいか? その仕事は楽しいか? その仕事は誰を幸せにするか?」と続きますね。「相手の幸せは自分の幸せでもある」という気づきはどのように得られると思いますか。
小山:NHKに、著名人が母校を訪れて授業をする『課外授業 ようこそ先輩』という番組があります。依頼があったときは忙しくて結局断ってしまったのですが、僕ならどんな授業をするか考え、「親や友達など自分の身近な人を喜ばせる」というアイデアを思いつきました。子どもたちにカメラをもたせ、身近な人が幸せと思える瞬間をつくり出し、その瞬間の写真を撮ってくるという授業です。いつかやれたらなと思うんですが……。
人によって喜ぶポイントは違いますよね。徹底的に相手を喜ばせるためには、相手を観察しないといけないし、アイデアや工夫、実行力が必要になってくる。そういうことを子どものころから意識していたらすごく楽しいと思うし、満足感もあるし、大人になっても企画の本質って実は「相手を喜ばせる」というところにあると思うので、すごく役立つのではないでしょうか。
あと、やはりひとつ決定的な経験をすることで劇的に変わることがあると思います。たとえば料理。人はたぶん、最初は生でしか食べていなかったのに、火というものを発明して「焼く」という調理法を編み出し、そのおいしさに目覚め、さらなる工夫をしていったわけですよね。
それと同じで、自分の発明や発見によって自分自身が変わり、周囲の誰かも変わり──例えばハッピーになったとか喜んでくれたとか、そういうことを自ら経験することが肝ではないかと思うんです。
WORK MILL:その経験をするためにはどうしたらよいですか。やはり自ら一歩踏み出すことでしょうか。
小山:まず、誰にその想いをぶつけるか、その相手を決めることではないでしょうか。もっと言うと、僕自身は独りよがりでもいい気もするんです。誰かに何かをしたとき、相手に喜んでもらわなくてはいけない、感謝されないと嫌だと思うのは、本末転倒ですから。
ー小山薫堂(こやま・くんどう)
1964年、熊本県生まれ。京都芸術大学副学長。放送作家・脚本家として『世界遺産』『料理の鉄人』『おくりびと』などを手がける。エッセイ、作詞などの執筆活動や、熊本県や京都市など地方創生の企画にも携わっている。
小山:僕の理想の職業は「天使」なんですよ。天使というのは見返りを期待しない徳を積むこと、利を与えることです。
例えば、レストランで食事をしたとき、僕は必ず「すごくおいしかったです」とちゃんと目を見て伝えています。シェフは帰宅後、奥さんに「今日のお客さん、料理がおいしかったって心から言ってくれたんだよ」なんて伝えるかもしれない。奥さんはとても嬉しくなり、いつも以上に優しくなれるかもしれない。もちろんそれは完全に自分の妄想だけど(笑)、その妄想によって自分がハッピーになればいいと思うんです。
WORK MILL:ハッピーの連鎖という意味では、以前、池波正太郎さんのタクシーのエピソードを紹介されていましたね。
小山:池波さんはタクシーに乗ったら必ずチップを払っていた。すると、どんなに機嫌の悪い運転手でも、たいがいニッコリする。自分が降りたあとも、運転手は気分がよく、次に乗車したお客様にも感じよく応対する。そのお客様は「今日は良いタクシーに乗ったなあ」と思うだろうし、一日を気持ちよく過ごせるから、その人に接した人もみんな気分よく過ごせる、という話ですね。
僕もその話を読んでからタクシーでは小額のチップを置いていくのですが、実際にハッピーが連鎖しなくてもいいんです。そうなるんじゃないかと思うだけで、少なくとも自分はハッピーになれる。運転手さんだって300円のチップじゃそこまでハッピーだと感じないかもしれないけれど(笑)、少なくともラッキーとは思うはずですよね。
これも以前エッセイで書きましたが、昨年、青森の弘前に出張で出かけたとき、社員が教えてくれた「わいんぱぶ ためのぶ」という店に寄ったんです。その店のお父さんとワインを飲みながら「お父さんにとって日々の幸せは何ですか」と尋ねたら、「孫に小遣いをあげるとき」と言ったんですよ。「与えられた人はもらったときにすごく喜ぶけれど、その喜びっていうのは早く消える。でも、与えた側の喜びっていうのはずっと残るんだ。だから孫は俺が小遣いをやったときは喜んでもすぐに忘れるけれど、俺はずっと覚えているんだよ」と。
何かを与えてもらった人よりも、施した人の方の幸福の方が持続する。そう考えると、与えることのできる人は、本当に強いですよね。
