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ゴミ処理工場に年間4万人もの見学者が訪れるワケ ― 石坂産業 石坂典子さん

所沢市、川越市、狭山市、三芳町の三市一町にまたがる「くぬぎ山」と呼ばれる雑木林はかつて「産廃銀座」と呼ばれ、産業廃棄物の焼却炉や処理工場が多く集まっていました。

1999年には誤報によるダイオキシン騒動が起き、産廃処理業者に非難が集中した中、ホタルやニホンミツバチが集まると話題の一風変わった「産廃屋」があります。それが三芳町に拠点を構える石坂産業株式会社です。

日本では廃棄物は大きく2種類に分けられ、一つは市民が生活する上で出てくる「一般廃棄物」、もう一つ経済活動から出てくる廃棄物である「産業廃棄物」。

一般廃棄物は市民の税金によって処理されているのですが、産業廃棄物は税金ではなく各企業によって処分に出されており、そうした産業廃棄物の処理を行っているのが石坂産業です。

石坂産業では受け入れた産業廃棄物のリサイクル化(再資源化)を行っており、現在では業界トップの98%のリサイクル化率を達成するなど高い技術を有する産廃工場として広く知られています。

興味深いことに、そんな石坂産業には産廃業者のみならず、メーカーや教育機関など多種多様な業界から視察団が訪れ、その数は年間4万人にものぼると言います。そこで今回は同社代表取締役の石坂典子さんに詳しくお話をうかがいました。

見学者の多くは、「ゴミ」ではなく「社員」が目当て

ー石坂典子(いしざか・のりこ)
1972年東京都生まれ。 高校卒業後、米国の大学に短期留学。 1992年父親が創業した石坂産業株式会社に入社。 埼玉県所沢市周辺の農作物がダイオキシンで汚染されているとの誤報を機に、「私が会社を変える」と父親に直談判し、2002年社長就任。

WORK MILL:石坂産業には業界を問わず年間4万人もの見学者が工場見学に訪れると言います。ここを訪れる人々は何を目的にしているのでしょうか?

石坂:弊社は直接的にものを販売する会社ではないので、なかなか知ってもらう機会がないんですね。だから口コミで知ってもらうことが多いのですが、その口コミの中身というのが「働いている社員さんが素敵」というものなんです。石坂産業の社長がスゴイとか技術が優れているとかではなくて、「社員」に注目していただいているのです。

産廃処理はどちらかというとネガティブなイメージがありませんか?世間では「働きたくない」「評判が悪い」といったイメージが今でも根深く存在するにも関わらず、どうして石坂産業で働いている社員たちは楽しそうに仕事をしているのだろうか?そんな疑問を持った企業の方々が弊社に足を運んでくださるのです。

WORK MILL:確かに、駐車場の誘導員の方や本社の方がすれ違うたびに笑顔で挨拶してくださって、素敵な方がすごく多いという印象を受けました。社内でどういった取り組みをされているのでしょうか?

ー笑顔を見せる石坂産業の社員

ー運ばれてきた木材に異素材が含まれていないか目視で確認する。  

石坂産業の未来を見据えた働き方。ゴミはゴミではなく「資源」として未来に繋げる

石坂:社内での取り組みを説明する前に、産廃産業の今を説明させてください。そもそも産廃産業に対してどのようなイメージを持たれていますか?

WORK MILL:過酷な労働環境にも関わらず、賃金があまり高くないといったイメージが少なからずあると思います…

石坂:その通りです。父が創業したこの会社に私がお手伝いで入社したばかりのころ、とにかくお客様は口を揃えて「処理の料金を安くして欲しい。捨てるものにお金はかけたくない」と言っていました。一方で労働環境は非常に過酷なもので、処理にかかる手間などを考えると、コストと実態がまったく見合わない仕事になっていたのです。

WORK MILL:確かに「捨てるもの」にお金をかけたくないという気持ちは誰しもが持っていると思います。個人レベルでも、不用品の処分には極力お金をかけたくないと考える人は多いはずです。

石坂:私はそこに違和感を感じているのです。なぜなら、産廃処理の仕事は世の中に絶対になくてはならない仕事だからです。こういう仕事がないと廃棄物は純粋に埋め立てされるしかなく、それは自然破壊に繋がる。

それにも関わらず、世間の廃棄物処理に対する関心がないがゆえに産廃処理業者は非難の対象となってしまう。1999年のダイオキシン騒動の際にも、あらかじめ対策を講じていたにも関わらず叩かれる結果となりました。

そうなると工場で働いている人の意識もすごく低いものになってしまう。やはり目の前のゴミを淡々と処理するという普段の足元しか見れない仕事はやっていて楽しくないものです。

WORK MILL:足元ではなく、未来を見据えた働き方をするにはどうすれば良いのでしょうか?

石坂:未来を見据える働き方を社員に共有していく上で「自分たちが進むべき道」を持っていると仕事が楽しくなると思います。だからそういう会社作りを始めたんです。

まず意識する必要があると感じたのが「ゴミをゴミとして扱わない」ということ。そもそも廃棄物がゴミで、産廃屋はゴミを処理する会社、という外部からの見え方がよくないと思ったのです。廃棄物は全て資源であり、それは全て再生して次に繋げるべきものだと私は思います。

人間が人間のためにつくる商品を「生物圏」という大きな枠組みとして捉えてモノづくりを再定義しましょう。そう言えるのは、産廃物処理会社である我々だけだと思うのです。

WORK MILL:外に向かってイメージを変えていく上で、どのような取り組みをされたのでしょうか?

非難されるのは実態が分からないから。であれば、工場内をオープンにすれば良い。

搬入された混合廃棄物を破砕機へと投下するために一か所に集める作業の様子

石坂:外に向けてイメージを変えていく上で私がよく使う言葉が「想いの可視化」です。思っていることは目には見えないですよね。だから、そういうところに力を入れてきたんです。その一つが処理工場を外部に公開することでした。

現場や廃棄物の実態を知ってもらうことで、我々の仕事に対する理解を促したいし、彼らの声を聞くことによって彼らが廃棄物についてどれだけ考えているかがわかるのです。

WORK MILL:工場をオープンにすることで外部からの理解を促すことに関して、先ほどおっしゃった1999年のダイオキシン騒動が関係しているのでしょうか?

石坂:実はダイオキシン騒動が起きた2年前の時点で、弊社ではすでにダイオキシン対策炉を導入していました。これは画期的な技術で業界でも話題になったほどです。

しかし、一般の人たちにとって技術なんてどうでも良いこと。当然、技術的なことを知っている人はほとんどいませんし、そこに多額の投資がかけられていることも知りません。ただただ「煙突がある」という理由で非難の対象になってしまったのです。

正直なところ、日本の年間の廃棄物の量はどれくらいで、その廃棄物がどのように処理されているのかという点に関して関心が薄いことが産廃処理工場に対する不満と不安を生み出しているのだと思います。人は分からないものに対して不安を覚えるものです。だからこそ外部に我々がやっていることをもっと知ってもらう必要があると考えました。

WORK MILL:社会にとって絶対に必要な仕事をしているにも関わらず、その実態が外部に適切に伝わっていない。工場のオープン化は「想いの可視化」を体現するために行われていたのですね。

ー世界中から訪れた見学者が工場の見学通路「Green action street」の壁に残したコメント。

ー世界中から訪れた見学者が工場の見学通路「Green action street」の壁に残したコメント。

ー世界中から訪れた見学者が工場の見学通路「Green action street」の壁に残したコメント。

ー世界中から訪れた見学者が工場の見学通路「Green action street」の壁に残したコメント。

石坂:そうです。私の役割は技術的な協力ではなく、技術を持った人と社会との接点を作ることなんです。

私は入社当時は重機にも乗れませんでしたし、父からも「女ができる仕事ではない」と辛辣な意見をもらったこともありました。それでも仕事を続ける理由は、父がこの会社を興した思いを社会に伝える立場になりたいと思ったからなんです。

一台のダンプカーでこの会社を興した父は、海に埋め立てされている廃棄物の姿をみて、このまま廃棄物を海に投棄し続ける社会はどこかで成り立たなくなると感じたと言います。そして、廃棄物を100%処理できる会社にしたいというのが彼の夢だったのです。

その思いをまずは社員に共有化、そして次に工場を外部に公開することによって社会にも共有化を試みました。

私たちが工場を公開したことによって一般の方も大勢いらっしゃるようになり、ある参加者の方は「自分が亡くなるときには石坂産業さんに自分の家の処理を任せたい」とまで言ってくださいました。

WORK MILL:以前、あるインタビューで社員の働き方について、「社員が自分の会社を自慢できること」が重要だと考えていると仰っていましたが、それも「想いの可視化」と関連性があるのでしょうか?