WORK MILL:与える側の人間になるためには、普段からどのように行動したらよいですか。
小山:「与える」って、結局は誰かの役に立つことですよね。
僕が以前教鞭をとっていた東北芸術工科大学の企画構想学科には、トイレに学生による貼り紙がしてあったんです。「清掃係の方へ。いつもこんなきれいなトイレをありがとうございます。きれいに掃除していただいているおかげで、僕たちはいつもとても心地よく使えています」というような内容の貼り紙が。
あれは本当に素敵だなと思いました。清掃員の方がどう思ってくれるか想像するだけでワクワクするというか、実際にどのように受け取ったかまでは見えなくてもいいというか。やはり誰かのために言葉をちゃんとかけるとか、思っているだけではなくて伝えるということが大事ではないか。それも立派に誰かの役に立つことなんです。
僕自身も、ラジオパーソナリティをしている番組があって、FMヨコハマに毎週行くんですが、横浜ランドマークタワーのトイレって本当にきれいなんです。清掃員が膝をついて男性用の小便器をものすごくピカピカに磨いている。それで会うたびに「ここのトイレは世界一きれいだと思います」とちゃんと言うようにしています。
「憂鬱でなければ、仕事じゃない」
WORK MILL:仕事は、楽しいばかりではなく、忘れたいほど苦しいこと、悔しいことなども多々あります。小山さんはそういう挫折や失敗をどのように乗り越えてきましたか。
小山:「幸せ」という言葉は、そもそも「仕合わせ」と書いていたそうです。「〜し合わす」が変化したもので、言わば「巡り合わせ」を意味する。巡り合わせというのは、よいいことも悪いことも含まれているでしょう。もしくは悪いことに巡り合ったとき、それを乗り越えた先の喜びや充足感を「幸せ」と表現したのかもしれない。とにかく、よい時もあれば悪いときもあって、その両方があるからこそ、よい方が際立つわけです。
仕事においても同じで、すごく辛いこともあるでしょうが、その辛さの先に勝ち取った成果や生まれる変化がある。だからこそ喜びも倍増すると思うんです。簡単な仕事ばかりだったら、仕事にやりがいや幸せは見出せないのではないか。幻冬舎の見城徹さんとサイバーエージェントの藤田晋さんが『憂鬱でなければ、仕事じゃない』という共著を書きましたが、名言だなと。「幸せ=仕合わせる」だと捉えれば、悪いことも幸せのひとつなんだと思うんですよ。
WORK MILL:なるほど。一見悪い出来事のように感じられても、最終的な幸せのための布石なのかもしれないと捉えられたら前向きになれますね。
小山:例えば、ゴルフの上手な人がハーフ50だったら死にたくなる(笑)。でも下手な人がハーフ50を切ったらすごく嬉しいはず。まだ進歩するという“伸び代”があるって幸せですよね。
ミシュランの三つ星を取ったシェフも、内心はすごく大変だと思うんです。嬉しさ反面、来年以降も取り続けないとプレッシャー、落ちることの恐怖を抱えている。その視点で考えると、ミシュランの星を取っていないシェフって幸せだなと(笑)。毎日のように初めてのお客様を感動させるというのもひとつの幸せかもしれないですが、「この店、うまいよ」といつもの馴染みが予約なしで通ってくれるという幸せも、同じ世界に存在している。
茶道、花道、剣道、弓道は「道」と書きますが、道というのはゴールがあるわけではなくて、追求を続けることそのものなのだそうです。向上心というか、昨日よりもよい今日を求め続けること、探し続けること。
僕自身も400年後に実を結べばいいなと思って、5年前から「湯道」を提唱していますが、その世界によりよく向き合うことはとても楽しいんです。
例えば給湯器やシステムバスなどを製造販売するノーリツさんが「湯道の精神に共感した」と言って、ノーリツのHPで「湯道百選」という連載を始められたり、偶然知り合ったスイス人女性に湯道の話をしたら非常に興味をもってくれて、スイス在住の資産家親子を紹介されたり。この資産家親子は世界中のVIPが訪れるスイスのとある街に新しい高級リゾートホテルを建設する計画を立てていて、ここにもしかしたら湯道のコンセプトを体現した施設ができるかもしれない、そんな展開も生まれました。ワクワクするでしょ。
そういう誰かとの出会い、何かの発見、ちょっとの進歩があるたび、大きな喜びが得られる。それが生きがいなのかなと思うし、仕事でそういうものがあれば、幸せに生きられると思いますね。
2020年8月11日更新
取材月:2020年3月