石坂:人は外部から評価を受けたり褒められることで自信がつき、より一生懸命に働き学び主体的になっていくのだと思います。これはガバナンスの強化にも繋がっていて、社内の様子を外部にさらす仕組みは健全で透明性の高い経営を実現するとともに、社員の教育にも繋がると信じています。

里山保護活動やオーガニックファームの運営は、想いの共有化を促す

WORK MILL:石坂産業の敷地内には処理工場以外に、「くぬぎの森」を始めとした様々なエリアがあり毎日多くの方が遊びに訪れますよね。また、地域社会からの理解を高める意味で、里山保護活動やオーガニックファームの運営も行っているとうかがいました。こうした取り組みは想いの共有化に貢献しているのでしょうか?

ーくぬぎの森の様子

ーくぬぎの森の様子

ー石坂産業の敷地内のオーガニックファームで飼育されている鶏

ー石坂産業敷地内にあるハチの巣箱。将来絶滅が懸念されているニホンミツバチが住みやすい環境づくりを行うため、ニホンミツバチ担当の社員もいる。

―敷地内のショップではエコに関する豆知識のポップアップと共にさまざまな商品を販売する。「おすすめ商品とポーズをしてください」といった無理なお願いにもかかわらず、店員さんはリユースボトルを持って素敵な笑顔で対応してくれました。

ーくぬぎの森交流プラザで提供されているランチ

石坂:はい、こうした取り組みは地域から愛されるための活動の一環として行っています。我々が保全活動を行っている雑木林はかつて不法投棄の温床でしたが、今では里山のあるべき姿に近づけることができています。

里山では、昔から暮らしと農業と森が密接に繋がっていて、人と自然が共生する資源循環モデルが成り立っていたのです。オーガニックファームも里山の資源循環の過程における価値創出の一つだと考えています。

落ち葉は堆肥にして畑へ、土を作るためには落ち葉以外の栄養素も必要だから、鶏糞を活用するために鶏も飼う。そして、そこで採れた作物を弊社が運営する「くぬぎの森カフェ」や「くぬぎの森パン工房」「PIZZA-GOYA」などで味わっていただくのです。そうやって我々の価値観を五感で感じていただきたいと思っています。

WORK MILL:里山の資源循環モデルと石坂産業が考える再資源化を通した「循環」の価値観はどこか似ているような気がします。

石坂:はい、使えなくなれば捨てるしかないプラスチック製の生活用品も、里山では竹や藁(わら)など土に帰る自然素材で作られていました。里山には完全リサイクルの仕組みがあり、ゴミになるものは何もなかったんです。

廃棄物処理においても私たちが目指すのは再資源化率100%です。廃棄物処理でも里山の保全でも「循環」させることが私たちの使命だと考えています。里山という自然の価値を世の中に伝え、ゼロウェイストを推進するための新しい価値観を育てていきたいです。例えば、再利用しやすい素材の開発や新しいライフスタイルの提案などをしていきたいと考えています。

なぜ儲からないことをするのか?業界全体のイメージと労働環境の変革を目指す

WORK MILL:工場のオープン化や里山の保全活動などは社会から高い評価を受けていますが、一方でこうした取り組みは「直接的に利益にならないのではないか」と疑問の声が上がっているとうかがいました。

石坂:確かに直接的な利益には結びつきにくいかもしれません。しかし、これは石坂産業だけにとどまらず、産廃処理業界全体のイメージ向上に加え、労働環境を整備することに繋がると考えています。

ありがたいことに業界業種を超えて様々な有名企業が弊社に足を運んでくださり、メディアからの取材も多くいただけるようになりました。そうなると、同業者の方々も「どうして同じ仕事をしているのに、石坂産業はあれだけ注目されるのか」と、石坂産業の取り組みに関心を示します。

次第に同業者も石坂産業の取り組みを参考にして、教育や施設に投資を始めることになります。当然、投資をすればそれを回収するために廃棄物処理の料金単価を上げざるを得ませんよね。そうすると、これまで「安ければ安いだけいい」とされてきた価格主義の体質に変革を起こすことができると思うのです。

それに伴い社員の給料も上げることができるようになれば、より良い人材を採用することができるようになり、ひいてはサービスの質も向上させることが可能になるのです。

WORK MILL:同業者の考え方にも何か変化はあったのでしょうか?

石坂:ただゴミを引き受けて処理すれば良いという考え方から、ゴミを資源化して再生する側にシフトしていこうという姿勢に変わったと思います。そして、その過程は地域周辺に公開するべきものと認知されるようになってきたと思います。そういった意味では業界に良いインパクトを与えているのではないかと感じます。


前編はここまで。後編では、これからの時代におけるメーカーのあるべき姿についてうかがいます。

更新日:2020年6月23日
取材月:2020年4月

テキスト:高橋 将人
写真  :大木 健介
画像提供:石坂産業株式会社